狂った勇者が望んだこと

夕露

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第二章 旅

108.「じゃ、いってきます。明日ぐらいには戻るよ」

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予想通りだった人物の登場と想定外の叫びに言葉を失う。
沈黙自体は短いものだった。だけど暖炉によって温められていた部屋は開け放たれたドアから入り込んでくる冷たい風でまたたくまに冷えていく。リーフはこの寒さのなかどれほど外にいたのか、鼻を真っ赤にさせていた。驚くほど短くなった髪には雪がのっている。体温で溶けた雪が外の寒さでまた冷えたんだろう。氷のようになっている。

「あいつ――……え」

目当ての人物、男性を探し見つけたリーフの目がなにか訝しむように瞬いたあと、また、私のほうを見た。


「あ」


目が合うとリーフまで言葉を失って、次いで激しく咳き込む。この寒さのなか必死に走ったからだろう。ヒュウヒュウと喉が音を鳴らしている。
思わず手を伸ばせば、その手がリーフに触れた瞬間捕まれてそのまま抱きつかれる。梅のように腹にたっくるかますほどの勢いだったけど気にならなかった。私も冷たい身体を抱き返す。頬についたリーフの髪は雪にまみれていてひどく冷たい。

「桜、桜……っ」

くぐもって聞こえてきた声に、いろいろ覚悟を決める。
トナミ街でかけたリーフを守る魔法はずっと続けていた。だから離れ離れになることがあっても大丈夫だと確信していたし、万が一のことがあっても奴隷魔法の繋がりで安否は分かるから安心しきっていた。
そして正直、リーフと距離を置くのもいいかと思っていた。一緒にいる時間が多すぎた。リーフだけじゃなく私も頼りにし過ぎる関係は危なく思えて、いったんどこかで落ち着かせたいと考えていた。だから今回の事件で離れ離れになってしまったことは悪いことでもあり良いことでもあった。

でもいざこうやって再会すると胸からこみ上げてきたのは震えるほどの安心と嬉しさで。

元の世界に帰る方法がないと言ってきたけれど、もしかしたら穴があるかもしれないと考えてきたけれど、これはいよいよ元の世界に帰れないかもしれない。本当に長い時間、私はこの世界にいすぎたんだ。
帰れないんじゃなくて、帰らない可能性を思うようになるなんて。
開け放たれたドアの向こうには目に痛いほど綺麗な真っ青な空。さきほど雪崩が起きた場所もかろうじて見える。
なんでお前はリーフといたんだよ。
きっとそこにいるだろうセルリオに悪態吐いて、リーフを呼ぶ。

「リーフ」
「さく、っ!なん、だ――っ」

近くで見た顔は寒さのせいだけじゃない疲れが浮かんでいた。カサついて皮がめくれた唇、目元に深く残るクマ、あーあー、髭まで薄ら生えて。
口づけしながらリーフの周りを寒さから遮断されるよう魔法をかける。凍えた手が暖かくなるように、安心して眠ることができるように。
リーフの目尻から反射的に流れただろう涙を拭いながらもう一度リーフを呼ぶ。

「セルリオは雪崩の下?」
「……っ、そう。セルリオの奴俺を庇って、進藤が」
「しんどう?」
「ゆ、―しゃ」
「……アイツか」

気を抜けば瞼が閉じてしまいそうな状態のリーフは、それでも気を失いまいと私の服を握りしめて言葉を紡ぐ。

「進藤、桜をさが、してた。まだバレてな」
「んでウサばらしかなんかでリーフたちが襲われたって感じか?」

頷くリーフの頭を撫でる。髪が短くなったことで指を通り抜ける柔からい髪の感触がなくなったのがちょっとばかし残念だ。でもリーフの綺麗な顔がよく見えてこれはこれでいい。
リーフの額にキスして笑いかける。


「リーフあとは任せろ。セルリオは大丈夫だから……おやすみ」


最後の言葉にリーフはなんともいえな顔で微笑んで目を閉じる。その身体を魔法の力も使って抱き上げたあと振り返れば、こちらもまたなんともいえない顔をいくつか見つけた。梅は混乱と嫉妬を混ぜたような表情で、男性は困惑と不安、オーズは疑いと警戒、ラスさんは不安と警戒を表情に表していた。騒ぎを聞きつけて降りてきただろう面子はどこから話を聞いていたのか。一番危ない奴はこの状況にそぐわない微笑みを浮かべている。
そしてなぜか私のほうに来ると、抱き上げていたリーフを奪った。

「サク。俺がこの子を預かるよ。……起きたあとも任せて?」
「……頼んだ」

なにを考えているんだか。
私の行動を止めるようとするのならオーズとレオルドと梅だと思っていたのに、まさかのこれだ。レオルドの行動を皮切りに声が部屋を埋める。

「リーシェさん。セルリオさんというのはあなたの班員ですよね?私も力を貸します」
「リーシェお前はここに残ってろ。勇者進藤と顔を合わせたら面倒だ」
「なに?よく分からないけど、私だってサクのために力を貸すよ!」
「お前はひっこんでろ女勇者!」
「なによ色黒!」
「ああ?!」

