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第三章 化け物
184.「よくもまあ俺がおるところでそんなんできるなあ」
しおりを挟む千堂さんと里奈さんは林さんという男性と一緒に召喚されたらしい。林さんが魔物に殺されてからはほとんど2人で行動していたものの、古都シカムで活躍していたウシンやキューオ、のちに千堂さんの夫になるロセとも時々手を組んでの魔物討伐にあたっていたのだとか。古都シカム面子とよく手を組むようになったのは千堂さんたちが召喚されてから2年後、アルドさんと紗季さんが召喚されてからで、その関係はアルドさんが言っていたように良いライバル関係だったらしい。
「俺は親父さんたちが召喚されたときに生まれたんよ。母さんは千堂で父さんはロセ」
「俺はその2年後、だな」
そう言ってライガが机に紙をおくと次々に文字を書き込んでいく。語られる17年前の内容はウシンから聞いた話と同じだ。
「あの頃は俺らも子供でよう分からんかったけど勇者召喚についてよお話とったわ。秘密の会談なんていうて大人で集まってなあ。まあ、それで目えつけられたんやろな。確かなんは17年前里奈さんが死んで親父さんたちはキューオに契約で縛られてしもうたことやな。契約に必要な魔力は紗季さんもちで、下手に契約を解除しようもんなら死ぬっていうやつでな?おかげで親父さんたちはフィラル王国の監視下のもと古都シカムから出られなくなって今に至るんよ」
「俺は両親を殺さないことと古都シカム侵攻を防ぐためにフィラル王と契約を結んであの国の兵士になった。勇者の子供ということで名は知られていたし利用価値があったようだ。ちょうど魔法が使えるようになったしな」
内容とそぐわない軽い口調で話すジルドにライガは「懐かしいなあ」と笑いながらペンを走らせる。失敗。紙にはそんな文字が何度も書かれている。
「おおよそ知っていたようだな?」
ハッとして顔をあげればジルドが楽しそうな笑みを浮かべていた。知っていたなら助けてほしかったとか、そんなことは微塵もない表情にジルドらしいとは思うけど呆れてしまう。
「そうですね。この館の人からもいろいろ教えてもらいました。トゥーラたちを契約で縛ってるのはキューオなんですか?」
「そうだ」
「……キューオって勇者なんでしょうか」
「そうだとしてもおかしくはないが断言できないな。里奈さんたちが召喚されたときにはすでに筆頭魔導士としてフィラル王国にいたらしい。筆頭魔導士になる前から各地で魔物討伐に奔走していた姿を見たという証言が多くあることを考えれば、その時代の勇者から考えればあまりにも自由すぎる。フィラル王国を離れ古都シカムを拠点に魔物討伐に出ていたこともそうだ」
「昔は勇者の扱いがひどかったんですか?」
「その力の検証が理由ではあるそうだが使い捨てのような扱いだったらしいな」
フィラル王国でした訓練を思い出す。あれはそうした過去があって作られた制度だったのか。物事はいろいろ理由があるらしい。人だってそうだ。キューオのことだってハースの話を思い出せば、確かに、この世界の人からみれば悪いだけの人じゃないんだろう。
「そうですか……それならキューオのことは尚更勇者かどうかはっきりさせたいですね。勇者である可能性が高い動きをしてるのに甘い契約をした理由が気になります」
「……というと?」
「なんて言いますか……この世界の人と勇者では魔法の考え方が違いますよね。私からすればできはしないと思うことを叶えてくれることじたいが魔法ですけど、この世界の人は理屈があれば魔法というのは当たり前で……そこがもうおかしいんですよね。誓いを破ったら代償を払うという契約を魔法で縛ることはできるのに、それしか思いつかない。この世界の人は形としてできあがったものは当たり前に魔法として使うけれど、付け加えたり新たに作ったりすることができない。そもそも、今回の件では契約なんて必要なかったでしょう?秘密を隠しておきたいなら記憶を消してしまえばてっとり早いじゃないですか。どうしても契約にこだわるのならもっと確実な契約にしたほうが安全です。なんらかの手段をもって人に秘密を洩らそうとすれば死んでしまうだったり話しても違う言葉として相手に伝わるだったりともっとやりようはあったはず。それなのに抜け道を作ってる。契約の維持に力を使うにしても勇者なら魔力も十分ですし足りないのであれば奴隷を使えばいいのに……ああでも、アルドさんと紗季さんにかけられた契約はらしいものですよね。命という重たい代償によって契約にかかる魔力に違いがあるんでしょうか」
以前も思ったことを言えばじっと見下ろしてくるジルドと目が合って、思いのほか真剣な表情に動揺してしまう。空気を壊したのはいまだ書き込みを続けていたライガだ。おかしそうに噴出して私たちを見上げる。
