狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

93.「お前もいつかそうなるから」

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森の中を歩き続ける旅はディオが絶え間なく話しかけてくる以外は静かなものだった。リヒトくんという幽霊のような子と会った以外は、変わった出来事はない。これはおかしなことだった。安全な旅になっているんだからケチをつけることはないと思うけど、これまでのことを考えれば無視できない。
私たちは森に入ってから一切、魔物――闇の者に遭っていない。

「なあ、リーシェの住んでた国はどんな国だったんだ?」
「国?あー、そうだな。この世界みたいに魔法も闇の者もない世界で、外には人だらけって感じ。夜になってもずっと明かりがついて夜も朝もないな」

住んでた国といわれるのは変な気分だ。外国に行けばそんな話しもあったけど、日本にいて「住んでる国はどこ?」なんて聞かれない。住んでる場所は?なら馴染みあるんだけどな。
答えながら懐かしい元の世界を思い浮かべディオを見れば、ディオは反応薄く「ふーん」と眼をパチパチさせているだけだ。それでもなにか言葉を探しているようだったから、なにか言う前に質問してみる。

「お前の住んでたところは?」
「もうないぜ?」
「……こっちには根掘り葉掘り聞くくせに、それはずるくないか?それだったら私ももうないんだけど?」

ディオは私が質問に答えなかったら答えるまで何度も質問してくる。だから私は観念して(とはいえ時々)ディオの気が済むまで答えている。そんな身としてはディオの言動はかなり不服だ。
文句を言えば、ディオは興味深いことに眼を見開いて驚いたあと、表情をキラキラと輝かせた。

「なに?なになにっ?リーシェ俺のこと気になる?」
「私だけ話をさせられるデメリットを負ってるのに、お前はなんにも負ってないってところが気になるかな」
「ひっでえ!」

笑うディオは私の太ももを机のように叩いて大爆笑だ。こいつ本当に情緒不安定だな。
それでも気が済むまで笑ったあと、律儀に話を戻して答える。

「俺が最初に住んでたとこはゴミ溜め。長かったな-。きったねー場所でさ……でもあの頃臭いとも思わなくなってたな。その次は恩人に拾われて1つ所にとどまらない生活だった。宿のときもあったし、野宿のときもあったし、牢屋のときもあった。恩人が死んじまったあとはやっぱ根無し草の生活だった。だから、まあ――俺が住んでるとこはいうならオルヴェンだ」

ディオも私と同じように話しながら色々思い出していたのか、最後は寂しそうに、けれど幸せそうにもみえる微笑みを浮かべた。

「……そっか。とりあえず突っ込みどころがありすぎるけど」
「そっかー?」
「お前って何歳?」
「10歳」
「はは、嘘くせー。で、オルヴェンってどこ?」

にっこり作り笑顔で答えたディオを無視して聞けば、赤い眼が数回瞬いて今度は悲しそうに笑った。器用なことだ。ディオは息を整えるように息を小さく吐いたあと、答えた。

「オルヴェンはこの世界の名前だ」

この世界の名前か。
そういえばそんな文献があった気がする。元の世界の名前が地球というように、この世界にもオルヴェンって名前があるとかなんとか。それと、どこだっけ?どこかで聞いたことがある。……ああ、リーフだ。ウシンに会ったとき言っていた。オルヴェンに姿を現したるは造り人、って。

「お前もいつかそうなるから」
「……なにが?」

ぼーっとしていたら、ディオが心からそう思っているように笑って私の手をとった。


「お前の故郷はなくなったのかもしれねーけど、今自分が生きている場所が自分の世界だ。奪われてもそこから作った場所は間違いなくお前のものだ。人からなに言われよーが否定されようが、そこにいるならそこがお前の世界でお前だけのものだ。リーシェ」


ぎゅっと力を込めて握られた手を見て、ディオを見る。ああ、本当にコイツは厄介な奴だ。その顔は見覚えがあって、金色の髪をした奴を思い出してしまった。
どうかしてる。
馬鹿な自分を嗤って、誰かを見ているディオに聞く。

「リーシェって誰?」
「お前だろ?」

鳥肌がたつほど不気味に笑ったディオは、私の手を離すことなくそのまま引っ張って歩き続ける。その先には暗い森の中には似つかわしくないほど眩しい光と違う景色がうっすらと見えた。森から出られるようだ。

「ようやく外か」
「ペースが速かったから6日で着いたなー」
「そのあいだ闇の者に一切遭わなかったな?」
「いるぜ?ほら」

言うが早いか、ディオは闇の者がいるだろう方向に指を向けなにかをしたらしい。叫び声が聞こえたあと、こちらに向かって闇の者が襲ってきた。ダーリスだ。猪だけど体躯が何倍もあって、ディオの攻撃により既に胸元から血を流している。
その大きな身体が近づくにつれて地面は大きく揺れ、私の身体を振動させる。弓を取り出そうとしたら、ディオは私の行動を制するように握っていた手に力を入れてきた。しょうがないから任せてみれば、迫るダーリスが視界を大きく埋めてこようとしているのに、ディオはのんびりと片手をさきほどと同じようにダーリスに向けるだけ。やはりなにか武器を取り出している様子でもないし、魔法さえ使っていないように見える。
だけど数秒後、ダーリスは大きな地響きを立てながら地面に倒れた。死んだんだろう。

