狂った勇者が望んだこと

夕露

文字の大きさ
120 / 263
第二章 旅

120.「……まず座って話でもしましょうか……」

しおりを挟む
 



久しぶりに会ったライガは相変わらずだった。適当にハーフアップにしている茶色の長い髪も砕けた雰囲気もエセ関西弁も、にいっと笑う顔も。
それになにか嬉しいような気持がわいて……でもライガの言葉に警戒を覚えて距離をとる。勇者サクは死んだはずでライガもそうだと知っていた。この状況は果たしてどちらに転ぶだろうか。
私の前に立ちはだかってライガを威嚇するも軽くあしらわれている梅の手をひく。目が合ったライガは表情を変えない。

「おひさ」
「……久しぶり」

予想外のことで頭がついていかないのか、いつかのような挨拶をしたあと言葉が続けられない。数秒の沈黙が焦りを生んで頭が真っ白になっていく。助け船を出したのはそういえばこの場にいたオーズだった。私の肩を抱き寄せながらチンピラのようなことを言う。

「お前邪魔。悪いけどコイツも俺も急いでっからどけ」
「やーえらい男前やなあ~。これは悪いことしたな、どうぞ?」

ドアを塞いでいたライガが道を開けるとオーズは満足そうに笑みを浮かべて進む。私も肩にまわされていたオーズの手を払いのけたあと続けば手を握られた。目聡いことにそれに反応したのは私だけじゃない。

「ちょっとアンタ、サクに触らないでくれる!?」
「おい急いでるつってんだろ」

……ここでリーフがいたら更に五月蠅かったんだろうな。
嫌な想像に痛くなってきた頭をおさえれば「勇者さん」と周りをまったく気にしない呑気な声が落ちてくる。

「……知ってんだろ?勇者サクはもう死んだんで……っていう感じで通してくれると嬉しいんだけど」
「そうはいっても勇者さんは勇者さんやしなあ」
「言い方を変える。俺のことは黙っててくれ。対価が欲しいなら教えてほしい」

普通に黙っていてほしいうえオーズと梅がライガを殺してしまいかねない雰囲気をしているから切実に黙っていてほしい。ああもう、真面目に話したいのになりきれないのは良いことなのか悪いことなのか。
なんともいえない顔をしているだろう私を見てライガは笑った。

「対価はいらへんで?俺もあの国は嫌いやからなあ。あの国のメリットになることわざわざ言うたりせーへんせーへん」

嫌い?
思いがけない話に興味を持てば、オーズがまた話に割って入ってくる。

「信用ならねえな」
「お前が言うか?」
「は?いやいや、俺すっげーお前のこと助けてんだけど」
「え?ああ、あー?いや、助けられたことはあったけどそれもう帳消しになったし上回るぐらい迷惑かけられてるから」
「マジで薄情な奴」
「はいはい」

正直いまの面子で一番信用できない奴の発言に思わず突っ込めばこれだ。オーズはロウとディオのときの記憶は持っているんだろうか。今までの迷惑を自覚してないとなるとかなり迷惑な話だ。

「……ひどいわー勇者さん。男でもええんやったら俺でもよかったやん」
「は?」

思考を飛ばしすぎていたせいかライガが頓珍漢なことを言いだす。そのうえわざとらしく悲しがってみせるもんだから警戒するのも馬鹿らしくなってきた。
オーズと私の様子を見てソウイウ関係にでも思ったんだろうけれど、それにしても突然の文句に呆れてしまう。

「なに急に──あ」

でもそのお陰で思い出せた。ライガに手を伸ばす。

「ん?なんや、勇者さん」
「性別を変えられる魔法具。あれ、1つくれ」
「ええー?ひどいわーこの流れでそうくる?」
「いくら?」
「ほんまひどいわー悲しすぎるからねぎってやらんで?15万」
「分かった」
「ちょうど持っておいてよかったわ~まいどあり」

胸ポケットから取り出された紺色のピアスを確認したあとお金を渡す。梅たちは突然のやりとりについていけないようで黙って眺めている。同じく状況を見守り続けるアルドさんと目が合って会釈をすれば大人な微笑みを浮かべてお辞儀を返してくれた。

