狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

96.「ぺらぺら喋るんだったら黙って魔力寄越せよ」

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考えがまとまって顔を起こすと、予想外なことにロウはまだ情報をくれた。意外だったことに加え話された内容がないようなだけに動揺してしまう。

「アンタの大事な今年召喚された勇者はアンタが託した男の庇護下にあるよ。他の奴ら――ジルドは正式に団長に任命されて今回の後始末と秘密裏に任命されたアンタの捜索に動いてる。筆頭魔導師はまだ王につきっきりだね。
リーフはセルリオと一緒にあの国を出てアンタを探してるところ。お仲間のもう1人、ハースって奴はあの事件の日の功績もあって翔太専属の警備に就いてる。加奈子は勇者として魔物狩りに忙しそうだ。力を見る限り、ジルドの後釜は彼女になるだろうね。
春哉は眼が覚めたけどまだあの城にいる。元ご主人様や国に復讐するわけでもなく、また前のように『この国を良くするために』走り回ってるらしいね。大地はまだちゃんと情報が伝わってないらしくてずっとイライラしてたよ。付き人が大変そうだった……それぐらいかな?」
「……」
「聞いてた?」
「あー、聞いてた、けど」

頭痛がしてきて項垂れる。私の首にまわされていた手が緩められ、そのまま抱きしめるように頭を抱え込まれた。触れた肌から体温を感じる。この気候にはとても暑苦しいけどどかす気力も沸かない。色々突っ込みたいところがありすぎる。


「とりあえず「それとね」


一気に話された情報を整理して、1つ1つ聞こうとしたところだった。遮ってきた言葉に、なにかを予感した心臓がドクリと嫌な音を鳴らす。
顔をあげれば、ロウは楽しそうに笑っていた。

「アンタが落ちたあの崖。あそこは落ちたら絶対に生きて戻れない場所なんだ。今は縋ってる奴が多いけど、あのときアンタが死んだってあいつらが確信して死体を探さなかったのはそのせいだ。あの崖ははるか昔から犯罪者や決して明るみにできない人間を殺すために使われてきたからね。そのせいで怨嗟が積もってあそこは闇の者の巣窟になってるんだよ。いや、あの崖の下の空間が闇の者そのものになってる。
あいつらはそうとは気がついていないけど、それは問題じゃない。フィラル王国付近で川を見なかったでしょ?ないからだよ。あの崖の下で流れていた川はあの場所でしか見ることができない。地面深く下を流れて海に行き着くからね」

呆然と、ロウの言葉を租借する。
人間含めた動植物に憑く闇の者。人間だけを襲う闇の者。恨みに呼ばれる闇の者。それが、何だ?空間でさえ憑くって?でも動植物にも物にも憑けるんだったら、地面や川、空間とかにだって憑いてもおかしくはないものなんだろうか。

……なんだか闇の者って、幽霊みたいだ。

魔法を生む魔力の元になる感情から、それも暗い感情だけで作られた闇の者。なにかに取り憑いて人間だけを襲う彼らは一定の範囲内でしか行動できずそこに居続ける。
地縛霊。そんな言葉を連想して浮かんだのは、森の中で会ったリヒトくん。
『僕のせいで』
自分を責めて泣き続けた赤目の子供。

「昔、物好きな奴があの崖から罪人を落として海に流れ着くまでの経過を記録したんだ。結果としては何も流れつかなかった。生きた状態でも死んだ状態でも変わらない。ならばと沈まぬよう魔法さえかけたけど、どれだけ試そうが海には何も流れ着かなかった。人ではなく物で試しても結果は同じ。他に流れる場所があるのではと魔法で探ったがあの川が流れる先は海だけ」

崖から落ちてしばらく漂っていた真っ暗な空間を思い出す。永遠のように感じられた時間。出血が多かったからか身体がダルくて、体力を回復させるためにもひたすら寝ていた。転移もできないから、ただ目を閉じて――ああ、なんだろう。
変な話を聞いたせいか、暗いあの空間から叫ぶナニカの声が聞こえてくる気がする。

助けて、なぜ、辛い、苦しい、こんなはずじゃ、あいつが、どうして、なにもしていない……っ!

