狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

39.(加奈子視点)「サクくん残念だったね!」

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そういえば最近寒いなって思ってた。

「雪か」

椅子にだらんともたれかかって外を見ていたサクくんが小さな声で呟く。穏やかな低い声。顔が見えないけど、どんな顔をしているかは想像がつく。

「本当だ」

いくつもの蝋燭で明るい部屋とは違って窓の向こうに見える真っ暗な空にひらひら白い粒が落ちていくのが見えた。真っ暗闇に真っ白な雪。サクくんみたいだ。
……サクくんは冬がすっごく似合う。神秘的なんて言葉が似合う、綺麗な人。
真っ黒な髪はさらさらで、長い前髪の隙間から見える茶色の瞳が凄く綺麗。羨ましいぐらい長い睫で縁取られていて視線が合うといつもドキドキする。長い手足は骨ばっていて、体温は低いの。
最近すぐに怪我をしてくる。
綺麗な肌だってことを知ってるから勿体無いなって思っちゃうけど、治すのは好き。だってあの時間だけはサクくんを独占できる。怪我を治すのは私の特権。触ったって怒られないし隣にいても許してくれる。一緒に居れる。
……しょうがないなって困ったように笑って見下ろしてくる視線が好き。『ありがとう』っていつも最後に言ってくれるのも好き。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ほら、紅茶を持ってきただけでもこうやってお礼を言ってくれる。
サクくんは窓から視線を逸らして紅茶を飲む。息を吹きかけて紅茶を口に入れたらサクくんはいつも目を細める。それで、ごくりと喉を鳴らすの。

「美味しい」
「よかった」

この瞬間も凄く好き。
向かいにあった席を少しだけサクくんに近づけて腰掛ける。ほんのちょっとだけだから。

「コタツが恋しいなあ」
「あー、分かる」
「ええ?サクくんも?」
「ん。冬は首までコタツに入ってた。加奈子もコタツにミカン?」
「はは、うん。ミカン大好き」

去年はお母さんたちと一緒にテレビを見てたなあ。
そういえばあのドラマ、最後どうなったんだろう。自分の本当の気持ちを我慢して周りの言いなりになって結婚して、いままさに教会で愛を誓う瞬間好きな人が駆けつける。
そんなありきたりな展開がCMで流れてた。
手を取り合って一緒に走る光景も流れてたけど駆け落ちしてから幸せになったんだろうか。その場のノリでぜんぶ壊しちゃって、
本当に、幸せになったのかな。

「サクくん」
「ん?」
「……サクくんって、もしかして寒がり?」
「ん?そうだな、寒がりかも。ホッカイロ欲しい」
「ふふ」

お休みのときサクくんはガントレットとかの怖い装備を外してる。その代わりいっぱい着込んでるのがなんだかギャップがあって可愛い。大きなストールで体を覆って……あ。欠伸した。
長い指の隙間から隠しきれない大きく開いた口が見える。こういうところで一気に親しみやすさを覚えちゃう。高校生って感じがして安心する。
お城を歩いているときには絶対に見せない表情だから、嬉しい。ちょっとだけでもいいから、私がサクくんの傍にいて安心するようにサクくんも私の傍で安心してくれたらいいのにな。
お城の人たち最近サクくんに風当たりを強くしてるから……そろそろあの人たちをどうにかしなきゃ。
どうにか。
ああ、あの人たちのことを考えただけですぐ耳障りな声が聞こえて気持ちが鬱々としちゃう。
だけど──


「ふあ。……あー」


サクくんが声を出してまで大きく息を吐き出して、私の暗い気分まで吹き飛ばしてしまった。本当に敵わないなあ。
ちょっと前のめりになりながらサクくんを観察してみる。
サクくん凄く眠そうだ。目がトロンってなってて、なんだか、凄く色気?がある。

「サクくん?」

落ち着かなくって声をかければぼおっとしていたサクくんはゆっくり瞳を動かした。本当にさっきから心臓がドキドキ鳴りっぱなしだ。顔が赤くなってないか心配すぎる。
瞳に私が映ったのが見える。
瞬きしたあと意識がはっきりしたんだろうな。目が見開かれた。
サクくんのことだから眠そうにしたのを申し訳ないって思ってるんだ。罰が悪そうに視線を逸らした後、閉じた唇をつりあげて眉を下げた。

