狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

64.「あなたは勇者なんですね」

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案の定、古都シカムはお祭り騒ぎになって帰るのは次の日になった。
大地と話す機会はない。あのあと大地はウシンたちが少し落ち着いたときを見計らって色々話したあと、1人どこかに引きこもっているようだ。どこにいるかは分からない。話したいけれど、まあ、しょうがない。
祭りはウシンを筆頭に神殿の者が主催の祭りで昨日と負けず劣らずの賑やかさに布教が加わっている。ハトラ教、初代勇者、大地――同じ言葉が何度も繰り返されている。カルト集団ってこんな感じで作られていくんだろうか。

「……ん?ってかお前らまた酒飲んでんの」
「飲んでねえよ!酒なんかっ」
「あー?うっせーんだよハース!このカス!ああ?ザル!なんだっけ」
「下戸だこのボケ!あーもう、なんなんだよっ!くっそ!下戸じゃあ、ねえしっ」
「どっちだよ!」

無料で提供されている料理をとりに行って戻ってきたらリーフとハースが酒が入った瓶をそれぞれ片手に持ちながら叫んでいた。こいつらたち悪いわ-。苦笑するセルリオの向かいの席に座って隣に座るリーフを宥める。
頭を撫でるとリーフは少し赤い顔で得意げに笑った。ハースが机に突っ伏した瞬間だった。

「も、ほんと、ありえねえ……こんなのセルリオと、どうれべ、ほんと最悪」
「ハースもうゆっくり休んだほうがいいよ」
「つーかよお!お前のじいさんってよお」
「リーフさんももう飲まないほうがいいと思うよ」

美味しいお肉を食べながら楽しそうな3人を眺める。食べ終わるまでに少しは落ち着けばいいと思ってたけどどうやら難しそうだ。とりあえず今度からリーフに酒を飲ませるのは止めておこう。

「じゃ、俺ちょっと散歩行ってくるわ」
「え」

恒例行事のように喧嘩をし始めたリーフとハースにそろそろ頃合いだと思って席を立つ。少し1人で考えたいことがあった。
面倒ごとを任されたとすぐに悟ったセルリオがこの2人は手に負えないとかなんとか叫んでたけどきっと気のせいだ。セルリオ頑張って。食器を片付けて、時々「祝杯を」とすすすめてくる酒を断りながら人の多い道を避けて歩く。本当は部屋に戻って色々考えたかったけれど人でごった返していて無理だった。
皆、嬉しそうな顔。
周りが喜べば喜ぶほど冷めた気持ちが浮かんでくる。そんなに祝うようなことだろうか。私からすれば今回分かったことは最悪なものだった。

初代勇者が大地の兄って、どういうことだよ。

鍾乳洞にあった墓を見る限り初代勇者はもう亡くなっている。
『サクって俺の兄貴に似てんな』
大地らしくない眉の下げた笑みが頭をよぎる。あのときは気に留めなかったけれど話をはぐらかされた。
前の世界にいたときから大地の兄は行方不明だったのだろうか。でも大地には悪いけれけどそれは問題じゃないんだ。おかしいのは大地の兄ソラが初代の勇者だっていうことだ。勇者は召喚され続けて、アルドさんだって召喚されてもう25年になるといっていた。


「いつの話だよ……っ」


最初に勇者が召喚されたのはいつの頃だ。
勇者を召喚したハトラが崇められついには宗教にまでなった月日はどれほどのものだ。なんで、大地の兄がそんな昔に召喚されてんだよ。どれだけ年が離れた兄弟か知らねえし、もしかしたら義理の兄弟かも知らねえけど多く見積もって10年ぐらいだろ。時間がおかしいじゃないか。
召喚には時間のズレが生じるんだったら、元の世界に戻れる方法が分かっても意味がない。
母さんや父さん、梅たちに会えないんじゃ意味がないだろ。
都合のいいように考えすぎだったか?召喚されたときに戻れるのが当たり前だって思うのがそんなに悪かったのかよ。
元の世界に戻れても時間のラグがあるんじゃそこも異世界だ。

「ふざけんなよ」

目的地だった場所に辿り着いて荒くなった息と一緒に悪態をついた。
遺跡には人がいない。
初代勇者と縁が深いだろう神殿には人がいそうなもんだったけれど、ウシンたちを筆頭にハトラ教の奴らは神殿を神に見立てながらハトラ今教の素晴らしさを説き、どこまで本当か分からない歴史を語っていた。
近寄るのは恐れ多いことなのだそうだ。ノイズのように耳に届くそれらが五月蠅かったし、もう愛想笑いをできる自信もなかったから道中誰にも私の姿を認識できないように錯覚魔法をかけてここまできた。
でもここに来てどうするつもりだったんだろうな。
さっきいた場所と比べると断然静かでここのほうが居心地はいいけれど、ここに来てもなんの意味もない。扉を開けて中には入れないから初代勇者のことを調べるに調べれないし、ここが召喚なんて忌まわしいものを始めた場所だと思うと見ているだけで暗い気持ちが生まれる。

ああ、鬱陶しい。

遠く聞こえる笑い声、楽器の音、歌──夜を照らす提灯に飾られて、見慣れない亜熱帯の世界をハトラ教がいうように素晴らしい世界のように見せてくれる。
ぼおっと浮かぶ神殿を見上げる。
古びた神殿だ。遺跡だと思っていたときは年代を感じさせる造りに感動して凄いとか格好いいとか思ってワクワクさえした。
いまはただこんな呪いじみたもの壊してやりたかった。こんなもの……っ!



カタッ、と音がする。



はっとして音がしたほうを見た。
前にも感じた不気味な空気に肌が粟立つ。古びた神殿、大きな扉、寝転がるのに丁度よかった大きな岩、涼しさを提供してくれた木──そして黒いシルエット。


「……誰だ」


人型のそれが少し動いたと思った瞬間消えてしまう。追いかけることが出来なかったのは神殿の扉が開いたからだ。ギィィイと誘うようにゆっくりと開いていく扉の向こうは相変わらず真っ暗でなにも見えない。
危ない。
そう思うのに、私の足は神殿に向かっていく。それでいいとばかりに扉の中の廊下に火が灯されて奥に続く道がゆらゆらと照らされた。
念のため神殿の外に魔力を残しておいて中に入る。扉がまたゆっくりと閉まっていく。
きっと私が中から押しても扉は開かないだろう。どう考えてもまずい事態だけど廊下の明かりがついているからまだ安心できた。これで急に火が消えて真っ暗になったら流石にパニックだ。
外から見た神殿の造りだけじゃ想像できないほど長い廊下を進む。見慣れ始めた石造りの廊下が姿を変え始めたのはいい加減恐怖も治まってしまったころだった。
廊下が途切れて丸い台座を中心として広い空間が見える。そしてそこに、きっとさっき見た誰かの後ろ姿も。
長い髪だ。ジルドのように髪を高い位置で縛っているのにも関わらず腰まである。真黒な──謎の魔物のように真黒な髪。
紺色の長い羽織をあのときのようにふわりと動かして振り返った彼は私を見て悲しそうに笑う。



「あなたは勇者なんですね」



 


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