86 / 263
第二章 旅
86.「え?お前腹減らねーの?」
しおりを挟む知らない部屋、知らない子供――それは私の余裕をなくすには十分なものだった。
なにせ最後にある記憶はフィラル王国で追い詰められて殺されかけたことだ。あの傷で川に落ちたことで死んだって思われたらラッキーって思ってたのに、捕まったのか?あんだけ痛い思いしてらしくなく叫んだってのに、なんともお粗末な結果だ。
「あ――ゲホッ」
「水?ほら、飲めよ」
喋ろうとした瞬間咳き込んでしまえば、子供が水をくれた。一応魔法で探ってみたけどただの水らしいから有り難く飲む。喉がカラカラだったから、本当に助かった。
子供は私が魔法を使ったのが分かったらしく「好意は素直に受け取れよな-」とニヤニヤと笑っている。
「ありがとう。それで、目的は?」
「はっえーの!もうちょっと肩の力抜けって」
「じゃあ、これで」
「駄目だ」
子供をどかしてベッドから出ようとした瞬間、子供の様子が変わる。脅しともとれるぐらい低くなった声を発した子供は赤い眼で私を見下ろした。
「覚えてねえ?お前は俺が助けたんだ」
「どういうこと?」
「あの国の連中に追い詰められて川に落ちただろ。まあ、お前の様子をみるにわざとだったんだろーけど、落ちたあと戻してやったのは俺だ」
子供の変な言い回しにあのときのことを思い出す。
川に落ちたとき魔法で防御したとはいえ衝撃を食らった。それからは球体のシールドのなか川に流されるまま進んだっけ。適当な時間が過ぎればどこかに流れつくと思っていたらなかなか着かなくて、傷が痛み出したんだ。それで転移をしようと思ったら使えなくて、なすすべなく、真っ暗な空間で激流に身を任せていた。
そこからの記憶はない。きっと寝てしまったんだろう。
だから子供の言っていることが本当か嘘か正直よく分からない。でも多分、まあ、本当だろう。
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
子供はニヤリと笑う。その顔に、やっぱりこの子供は古都シカム任務であった子供なのだと納得する。
褐色の肌に真っ黒な髪――赤い眼がよく似合う。あのときはセルリオたちより少し下かと思っていたけど、近くで見る子供は背は高めといえど幼いのだと分かる。せいぜい12歳ぐらいじゃないだろうか。
「もう1人は?私を鍾乳洞に落としたときいた子」
「あいつ?置いてきた!いまフィラル王国見張ってっから。あ、俺はお前の見張り」
「見張り、なあ。見張ってどうしたいわけ?」
「どうって……別に?面白そうだから。死ぬのかなって思ってたらそうじゃないっぽいし、どうするか興味あるんだよな」
子供は元の世界の近所にいた悪ガキと同じような顔でそう言った。読めない反応にどうしたものかと思う。どうやらこの子個人で私を見張っているだけのようだ。付け加えるならこの子の片割れと2人で見張っているだけで、大袈裟にいえば国とかは動いていないらしい。
「それなら私がどこ行こうが別にいいだろ。どいてくれる?」
「まあ、いーけどさー?俺から逃げようとすんなってこと。俺は命の恩人だからな、言うこと聞けよ」
「……」
「これからお前がなにするかしんねーけど、色々すんだろ?反逆者。できれば楽しいことしてくれよなっ!」
にこにこ笑う子供をどかして立ち上がる。その間も赤い眼は私の動きをしっかりチェックしていて、さきほど子供が見せた薄ら寒い表情が見間違いじゃないのだと分かる。
「言うことは聞けないけどついてくるのは勝手にしたら」
「おー!そうする」
「そうして。で、ここどこ?」
「カナル王国のシルヴァリア。もっというと町外れの宿」
「……?うん、分からんわ」
「なんも知らなさすぎだろ。ほら、ここ」
子供が面倒臭そうに地図を出して教えてくれる。元の世界と違って巨大な大陸が3つ――4つだけ載った地図だ。いくつか島国らしきものが記されているけれど、本当にこれが世界地図なんだろうか。それともここら近辺の地図?