オーズと梅の言い争いを聞きながら考える。確かに進藤と顔を合わせる確率は高い。私を探しにここまで来た進藤が雪崩まで起こす精神状態で次にどこへ向かうのかまるで分かりやしない。そんなとき下手に顔をだす場所は作らない方がいい。サクの姿じゃないにしろ、好色な奴だ。女一人でいればその権力振りかざそうとする可能性だってある。
でも悩んでる時間はない。
なんだった?雪崩に巻き込まれたさい何分以内に救出しなきゃいけなかった?セルリオ自身魔法で抗ってるだろうけどそんなに時間はないだろう。

「オーズ、ラスさん。私が進藤に見つからないよう進藤の動向を見てきてほしい。もし見つかりそうな場合は注意を逸らしてくれると助かる」
「それはいいですが「いいや駄目だ。お前はここにいろ」

身を乗り出してきた目障りな奴が予想通りのことを言ってくる。

「俺たちに任せろ」
「任せられないから私が行くんだ。たぶんお前らは見つけられない」
「なっ」

ずっと考えてきた。

勇者と呼ばれる奴らとこの世界の人間で使う魔法の違い。
オーズが殺すとまで脅して私に転移魔法を使わせなかった理由。
この世界の狂人が使う魔法と同じ勇者の魔法。
使えない魔法、使える魔法。
ハトラ教のようだと言われた私の魔法の使い方。

なにか分かりそうだけど、なにか足りない。
でも分かることはある。
私たちの言い争いを背後に外に出た男性、恐らくセルリオの祖父は雪崩が起きた場所を見て泣き崩れている。あんなに遠くから走ってきたリーフ。そしてしばらく前に起きた雪崩。絶望的な状況だ。
そういうときの魔法があるだろうに保護魔法をかけられるぐらいのセルリの祖父はなにもしないでいる。どうしたって無理だと魔法に聡いだろう彼がそう判断しているんだ。
そんな彼と一緒のオーズたちにセルリオを助けられるわけがない。

「……っ!リーシェ、いまなにしようとしてやがる?」
「分かるだろ?私の邪魔するなら転移魔法、使うぞ」
「使ったら殺すって言ったよな?」
「黙って殺されると思うのか?」

転移魔法を使おうとした瞬間すぐさま気がついたオーズは表情をすっと消して淡々と話し出す。他の人もいるってのに赤い目までしだしたオーズはじっと私を見下ろした。


「君は俺と遊ぼうか」


状況を変えたのはレオルドだった。

「なっ――!」
「やっぱりこの子は君に任せるよ。それぐらいなら出来るでしょ?」
「はあ?ちょっ!」

レオルドはオーズの顔を片手でわしづかみにして床に叩きつけた瞬間、肩にのせていたリーフをソファで膝立ちしていた梅に投げ渡す。とっさに魔法を使ったのかすんでのところでひっくり返りそうなのを堪えてリーフを受け止めた梅は、猫のように怒りあらわに髪の毛を逆撫でレオルドに悪態吐いている。ちなみにレオルドは微塵も聞いちゃいない。私のほうを見て呑気に口を開いた。

「じゃ、いってきます。明日ぐらいには戻るよ」
「……ん」

オーズが床から起き上がった瞬間、笑顔のレオルドによって強制的にどこかへ転移されてしまう。どこに転移したかは考えないでおこう。どうせひどい場所だ。

「ラスさん」
「え!あ、は、はい」
「先ほどの件、お願いします。あと転移魔法は使いませんのでご安心下さい」
「そ、それは……はい。分かりました」

オーズがいなくなったことに驚きを隠せないでいたラスさんだったけど、お願いした瞬間色んな何かを飲み込んだような顔をして姿を消した。きっと進藤の動きを探りに行ってくれたんだろう。ああ、やっぱりラスさんって苦労性だな。
最後にもう一人お願いしないといけない。梅にはまだリーフのことも話してなかったし今のだけじゃ何がなんだか分からないだろう。これはあとが大変だな。

「梅。私も多分明日には戻る」
「え?明日!?なんで!?」
「それでリーフのことだけど、頼める?」
「……っ。……分かった」
「ありがとう」

梅は不満そうに、だけどラスさんみたくそんな感情を飲み込んで頷いてくれた。梅は必ず約束を守ってくれるからこれで安心だ。
寝息をたてるリーフと、私を不安そうに見上げる梅の頭を撫でたあと宿を出る。セルリオの祖父は涙残る顔を私に向けて頭をゆるりと振った。


「あなたがサクさんでしたか……ずっとお会いしたかった。孫のセルリオから話を聞いて、それからずっと……」
「私もセルリオからあなたの話を聞いていました。まさかこうやってお会いする形になるとは思いませんでしたね。……明日積もる話でもしましょう」
「サクさん!あなた一人で外を出歩かせる訳にはいきません。セルリオもそのようなこと望みはせんっ」
「それは明日セルリオと一緒に怒られることにします」
「なに、を」


転移魔法は使えないから普通じゃ考えられないぐらい早く走れるように身体に魔法をかける。ただそれだけの魔法でもなにか思うところがあるのか、セルリオの祖父は目を瞬かせた。


「セルリオは大丈夫ですよ」


死んでると思ってるだろうセルリオの祖父に断言して走る。
変わる視界、刺すように冷たい空気。冷たさにでた涙が頬を伝いきる前に凍ってしまう。あまりの早さに途中何度か転ぶも念のためかけておいた防御魔法のお陰で怪我はない。転ぶ度にところどころそれなりに大きな穴が空いたけれど、それは降ってきた雪が消してくれるだろう。

雪崩が起きた場所はもう、すぐ目の前にあった。



 
 
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