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第二章 旅
86.「え?お前腹減らねーの?」
しおりを挟む知らない部屋、知らない子供――それは私の余裕をなくすには十分なものだった。
なにせ最後にある記憶はフィラル王国で追い詰められて殺されかけたことだ。あの傷で川に落ちたことで死んだって思われたらラッキーって思ってたのに、捕まったのか?あんだけ痛い思いしてらしくなく叫んだってのに、なんともお粗末な結果だ。
「あ――ゲホッ」
「水?ほら、飲めよ」
喋ろうとした瞬間咳き込んでしまえば、子供が水をくれた。一応魔法で探ってみたけどただの水らしいから有り難く飲む。喉がカラカラだったから、本当に助かった。
子供は私が魔法を使ったのが分かったらしく「好意は素直に受け取れよな-」とニヤニヤと笑っている。
「ありがとう。それで、目的は?」
「はっえーの!もうちょっと肩の力抜けって」
「じゃあ、これで」
「駄目だ」
子供をどかしてベッドから出ようとした瞬間、子供の様子が変わる。脅しともとれるぐらい低くなった声を発した子供は赤い眼で私を見下ろした。
「覚えてねえ?お前は俺が助けたんだ」
「どういうこと?」
「あの国の連中に追い詰められて川に落ちただろ。まあ、お前の様子をみるにわざとだったんだろーけど、落ちたあと戻してやったのは俺だ」
子供の変な言い回しにあのときのことを思い出す。
川に落ちたとき魔法で防御したとはいえ衝撃を食らった。それからは球体のシールドのなか川に流されるまま進んだっけ。適当な時間が過ぎればどこかに流れつくと思っていたらなかなか着かなくて、傷が痛み出したんだ。それで転移をしようと思ったら使えなくて、なすすべなく、真っ暗な空間で激流に身を任せていた。
そこからの記憶はない。きっと寝てしまったんだろう。
だから子供の言っていることが本当か嘘か正直よく分からない。でも多分、まあ、本当だろう。
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
子供はニヤリと笑う。その顔に、やっぱりこの子供は古都シカム任務であった子供なのだと納得する。
褐色の肌に真っ黒な髪――赤い眼がよく似合う。あのときはセルリオたちより少し下かと思っていたけど、近くで見る子供は背は高めといえど幼いのだと分かる。せいぜい12歳ぐらいじゃないだろうか。
「もう1人は?私を鍾乳洞に落としたときいた子」
「あいつ?置いてきた!いまフィラル王国見張ってっから。あ、俺はお前の見張り」
「見張り、なあ。見張ってどうしたいわけ?」
「どうって……別に?面白そうだから。死ぬのかなって思ってたらそうじゃないっぽいし、どうするか興味あるんだよな」
子供は元の世界の近所にいた悪ガキと同じような顔でそう言った。読めない反応にどうしたものかと思う。どうやらこの子個人で私を見張っているだけのようだ。付け加えるならこの子の片割れと2人で見張っているだけで、大袈裟にいえば国とかは動いていないらしい。
「それなら私がどこ行こうが別にいいだろ。どいてくれる?」
「まあ、いーけどさー?俺から逃げようとすんなってこと。俺は命の恩人だからな、言うこと聞けよ」
「……」
「これからお前がなにするかしんねーけど、色々すんだろ?反逆者。できれば楽しいことしてくれよなっ!」
にこにこ笑う子供をどかして立ち上がる。その間も赤い眼は私の動きをしっかりチェックしていて、さきほど子供が見せた薄ら寒い表情が見間違いじゃないのだと分かる。
「言うことは聞けないけどついてくるのは勝手にしたら」
「おー!そうする」
「そうして。で、ここどこ?」
「カナル王国のシルヴァリア。もっというと町外れの宿」
「……?うん、分からんわ」
「なんも知らなさすぎだろ。ほら、ここ」
子供が面倒臭そうに地図を出して教えてくれる。元の世界と違って巨大な大陸が3つ――4つだけ載った地図だ。いくつか島国らしきものが記されているけれど、本当にこれが世界地図なんだろうか。それともここら近辺の地図?