色んな声が頭をぐるぐるまわって気持ち悪くなる。


「そこにレオルはアンタを追って飛び降りた」
「……え?」


驚いて、声が掠れる。
ロウは堪え切れなかっただろう笑いをこぼしながら私に抱きついてきた。柔からな癖っ毛の黒髪が頬にあたる。危険な言動もそうだけど、本当、ところどころアイツに似ている。

「アイツさ?城を半壊したあと追っ手から姿を隠して、アンタを追って飛び降りたんだ。アイツはあの崖のことを知ってたくせにね?ああ、おかしい。アイツが自殺するなんて!……ねえ、リーシェ。あの日から何日が経っただろうね?」
「あ-!なんだよ俺が言おうとしたのに!先に言うなよな!」
「……なんだもう来たの。いいじゃん、結局俺だ」
「そうだけどさー」

呑気ともいえるぐらい不満げな声をあげて部屋に入ってきたのはディオだった。続いて見えたのはドアの前で困ったように眉を下げて立つラスさんだ。ラスさんは肯定するように静かにドアを閉める。
『唯一俺を殺せる人』
『君が好きだよ、サク』
『俺に言って。絶対に俺に言ってから戻って』
癖ッ毛の金髪を思い出す。ニヒルに歪められる口、少しつり上がった目元……。マイペースで変態で横暴で残酷で変態で危ない奴なのに、たまに子供のように笑う。私に逃げる場所を作るくせに自分の我を通してくる奴で――

「くっ、はは」
「「……リーシェ?」」
「サクさん……」

思い出せば笑えてきた。
アイツが私を追って、絶対に生きては戻れない場所に落ちた?自殺?

「り、……っ?!」

顔を覗き込んできたロウが逃げないように頭を抑えこむ。相変わらず抱きついてきた状態だったからしやすかった。さっきから楽しそうに話していた口を塞いで、本人の提案もあったことだし魔力を提供してもらう。
これは予想していなかったのか、ロウは目をパチパチさせている。おかしなもんだ。する分にはそれほど抵抗がないんだから。

身体を満たし始めた魔力に、ロウにはかなり魔力があるのが分かった。魔力の回復が早い。これはいい協力者だ。キスだけでこと足りるなら楽なもんだ。
折角だから余分に頂くことにして、またなにか言いかけた口を封じる。ロウが気を持ち直したところでキスを止めた。
そして、突然のことに驚く赤目に、一応、教えておく。


「アイツは死んでないよ。――私が殺してないから」


ロウはやたらと私を怒らせるか悲しませるかをしたかったみたいだけど、おかしさしかこみ上げない。アイツは曰くつきの崖から落ちても死ぬことはない。そんな妙な確信もあるし、なにせレオルだ。目の前で首を斬られるのを見るぐらいしなきゃ死んだなんて実感できやしない。
ロウは私の様子を見て強がりでもないことが分かったのか、驚いた顔に眉を寄せて、言葉発さず感情豊に訴えてくる。なんとも可愛い子供だ。
意趣返しに今日幾度も見た笑顔を返してやる。


「ぺらぺら喋るんだったら黙って魔力寄越せよ」


唾液で濡れたロウの唇を舐める。
折角の魔力が勿体ないからだったんだけど、色んな奴らを動揺させるには十分なものだったらしい。特に、真顔で口を開け立ち尽くすラスさんが面白かった。ディオは予想と違って文句を言ってくることもなく、ただ驚いているだけだった。
そんな観察をしているあいだに、ロウはなにか色々と気持ちの整理をしたらしい。この短い時間でなにをどう気持ちの整理をつけたのかロウは見開いた目をなぜか徐々に歓喜に緩めていった。口を震わせ大きくつり上げ笑い、目を輝かせる。

