狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

77.「……どうか、お許しください」

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「やっと帰れた……」


部屋に戻ってすぐ足の力が抜けて座り込んでしまった。気が抜けたんだろう。
リーフはまだ帰っていないようで部屋は静かだった。私が部屋を出たときとまったく変わらないから研修自体まだ終わってないらしい。
お昼ご飯は食べただろうか。
そんな母親みたいな心配をした瞬間、そんなことを言ったら怒るだろうリーフの顔をセットで想像してしまって──笑ってしまう。
広い部屋に私だけの笑い声は変に響いた。不思議なことにそれに気がついてしまう。前はそれが当たり前だったのに、今はもう当たり前じゃないんだ。
リーフと一緒に住むようになってから飾りが増えたこの部屋はリーフがいないとなんだか物足りなさを感じる。「帰れた」なんて言葉が出てしまうぐらいにはこの部屋は戻る場所になった。

『よくきた、勇者達よ』
『どうか、お許しください』
『馬鹿なことやめたらー?』
『アンタ、治癒魔法じゃないでしょ』
『一緒に、遊ぼっか』
『取引せーへん?』
『不安ではないのですか』

座り込んだままぼおっと部屋を見ていたら色んなことを思い出した。
思い出すぐらい前になったこと。
ぜんぶこの世界での出来事だ。出会った人たちの顔が、声が──あのときの音や匂いを、温度を思い出す。

『で?お前はくんの?こねえの?』
『助けてくれてありがとうございます』
『……すみません』
『サク。ありがとう』
『本当に感謝する』
『ええからなんも考えんと俺の名前呼んどき』
『いってらっしゃい』
『ざまあみろ。ずっと閉じ込められればいいんだ』
『被害者面してんじゃねえよ』
『1人でずっと気を張って、いまだって魔法をまとってる』
『サク君は楽しい?』
『ごめん。……本当に、ごめん』
『逃がすかよお!!』
『俺はアンタの味方になる。桜のものだ』

色んなことがあった。怖くなるぐらい人を恨んだ。傲慢なあいつらを同じ目に遭わせてやるって、そんなことを思った。魔物を──生き物を殺した。人も殺した。
人前で泣いてしまったし、奴隷魔法を使ったし、信頼できる人を見つけた。

『……いってらっしゃいませ』
『唯一俺を殺せる人』
『俺は大丈夫だぜ!』
『……ごめんね、サク。また僕は不安にさせたね』
『ねえ、興味はありませんか?なぜ』
『もうずっと前のことだ。……もう25年も前になる』
『俺を受け入れてほしい』
『それほどあなたの魔法が異常なんですよ、サクさん』
『あなたは勇者なんですね』
『闇の者は勇者の近くによく現れます。そして私たちサバッドの近くに』
『どうか狂わないでください』

色んな立場の人間の思惑があちこちから湧いてきて悲鳴のように耳に残ってる。
黒い黒いソレがもうこびりついて離れない。暗い感情も、もうずいぶん身近にある。

『おいサク。お前さ、死ぬなよ』
『いつでもどうぞ』
『ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなっ!』
『あなたがこのことを思い出すのはいつなのでしょうね』

いつ。
私はいつ──帰れるんだろう。



「サク様」



部屋に響くノック音。
コンコンと一回。そして時間を置いてもう一度。それからたっぷり数秒待ったら諦めてくれるんだ。
ミリア。

「……サク様」
「どうした?」

ドアを開ければ想像していた通りの姿でミリアは部屋の前に立っていた。初めてミリアを見たときとまったく同じ姿。緑色のワンピースが風に吹かれて揺れる。
蜂蜜色の髪もおろしていたけれどあのときより少し伸びていて時間の経過を感じさせる。ミリアの細い手首についた緑色の飾り紐も、あのときとは違うのだと教えてくれた。
けれど。

「……なにか用事?」

ミリアはなにも話さずただ黙って私を見上げるだけだ。
私も、追及できず黙っていた。


予感がする。


あの廊下でのミリアとのやりとりが何度も浮かんでは消えていく。悲しそうに笑う顔が目の前のミリアにブレて重なって──目の前のミリアが私に手を伸ばす。

「……どうか、お許しください」

あのときとは違って私が見下ろしているせいで私の肩に伸ばされた手はとても小さく見えた。ドアノブに置いていた手をミリアの髪がくすぐって離れる。呼吸を感じられる距離で見る青い瞳はあのときのように閉じられることなくただじっと私を見上げている。
召喚の後この部屋でかわしたやりとりの再現に、思わず開きかけた口を閉じる。
ああ、やっぱりそうか。
ミリアの行動の意味が分かって、私も、同じように返す。

「俺は、あんたらいらないから」

自分で言ったくせに掠れて力ない声だ。だけど通じてミリアは悲しそうに、ではなく安心したように笑った。それは私が泣きそうになってしまうぐらい穏やかな笑顔で胸が締め付けられる。
予感はきっと正しいんだ。

