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第四章 狂った勇者が望んだこと
228.「さて、君に最後の質問をしよう」
しおりを挟む何故だろう。
謎かけかと思ったら、ゴルドさんは探るように私を見ていた。
ゴルドさんは、ただ純粋に私に尋ねているんだ。それも、本当は私が古語を読めると思って──違う。なにかが、おかしい。
「……君が作ってくれた椅子を思い出してほしい。あれはどうやってできたと思う?」
長話になりそうだからと軽い気持ちで作った椅子は、村の憩いの場で使われるようになっただけでなく、最後の最後でも大きな働きをするらしい。
レオルドは目的の場所についたらしい。セルジオたちもあともう少しで合流するだろうし、どうせなら全員で話を聞いた方がいいだろう。
そう思うのに我慢ができない。表情の違いあれどゴルドさんは、ユルバがレオルドを見るときに浮かべる恐れを私に向けていた。
「魔法で作りました」
「ではその魔法はなぜ使える?」
「魔力……想いや願いといったものだと考えています」
「願えば叶う。そんな魔法を君はどう思う?……私はね、とても恐ろしく思う」
自身の手を撫でながらそう言うゴルドさんは、闇の者が本当にいるのかと聞いたリヒトくんを思い出させる。ああ、そうか。私は魔物だった。
あれ?
魔物って、闇の者だ。化け物、勇者、人間、魔を持つ者──
『君はもうちょっと、自分が特別だってことを自覚したほうがいいよ』
──私は、どれだろう?
なにかがおかしい。
「今一度、自覚したほうがいい。魔法はなんでもできる」
「……ですが使えない魔法もありますし、そう認識しているあなたも使えない魔法が」
違和感。
使えない。
果たして言葉通りの意味だろうか。
そう思った瞬間、息苦しくなるほど気持ち悪い感情が生まれた。リヒトくんたちの記憶にひきずりこまれるときと同じように強烈な感情に揺さぶられる。
サビシイ、ツライ。
そんな悲しい感情だけでなく詰りたくなるような苦しい感情が、思い知らせてやりたくなるほど暗い感情が……っ!
僕だけは嫌だと恨み嗤いたくなるような感情が胸に渦巻いて、立っていられなくなる。
吐きそうになるのを堪えながら地面にへたりこむ私を見るゴルドさんは──なんでだろう。憐れむような眼。
「私には魔力がそれほどないが……魔力を多く有する君なら可能だろう。魔の力。呪い子を作った力──その力は文字通り、なんでも出来てしまう……叶えてしまう。私はそう解釈しておる」
地面に落ちた冊子を拾ったゴルドさんはパラパラと内容を確認して、笑った。笑うしかないとでもいいたげで、呆然とする私を見下ろす。
「君が読めないとしたものを作ったように、そう認識しなかったものを読めるものとしたように……この2つはどちらも古語で書いてあるんだよ。私は物覚えが悪いからね、同じ内容のものを何冊も書いた」
どちらも古語で書かれていた……?でも、最初に渡されたものは確かに日本語で書かれていた。
話を信じるのなら、最初私は古語のことを忘れて日本語が当たり前だと思っていたから日本語で読めて、ゴルドさんが古語で書いたものと言ったから、私はそう見たってことだろうか。いや、そもそも古語で書かれたものを見たらすぐ分かる。セルジオに初めて見せてもらったときだって──
『じいちゃんが言うにはこの時代この文字は使われていなかったんだ。今でこそ共通言語になっているけど、この時代はこんな文字だったんだって』
──あれが刷り込みになって、古語で書かれたものは古語として見るようにしたとでもいうんだろうか。そんなことを無意識でしているのなら、どこまでだ。まさか今まであったことすべて望んでいたとでも?
「そんなことができるならなんで私はまだ復讐できなくて勇者召喚も消せないままなんだ。リヒトくんたちの望みだって、叶えてあげられてない」
「それらは本当に望んでいることかい?」
「っ」
「……君は私達が迫害を受けた理由を知っているようだったね。滅多に見ることのない、赤い目の人の姿をした闇の者──外の世界がいうソレは私達のことだろうが、私たちは今までサバッドというものを見たことがなかった。ただ、闇の者が恐ろしいことはあの歌のように伝えられてきた。見つかってしまえば死んでしまう。見つかるな、逃げろ……そういう存在としてね。私たちは常に誰かや何かによって区切られたもののなかで生きている。自分でそう決めている」
決めている。
ああ、そうだ。最近よく思ってたことだ。
人は勝手に縛られたがる。
僕のせい、私のせい、許されない、見るだけしか出来ない、帰れない──皆、自分で自分を縛ってしまっている。
欲しい本を探したときに検索をかけたときだってそうだ。チートな魔法のはずなのに、思い違いをして無駄なことをしていた。
きっとゴルドさんはそれを教えてくれている。
なんでも出来てしまう……叶えてしまう魔力。
『こんな腐った国の愛国心作ろうって本が読みたい訳?』
この世界に召喚された次の日に読んだ本のことを思い出す。日本語で書かれていただけでなく私が読みたかったこの世界の入門書のような内容だったけど、実際は違うものだった。
あのとき私は、私が望んだからそういう風に変えたって、素直に思ったっけ。
この世界の人が魔法を使うのに理屈を必要として、私たちはそうじゃなかったのに──今は。
『ロナルの願いが叶えばいいとアイフェが使った魔法を私は思いつかなかった』
『んな魔法使えねえんだよ!どういう理屈だ!』
魔力は主人を助けるべく魔法として使えるようになる主の望みを叶えようとするパートナー。
だけど主人が使わなければ、叶えられない。
