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第三章 化け物
183.「まあ、でも、結局よかったかもなあ?」
しおりを挟む明るい日差しを感じて目を開ければ見慣れない部屋だった。大きな窓の向こうでは空高くのぼっている太陽があってずいぶんよく寝たのが分かる。んっと背伸びしながら欠伸して、息を吐く。机には2つのティーカップとティーポット。お茶を淹れて飲んでみればやっぱりミントティー。
「ここジルドの部屋じゃん」
おそらく、神聖な場所で気絶した私をハースが連れ帰ったんだろう。私の護衛という立場になったハースからしたらレオルドたちのところに置いていくこともできなかっただろうし、しょうがない。むしろレオルドたちを説得してここまで私を連れ帰るのはものすごく面倒だったに違いないし申し訳ない。
今度なにか埋め合わせをしようと思いながら部屋を出れば人気がなく静かな廊下。ジルドは帰ってきてるんだろうか。誰かに話を聞こうと思って適当に歩いていたら慌ただしく動くメイドさんを見つける。私を見たメイドさんは目をまんまるくしてすぐに駆けつけてくれた。いたく私の体調を心配するメイドさんは私をジルドの部屋へ連れ戻したいらしい。話をすればするほど語気が強くなっていくのが分かってジルドがいま図書室にいるらしいことを聞き出したあとはすぐにその場を離れることにする。
いままではこんなことなかったのになあ。
メイドさんたちが私とジルドの関係を知っているのか微妙なところだ。そういえばアルドさんは……トゥーラ経由で知ってるんだろうなあ。考えた瞬間なんとも言えない気持ちになってどっと疲れてしまう。紗季さんに会って話を聞いてみたいと思ったけどちょっと時間をおきたくなってきたな……。
『色々片を付けてから、でしょ?』
逃げ出したくなる私にくぎを刺すように思い出したのはレオルドの微笑み。
「これも色々のうちのひとつか」
そうは思うけど頭をかきむしりたくなるのは私がまだまだ大人になりきれていないせいだろう。だって、たくさんある。そのくせどれも面倒だし恥ずかしいし億劫だし覚悟がいる。優先順位をつけるのだって難しい。
私が片をつけたいこと、つけなきゃいけないこと──
「リーシェ」
ぐるぐるする考えがまとまりきらないうちに図書室の扉を開けてしまったせいで中にいた人が先に私に気がついてしまった。片をつけたいこと。私を見て微笑んだジルドのこともそうだ。
「あー、リーシェさんやん。ちょうどいまアンタのこと話とってん」
隣で目を細めたライガのこともそうだ。
もしコイツもここにいることが分かっていたら私は部屋に戻ってたのに。片をつけなきゃいけないことだって分かるけど、どうしても逃げ出したくなる。
伸ばされたジルドの手をとることはしなかったけど、回れ右をするまではできなくて2人の近くに移動する。隣に立つジルドを見ればずいぶんとまあ表情が緩んでいて殴りたくなってしまった。
「ほんま、えらい仲がええなあ」
からかう声にこんなところにも影響があったのかと頭を抱えたくなったけど、私の腰を抱く手を叩き落すことを優先した。凝りないジルドは私を見て面白くない笑みを浮かべる。なにかを考えてる顔で、私の反応を見て楽しんでる顔だ。
「ライガ。俺は、彼女がそうだ」
なんの話をしているのかジルドがそう言うとライガはへらりと笑う顔を消して目を細める。図書室に入った私を見たときと同じ表情をしたライガは視線を落として「ふうん」と感情もなく呟くと、視線を戻す。顔に張りつけた笑みは苛立ちのようなものを滲ませていてドキリとする。
これは、この場にいないほうがよさそうだ。
確信して回れ右をしようとしたら、また、腰を抱いてきた隣の男がニヤリと笑みを浮かべる。
「酷いなあ。俺がさきに目えつけとったん、知ってたやろ?」
「早い者勝ちだ。それにお前が俺でも同じことしただろ」
「そらそやろ。あー嫌やわー似すぎてほんま嫌になるわー」
なにかよく分からないことで通じ合う2人はジルドの拘束から逃げようとする私を見て、本当に、よく似た笑みを浮かべた。
「まあ、でも、結局よかったかもなあ?」
「あなたがどんな判断をくだすにしても、この話はあなたの進む道の手掛かりになるかもな」
「……なんの話」
不穏な空気を孕んでいるのが分かっても聞かずにはいられない私にライガが含んだ笑みを浮かべる。
「ジルド。俺も、そうやで」
落ち着いた声が途切れた瞬間なにかが身体を覆ったような錯覚に陥る。似たような感覚はつい最近覚えがあったもので、2人を見ればしたり顔で見下ろしてくる。
「契約をしよう」
「契約しよか」
ひどく面倒な魔法をかけられている気分になる。なにも考えずに頷けばあとで後悔するだろうことが分かるのに、すぐに拒否できないぐらい沸いてしまった強い好奇心が喉元飛び出しそうだ。私たちの間に浮かんだのは二重丸の文様で、なかには赤色と黄色の魔力で名前らしきものが書かれている。アルドさんとした契約のときと同じだ。
「契約って、なんの」
「「共犯者」」
「……もっと詳しく知りたいんですけど」
「契約したら知りたいことの一部を知れるで?」
「これ以上は話せない」
「私が負う対価は」
「ないなあ」
「あるとすれば知ってしまうことぐらいか?そのあとどうするかはあなた次第だ」
決断を委ねてくれてはいるみたいだけど私がどうするかはもう2人のなかで決定事項のようだ。自信満々なところは気に食わないしなにがなんだか分からないけれど、この2人は適当な理由で契約をもちかけはしないだろうし、リーシェとしての私を見てきた2人がいう私の知りたいことは、間違いなく私がほしい情報だ。
「共犯者、ね」
白い魔力が混じっていく文様越しに見る2人は堪えきれない笑みを浮かべていて、つりあがっていく唇を見ていると不安がわいてくる。早まったかと思ったところで名前を書き終えてしまって、後悔したときにはキラキラ輝く文様は完成したのかパッと宙に消えてしまった。
「ようやくちゃんと自己紹介できるわあ、リーシェさん」
私の手を握ったライガは藍色の瞳を狐のように緩ませて私の顔を覗き込む。
「俺の通り名はライガっていうねんけどな?もっと正確にいうと千堂ライガっていうねん。これだけで分かる?」
言葉なく驚く私を見たライガは「話が早いわあ」と上機嫌だ。
千堂。
きっと、あの千堂さんのことだ。
ライガが勇者か勇者の子供の可能性が高いとは思ったけど、千堂さんの子供だったとは思いもしなかった。いや、千堂さんの子供は死んだはずだ。千堂さんと一緒に魔物に食べられて死んだはずで……っ!
「父アルドたちのことを話そう」
「俺たちが知ってるあの日のことを……里奈さんが死んで、母さんが死に、親父さんたちが契約に縛られた日」
この日を待っていたとばかりに語りだす2人を見て頭をよぎったのはジルドの言葉。
どうするかは、私次第。
目の前にいる共犯者たちが自信満々だった理由が分かってしまう。
私は2人と同じ笑みを浮かべていた。
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