狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

102.【別視点】「百面相だね」

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暗い森には陰に紛れて動くナニかがいる。
夜を好む獣だろうか。もしかしたら魔物かもしれないし、人かもしれない。しかし大抵の正体は風に吹かれて動く木々や草花でしかない。
そのはずだ。
それでも……暗い夜のなか辺りを見渡せば、ざわりと心が不安を覚えて足が落ち着かなげに動き始める。

不安。

リーフは舌打ちして立ち止まった。そしてナイフを乱暴に木に斬りつける。反動で痛みを感じた手にさえ苛立ちながらナイフをしまったリーフは、また、暗い森を見渡す。
認めたくはなかったけれど、リーフはソレに怯えていた。視界悪い暗い森のなか、消化したはずの恐怖が目の前に現れそうで怖かった。人の気も知らないで笑い、余裕の声を出しながら武器を手に追いかけてくるあいつら。首輪を指にひっかけ振り回しながら舌舐めずりするあの顔――生々しく思い出してしまって、ざわめく木の葉に身体がビクリと震える。
木の枝がぱきりと音を鳴らしたほうを勢いよく見てみれば、そこにはあいつらではなく、ただ目障りな相棒がいた。
相棒は目が合うと条件反射のように口元を緩めたが、すぐに眉を寄せる。ああ、本当に面倒な男だ。


「リーフ、急に止まってどうしたの?」
「うるせえ。さっさと進むぞ」
「でも少し休んだほうがいい。サクに会う前に死んだら意味がないでしょ」
「お前は休んどけばいいだろ?セルリオちゃん」


これ以上言及されたくなくて、リーフはすぐに歩き出す。
正直なところセルリオがついてこなくても別に良かったが、遅れて、後ろから土を踏む音が聞こえてくる。リーフは隠そうともせず溜め息を吐いた。


――サクがあの崖から落ちて1週間が経っていた。


その事実がリーフを焦らせる。そして不安や、恐怖をひきつれてくる。
忌々しかった奴隷魔法のお陰で桜が生きていることは分かっていたけれど、いまだ桜と合流できないことがリーフを苦しめていた。

落ちたあとどうなった。本当に生きてるのか。

そんな疑問が頭を埋め尽くしていくせいで食事は喉を通らず、睡眠もろくにとれていない。
ただ早く会いたかった。この目でちゃんと生きていることを確認したかった。生きているのなら連絡してくれるはずだ。それができないのはそういう状態だからで、いや、もしかしたら……。
そこまで考えてリーフは詰めていた息を吐き出す。


大丈夫だ。会える。


魔法を唱えるように、何度も、何度も自分に言い聞かせる。こうなるかもしれないときの手順は決めていたのだ。万が一のことも考えていくつか考えたのだから、まだ、希望はある。
一つ目は駄目だった。奴隷魔法でお互いの生存確認をしたあと、桜が転移魔法を使って落ち合うはずだったが一向に現れない。
二つ目はある場所で落ち合う――もっと言えば、落ち合うはずだった。


「リーフ?」
「……なんでもねえよ」
「……もしかして落ち合う場所ってさっきの場所、だったの?」
「……」
「そう」


フィラル王国から北へ数日かけて歩いたところにある森の中。少し道が開けて休憩するにはもってこいの場所は遠征中に見つけた。フィラル王国を出ることを視野に入れ始めていた頃だったから、丁度いいと落ち合う場所に決めた。その日を含めて数回しか来たことはなかったけれど場所は覚えているし、夜だろうが間違えない。きっと桜もだろう。
だけど桜はいなかった。すれ違うことも想定して先に来たほうが決めておいた木に切り傷を残し、一週間そこで待つはずだった。一週間後の夜には移動すると決めた。そしてその日は今日だった。

「次の手段はあるの?」
「……俺からは、ない」
「リーフ」

桜は生きている。
でも、転移をしてこない。
もしかしたら魔力がない?でも、それなら奴隷魔法が解けるか弱まるはずだ。
もしかしたら捕らえられている?それなら頷ける。
もしかしたら、俺みたいな目に遭ってる?いや、そんなはずない。もしそこまで最悪な状況に陥っていたら、流石にあの出鱈目な魔法を使ってなんとかするはずだ。
ならなんで。



