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第四章 狂った勇者が望んだこと
225.また逢いましょう
しおりを挟むリヒトくんが話してくれた物語は知っているものが多かった。英雄伝を調べ始めてからひととおり読んだおかげだろう。面白いのは英雄伝の話がリヒトくんが生きていた時代にも語られていたという事実だ。
「──勇者は生まれた
光り輝く剣を手にその者 弱背を背に立ち上がる
世界に救いを希望を
勇者とは、勇者とは、勇者とは
私達は伝えよう
彼らが勇者なのだと──」
知らなかった話はいまリヒトくんが話している【作られた勇者】だ。暗黒の時代に立ち上がった勇者のことを謡っていたかと思えば、複数の勇者についての歌だったらしい。
「──私たちは彼らをこう呼ぶ
勇者
誰よりも穢れ 誰よりも無垢な心もつ彼らを」
そしてそれはリヒトくんの村で語り継がれている話らしく、ゴルドさんも好奇心を隠さずに聞いていた。話が終わったあと、子供たちだけでなく大人たちもリヒトくんに質問をしている。英雄伝で語られている【伝説の勇者】との関連を気にしているんだろう。リヒトくんはよく知らないと言いつつも、伝説の勇者が倒れてから村で語り継がれるようになったみたいだと、ジルドが聞いたら浪漫を胸いっぱいに広げそうなことを言っていた。村の人たちでも大きな発見をしたように喜んでいるぐらいだ。神聖な場所でクォードとヴァンの墓を見つけたときも凄い興奮していたし、ジルドがこの場にいたらリヒトくんに詰め寄って根掘り葉掘り聞いてるんじゃないだろうか。
想像して笑えたけど、続けられた話になんとなく笑みがひっこむ。
【誰も知らない人】という恋物語だ。どうやら英雄伝に連なる恋物語らしいことが分かった瞬間、コピーするだけして後回しにしたやつだ。
「名も無き物語 描かれなかった物語 されどそれは確かに存在した 激動の時代 血を欲し荒れた時代 心を壊された少女が心を無くした少年と出会った──」
どこの世界でも悲恋は人の心を掴むものらしい。クォードが生きていた時代なら悲恋はありふれたものだっただろう。そんな暗い世界に同調するように荒れて、心を擦り減らしていく2人が不器用に距離を近づけては離れる。そんな話だった。
この手の話は苦手だ。盛り上がる周りの人と違って冷めた気持ちでジュースを飲むしかなくなる。ジュースをぜんぶ飲んでしまえば手持ち無沙汰になったけど、丁度いいことに話が終わりそうだった。
「──また逢いましょう あなたは笑う 約束なんていらない あなたは笑う 必要なら廻る あなたは笑った いつかと同じように塀に腰掛けて朝陽を見下ろす 廻る廻る日々 崩れた塀を背に朝陽を眺める 廻る廻る日々 岩の上には片割れ一つ 朝陽を見上げる 遠い遠い場所 少女は口を開かない なにも言わず なにも見ない 村人は花弁を空に飛ばす 浄化の色は女に落ちて姿を覆っていく どこから来たのか どこへ向かったのか あの少年は誰なんだ 土を手に泣く人々を見上げる女は口を開かない なにも言わず なにも見ない あなたは笑った」
聞き流していた話にドキリとして、ジュースを落としかけてしまう。
廻る。めぐる。
印象深かった言葉に思い出す話が、周りの楽しそうな雰囲気から私を引き離していく。
《きっと廻る》
ラスさんが書いた走り書きから思い出すのはカリルさんの日記だ。
《リティアラが言うことはなにかおかしい》
神木にダラクさんと一緒に願いをかけたリティアラはその願いを口にしなかった代わりに「きっと廻る」と微笑んだそうだ。
廻る、めぐる、まわる……。
呪いのように廻るといったラスさん。勇者召喚を禁呪としたリティアラさんが言った廻る。一周まわって戻ってくるという意味なら、季節が廻るように──。
『英雄伝、本当にあったこと』
イメラがさしたものが【伝説の勇者】クォードのことだけじゃなく、すべての話をさしていたのなら。
『――約束をしよう またこの場所で
約束をしよう また共に歩こう
また逢いましょう
廻る廻る日々 きっと逢える また逢える
私たちは1度出会えたっ』
英雄伝【約束の場所】は誰の話だったんだろう。
「大昔のことです。それはそれは変わった木がありました──」
今すぐセルジオたちと英雄伝を照らし合わせたい。
リヒトくんには悪いけど始まった【神木】の話を聞きながらウズウズしてしまう。神木のことだって検証したい。絵本で語られる作り話じゃなくて実在したものという視点でみれば、いろいろ疑問が浮かんでくる。少なくともリティアラが生きていた時代には存在した願いをなんでも叶える木──本当に、そうなんだろうか。
「みんな神木に祈ります。なぜなら託した祈りは神木が受け取ってくれるからです。神木の輝きこそその証明でした」
絵本では神木が願いを叶えるとは書いていなかった。神々しいものの近くに寄って、祈って、それができなくなったあとは恨んでまた祈る──そんなどうしようもない話。
でも本当にそうだった場合は話が違ってくる。それなら死人が出ても神木のもとへ行こうとした人々の姿に納得だ。
『少なくともリティアラとダラク=カーティクオは神木を見た。願いをかければ叶う、そんなおとぎ話のような神木に願いをかけ、リティアラはこの世界に戻って来たんです』
『リティアラを救ってほしいのに』
ラスさんもリオさんも妙な確信を持っていた。
カリルさんはリオさんを見て救いようがないと思っていたみたいだから、神木が存在したはずの当時でもありえない話だったことが考えられ──神木はいまもある?でも伝えられているような姿なら絶対に誰かが見つけてるはずだ。でもそれは当時でも言えることで。
「──みんな神木に祈ります。けれどどうでしょう。みんなが増えるたび広野に根ざす植物が増えてきました。神木を一目見ようとする人々を阻むように高く生い茂ります。木が増えました。もう神木が見えません。光る幹に触れることが出来ません」
神木を隠すように増えた植物、木──それは森となってついに神木を人々から遠ざけた。
ざわざわ揺れる魔の森──魔物。
昔の地図と現在の地図とで違う増えた森の量を思い出してしまう。人々が知っている分かりやすく恐ろしい魔物ではなく、魔物と知られず、当たり前に人々の生活のなかで生きている魔の森。人々が住めている土地を侵食してその範囲を広げ、魔の森で生活する闇の者の行動範囲を広げている彼らは、果たして意思を持っていないといえるだろうか。
願いを叶えるというイレギュラーな神木が存在するぐらいだ。ないとはいいきれない。
でもそれだと神木を隠そうとした理由が分からない。神木がそうさせたというほうがまだ納得できるけど、闇の者の一人称が我だったことを当てはめれば、神木は闇の者が信奉する対象だった……?