「……これ、使い方は?」
「収納武器を使うときと同じで魔力通せばええだけやで?戻りたいときも同じで──」

ライガの話を聞きながらピアスをつけたあとピアスに魔力を通すのではなく今かけている魔法を解いた。
ちょっと髪が伸びているものの元の世界の私の姿になって、なんだか新鮮な気持ちになる。
このままリーシェの姿に変えようかどうか悩んでいたら口をあんぐりと開けて私を見る梅を見つけた。梅は私が女だって知っているしリーシェの姿も見ているから特に驚く理由はないだろうに。驚くとしたらライガだろう。
そう思ってライガを見たら梅と同じような顔をしていた。あまり見ない表情にたじろげば、はっとしたような顔をみせたあと急に手を握られる。

「やっぱ俺と結婚して」

ぎょっとしてすぐ前にもあった同じやりとりを思い出せたからあのときと同じように全力で手を振り払う。

「しねえよ」
「ええやんええやん、とりあえず結婚しよ」
「とりあえずどけ」

へらへら笑うライガを押しのけて呆然とする梅を連れながらアルドさんと向き合う。オーズはラスさんが制してくれていた。

「お待たせしました。そしてお久しぶりです、アルドさん」
「またお会いできて嬉しく思うよ、サクさん。……彼のことを知っていたんだね」
「ライガですか?はい。フィラル王国で武器の仕入れのとき利用していました」
「ひどい言い方やわ~」
「事実だろ」
「お前もアルドさんと知り合いだったんだな」

ライガを見ようとしてさきほどより見上げなければならないことに気がつく。桜だと見え方が違うのか。私の視線に気がついた暗い藍色の瞳が弧を描いた。


「知りたい?」


なんの意味をのせているのか、素直に頷くのに気が引けて黙っていればアルドさんが穏やかに微笑みながら提案をする。

「ライガ、座って話そう。よければ皆さんもご一緒して頂きたい」
「是非……梅子?」

断る理由がなくて頷いたあと、一応、梅たちの反応を見ようと振り返ったらいまだ呆然と私を見る梅を見つけた。流石に様子がおかしいから梅の顔の前で手を振ってみればようやく目が合う。

「サク……?」
「そうだけど大丈夫か?」
「大丈夫……大丈夫」

どう見ても大丈夫じゃない梅に不安を覚えた瞬間、オーズが私と梅を引き離す。普段ならそんなことは許さない梅がこれにも無反応だ。

「……やっぱりコイツも危険だな」
「オーズ?」
「おい、糞女。ソレは止めろ」

オーズの口ぶりはディオが私に転移魔法を使うなと言ったときとまるで同じだ。なんだ?今の梅と転移魔法を使うときの私になんの共通点がある。

「聞いてんのか糞女」
「……?は……?なに、はあ?また私のこと糞女って言ってんの?」

オーズの呼びかけに寝起きのような顔が般若のような顔になっていく。
戻った。
そんなことを思ってしまうぐらいの変化だ。始まった梅とオーズの言い争いに今度は私が呆然としてしまう。だけどここで置いてけぼりを食らうのはアルドさんだろう。慌ててアルドさんに頭を下げる。

「本当に申し訳ありません……」
「いえいえ元気でなによりです。ああそれとサクさん。出来ればパーティーで会ったときの姿になってもらえないかな?」
「え?ああ、はい。それは構いませんがどうしてでしょう?」

紺色の瞳に紺を混じらせた長い黒髪はリーシェの姿だ。これ以上通り名を増やしたくはないしなんの問題もないため魔法を使って一瞬でリーシェの姿に整えれば、アルドさんは目を瞬かせたあと「よかった」と言って笑った。


「ちょうど息子がいるのでね」
「とりあえず結婚せーへん?勇者さん」


口喧嘩する五月蠅いオーズと梅の声をバックにしながら面倒なことを言う二人に天を仰ぐ。それから最後の頼みを思い出して振り返ればずっと口を閉じていたラスさんは淡く微笑みなにも言うことはない。



「……まず座って話でもしましょうか……」



私に言えるのはそれだけだった。




 
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...