勇者召喚は今日行われる。

ああ、そうか。だったらレオルドはもうこの国にはいないのか。
それが分かってズキリと胸が痛む。ついさっきまで一緒だったのにもうどこにいるかも分からないなんておかしなことだ。
今朝、いつまでも離してくれなかったレオルドを止めてくれたのは扉越しのメイドの言葉だった。
『緊急の会議がございますのでおいで願いたく存じます』
朦朧とした意識のなか聞こえたメイドの事務的な言葉に、レオルドも仕事らしい仕事をしてるんだと馬鹿なことを考えて、結果的に止めてくれようとしているメイドに感謝を覚えた。
でもきっとあれはレオルドが勇者召喚を邪魔しないようにするための誘い出しだったんだろう。いつかした話を思い出して笑ってしまう。
レオルドがいてなんで勇者召喚するんだ、みたいな話をしたときだ。レオルドが言っていた。
『なんでだろうね。まあ、俺は遊べるから別にいいんだけど、無駄に魔力使うのは気に食わないんだよね』
この城の人間とは思えない発言はこの城の人間にはやはり受け付けられるものではなかったようで、勇者召喚の度に任務に行かされたとのこと。露骨なときには騙し討ちのように無理矢理転移させられたこともあったとか。
そこまでしてこの国に居るのもイメージに合わない。
そんなことを言ったら目を細めて笑っていた。


さあ、腹をくくれ。


どうなるか分からないけれど考えていたことだろ。
この城を出る。
それに召喚が行われるなら邪魔したいし、できるなら失敗させたい。できないのならどうやって召喚するのか見ておくんだ。そして機会を待つ。あいつらが出来るのなら私も出来る。
方法が分かったら──

「ミリア。リーフいまどこか知ってる?」
「……リーフ様は研修にでておられます」
「いつ頃終わるか分かる?明日の遠征で足りないもの買いに行きたいんだ」
「申し訳ありません。私では分かりかねますので、確認次第またお知らせにあがります」

もういつも通りに戻ったミリアはお辞儀をして、他の用事はないかと辺りを見渡し最後にもう一度私の顔を確認する。これもいつも通りだ。
毎朝見てきた姿。

「……じゃあ、ミリア一緒に買い物に行ってくれない?見繕ってほしいものがあるんだ」

自分への言い訳のためかもしれない。
でもなにもしないままではいられなくてミリアを誘った。春哉の奴隷魔法を解くのに使った魔力を考えるとこの後のために魔力は温存しておかないといけないし、ミリアの奴隷魔法を解くのも難儀するだろう。
それでももしミリアが「はい」と言ってくれたなら、隷属された状態だからこそのイエスだとしてもそんな懸念はどうでもいいかと思えた。
長い沈黙だった。
けれど見開いていた目がゆっくり閉じていく。


「……申し訳ございません」


そして胸を押さえながら絞り出された声が廊下に落ちた。ミリアの額に浮かび上がった汗が肌を伝い涙のように落ちる。抵抗するように震える身体は、春哉が奴隷魔法を打ち消しながら本心を語っていたときと同じで。

「私には仕事がございます。では、リーフ様の研修が終わる時間を調べてまいります。お部屋でお待ちくださいませ」

ミリアはそれを最後にもう一度お辞儀をして背を向けた。きっとミリアはリーフのことを調べたあとまた部屋に戻ってくるんだろう。指示されるとおりに、そして、これからも。
ありがとうもなにも言えなかった。
きっとそれを言ってしまったらミリアはミリアを縛る奴らに絞られるだろう。最初に春哉と話したとき、春哉も言っていた。命令によってはあったこと話したことすべて主人に話すことになるって。
きっとミリアも色々制限をかけられている。その中で私を助けようとしてくれた。私が出来るのは私に一番近かった付き人のミリアはちゃんと仕事を全うしていたとみせることだ。私がミリアを騙して動いていたようにしなければならない。
小さな背中が見えなくなるより先に部屋に戻って、準備をする。
時間はそう多くはなさそうだ。
クラリスが見つかって春哉の奴隷魔法が解けたことも分かる頃合いだろう。だからこそいまこのタイミングでミリアをこの部屋に向かわせた可能性もある。リーフの研修だってもう本当かどうか怪しいところだ。なんだかんだと理由をつけて長く拘束されている可能性が高い。
それでもリーフはきっとこの部屋に戻って予め話していたこういうときの対処をあますことなくしてくれるはずだ。隠していた道具や細工を収納したり解除して身軽に動けるように四次元ポーチに荷物をまとめる。日ごろから荷物はまとめていたから用意ができるのはあっという間だった。
静かな部屋。
リーフが好きな飾りもとっておいたから、召喚された初日に見たときとほぼ変わらない部屋に戻ってしまった。

「……」

なにか言いたくなったけれどなにも吐き出せない。代わりに自分自身を誰にも見えないように魔法をかけて目を閉じた。


もし、の日は既に今日だ。


どうせこの城から出て完全に敵対するのならやれることやっておこう。
腹を決めて転移する。

そして見えたのはあのときと変わらない光景だった。




 

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