ああ、駄目だ。
オカルトにはまった知人を思い出してしまう。あることないことこじつけて沼にはまっていくようだ。
「──どうか願い叶えたまえ。どうか我の願い叶えたまえ」
【神木】の話が終わって鳴り響く拍手に今度は参加しながらふと疑問に思う。
勇者が想いで作られた化け物なら、同じように人に作られた神木は、最初、どうやって生まれたんだろう。勇者召喚では、不純物あれどたくさんの人が救いをもたらす勇者を願った。少なくとも勇者召喚をしたラスさんは助けてくれる誰かを求めたし、その勇者召喚に繋がる最初の召喚をしたヴェルは自分と同じ化け物を欲しがった。それなら神木は。
「ねえ、リーシェ姉ちゃん。話ちゃんと聞いてた?」
ドリンク休憩しながらたくさんの人と話していたリヒトくんが突然ドアップになる。目の前に見える顔は不機嫌そうだ。遅れて耳に届いた言葉にしまったと思うけど後の祭りだ。
「え?……あー、もちろん」
「うっそだあ!僕、話してるあいだリーシェ姉ちゃん見てたけど、こーんな感じで眉寄せて僕のことぜんぜん見てくれてなかったもん」
「あー、うん。知ってるやつだったし……あ、でももう1回聞いたおかげで気が付けたことがあったから、勉強になったよ。ありがとう」
急に現実に引き戻されたこともあって口が滑ってしまった。口を尖らせたリヒトくんを宥めるため、お礼をいいながらレーズンをあげる。
「あ、やったあ!僕、これ好きなんだ。お母さんがパンにたくさんの木の実と一緒に混ぜて焼くんだけど、すっごく美味しいんだよ」
お母さん。
少し聞き方を間違えれば地雷になりそうな話題だ。緊張が走る私を助けたのは近くにいた子供だった。
「もうお話ないのー?」
「ちゃんとしたお話はもう知らないんだ……あっ!でもこんな話も知ってるよ!実は神木って女神様かもしれないんだって」
「女神様?」
しまった。
つい子供たちの会話に口を挟んでしまって、手遅れなのに口を手で覆う。固まる子供を見て焦る私と違って、リヒトくんは嬉しそうな顔だ。
「えへへ、興味ある?あのね、旅人が言ってたんだけど、神木が見つからないのは人の姿になって隠れてるからなんだって。でもでも、綺麗な姿は隠せないから、女神様みたいに綺麗な人を見かけたら声をかけたほうがいいよって教えてくれたんだ」
「それは、うん。なるほど」
どうやら随分フランクな旅人もいたらしい。物語をねだる少年をからかう……というよりナンパを伝授する姿が浮かぶ。
きっと私と同じ考えを抱いただろう大人たちが空を宙を見て笑みを浮かべるなか、子供たちは純粋に受け取ったようだ。
「神木って女の人なの??」
「それに神木が人になったら黄緑色じゃんかー!隠れられないよー」
「あはは!ほんとだね!黄緑色だったら僕もすぐに分かっちゃう!でもそうだなあ、そういえばなんであの人は女神様って言ってたんだろ……?」
「女神様って、どういう人なんだい?」
リヒトくんに質問する子供たちに混ざったのはゴルドさんだ。リヒトくんはゴルドさんの質問を答える過程で【女神の許し】の話をして、また皆から拍手をもらうことになる。照れ臭そうに笑って、可愛いことだ。
さあ、次は。
そんな期待に似た妙な空気が広がり始める。視線を浴びた人は、気圧されることなく柔らかい笑みを浮かべた。
「たくさんのお話をありがとう。それじゃあ約束通り私もお話をしようかな」
「やったあ!いっぱい教えて!!」
目をキラキラと輝かせるリヒトくんは笑みを誘う可愛い子供の顔をしている。ゴルドさんはじっとその顔をみたあと、ゆっくり目を閉じ、息を吸った。
「はるか昔──」
そして語られる話は【レヴィカル】や【ドライオス】に【亡国の王女】、【約束の場所】だった。既に知っている話だったけど、リヒトくんは知らない話だったらしい。素晴らしい観客になって周りまで楽しませていた。
私は空になったジュースや果物を追加しながら、セルジオたちと検討するときに使う本をどれにするか決めることにする。
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