「んで、ここがフィラル王国」
「……すげえ距離あるんだけど」
「だから言ったじゃん。俺が戻してやったって」
どれだけ縮図されているか分からないけれど、子供が指さした現在地とフィラル王国は真反対ともいえる場所にあった。
「……戻したってどういうこと?」
「教えねー」
「この地図は世界地図?」
「教えねー」
「ちなみにここからフィラル王国まで徒歩でどれほどかかるか知ってる?」
「知らね。30年ぐらいじゃねえの?」
「……」
本当になんも知らないんだな、私。
まあ、この世界に長くいるつもりがなかったし、しょうがないか。でもこれからは、そのままじゃうまく立ち回れなくなるから覚えていこう。
思考の波に埋まる前にさっさと切り替えて準備をする。なにせ色々問題があるとはいえなんの監視もなく、なんの邪魔もなくこの世界の実情なんかを見れるわけだ。好きなところに行ける。
それに、誰も傷つかない。
誰も守ってほしいとかそんなこと頼んでないって思うだろうけど、そう実感すると肩の緊張が抜ける。私だけなら私の判断でどこでも進める。魔力は満たされていないけれど、この世界に来たときと比べれば余裕だ。傷口も塞がってるし、身体も動く。
「ここ宿って言ってたけど、どうやって予約したの?」
「魔法でちょいちょいっと。こーんな感じ」
「……怪しさ満点だな」
「そーか?こういう奴多いけど」
ストレッチし終わって荷物の点検をしながら聞けば、子供は紺色のローブを羽織った大人に変身した。顔が見えないぐらい深くローブを羽織っているから怪しすぎるけど、これは使える。
「んじゃその格好もらうんでアンタ――ああ、そうだ。私はサク。君の名前は?」
魔法を解いて小さくなった子供と視線を合わせて聞く。子供は分かっていたとばかりにローブを手渡してきたけど、言葉の最後で赤い眼を瞬かせた。
「俺はディオ」
「よろしくディオ。まあ、私としてはこのままお別れでも問題ないけど」
「はは、やっぱこっちの監視もぎとってよかったー」
「はは、不安しかねー」
ローブをみようみまねで巻こうとしたところで、ようやく女のままだったことを思い出す。でもディオの言動から考えるに、私が女だってことは知っていたことのように思える。古都シカムで会ったときから監視してたんだろうか。
あ、そうだ。
「ラスさんは一緒じゃねえの?」
「……ラス?へえーっ!はー!そうかそうかっ!あいつ俺にあんなに牽制してたのに、はーっ!」
「はいはい、うっせえ」
「あいつとは今別行動。見つかったらやべえからサクも見つかんなよ」
「……理由を教えてくれたら検討するけど」
「あー?俺、闇の者の調査に出たことになってんの。でもそろそろ嘘がバレるし、サクと会ってるってことがバレたらお怒り必死っていうか」
「自業自得じゃねーか」
「あー駄目だからなー!ラスと会おうとか駄目だからなー!」
ベッドの上であぐらをかきながら駄々をこねるディオを無視するけど、声がどんどん大きくなっていく。かなり五月蠅い。盗み見れば私が嫌がってるのが分かっていただろう笑う顔が見えた。
……転移でもしようか。
どこに――貰った転移球はまだ使えない。騒ぎは広まっているだろうし、しばらくは行ったことがある場所には近づかないでおきたい。街の外れに転移できたら1番いいんだけど、魔力はどこにも残してきてないからそれも難しい。
ああでも、リーフなら奴隷魔法の繋がりがあるしできるかもしれない。
きっとリーフは私を探しているだろうから早く落ち合いたい。守りの魔法をかけておいたから危害を加えられることはないし、それに関しては安心してるけど、リーフがどう行動するのかは不安だ。魔物――闇の者との戦闘は苦手みたいだし安全な場所にいてくれたらいいんだけど。
「おい」
「なに」
離れていても状況が分かるとリーフが言っていたように、リーフが生きているのだけは分かる。それはきっとリーフもだろう。ならちゃんとできるはずだ。
「ソレは駄目だ」
転移魔法を考えていたら腕を捕まれる。子供とは思えない力に完成しそうだった魔法が消えた。ディオはじっと私を見上げている。ピリッ、とした嫌な空気を感じる。
「ソレは許さない。お前は転移魔法を使うな。使ったら殺すぞ」
ディオが強い口調で言い切った瞬間、なにかの魔法をかけられたのが分かった。転移魔法が使えないようにされたんだろう。試してみようかとも思ったけど、その瞬間、冗談抜きでディオは私を殺しそうだったから止めた。
「……そうそう、それでいーんだよ」
へらっと笑ったディオは、手を離してなんでもなかったようにベッドに寝転がる。とんでもなく厄介な子供に助けられたもんだ。腕にはくっきり痕が残っている。
「気が済んだんなら、そろそろこの宿出るんで」
「え?お前腹減らねーの?」
「……?」
「2日ぶりに起きたってのに、ほんとお前って忙しないよな」
「……え」
2日ぶり。
驚く事実に思考が停止する。どうやらディオは嘘を言ってるわけでもないみたいだし、そもそもこんな嘘は吐かないだろう。2日。私はあれから2日も寝てたのか。
自覚した瞬間、お腹は空くしトイレにも行きたくなってくる。
本当に、記憶がないあいだなにがあったんだか。
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