狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

83.(別視点)「舐めんじゃねえっっ!」

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「なに突っ立って――」

追いついたハースが荷物を置いて部屋に入ってくる。ハースは動かない二人が見る先に視線を移し、声を失った。
いつかしたティーパーティーでこの部屋に初めて入ったとき大きな窓が沢山あるなと一人思ったものだ。そして紅茶を飲みながら賑やかな部屋を照らす太陽を窓から見ていたのだ。白い雲を飾る青い空は綺麗でリーフに喧嘩を売られるまでじっと見ていた――その空が、ピンク色になっていた。
それはこの国にシールドが張られたことを意味する。

「なにが起きて」
「サクッ」
「サクゥ?サク班長かっ?」

リーフの叫びにハースが素っ頓狂な声を上げるが、リーフは気にもしないで窓に駆け寄る。窓を開けてなにかを探しているリーフはなにを思ったか大きな魔力を身体にのぼらせたかと思うと壁を壊してしまう。
大きな音を立てて崩れ落ちていく壁は視界をクリアにした。

「あそこだ!」

リーフと同じように身を乗り出したセルリオが叫んでリーフはすぐそこを見る。桜がいた。
川にかかる橋のうえで兵士に囲まれている。

「う、あ」

目の前で、手の届かない遠くの場所で、桜が敵の攻撃に態勢を崩す。
矢に射貫かれたようだった。血も出ている。

「嘘だ」

桜の近くにいる兵士とは違う格好をした敵が指示を出しているらしい。兵士たちが桜を囲っていく。逃げられるだろうか。でも遠く離れた場所にも野次馬のように立つ兵士がいて囲まれている。
どうしたらいい。どうすれば――……大丈夫。
リーフは悲鳴と呪いに似た魔法をたちあげる。けれど、これを使ったら桜ともう一緒に居られなくなる。そんな後ろ髪ひく想いが脳裏を過ぎって、魔法を使うのを遅らせた。それをリーフは後悔することになる。
桜がまた射貫かれ、血を地面に残しながら兵士たちに追われる。

違う。そっちは駄目だ。

声を出しているのかも分からない。ただ、あそこに行きたかった。魔力全て使ってでもいいから転移したかった。でも、魔法で阻まれているのか、できない。


「――く、――あ!――ぁあっ!!」


桜が崖から落ちていく。
信じたくない光景にリーフは落ちんばかりに城の端ににじり寄ってへたり込む。桜は崖から落ちてしまった。

「嘘だろ……。あれってサク班長だよな……?なんで城の兵士ってか、筆頭魔導師様までサク班長……え?」

混乱するハースが空笑いしながらセルリオの肩を揺さぶる。

「なんでシールドが張られてんだよ!2年前以来じゃねえか!魔物が来たときにだろ!?なんで筆頭魔導師様たちはサク班長を殺し「ハース」

叫ぶハースの声をかき消した冷ややかな声の持ち主は、血管を浮き上がらせる拳を震わせてそこから眼を離さない。

「黙って」
「セルリオ……」

セルリオはそれだけ言うと口を堅く結びなにも話さなくなる。
動いたのはリーフだった。
前触れ無く立ち上がったリーフは悲壮感漂わせる顔ではなく、なにか目的を持った顔をしている。動きに注目してくるセルリオたちの視線を無視したままリーフはどこからか鋏を取り出すとポニーテールにしていた長い髪を切り落とした。
突然のことに、ハースは何度目か分からないほど驚愕して震える指でリーフを差しながらもはや言葉にならない言葉を呟く。驚いたのはセルリオも同じだったがそれより大事なことがあって今にも部屋を出そうなリーフを止める。


「サクは生きてるんだね」


リーフの様子を見て確信を持ちつつも答えがほしかったのだろう。そんなセルリオの顔を見上げながらリーフは鼻で笑った。

「で?知ってどーすんだよ」

話している間も「邪魔だ」と呟きながらざっくばらんに髪を切るリーフは、髪が短くなっていくだけで着ている服も本人が入れ替わったわけでもない。
けれど別人のようで――もっといえば女性には思えなかった。
地声で話すリーフは”らしさ”を捨てセルリオに続きを話せと首を向ける。


「助けに行く」
「いらねえよ。サクはお前なんて必要としてねえ」


セルリオの答えを間髪入れずに否定したリーフは嗤いながら身体についた髪を払い魔法で全て消す。着ている服さえ魔法で変えてしまえば、穴が空いた壁以外、もうこの部屋に違和感のある物は何一つ無かった。
目の前に立つリーフを見ながらセルリオは静かに答える。

