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第三章 化け物
178.「ねえ、レオルド」
しおりを挟むハースを私に紹介したジルドはそれから少しだけ会話したあと「仕事に向かう」と言葉を残して転移した。ディーゴの怒りが頂点に達する前にということだけど、気まずげに私を見るハースを託した真意を考えるとすんなりと納得はできない。
「よおハース!最初誰か分かんなかったぜ!」
「大地っ!?あ、し、失礼しました」
「つーかその恰好なんだよっ!ははっ!ウケル!」
「……」
理解できない現状にさらに加わった大地の登場にハースは素っ頓狂な声をあげたけど、一応仕事だし女性の前ということでハースは失態に頭を下げる。大変だなあ。それを見て爆笑した大地に口元引きつらせるのはしょうがないことだ。
流石に気の毒になって、探査魔法をかけて私たち以外誰もいないことを確認したのち大地の頭を小突いて黙らせる。
「頼むからお前少し黙れ。そんでもって少しはハースの気持ちになってやれって」
「いやだってこの状況面白すぎんだろ。ハースはコスプレしてるしリーシェはじょそ……そんな格好だし」
「いい加減慣れろ」
また女装といいかけた大地はいまだサクの姿に引きずられているんだろう。サクと言えないよう魔法で縛ったのは正解だったな……。そうでなければ今頃もっと面白い状況になっていたことだろうけど、目を白黒させるハースのために早くネタばらししたほうがよさそうだ。
「ところで奴隷魔法とかってかかってない?」
「……え?」
「ちょっと調べさせてもらう」
ジルドの部下みたいだったから大丈夫だとは思うけれど、念のためハースにかけられている魔法がないか探っておけば幸いなことになにもかけられていないようだ。安心して笑う。
「久しぶりハース。私はサクだ」
「……は?」
「言っとくけど女装じゃないんで。そこんとこよろしく」
疑いを深めるように寄る眉がしばらくして力をなくす。口を覆って後ずさるハースは私の全身を眺めて……黙った。大地と同じぐらい驚きつつも笑わないのはハースらしい。まさかと疑い考え込む真面目なハースは話すことが怖いようにも見える。
「サクが死んだあとのことを話そうか」
──ハースが重い口を開いたのは私が事の経緯をかいつまんで話し終わってようやくだった。片手で口を抑えて俯く表情は見えない。それでも緊張した肩が溜息で落ちたあと、ようやく顔が見えた。疲れきった笑みだ。下手な笑みを浮かべるハースが私を見て、俯いて、私を見る。
サクが死んだ日起きたことだけじゃなくて勇者や魔物の関係に頭が追い付かないんだろう。民を守る兵士として生きてきて、勇者に良い印象を抱いていなかったハース。きっとこの世界の人らしい反応のひとつは興味深い。否定だけで終わらず感情に任せて怒らないのはハースの真面目な性格故で、そこは、なぜか嬉しいような悲しいような気持になってしまう。
「……セルリオとリーフも無事なんだな」
「ああ。今から会いに行こう」
「……少し時間が欲しい」
「……ん」
ハースの立場からしたら親友のセルジオは勇者サクを助けるためフィラル王国に反逆したことになる。きっと私含めいなくなった2人の安否を確かめるため奔走していたのにその結果がこれとなると思うことは色々とあるだろう。
「大地、ハースのことを任せた。また戻ってくる」
「おー、まあ分かったけど……俺にも色々教えろよ」
ハースの様子をみるに私がいないほうが落ち着いて心の整理ができそうだから大地に頼めば、大地は不満そうな顔で愚痴ってくる。私を取り巻く現状すべてを話していなかったから拗ねているんだろう。セルジオとリーフの話になったときだってなんで教えてくれなかったんだと素直に訴えてきて困ったことだ。
「大地はあんまり知らないほうがいいんじゃない?」
「……神殿のことを言ってんなら大丈夫だ。ウシンにいろいろ話聞いたし……あんなとこ、知るか」
「ハースと一緒にお前もこれからどうするか考えといて」
「だからっ」
ウシンと喧嘩でもしたのかまるで家出少年のようなこと言う大地に釘を刺せば久しぶりにメンチをきってきた。大地なりに色々葛藤しているんだろう。じっと見ていたら舌打ちして背を向けてしまう。
「あー分かった分かったさっさと行けって!おいハースなに悩むことがあんだよ」
「俺は」
「あいつのはマジで女装じゃねえからな」
「は?なんの話だよ」
「本物だった」
「なんの話だよ」
本当になんの話なんですかね。
戻ってきたら大地に蹴りをいれることを決めて転移する。一瞬私を見た物言いたげなハースに微笑み返せたのか自信がない。
「……それで、なんでお前は私がここに来ることが分かるわけ」
「感覚?」
転移した瞬間、遠くない距離にいたレオルドが微笑んで私を見る。まるでドアのノックに応えるような自然な動作はどう考えてもおかしい。もしかして盗聴器みたいな物をつけられているんじゃないだろうか。ハースを探ったように自分にかけられた魔法を探ってみれば腹のあたりに違和感。それ以外はかけられた魔法はないようだ。
悩む私を抱きしめる手は遠慮を知らない。離れようとしても無駄なことが分かる力の強さに抵抗することを諦めていたら心臓の音が聞こえてきた。常々言っていた汚れをとる魔法をついに覚えたのかレオルドからは血の匂いはしないし身体も服も汚れてはいない。蒸し暑い森の中なのに腕の中は心地いい。
