狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

84.(別視点)「誰なんだろ……」

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あれは城下町だろうか。
梅は見晴らしのいい丘から見える町並みを見ながらそんな疑問を覚えたが、すぐにどうでもいいかと考えるのを止めた。

……あの人、どこに行ったんだろう。

梅はずっとそればかりを考えていた。
騒ぎに紛れて静かなこの場所に移動できたのはついさきほどのことだ。それでも考えることは変わらなくて梅は不思議な気持ちでいっぱいになった。
勇者として召喚されるなんて馬鹿みたいな話が現実で、魔物というよく分からない生き物――野生の虎やハイエナだと思ってる――を殺せとこの世界の人たちが言う。
恐ろしい話だ。
しかし梅はそんなことよりも召喚されたときに出会った人のことだけが気になっていた。
背が高くて、綺麗な黒髪。
泣きそうな顔で走ってきた姿を思い出す。
『ごめ、っ』
泣いた顔を思い出す。
『悪いな、大丈夫』
唇をつり上げて眼を細めて笑う顔は、梅の気持ちを落ち着かせなくした。見ているだけでつられて悲しくなってしまったからだろうか。
悲しく。
『梅』
そうだ、あの人は悲しんでた。


「誰なんだろ……」


あの人に聞いてしまった疑問をまた口にしてしまって、梅は俯く。
気になるのだ。どうしても梅はあの人に会いたかった。

なんで私の名前を知ってたの?
なんで私を助けてくれるの?
なんであなたは私のことを知ってるの?
なんであなたは悲しんだの?
なんで――

聞きたいことが沢山あった。それに大袈裟かもしれないが、梅は使命感のようなものを抱いていた。あの人に会わなければならないのだ。
『んじゃ、悪い。ここまでしか手を貸してやれない』
そう言って笑った顔を思い出す。そしてそのまま背中を向けてどこかへ行ってしまった。
どこかへ。

ロナルという胡散臭い男よりも、あの人がよかった。

珍しいと思いながら梅は愚痴をたれる。昔から決められることは当たり前で、意見なんてあってないようなものだ。だからもう何も思わなくなったのに、なのに、不満を持ってしまう。
あの人がよかった。
『初めまして、此度の勇者』
梅はあの人が去ってから現れたロナルを思い出す。五月蠅いだけでなく走り回ったり泣き出したり、のたうちまわる人もいるなか、ロナルはにこやかに微笑んでいて、梅は瞬時に理解した。
コイツは面倒な男だ、と。
『……綺麗な花ですね。よければその花を見せてもらえませんか?』
『嫌』
『”あの人”からなにか言われませんでしたか?』
あの人。コイツを頼れと言っていた。
梅は手にある白い花を見る。あの人がくれた花だ。魔法で作ったらしい花。梅の好きな花。

……この世界にもこの花はあるんだろうか。

『ありがとうございます。……大丈夫ですよ。すぐにお返しします』
ロナルは不安がありありと分かる梅に困ったように笑う。盗まれるのでは、壊されるのではと疑っているのだろう。その様子は綺麗な女なれど普通の女で、ロナルは勇者サクがなぜこの女を自分が助けるように仕組んだのかいまいち分からなかった。
思い出すのは、召喚された勇者たちとともに、シールドで姿を消した勇者サクを引きずり出そうと、城の人間が躍起になっていたときのことだ。ひび割れ色づいてきたシールドに『あともう少しだ』という声が聞こえた。『中はどうなってるんだ』そんな声も聞こえた。
ロナルはシールドの中が見えていた。いや、勇者サクによって見えるようにされていた。勇者サクだってシールドが潰れそうなのを知っていただろう。けれど勇者サクは落ち着いた様子で女の隣に立っていて、女が持つ白い花を指さした。

そして、内緒話でもするようにしいっと口元に人差し指を前にし微笑んだのだ。

儀式を邪魔し、あのような大々的な敵対行動をとったのをみるに、勇者サクはこの女と昔から関わりがあったのだろう。それも、よほど大事な女だったらしい。
切羽詰まっていただろうが、信用しきれていない相手に任せるのはさぞ苦渋の決断だったことだろう。
大きな博打にでたものだ――
似た人を思い出してロナルは苦笑いを浮かべる。
そしてなんの変哲もない白い花を受け取り、きっとなにか隠されているだろう白い花を魔法で探った。
驚いた。
驚きすぎて呼吸が止まる。冷たい手で心臓を触られたような心地だ。ロナルは首を傾げる梅を見て、それから、手渡された白い花を見た。


これは、奴隷魔法だろうか。


白い花に触れた瞬間、発動した魔法はロナルを縛り”命令”を伝えてくる。
『この子を守れ』
単純な命令。それはロナルに浸食して、その命令が誰かによって歪められることがないよう組み込まれていく。

それはつまり、以前勇者サクににおわせた、奴隷魔法をかけられる恐れがなくなったということだ。

既に奴隷魔法に似たこの魔法によって、身体は自由が効かなくなっている。この魔法を解くか上書きできない限り他の誰かから奴隷魔法をかけられることはまずありえない。
ロナルは自分の手が震えるのが分かった。この魔法は早く解析しなければならない。


これは、ジルド兵長を助ける力になる。


この魔法が奴隷魔法と違う大きな点は、お互いの目印となる名前がなくとも奴隷魔法のような効果を得られ、けれどされる命令は絶対のものではないということだ。しかも一番に優先させるように、それを誰からも妨害されないように組み込まれているのに、本人が自分の意思で選ぶように、選べるようになっている。
見ようによってこれは守りの魔法ともとれる。

『……失礼。急用ができましたのでここで失礼します。ああ、そうだ――これで大丈夫。もしあなたがなにかに脅かされるようなことがあったら拒絶してください。そうしましたら必ずソレはあなたに触れられないし、害されません。あと、不愉快かもしれませんが安全が確保できるまであなたは俺の預かりとさせて頂きます。しばらくしたら通達がくると思いますのでそれまでゆっくりお過ごしください』

丁寧ながらも一気にまくしたてるロナルは胡散臭い笑顔をしていなかった。嬉しさに緩みそうになる口元を堪えているようで、梅は不思議な気持ちになった。
手元に柔らかな感触。
返された白い花を見て、視線を戻す。ロナルはあの人のようにいなくなってしまっていた。


それがほんの数時間前の話だ。


梅は溜め息をついて空を見上げる。確かにロナルがかけた魔法は梅を守った。
いまだに訳が分からない状況が続いているし、それはなにも召喚された勇者だけではなくこの国の奴らも同じはずなのに、意味の分からないことでふんぞり返りながらソウイウ誘いをしてくる奴らが現れた。
そのときロナルが言ったように拒絶をしたら、恐らく魔法が発動して、奴らを攻撃または拘束したのだ。
けれど、正直なところそれはどうでもいいのだ。それよりも梅はあの人のことをもっと知りたかった。教えてほしかった。ロナルが知っていることをすべて教えてほしかった。
だから梅は一人、ロナルが言っていた通達とやらを待ち続けていた。


声が聞こえたのはそんなときだった。
静かな丘に怒声が響く。





 
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