「リーフ」



暗い森のなか、平坦な声が響く。
はっとして顔をあげれば、いつの間にか目の前に立っていたセルリオが微笑みさえ浮かべずリーフを見ていた。目が合った瞬間、軽くとはいえない力で押されてリーフは尻餅つくはめになる。リーフは突然のことに驚きながらもすぐに持ち前の気力で持ち直してセルリオを睨んだ。
セルリオはどこ吹く風だ。

「落ち着いて。次の手段はなくて目的も決まってないのに無闇に動いてどうするの」
「うるせえ」
「さっきの話しじゃサクにはなにか手段があるってことだよね?」
「うるせえっ」
「リーフ。サクに会いたいのは僕も同じだ。だから教えて。……それともうるせえうるせえって叫ぶのが手段?」

感情的に声を荒げるリーフと違ってセルリオは冷静だった。
セルリオは黙ったリーフに水袋を差し出す。

「……そんなんじゃ身体が持たないよ。僕からしたら死にたいように見える」
「うる……黙れ」
「ごめんね、黙らないよ。さあこれからどうするか考えてること、ある?」
「……謝るつもりなんてねえのに謝んなよな」
「それもそうだね。なにもないなら僕が住んでた村に行かない?」
「は?」

セルリオの提案にリーフが俯いていた顔を上げる。水袋が顔にあたり地面に落ちたが、リーフは一瞥しただけで気にも留めない。

「よく分からないけどサクに手段があるなら、僕たちは手土産でも探そうよ」

微笑むセルリオはいつも通り。
リーフは時々セルリオのこういうところが嫌いだった。認めたくはないけれど同じぐらいサクに会いたいはずなのに、その感情を押し殺して、自分がいま出来ることを探す。感情的になる自分と違うそういう大人びたところは嫌いだった。桜と似ているところがあるから、羨ましくなる。

俺は、できることなんてたかがしれてる。
ほとんど守ってもらってばかりで、だから――だから。

リーフは言いかけた言葉を飲み込んで、代わりの言葉を嗤いながら吐き出す。


「手土産って、なんだよ」
「サクが欲しそうな情報。どうせサクのことだからなにか探してるでしょ。あの国のことでも、勇者のことでもいいよね。それに、僕の村にあった本のこと覚えてる?じいちゃんの家に取りに帰ったとき、じいちゃん、サクのことをもっと知りたいって言ってたんだ。それになにか伝えたいこともあるって。どうせ出来ることがないならそういう情報仕入れといたら喜ぶんじゃないかな。美味しいお店を調べておくっていうのもいいよね」


こんな状況にも関わらず笑うセルリオに、リーフはついに堪えられなくなった。
なにもない自分と違ってセルリオは職があって家族も友達もいた。それなのに国に反逆した勇者、桜のためにすべてを捨ててここにいる。しかも当の本人にはいまだ会えていない。
どうしてそこまで出来る。
どうして俺を信じられる。
桜に会える方法は既に二つ空ぶっているのに、セルリオはまだ諦めていない。会えると信じている。

「……そんなの、意味ねえよ」
「……なんで?」
「サク――は」

言葉に詰まって、喉が掠れる。
不安。
怖い。
ぐちゃぐちゃした気持ちが夜に混じって肌にまとわりつく。不安を煽る森がざわざわ揺れて続きを急かしてくるけれど、言葉にすれば本当になってしまいそうでどうも憚られる。でも口をつぐむのもそうだと認めてしまっているようで。



「サク――は、俺と落ち合うつもりがないかもしれない」



もしかしたら転移ができないんじゃなくて、あえて転移していないのかもしれない。
俺は邪魔だから。
俺がいらなくなったから。
俺は役に立たないから。
ざわざわ、ざわざわ鳴く森があいつらを思い出させる。あいつらの言葉が、笑う顔が、伸びてくる手が、身体を這う手が……っ。