「ここらへんはダーリスが多いんだよな」
「……そう」

ディオは握っていた手を離して、森の出口には向かわず死んだダーリスのほうに移動した。なにをするかと思って見ていたら、ディオはペットを撫でるようにダーリスを撫で始めた。その手つきは優しく、顔は見えないけれど微笑んでいるのだと思う。
なぜか魅入って言葉なく様子を見守っていたら、ディオは更に驚くべき行動に出た。ダーリスの胸に空いた血を流す傷口に手を入れたのだ。しかも手だけに留まらず肘近くまで奥に入れている。なにをしているのかそのまま掻き回すように手を動かしたかと思うと、赤い血滴るなにかを手にこちらを向いて、いい笑顔を見せた。


「食うか?」
「食わねえよ」


ぞっとするような提案を即否定したら、ディオは目の前で躊躇なくダーリスの臓器を食べた。食べたのだ。小さな子供の手では収まりきれなかった大きな臓器は食い破られた瞬間、中に貯まっていたらしい血を吐き出してディオの顔を濡らす。
生で大丈夫なのかとか、病気とか、そもそもダーリスは食べられるのかとか色んな疑問が頭を埋め尽くしたけどなにも言葉に出来ない。とりあえずグロイ。
ディオはおにぎりを食べるように臓器をむしゃりむしゃりと口にいれて、最後は血滴る口元を適当に拭った。わざわざ残さず食べたと知らせてくれるように口を開けて舌を出す。

「お前も食ったらいいのに」
「遠慮するわ」
「魔力回復するぜ?」
「……え?」

魅力的な言葉が出てきて思わず聞き返してしまう。ディオは知ってるぞとばかりにニヤリと口元をつり上げる。本当に嫌な奴だ。

「おかしなことじゃねえだろ。微々たる量とはいえ魔力は食べ物からだって摂れる」
「つっても……生でよく食えるな」
「加工したものより新鮮な果実や木の実、生肉、生きたものを食らったほうがいい。コレだって一緒だ。それにダーリスは獣に闇の者が憑いた状態。ただの獣をあんな化け物に変えちまう力を持った奴の血肉だぜ?食べるだけならこれのほうが効果はイイもんだ」

確かにディオのいうことは一理ある。だからといって闇の者を食べる発想には至らない。まして実行するなんて。
そうこう思っているうちにディオはまた闇の者の内臓を抜き取った。
そして今度は私に差し出して、試すようにニヤリと笑って見上げてくる。赤い血がボタボタと地面に落ちていく。鉄臭い臭いはそこら中に漂っていた。

「お前、今年の勇者の1人は知った奴だったのか?どんな魔法だか知らねえけど自分の魔力を割き続けるなんて自殺行為な魔法、よくも考えつくな。維持するだけでも魔力を食ってる」

ドキリとした。
梅が魔力欠乏症になることを防ぐため私の魔力を分けるようにしていたものの、起きてからというもの梅が魔法を使えるようになった兆しがまるでなく安心していた。けれど、ディオの指摘通りこの魔法は維持するのに少なからず魔力が必要らしく、徐々に私の魔力を奪っていく。
それは常時魔力が不安定で、魔力を必要とする旅には不安なところだった。

「お前、あの時どこからどこまで見てたんだよ」
「最初から最後まで。お前があの女のために自殺行為に走ったところも、他の勇者も見捨てず情報を与えていたとこも、フィラル王を檻に閉じ込めたことも、あの魔法も、筆頭魔導師に殺されかけたことも、崖から落ちたことも――すべて」
「さよですか」

ディオの手から闇の者の臓器を受け取る。近くでみれば余計グロくて、しかも触ってみると、ぐに、と柔らかいくせにつるりともしている。正直なことに臓器を受け取った瞬間鳥肌がたって、背筋まで震えた。ねっとりと指に絡みついた血が指の隙間から落ちていく。
私の手が震えていたのか、臓器がふるりと揺れた。重さを感じる。どこの部位かは分からないけれどまだ生温かくて――

「ははっ!思い切りがいいな!!」
「うるっ!ぅえっ!」

考えれば考えるほど気が遠くなりそうだったから一気に臓器にかぶりついた。歯をつきたてた瞬間、反抗するような弾力を見せた臓器は、食い破った瞬間口の中を血で満たした。口の中に充満するのが血の臭いだけならまだしも、鼻孔に届いたのはそれだけじゃなかった。思い出したのは排水溝とか、腐った生ものの臭い。
思わず吐き出す。
こうなることが分かっていたらしいディオが呑気に解説してくれる。

「闇の者が憑いた獣は闇の者を取り除かない限り死んでしまう。闇の者は死んで腐った獣を改造して動かしてんだよ」
「つまり、これ、腐った肉じゃねえか……っ!」
「そういうこと。憑かれたてならまだ味はイイんだけどなー」
「っ」

少し飲み込んでしまったし、なにより口の中血だらけでなかなか味が消えない。ポケットから取り出した水袋で口をすすげば少しは紛れたけれど、気分は最悪だった。

「悪い悪い。カナル王国でうまいもん奢ってやっから」
「……」
「許してリーシェねえーちゃん」
「……」
「え、マジごめん。リーシェ?リーシェさーん……」

無視し続けてようやく私がかなりご立腹状態だと言うことに気がついたディオが下手に出てくるけど応えることはしなかった。話しかけてくるのは相変わらず五月蠅いけど、この件を盾にしておけば余計なことを聞いてくることはない。しばらくこのままでいよう。
束の間の平穏を味わいつつ、カナル王国の名物はなにかと考え舌舐めずりすれば腐臭をのせた血の味がした。
一瞬悩んだけれど、吐き出すことなく飲み込む。さっき臓器を食べたとき魔力が少し回復した。食べるだけで実感できるぐらい魔力が内包されているのだ。


「もう少し味が良けりゃなー」



 
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