「やっぱええなあ。ほら言ったやろ?キューオってぜったいなんか企んでんねんで。わざわざ契約結ぶより全員殺してもうたほうが明らかに楽やしなあ。お前との契約を守るにしてもこの館の人間は見せしめのために殺してもよかったはずやしな?ああそうそう、抵抗せんか魔力の肩代わりをせーへん限り代償になにを使おうがかかる魔力は一緒やで?でも人数分かかるのは絶対や。」
レオルドのように言わなかったことを口にしたライガはジルドを見てニヤリと笑う。この件は2人の間でも検討されたことだったらしいく、ジルドはそのときから納得していないようだ。
『お前だってさっきから憶測で決めつけてばっかりじゃねえかっ。フィラル王国が悪いって前提で話進めて被害者面してやがって』
思い出すのはハースの言葉だ。決めつけている、そうなんだろうか。でもそれなら誰が悪いんだろう。
「だがあの日、キューオ自身がフィラル王に契約の助言をした。母の魔力を使えばいいと言ったのはあいつだ」
「みたいやなあ」
「……17年前フィラル王もその場にいたんですか?」
「ああ、いた。あの日千堂さんと俺たちは留守番だったんだが、死んだはずのロセさんから里奈さんが死んで両親が捕まった話を聞いてフィラル王国に行ったんだ。殺される寸前だったがなんとか間に合って契約の交渉ができたな……その場には俺と両親とキューオとフィラル王がいて、結局あの日は魔物が襲ってきた忌まわしい日という形で処理された」
「父さんは自分で里奈さんを殺したくせにわざわざ母さんを里奈さんのとこに連れてくねんもんなあ。そのくせすぐ母さんにバレて俺は2人が死なないようにするだけで精一杯やったな」
微笑む藍色の瞳に泣き笑うロセを思い出す。千堂さんは亡骸の近くでロセに贈った槍を見つけてしまったんだろうか。それとも、ロセ自ら告白したんだろうか。
「キューオはその日から拠点にしていた古都シカムを捨てて、以来一度も姿を見せていない。魔物討伐もあまりしなくなった」
「そして親父さんたちは古都シカムに残って俺と母さんとジルドはフィラル王国に住むことになった。まあ、人質やな。父さんはフィラル王国側の人間やったらしくてな?母さんを守るために忠誠心の証として里奈さんを殺したんや。母さんは俺を守るため感情を殺してこの国に来た」
もし私がライガだったらとてもじゃないけれどロセのことを父さんとは呼べない。それなのにライガは憎しみをこめるわけでもなく淡々と話していて、それに引っかかる私に気がついたんだろう。紙から顔をあげたライガがなんてことのないように言う。
「父さんは勇者じゃなかったけどフィラル王の奴隷やったんや。あんま責められへんわ」
「……奴隷」
「そ。古都シカムに長いこと潜伏しとったんやって。ほんで母さんに惚れてもうて結局ああなって……アホやなあ。母さんはもっとアホやで?俺たちはフィラル王国にきてから復讐のために情報を集めとったんやけど、俺が16歳になった10年前、母さんが里奈さんみたいに単身復讐に行こうとしたんや。この世界に召喚された自分と同じ歳になるまで俺が育つのを待っとったんやと。父さんを盾にされても知るかって感じでフィラル王に一矢報いたるって意気込んでたけど……殺せなかったねんもんなあ。キューオに防がれてフィラル王をあと一歩で殺すことができなくて父さんも殺すことができなくて、最後は俺をフィラル王国から逃がすために芝居うって魔物に食い殺されることを選んだんや。次々に現れる魔物を倒すことなく苦手な錯覚魔法と転移魔法までつこうてなあ。お陰でこの館に転移したときにはもうすでに手遅れ。俺だけ生き残った」
「……よく誤魔化せましたね。錯覚魔法は見せかけだけですし、確認すればすぐに分かったはずですが」
「そこやねん。俺が父さんを恨むに恨めへんのがなあ、本当に食い殺されたのが父さんやからや」
ペンを止めたライガが伸びをしてジルドに紙を渡す。2人とも穏やかにもみえる表情でそれが逆に怖くなる。見上げてくる藍色の瞳は弧を描いていて、私を勇者さんと呼んでいるときのような軽い口調で、淡々と話していく。
「転移直前に見たのはフィラル王をどこかへ転移させるキューオとその場に残って俺を見た父さんの姿や。結局、母さんがフィラル王を暗殺しようとしたこの事件は、母さんが父さんを殺して息子ともども魔物に食い殺されたという形で処理された。それをジルドから聞いたあとあの場所に行ってみたらな?ちゃあんと血痕があってん。魔法の形跡もなにもなくて錯覚魔法でもなんでもない。骨が少しと大量の血のなかに父さんと母さんの武器と指輪があったわ。予想やけど父さんと母さん打ち合わせしとったんやと思う。それか、母さんの演技に気がついた父さんがフィラル王に自白させられる前に死ぬことを選んだかやね。その証拠に、母さんが望んだとおり俺は生きてる」