「……きっと君がそうだと定めたものがあるだろう。そしてそうと気がつかずに世界を変えているんだ──それは、とても恐ろしいことだ」
気がつかずに世界を変える。
本当にそうなら、思い込んで、そんな自分の考えにそうように歪めたものはどんなものがあるんだろう。
ぼおっとしていたら、ゴルドさんが拾った冊子を私にまた手渡してくれた。
変なの。
なんとなく中身を見てみたら、やっぱり片方は日本語で、もう片方は古語で書かれていた。
変な話に振り回されてこっちは疲労困憊だ。文句でも言ってやろうかとも思ったけどそんな気力もない。このまま眠れたら幸せだろう。真っ暗な視界のなかなにも考えなくていいんだ。
「リーシェさん」
「……?はい」
聞き慣れない言葉に驚いて目が覚める。
リーシェ。
そういえば初めてゴルドさんに名前を呼ばれた気がする。新鮮な気持ちでゴルドさんを見上げていたら手がさしだされる。私が起きるのを手伝ってくれるようだ。
ああでも、ゲロがついてないだけマシだけど、涎がついた手で地面を触ったから土で汚れている。
ぼおっと自分の手を見ていたら、皺がたくさんある手が私の手を握って引っ張った。強い力だ。けれど立ち上がった瞬間、視線が少し下になって、歳を重ねた小さな身体が見えた。
「さて、君に最後の質問をしよう」
なんでだろう。悲しそうに微笑む顔だ。
冊子を抱きしめるように持つ私を見るゴルドさんには私がどういうふうに見えるんだろう。ああ、でも憐れむような眼じゃなくてよかった。また同じ目を見てしまったら、八つ当たりしていただろう。
憐れまる腹立たしさは怒れば怒るだけ空しくなるし、今更そんなふうに見られても困る。
「あの椅子だが、維持するのに魔力を使っているのかね?それとも今もまだ魔法を使っているかい?」
「椅子……?いえ」
また誰かの感情にひきずられていたようだ。ゴルドさんが言っていることを理解するのに時間がかかった。
椅子、椅子かあ。
なにがきっかけになるか分からないもんだ。思いつきで作った椅子がゴルドさんにここまで予想させるものになって、私にとって魔法が驚くに値しない当たり前のものになっていたことが分かった。
笑う私にゴルドさんは構うことなく話を続ける。
「ではあの椅子は魔法を使った結果だろう。椅子を作りたいと願い、魔力を使って、椅子を作り上げた。そうだね?」
「魔法の、結果……」
はっとして、言葉を失う。
魔力計測器を手に入れてした実験を思い出す。自分の得意な魔法を見つけるために思いつくあらかたのことを試したとき──あのときもう分かっていたことだ。
実体として作るときには、それを構成するものがなにか分かっていたら簡単に出来るけれど、分かっていないと難しい。
発見なのは実体を作っているときに魔力は発生しているが、実体として完全に想像できて作れたものは実体として残り続けるのに魔力を要しない。
イメージさえ最初にはっきりと練っていれば、本当に必要とする魔力が少なくて済む。
一つの魔法に色々付随するにしても詳細までイメージしたのならかかる魔力量は最小限で済む。
ゴルドさんはずっと、私が村に来たとき言った質問に答えてくれている。
それなら、この最後の質問はどれに対しての回答だろう。
「果たして、なにが正しいのだろう。呪い子を化け物たらしめたのはなんだろう。誰もが願いを持つ。それは願いだからこそ美しく、己の力量で叶えるからこそ幸せを手にするのだろう。それが自分ではない圧倒的な力ですべて叶えられるようになったのなら、世界はつまらないものになるだろう。そんな者が欲しがった唯一が叶えられないことがあるとするのなら、それは、その者にとってどんなものになるだろう……オルヴェンをどうするだろう」
呪い子の、化け物の、ヴェルの願い。
『あいつらの言う化け物の力で、強く強く願ったんだ』
ヴェルを化け物にしたあいつらがいう力を使って、私と我々のように自分以外の人を、この世界の人を見限ったヴェルはこの世界以外の、別の何かを喚んだんじゃないか?
詩織さん。
詩織さんを召喚した。
その方法はリティアラの時代で禁呪になって、ラスさんが勇者召喚として使った。
なんでも出来てしまう……叶えてしまうから、そうと気がつかずに世界を変えている魔法。その結果。
『僕と同じ化け物が欲しい──僕だけの化け物が欲しい』
あの願いが叶っていないのだとしたら?
ああ、くそ。イメラたちの声が聞こえてくる。しかもイメラたちだけじゃない何かたちの叫びまで聞こえて手に負えない。きっとこれは黒い道を作る彼らのものだ。私を揺らすたくさんの感情は一斉に喋る彼らの叫びだったらしい。縛られて止まったような時間を生きて、後悔して泣いている救えない存在。自分の願いを思い出せて形を取り戻せたイメラたちでさえ泣いてばかりで、苦しむために生きているようだった。
ヴェルも同じように縛られているのだとしたら?
消えない召喚魔法。
死ねない存在。
あり続けるための魔力は事欠かなくて。
「勇者召喚は、最初に使われてからずっと魔法を使い続けている状態……?」
「あくまで私の見解だがね」
椅子でいうなら、いま魔法で椅子を作っている途中なんだ。完成しない限り終わらない。主人は願って、それに必要な魔力はたくさんの願いと合わさって年に一度は使えるぐらい十分なものになっている。
「……昔は魔の森に闇の者はいなかったようだよ──だから私は魔法が怖いんだ」
魔力を足しさえすれば願うだけで形になる、奇跡という魔法。その副作用はそうと気がつかずに世界を変えることかもしれない。
膨大な魔力を使って使われ続ける魔法は、なにを変えてしまったのだろう。
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