「……いつもお疲れ様」
「あー。ん」
「ね、サクくん」
「なに?」
「私、シュルトと結婚した」

さっき言いかけた言葉が今度はすんなり出た。
サクくんは目を少し見開いて、それから目を細める。

「そっか。おめでとう」
「……ありがとう」

唇をつりあげて笑う。
私も、笑う。
『お前のことが好きだっ』『私も本当はあなたのことがっ』頭の中に雑音が鳴る。綺麗な飾りで画面を縁取って、感動するような音楽が流れ出す。
笑える。フィクションだよ。

「不思議な感じ。あの世界に居たときはこんなことになるなんて想像もしなかった。勇者だって言われて片割れが出来て貴族になっちゃって。
……ああ、シュルトって貴族なんだって。それで私も必然的に貴族になるんだって。本当、変な感じ」

あの世界では空気みたいな存在で、たまに名前を呼ばれても憂さ晴らしの対象だった。
それなのに今ではお父さんと同じぐらいの年代の人が私を様付けして頭を下げてくる。お城にいる数少ない女性だって全員私に近づこうってニコニコ笑いながら話しかけてくる。男性だってみんな私を手に入れようとしてくる。可愛い綺麗な部屋があって、欲しいと思うものは言う前に全部準備される。
本当、変な感じ。
あの世界でもこの世界でも私はいてもいなくても変わらない。
加奈子なんていらないんだ。
ドロリとした感情が身体いっぱいに広がって引っ掻いてくる。血が出そうなぐらい痛いのに、涙も出ない。
私なんて。


「加奈子」
「……サクく!わ!あ」


私の名前が聞こえた瞬間、部屋が真っ暗になった。部屋に置いていた蝋燭の火が全部消えたんだ。蝋燭の煙の匂いが鼻をくすぐる。
そして──キラキラ、お星様のような光がひらひら雪のように部屋の中落ちてくるのが見えた。
まるで魔法のよう。
湖に光が反射するように輝いて柔らかに落ちてくる。思わず手を伸ばせば雪のように肌にのった瞬間すうっと消えていってしまう。

「綺麗」
「喜んでもらえてよかった」

顔を上げれば、暗闇のなか悪戯が成功したって微笑むサクくんが見えた。
ドキドキするの。
ああどうか私の顔が真っ赤なことにサクくんが気がつきませんように。大好きなこの人を困らせたくない。
──困らせたい。


「こういうの加奈子好きかなって思ったんだ」


伸びてきた手が私の頭を撫でる。
この瞬間が、胸が震えるほど嬉しいの。加奈子って呼んでくれるのが凄く嬉しいんだ。サクくんが一線を引きつつも私のことを心配してくれてるの知ってるよ。嬉しい。
だから私もなにか返したい。少しでも役に立ちたい。
キラキラ、キラキラ、光が落ちてくる。ぽおっと光ってサクくんの顔を照らしていく。
ああもうごめんなさい。サクくんごめん。また困ったような笑顔を作らせちゃった。ごめんなさい。
嬉しいの。

「私っ、いまじゃフィラル王国で一番人気の女の子なんだよ。それに、もう人妻!」

からっからだった喉のせいで声が震えた。唾を飲み込んで息を吐く。
頭に置かれた手を両手で持てば、冷たい肌に触れて心は落ち着いた。ニイッて笑ってみせる。


「サクくん残念だったね!いい女を逃しちゃったよ?」


一緒にいたい。せめて「加奈子」って呼んでほしい。傍にいれる権利がほしい。困らせるって分かってるけど、許してくれるのを分かってるから止められないんだよ。
蝋燭の火が灯る前にぎゅっと抱きつく。
……シュルトより華奢な体。
だけどこの国の兵士たちとも訓練して、遠征に行くときには雰囲気をがらりと変えて、魔物と連日戦ってる人。
ぎゅっと閉じてた目を開けるとキラキラ落ちてくる光が見えた。真っ暗な中ひらひら落ちていく雪に重なる。

サクくんは抱き返してくれない。

やっぱりサクくんは冬がすっごく似合う。冷たい、綺麗な人。すっごく人を魅了させるのに手元に残らない。掴ませてくれない。
だけど……サクくんは私の頭を撫でる。




だから、止められないんだよ。
  






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