「そしてライガが本当は死んでいないんじゃないかと疑っている勇者が最近フィラル王国の力をよく使うようになった」
「ルラル王国の女勇者レナ」
「コイツに固執して召喚のルールを見つけ出した女だ」
「余計なこと言わんでええねん。な?リーシェさん。これ見てなんか分からん?」
口を尖らせるライガにジルドが唇つりあげながら紙を渡してくれる。失敗という言葉が並んだ紙はどうやら勇者召喚のことについて書かれていたものだったらしい。梅たちが召喚された今年から28年前に千堂さんたちが召喚された年までの表で、知らない名前が多くある。それに、予想より失敗している年が多い。
『コイツに固執して召喚のルールを見つけ出した女だ』
『油断大敵やでー?勇者進藤はいま女勇者レナが統べるルラル国におる。なんやあの二人手え組んでアンタを見つけ出すことに躍起になってるみたいやで?あれは死体探すゆーより捕まえたるって感じやったなあ』
『サクが死んでない確信を持っていたんだ』
思い出す言葉。
「勇者召喚が失敗する理由に勇者の死亡が関わってる?」
「そう。勇者が死ねばその数だけ召喚が失敗に終わる」
紙に書かれた失敗の言葉のあとに( 勇者死亡 )が付け加えられる。
「勇者召喚は知っている限り毎年同じ日の同じ時刻に行われていた。7月4日だ」
「例外は今年やね。今年は4月4日やった」
「勇者翔太の貢献で魔力が満ちたとのことらしい。詳細は契約の関係で分からなかったがな」
「そんで勇者の子供が死んだ場合やけど、それはルールに引っかからへん。あくまで召喚された勇者が死んだ場合にのみルールは適応される」
「だから来年は確実に召喚がされない。先日、老衰で勇者が一人亡くなった」
一瞬勇者サクのことが頭を過ぎってドキリとしてしまったけど、違う勇者か。ちらりとライガを見れば私の心境を読み取ってかじつに楽しそうな表情をしていた。
「2人は各地にいる勇者のすべてを把握しているんですか?」
「すべてじゃないやろなあ。でも俺たちは17年前のあの日から今日までずっと復讐のために準備してきた。ほぼ知ってる自信はあるでー」
「長い時間をかけてきた……あなたは父アルドから戦争の話を聞いただろうか」
戦争。
アルドさんといいジルドといい、この親子は笑えるぐらい意志が強くて揺らがない。怖い言葉を怖気づくことなく言ってしまって、動揺するどころか待ち望んでいたような顔をする。
「起きるとしたら来年の召喚が行われる日だろう。遅くとも、だ」
赤い髪が揺れる。見下ろしてくる表情は勇者サクだったときによく見たものだ。それなのに頬を撫でてくる手はベッドで眠る私を撫でるときのように優しい。
「俺もあなたもけりをつけなければならないことが多くある……その日までに後悔がないようにしよう」
その日。
戦争が始まる日。
その日。
その日がくる。
笑う茶色の瞳に目を逸らすことができない。確認するように触れた鼻先に身体が反応してしまうけど顔をそむけることはできなかった。キスを交わしながら意識してしまうのは肌を撫でる体温。他のことなんて考えられなくなってしまって──現実に引き戻したのは肩を抱く強い力だ。
「よくもまあ俺がおるところでそんなんできるなあ」
ジルドを見て薄笑いを浮かべたライガは腕の中にいる私を見てにこりと笑みを深める。ぞっとして反射的に身体を抱く腕を押したのに、ぴくりとも動かない。
「しばらく会えないんだ。大目にみろ」
「よくいうわあ。ええからもう、はよ行き」
しっしと手を振るライガからジルドに視線を移せば、ジルドは悩むように数秒黙ったあと唇をつりあげる。
「戻ってきたらまた神殿の調査をしよう」
……戻ってきたら、ということは今からフィラル王国に行くんだろう。戦争をしかける国へ行って大丈夫なんだろうか。契約が解けたことはもう伝わっているんだろうか。
次々と沸いてくる疑問や不安は戦争がくる現実を受け入れていなかったことを痛感させる。ぼんやりとした未来がどんどん確実になっていく。人がたくさん死ぬ。それしか知らない戦争が10カ月ほどで始まる。
その日、私はなにをしているんだろう。
「……遅かったら先に始めてるんで」
「っ!……ああ、早く戻る」
今できることをしようと思ったら悠長にしている時間はない。そう思って釘をさしただけなのにジルドは表情を崩して幸せそうに笑いやがる。そのくせ最後にしっかり魔力をとっていきやがって、お陰で図書室に残ったのはきまずい時間だ。腕は相変わらず押してもぴくりとも動かない。
「それじゃあ、勇者サクに話さなあかんことを話していこうか?」
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