「それはないよ」



穏やかな声に、張り詰めていた空気が和らぐ。
同時に、お前に存在価値はないと言ってくる声が、身体にまとわりつく手の感触が消えた。リーフは呼吸を思い出して息を吐き出す。そしてセルリオを見上げた。
セルリオは困ったように笑っていた。よく桜に見せていた顔だ。桜が思い悩んでいたときや追い込まれたとき、雑談に垣間のぞく落ち込んだ様子を見せたときセルリオはこうやって笑う。

「サクはリーフに真名を教えたんでしょう?オルヴェンに住む僕たちは勿論、勇者は――サクはああいう性格だから真名を教えるなんて滅多なことじゃしないでしょ。それぐらい信頼されて……許されてるんだよ」
「……?」
「不安でしょうがないみたいだから断言してあげるよ。サクはリーフを捨てないよ」
「……。……?……っ!?はあ!?」
「百面相だね」

暗い暗い森のなか、気の抜ける笑い声が響く。
もしかしたら――捨てられたのかもしれない。そんな不安を見透かしたセルリオの言葉にリーフは顔を真っ赤にしながら声を荒げたが、セルリオにはまるで効かないらしい。
相変わらず森は夜に満ちていて、陰は揺れざわざわ音を鳴らしている。それなのにリーフはもう怖くなかった。

ああ、だからセルリオは嫌いなんだ。

リーフは内心愚痴りながら眉を寄せる。そして地面に落ちていた水袋を取り上げ、飲み干す勢いで水を喉に流し込んだ。ごくりと喉を通った水は空腹だったことを思い出させる。同時に一気に水を飲み過ぎたせいでむせこんでしまった。
森が静かになったのはしばらく経ってからだ。セルリオはリーフが落ち着いたのを見計らってから、さあ、と切り出した。

「とりあえず僕の村に行こうか?転移球もちょうど二個あるんだ。……追っ手がきてる可能性も考えてちょっと遠くの場所にとぶやつだけど、どう?」
「……そうする」
「うん」

素直なリーフにセルリオはフッと声を出して笑ってしまった。勿論、リーフが睨んだのはいうまでもない。

「さっさと寄越せ!」
「いいけど……あ、そういえば雪国なんだけどリーフって防寒着持ってる?」
「はあ?……え」
「あ」

セルリオが話しているあいだに転移球を使ったらしい。防寒着、のところで振り返った顔を最後にリーフが消える。
暗い森のなか一人取り残されたセルリオは、リーフと落ち合ったら文句を言われそうだなと思いながら困ったように笑う。きっと今頃寒さに身体を震わせてすでに悪態ついていることだろう。


――ざわざわ、ざわざわ。


暗い静かな森に風の音が、木々や草花の揺れる音がする。故郷は空を埋め尽くすほどの森で覆われた場所ということもあって風をあまり感じなかった。たまに雪が落ちてくる音がざざあっと聞こえ、鹿の足跡残る雪道に鳥の鳴き声が響く。
冷たい空気に満たされた静かで綺麗な場所。
……サク。
故郷に思いを馳せたセルリオは、そこに会いたい人――サクを思い出して、笑ってしまう。


「サクは僕の故郷、苦手だろうなあ」


寒い寒いとショールをぐるぐるに巻いて鼻を赤くしていたサク。冬の遠征中に熱いお茶をいれると両手でコップを持ち、目元を緩めて幸せそうに飲んでいた。
そんな姿を見ているとこっちまで幸せな気持ちになったんだ。
セルリオはぐっと手を握りしめながら、先ほどまでリーフがいた場所を見る。
『サク――』
リーフがサクの名前を言うとき、時々、聞こえにくいときがあった。サクが崖から落ちたとき、そして今日。動揺してサクの真名を言ったんだろう。
『サク――は、俺と落ち合うつもりがないかもしれない』
本人は至極真面目に言っていて、心の底から落ち込み、恐れて言った言葉。それでも羨ましいと思ってしまった。



「僕は知らない」



教えて欲しい、なんて言えるはずもないけれど。
セルリオは自嘲し、首を長くして自分を待っているだろうリーフのために転移球を使った。




 
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