「……セルジオとリーフは?」
「それぞれ1人で闇の者と戦ってるところだよ」
「ええ……着々と強くなってる……いや、なにと戦う気だよ」
転移した瞬間見えた死骸の山は見間違いじゃなかったらしい。レオルドがシールドを張っているからしないけど腐臭も現実だったようだ。抱きしめてくる力が少し緩んだ隙を見計らって森に視線を移せば悲惨な光景が広がっていた。定期的に燃やしてるって言ってたけどいくつも山が見えるのはどうしてだろう。セルジオとリーフの討伐に燃やす頻度が合わなくなっているのだとしたら、これだけの魔物を倒せるようになった2人はどれほど強くなったのか。
「私のためになんて言うつもりはないけど……私は、私がしたいことをするだけだ。アンタらが付き合う必要はないんで」
コイツラはきっと私のために魔の森にこもってレベル上げみたいなことをしてる。追求すれば自分のためって言うんだろうけど、私の力になりたいからってしてくれてるコイツラに私はなにが返せるだろう。戦争に直接参加することは避けたいけどアルドさんがいうように私は逃げられないだろうし、その一端を担うことにはなる。進藤とは間違いなく対峙することを考えれば魔物や闇の者だけじゃなくて兵士や勇者とも対峙するだろう。
以前話したときよりも現実味を帯びてしまったことに怯える自分がいる。困るのはレオルドが動じないところだ。
「前にも言っただろう?俺は足手まといが死んで君が悲しむことがないようにしてるだけだし、俺は君の隣にいたいだけだ。そんなことより俺のことで悩んで?」
「それはもう十分悩んでますよ」
「へえ?」
当たり前のことをなんでそんなに驚くのか私の顔を覗き込んだレオルドが目を見開く。らしくない蒼い目を見返していて思い出したのは私の悩みをくだらないと笑ったレオルドの顔だ。
「君は……」
恐る恐る囁く声はなにを思っているんだろう。掠れた声はときどき震えていて思い出してしまう。
『会いたいから、寂しいから、忘れさせないため──全部言おうか?』
『半分頂戴?』
『君が好きだよ、サク』
『俺は君に望まれたい。君が欲しい』
『信じないだろうけど、俺はね?君が帰りたいのならできる限り力を貸す』
……思い出してしまう。
「今どんな顔してるか分かってる?」
人の気も知らないで頬まで染めて嬉しそうに笑いやがって、それなのに頬に触れてくる手は震えていて。
『愛しているから触れたいんだ。あなたをこの手に感じたい。あなたの見るものに俺を加えてほしい。俺を意識してほしい。俺を見てほしい──だから触れるんだ』
愛してるなんてよく分からない。それでも……触れられるのが嫌じゃないし、触れられるたびに動揺してしまう。思い出すこれまでのことは不安だけじゃなくて到底恋とは表せない濁った感情をつれてくるけど、
それでも、
忘れられない言葉が私を縛って離さない。それを嫌とは思えないんだ。
「五月蠅い」
レオルドの頬にある私の手は私より先に答えを知っている。顔は熱くてしょうがないし、らしくない自分に怖くもなってくる。ああそれでもそれだけじゃ駄目で──勇気を出さなきゃいけないんだ。
「ねえ、レオルド……私はお前だけのもんになってやれない」
「……前にも言っただろ?柵が増えるのは俺も望んだことだ」
立派なことを言いながらも相変わらず自分に言い聞かせてる感が凄い。それに笑えてしまうだけじゃなくてドキリとしてしまう理由はもう、分かってる。
背伸びして、レオルドに口づける。
なにを言えばいいのか分からないし、してくれたことを同じように返すにはそこまで勇気がない私にはこれが限界だ。既に心臓は五月蠅くて思考は定まらないし自分からする恥ずかしさに泣きたくなる。救えないのは抱きしめてくる力の強さに慣れてしまったことだ。これも嫌とは思わなくなってしまった。救えない。重ねたままの唇が離れて、詰めていた息を互いに吐きだしたあとは形を確かめるように食べあってしまって、絡んだ視線に胸が震えるのが分かってしまう。救えない──欲しいと思ってしまった。
「一緒にいて」
言葉にして沸いた不安は瞬く間に消えていく。
私の頬にある手が震えてる。見下ろしてくる蒼い目は泣きそうに細まって口元は幸せそうに吊り上がって。
──可愛いな。
そんなことを思う私は手遅れなんだろう。
「うん……一緒にいるよ。最後まで君と一緒に」
「え、重い……」
ついに涙を流した蒼い瞳が嬉しそうに笑って私を抱きしめる。呼吸を止めそうな力に流石に抗議してみたけど有頂天な男には痛くも痒くもなかったらしく私を抱きしめ続ける。しょうがないからレオルドの肩から顔を出して私も抱きしめ返せば少しは力を緩めてくれたけどしばらく解放してくれないのは明らかになった。嬉しそうに揺れる尻尾の幻覚を見つけてしまって私は目を閉じる。でも大丈夫。緩む口が私のものだってもう分かってる。抱きしめてくるこの力に怖さじゃなくて嬉しさや安堵を覚えるのももう分かってる。
──私はもう帰れない。帰らない。
思い出す顔があるけど手に力を込める。涙が頬を濡らしたけど、森に囲まれた場所で眩しい太陽を見上げる自分を忘れない。
私はこの世界で生きていく。
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