「んで、ここがフィラル王国」
「……すげえ距離あるんだけど」
「だから言ったじゃん。俺が戻してやったって」
どれだけ縮図されているか分からないけれど、子供が指さした現在地とフィラル王国は真反対ともいえる場所にあった。
「……戻したってどういうこと?」
「教えねー」
「この地図は世界地図?」
「教えねー」
「ちなみにここからフィラル王国まで徒歩でどれほどかかるか知ってる?」
「知らね。30年ぐらいじゃねえの?」
「……」
本当になんも知らないんだな、私。
まあ、この世界に長くいるつもりがなかったし、しょうがないか。でもこれからは、そのままじゃうまく立ち回れなくなるから覚えていこう。
思考の波に埋まる前にさっさと切り替えて準備をする。なにせ色々問題があるとはいえなんの監視もなく、なんの邪魔もなくこの世界の実情なんかを見れるわけだ。好きなところに行ける。
それに、誰も傷つかない。
誰も守ってほしいとかそんなこと頼んでないって思うだろうけど、そう実感すると肩の緊張が抜ける。私だけなら私の判断でどこでも進める。魔力は満たされていないけれど、この世界に来たときと比べれば余裕だ。傷口も塞がってるし、身体も動く。
「ここ宿って言ってたけど、どうやって予約したの?」
「魔法でちょいちょいっと。こーんな感じ」
「……怪しさ満点だな」
「そーか?こういう奴多いけど」
ストレッチし終わって荷物の点検をしながら聞けば、子供は紺色のローブを羽織った大人に変身した。顔が見えないぐらい深くローブを羽織っているから怪しすぎるけど、これは使える。
「んじゃその格好もらうんでアンタ――ああ、そうだ。私はサク。君の名前は?」
魔法を解いて小さくなった子供と視線を合わせて聞く。子供は分かっていたとばかりにローブを手渡してきたけど、言葉の最後で赤い眼を瞬かせた。
「俺はディオ」
「よろしくディオ。まあ、私としてはこのままお別れでも問題ないけど」
「はは、やっぱこっちの監視もぎとってよかったー」
「はは、不安しかねー」
ローブをみようみまねで巻こうとしたところで、ようやく女のままだったことを思い出す。でもディオの言動から考えるに、私が女だってことは知っていたことのように思える。古都シカムで会ったときから監視してたんだろうか。
あ、そうだ。
「ラスさんは一緒じゃねえの?」
「……ラス?へえーっ!はー!そうかそうかっ!あいつ俺にあんなに牽制してたのに、はーっ!」
「はいはい、うっせえ」
「あいつとは今別行動。見つかったらやべえからサクも見つかんなよ」
「……理由を教えてくれたら検討するけど」
「あー?俺、闇の者の調査に出たことになってんの。でもそろそろ嘘がバレるし、サクと会ってるってことがバレたらお怒り必死っていうか」
「自業自得じゃねーか」
「あー駄目だからなー!ラスと会おうとか駄目だからなー!」
ベッドの上であぐらをかきながら駄々をこねるディオを無視するけど、声がどんどん大きくなっていく。かなり五月蠅い。盗み見れば私が嫌がってるのが分かっていただろう笑う顔が見えた。
……転移でもしようか。
どこに――貰った転移球はまだ使えない。騒ぎは広まっているだろうし、しばらくは行ったことがある場所には近づかないでおきたい。街の外れに転移できたら1番いいんだけど、魔力はどこにも残してきてないからそれも難しい。
ああでも、リーフなら奴隷魔法の繋がりがあるしできるかもしれない。
きっとリーフは私を探しているだろうから早く落ち合いたい。守りの魔法をかけておいたから危害を加えられることはないし、それに関しては安心してるけど、リーフがどう行動するのかは不安だ。魔物――闇の者との戦闘は苦手みたいだし安全な場所にいてくれたらいいんだけど。
「おい」
「なに」
離れていても状況が分かるとリーフが言っていたように、リーフが生きているのだけは分かる。それはきっとリーフもだろう。ならちゃんとできるはずだ。
「ソレは駄目だ」
転移魔法を考えていたら腕を捕まれる。子供とは思えない力に完成しそうだった魔法が消えた。ディオはじっと私を見上げている。ピリッ、とした嫌な空気を感じる。
「ソレは許さない。お前は転移魔法を使うな。使ったら殺すぞ」
ディオが強い口調で言い切った瞬間、なにかの魔法をかけられたのが分かった。転移魔法が使えないようにされたんだろう。試してみようかとも思ったけど、その瞬間、冗談抜きでディオは私を殺しそうだったから止めた。
「……そうそう、それでいーんだよ」
へらっと笑ったディオは、手を離してなんでもなかったようにベッドに寝転がる。とんでもなく厄介な子供に助けられたもんだ。腕にはくっきり痕が残っている。
「気が済んだんなら、そろそろこの宿出るんで」
「え?お前腹減らねーの?」
「……?」
「2日ぶりに起きたってのに、ほんとお前って忙しないよな」
「……え」
2日ぶり。
驚く事実に思考が停止する。どうやらディオは嘘を言ってるわけでもないみたいだし、そもそもこんな嘘は吐かないだろう。2日。私はあれから2日も寝てたのか。
自覚した瞬間、お腹は空くしトイレにも行きたくなってくる。
本当に、記憶がないあいだなにがあったんだか。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる