狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

37.「流石ジルド兵長っ!」(誰か視点

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「サク様―!」
「またどこかに行ってしまわれました」
「もっとお話したいです……」

メイドの中でも積極的なグループの女たちががっくりと肩を落とす。
仕事の最中に勇者サクを見つけたのはほんの数分前。声をかければ「なに」と無表情に返す姿に痺れながら話したことは少しだけ。
いつもそうだ。
勇者サクは彼女たちに呼ばれれば挨拶はするが、すぐに話を逸らして席を立ってしまう。だがこれで彼女たちが諦める訳はない。
むしろ追いかけても追いかけても見失ってしまうのは彼女たちの心を駆り立てて、今では同じ志を持つ者同士で連携を組み、勇者サクが逃げられないようにと工夫をこらすようになっている。
しかしそれにも関わらず消えてしまう。
そう、いなくなるよりも消えてしまうという言葉が正しい。勇者サクが先に廊下を曲がってしまえばそれでもう終わりだ。

「ううー。次こそは!」

地団駄踏む彼女たちを見て城の人間はどうしたものかと頭を悩ませる。
彼女たちには勇者たち、特に勇者サクに関することなら仕事より優先してもいいと触れを出している。思惑通り彼女たちは目の色を変えて勇者たちを探すようになった。しかし、効果は芳しくない。

おかしい。

勇者サクはどのように彼女たちの目を逃れていくのだろう。

一番考えられるのは魔法だ。だが、おかしいのだ。
彼女たちの発言を集めてみれば、魔法禁止区域、魔法が使えないように設定している場所でも勇者サクは姿を消している。

どうしている。
どうやった。
なぜ。

それになにより勇者サクの得意魔法は治癒魔法のはず。持っている多大な魔力でカバーしているから出来ることなのだろうか。城の人間に対して警戒を解かないことから、監視されていることだって予想の範囲内だろう。そんな状態で無駄に魔力を消費するのは控えたいはずだ。
リーフという協力者が出来たからか。
あの女も城の人間を信用していないのがみてとれる。勇者サクを中心に関わる人物にしか話をしない。
なにか手立ては……。

「サク様、今日も素敵でしたね」
「本当に素敵。将来ああいうかたと一緒になれたらと思いますわ」

穏やかな話し声に気持ちが逸れる。先ほどのグループとは違うようだ。

「美味しく頂きましょうね」
「はい」
「──失礼。少しいいか」

違うかもしれないが気になって彼女たちを止める。彼女たちの小さな手には可愛い袋に入ったクッキーがあった。確か市場で密かに人気になっている菓子で、勇者サクが好んで食べるクッキーだとロナルが言っていた。
『最近では蜜柑ジャムが入ったクッキーが限定発売されたみたいですよ。俺も食べたいなあ』ひどくどうでもいい情報が頭を過ぎってしまう。

「それは……?」
「え、え!あ、これは……市場にある「小さなお菓子屋さん」に売っているクッキーです、が」
「限定の」
「っ!そ、そうです」

黄色の果肉が見えて聞けば彼女たちは顔を見合わせたあと、何度も頷く。
考えすぎか?勇者サクが彼女たちにこのクッキーを渡すのだとしたら自分の好みのものだろうし……いや、分からない。もしかしたら限定をあげたのかもしれない。

しかし変に聞いてそれが勇者サクに伝わってしまうのは避けたいところだ。折角彼女たちにはいい偵察として働いてもらっているのに、勇者サクに伝わって懸念を抱かせるのは避けたい。

「も、申し訳ありません!ジルド様っ!」
「恐れ多くも申し上げます!このクッキーはサク様から頂いたもので、その、ジルド様にお渡しできかねます……っ!」

気のせいか涙を浮かべながら親の形見といわんばかりにクッキーを握り締めて頭を下げる彼女たちに呆然とする。
どういうことだ。
いや、それよりも、丁度いいじゃないか。

「勇者サクが?」
「っ!は、はい!」
「勇者サクと親しいのか?」
「え!?そんな、おこがましいです。……ですが優しく接して下さいます」

へえ?
どうやら勇者サクは彼女たちには接しかたが違うらしい。
……勇者サクの好みなのか?
だが見る限り2人の外見は似ていない。性格の問題か?しとやかではあるが……。

「なるほど……」

ジルドはなにか納得したように頷くと彼女たちに背を向けて歩き出す。一つに縛った長い真っ赤な髪が揺れる。いつも見る規則的正しいリズムでキビキビと歩く後姿だ。
そんな後姿を彼女たちは無言で見送る。ジルドが角を曲がり姿が見えなくなってようやく、彼女たちは手を合わせて大きな息を吐いた。
尋常ではない緊張感だった。なにより予想外の出来事に頭がパンク状態で、正しく話せていたか不安だ。
──でも。

「雲の上のあの方から声をかけてもらうなんて。今日はサク様とお話できたし……私たち死んじゃうのではありません?」
「そうかもしれないです。お仕事ではとても恐ろしい人だと聞いていますけど、女性に対して優しいというのは本当だったんですね」

言葉を区切った瞬間、しいんと静かになる。
2人とも言おうか言うまいかと悩んでいるのか、声を出さずに口をパクパク動かしては口を閉じている。ぎゅ、と手に力を込めた。

「……クッキー」
「好きだったんですね」

甘いものは一切いらないと言っていたはずなのに、このクッキーを見るあの真剣な顔……なんてことだ。実は、甘いものが好きだったのだ。

彼女たちはジルドの親衛隊にこの話をしようと心に決める。きっと明日の朝にはジルドの部屋にある茶請けに「小さなお菓子屋さん」のクッキーが並ぶことだろう。

「サク様に感謝ね」
「ええ」

勇者サクからこのクッキーを貰わなければこの先ずっとこの事実を知らなかったことだろう。彼女たちは廊下を走る。
ジルドの親衛隊の元へ──






ジルドは城の片隅にある扉を勢いよく開けた。古い扉は大げさにバアンと音を鳴らし、驚いたのか中にいた人物たちの裏返った声が聞こえた。

「やっべ」
「う、わ。お帰りなさいジルド兵長!」
「……お前ら2人とも仕事舐めてんのか」
「と、とんでもないっすよ!なあ!」
「ねえ!」

焦る2人はそれぞれ菓子だったり本を自分の背中に隠そうとしている。今度の訓練で思い知らせてやろう。
だが、今はそれどころじゃない。

「ロナル班長」
「……はっ!」

ロナルはすぐに菓子から手を離して敬礼をとる。いつもののんびりとした空気はない。ただ、口元についている菓子のカスが非常に残念だ。

「ディーゴ班長」
「はっ!」

ディーゴも本を捨てて敬礼し、このあとの言葉を期待して笑みを浮かべている。それは満足するものだが、落ちている本が春画なのが非常に残念だ。

「勇者サクの班と共に遠征に行くぞ」
「待ってましたっ!」
「なにか情報を得たんですか?」

ジルドの言葉にガッツポーズをとるディーゴと違いロナルは首を傾げる。
ジルドは重々しく頷いた。

「少しはな。お前のくだらん情報が役立った。結果、手っ取り早く勇者と話すことにした」
「……ん?それって」

なにも分かってなくね?
ディーゴが言いかけた言葉はロナルの感極まった声にかき消される。

「流石ジルド兵長っ!インテリぶっても結局脳筋だから、結局!こうなるんですよね!」
「うるせえ!いい度胸だなロナル!今度といわずに今だっ!今からしごいてやるっ!ディーゴ!お前も来いっ!」
「ええー俺とばっちりじゃん」
「丁度いいですね。俺んとこの班とディーゴの班もそろそろ戻ってくるんで一緒にお願いします」
「いいな。そういや勇者サクと勇者大地もなにか魔法訓練やってんだろ。今度混ざりに行くか」

ジルドの思いつきにロナルとディーゴが顔を見合わせ、それぞれニヤリと笑う。

「勇者たちが指導受けてんのってあの教官だよな。久しぶりに面白そうな顔が見れそ」
「あの教官の指導受けてる第3兵士とか相手になるんでしょうかね。少しは持ってくれればいいんですけどねえ」
「そういうな。ほとんど遠征に出たことがねえ温室育ちだ。それにいっぱしに国を守ってるって言えるように俺らが鍛えてやればいいだろ」

ジルドが鼻で笑う。
ロナルとディーゴも同じような表情を浮かべ部屋をあとにした。
閉まった扉から風が運ばれて、机の上に載っていた指令書が床に落ちる。

 
 
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指令

古都シカム西部にある禁じられた森境界線に異変あり
早急に原因の解明と解決を命ずる


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