「リーシェの言った通りだよ」
「は?っ、もう魔力は十分なんで」
「まだ足りないでしょ?」

もしロウに犬の耳と尻尾があったら、今、ちぎれんばかりに振っている状態だろう。なぜかそれぐらい懐かれた。
本当にどう気持ちの整理をつけたんだか。
抱きついてくるロウを引きはがすのに苦戦していたら、ディオも便乗してくる。いい加減辛抱ならなくてキレた。

「あー、鬱陶しいんで、離れろっ」
「俺が!するから!」
「俺だって!」
「耳元でうるせえんだよ!ってか、暑い!離れろっ!」

五月蠅い双子をベッドに突き倒して、放心しているらしいラスさんを双子たちの前に立たせておく。不満げな声を上げる双子の声にラスさんが我に返ったあと、同じ部屋だってのに寝れるぐらい安心安全な環境が出来上がった。ラスさんに感謝だ。再会の挨拶もそこそこでこんな役回りさせて申し訳ないけど、眠くてしょうがなかった。
きっと私の事情はディオから粗方聞いただろうし、また、明日話せばいいだろう……。
自己完結させて目を閉じれば、瞼の向こうにまだ眩しい光が見えたけど、布団を顔まで被れば静かな暗闇だけになった。
そこまでしてしまえば、魔法をかけられたのではと思うぐらい急激な眠りに身を任せるのは簡単だった。





『僕が悪いんだ』

――暗い、暗い場所。どこもかしこも真っ暗な世界で1人ポツンと立ち尽くす子供が見えた。リヒトくんだ。俯き泣きながらそんなことを言うのが見える。
これは夢か……。
ロウのせいだろう。リヒトくんがレオルドになった。それも、小さな子供の姿だ。いまの面影残る幼い顔は、背丈が変わるだけでこうも可愛くみえるものなんだと感心してしまう。どうせ夢だから近づいてその頭を撫でてみる。相変わらずというのも変だけど、指通りのいい癖ッ毛で、触り心地がいい。

……温かい?

おかしなことに、体温を感じた。頭に置いた手が動く。子供のレオルドが顔を上げたのだ。
驚いて息が止まる。
夢のはずなのに、なぜか目が合った。そして子供のレオルドは私を見て嬉しそうに笑ったのだ。



「見つけた」



私の手を取ったレオルドの小さな手にドキリとして、瞬きしたのが1度。その一瞬でレオルドは子供の姿じゃなくなって、現在の姿になった。
いつものように見下ろしてくる顔が、いつものような危険さを孕んで嗤いながら見下ろしてくる。私の目元にキスして頬ずりしてきたレオルドは、蒼い瞳に私を映してから唇にキスをした。触れて、戻って、啄むだけのキス。


「もうちょっと待っててね」
「う、わ!――っっ!」


耳元で囁かれた声のリアルさに鳥肌が立って、文字通り飛び起きた。
……飛び起きた?ああそうか、夢か。夢だった……。
息を整えているあいだに、なにか話していたらしい複数の声が遅れて止まり、私に注目する。ラスさんとディオとロウだ。それから3人は「おはようございます」やら「俺が協力者だよね」やら「だったら俺でいいじゃねえか」とそれぞれ同時に口を開く。それから、喧嘩を始めたロウとディオをラスさんが宥めて、それから――

「早くここから出よう。出るぞ」
「「「え?」」」

五月蠅い奴らに提案というか決定事項を話す。とても夢とは思えないさきほどの夢が私の背中を押しに押した。あれは間違いなくレオルドだった。古都シカムの洞窟でセルリオと離ればなれになったときの感覚と似ている。
となるとアイツが言った『見つけた』はそのまま言葉通りの意味で『もうちょっと』で会うことになるんだろう。なんだやっぱり生きてるじゃんとか安心のような気持ちを抱いてしまったけど、危機感のほうが凄い。とりあえず早くここから離れないと危ない。
生々しい感触残る熱い耳元を抑えて、動揺する3人を尻目に準備にとりかかった。





 
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