「それでも僕がそうしたいから行くだけだ。だから案内してリーフ」
「は?リーフさん、だろ?」
「同い年でしょ」
「えあ、い、ちょっと、待て」
「ああ?」

うぜえと零しながらようやく自分を見たリーフにハースは足の力が抜けそうになる。目の前にいる彼はどう見ても――

「男?」
「どうみてもそうだろうがよ。文句あんの?……チッ、うぜえな」
「そんなことより急いだほうがいいよ。ここに誰か向かってきてるみたい」
「あーじゃあ、行くか。んでもお前ついてくんなよ」
「そんなこと言ってるけどこの城出るの難しいでしょ?それにリーフだけじゃサクを助けるのに心許ないから」
「ああ゛?言ってくれるじゃねえか」

思い人と親友の訳の分からない話を聞きながらハースは放心していたが、通り過ぎていく彼らに意識が戻ってくる。
彼らはこの城を出ると言っているのだ。
それも恐らく反逆かなにか――とにかくこの国に命を狙われるようなことをしたサク班長を助けるためにで、つまるところ彼らもこの国に剣を向けるというのだ。
リーフはまだしもセルリオまで。

「あ、そうだ。ハース」
「え」

リーフが振り返ってハースを見る。あんなに綺麗だった長い髪はもうないのに、振り向くたび揺れた長い髪を目にしてしまい、よろめく。
違和感。
顔を上げればいつものように笑うリーフが見えた。



「念のためお前がこの部屋で見聞きしたことぜんぶ忘れるようにしといたわ」



いつも通り、サク班長が一番でサク班長のことしか考えていない。


「お前とつるむの結構楽しかったぜ。じゃあな」


軽く笑って、軽く、この心を揺さぶって踏み潰す。
悔しかった。



「リーフてめぇふざけんじゃねえよ!んな魔法かけなくても言わねえっ!」



ハースの叫びにリーフは眼をぱちくりとさせ、笑う。

「だとしても自白魔法かけられたらお前コロッと話しそうじゃん」
「だったら言えないように魔法かけろよっ!人の記憶消すとかふざけんな!」
「あー悪い悪い」
「だあああっくっそ!ああもう、勝手にしろ!セルリオッ!お前はそれでいいんだなっ!」
「……ごめんね」
「うっせえ!お前も勝手にしろっ!俺だって勝手にしてやるっ!俺もこっちで情報集めてやっから有り難く思うんだなっ!」

保護魔法をかけているからいいもののこんな敵地で危ない発言をするハースにリーフは呆れて、でも、先ほどまでの陰鬱とした気持ちが和らぎ憎まれ口を叩く。

「言ってろ!どうせ忘れっから!」
「舐めんじゃねえっっ!」

愉快に笑い部屋を出るリーフにならってセルリオも微笑みながら部屋を出る。
そしてとうとう部屋にはハース一人きりになってしまった。

「くっそ……畜生」

目尻に浮かんでしまった涙を拭ってハースはもどかしさに叫ぶ。リーフの言った通りならここでのことを忘れてしまう。そうしたら自分はどうするだろうか。
いなくなった親友とリーフを探すだろう。
大地も探してくれるだろう。


「……んな曖昧なもんに頼れるかよ」


ハースは魔法をかける。彼らの敵に情報が伝わらないように、彼らの手助けになるように。
それは彼らと同じ立ち位置になるということで。


「死にやがったら許さねえぞ、サク」


恨み言ひとつこぼして、聞こえてきた物音にはっとする。誰だ?
……ここは?
辺りを見渡してハースは呆然とする。見覚えのない広い部屋、なぜか瓦礫が床に散らばっていて、壁は大穴が空いている。気持ちいい風が身体を包んだ。
なにが起きた?
不思議な考えに囚われていたら、いつの間にか兵士たちに囲まれていて槍をつきつけられている。

「ここでなにをしているっ!何者かあっ!」
「え、ちょ、わ、私は一等兵士ハース!サク班所属です!」

なぜか味方の兵士に捕まえられたハースはふっと思い出す。ここはサク班長の部屋だ。サク班長は――?
見ない部屋の主を探していたら視界を塞ぐ兵士たちの隙間からピンク色の空が見えた。
なにが起きた?まさか2年前みたいに魔物が襲撃してき――魔物だ。

「後ろだっ!」

赤い眼をした鷹の魔物が壁の穴から顔をのぞかせる。一羽じゃない。
なのに壁を背にしている兵士はハースの忠告も無視してサク班の他の人員はどこかと聞いてくる。そんなものは知らなかった。いま魔物退治に出ているんじゃないのか。
ハースは邪魔な兵士をどけ剣を抜き鋭い嘴を振り上げた魔物と対峙する。


早くサク班長たちと合流しねえとな。


羽を広げて金切り声をあげる魔物の声に兵士の叫び声が混じった。







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