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第二章 旅
116.「さっさとアイツの居場所を吐けや糞野郎っ!」
しおりを挟むドアを開けたのはリガルさんだった。
進藤はリガルさんを見るとわざとらしく残念がってみせる。
「爺さんアンタじゃねーんだよ。セルリオ。セルリオだ。聞こえてるか?」
「すまないがセルリオは戻っていない」
リガルさんの落ち着いた返答に進藤はぴたりと動きを止める。
あっと気がついたときには進藤が何かをリガルさんに向けて思い切り投げたところだった。炎のイクスだったらしい。リガルさんが張っただろうシールドにぶつかった瞬間、炎が巻き起こって辺りの雪を一瞬にして溶かしてしまった。
「爺さん嘘は駄目だろ。セルリオと一緒で親子ともども嘘吐きだよなあ?……あ、アンタは爺さんだっけ。両親は魔物に食い殺されたんだよな。間違えて悪かった悪かった」
1人話し続ける進藤はなにがおかしいのか笑っている。そしてまたイクスを取り出して見せつけるように両手に持った。
「この世界の奴らってなんで簡単に死ぬんだろうな?魔物もよえーし魔法パッとしねーし期待損。あーでも爺さん誇ってやれよ。セルリオは強いと思うぜ。ありゃ兵士じゃない。班長ぐらいにはなってなきゃおかしいって」
進藤は一歩一歩リガルさんとの距離を詰めていく。上から目線に話す進藤はリガルさんに笑顔と呼べるのか分からない歪な笑顔を見せた。
「さっさとアイツを出せよ」
進藤はイクスを宿にめがけて投げつける。咄嗟に張ったシールドはイクスを弾いて雪の上で燃え上がった。進藤は口笛を吹いて楽し気で、どうしたらいいのか悩む。まだ大丈夫だ。だけど進藤が遊ぶ気をなくしたらリガルさんを殺してしまいかねない。最初にイクスを投げたときだってなんの躊躇もなかった。あのときリガルさんがイクスを防げなかったとしても、進藤は構わなかっただろう。
「守られてる気分はどうだー!?セルリオちゃーん!アイツにも守ってもらってほっんと可愛いよなあ?!」
叫ぶ進藤にシールドが張られる──リガルさんだ。リガルさんは進藤を殺すつもりも危害を加える気でさえないらしい。このままシールドで拘束するだけのようだ。
それは駄目だ。
そう思ったのは間違いなかった。リガルさんの意志を察した進藤は笑みを消す。舌打ちして呟いた言葉がなにか分かったとき、進藤が一瞬にしてシールドを打ち砕いた。かけ続けていたシールドが壊されて反動がきたんだろう。よろめくリガルさんに進藤は素早く距離を詰める。そのまま無表情に拳を振り上げるけれど、リガルさんは態勢を立て直せず立ち尽くすだけだ。危ないと思い転移を使ったものの、またいつかのように打ち消される。
──最悪は起きなかった。
セルジオがリガルさんを救いだしたのだ。宿から飛び出したセルジオがリガルさんの身体をひいて、進藤の攻撃を間一髪で防いだ。リガルさんに向かって振り下ろされた拳は進藤の肘を隠す深さまで地面にめりこんでいる。あの場所に居続けていたら死んでいただろう。
進藤の明確な殺意を目の前にセルジオは怯むことなくリガルさんの前に立つ。
進藤はそんなセルジオを見て嬉しそうに笑った。地面から腕を抜いて、怪我ひとつない手を握りしめたままセルジオを見る。セルジオは魔法で収納していた剣を取り出して手に握った。
「ようやくおでましかよ……にしてもやっぱ生きてたんだな。……なあセルリオ、誰に助けてもらった?あの魔物の量だ。このジジイじゃねえ。誰だ?お前本当に一人だったのか?なあ?」
進藤の言葉にセルジオを助けるとき現れた魔物を思い出す。痕跡を消すことまで思い至らなかった自分に舌打ちした。
どうしよう。このままじゃセルジオが危ない。セルジオは確かに強くなったけど勇者との相手だと話が違う。そもそも勇者の魔力量が桁違いだし、これまでの自分や梅の話を聞く限りこの世界の人間と勇者の魔法の使いかたは大きな差があり過ぎる。とてもじゃないが敵うとは思えない。
「リーシェ。このまま出るぞ」
「……は?」
振り返るとオーズが難しい表情で私を見下ろしていた。私がセルジオを助けに行くと決めたときと同じ表情だ。目を疑う私を見下ろすオーズは、私の腕を強い力で握る。オーズの背中越しには口を結ぶラスさんが見えた。
背後で金属音と、衝撃音が聞こえ始める。
「オーズ。私は仲間と合流できたからお前と一緒に動く理由もなくなった。手を放せ」
「お前は俺が助けた。それにお前は監視しなきゃなんねえから俺の目が届くところにいろ」
驚くことにオーズは真剣だった。
どうしたらいいだろう。
背後から聞こえる音からまだ戦闘が続いているのが確認できる。けれどリガルさんを呼ぶ焦りを滲ませるセルジオの声からするに劣勢のようだ。オーズもそれは把握しているだろうに、話を続ける。
「あいつらが囮になってくれて丁度いい。このまま移動したら進藤に気がつかれることもないしな。万々歳だろ?なんでそんなに反対する」
もっともな意見だ。なにせ私はさっきその理由で加勢するかどうかを悩んでいた。
だけどオーズに指摘されて抱いたのは反論で、それが分かった瞬間頭がスッキリした。結局答えは決まっている。できればと思うことは沢山あるけれど、優先順位は決まっていた。
「オーズありがとな。あと心配どーも」
「はあ?」
意外だったのか、オーズがシリアスな雰囲気を壊して意味が分からないと間抜け面を浮かべる。そんな顔をするオーズにニヤリと笑い返して、ついでにいつまでも握ってきやがる手を振りほどいた。
「リーフ、梅子!」
「なに?!」
「なんだっ?」
「いつでも移動できるよう準備しといて」
2人の返事は待たず階段を降りれば、元気な声が後ろから聞こえた。どうやら了解がてら私を引き止めようとしたオーズを2人がかかりで止めてくれたようだ。なんて心強い。
「さっさとアイツの居場所を吐けや糞野郎っ!」
苛立ちに叫ぶ進藤の声の先には雪の上に倒れこむリガルさんと、リガルさんを守るように立つセルジオ。
することは明確だった。
カナル王国でもしたように、誰にも私に触れないように防御魔法を自分にかける。身体強化も重ねがけして両手両足に普通じゃ得がたい威力が宿るように強く魔法をかけた。そのまま走れば勢い余って宿のドアが吹き飛んでしまう。
進行方向にいるセルジオとリガルさんを風魔法で突き飛ばしたあと、まとめてシールドに包んでおく。進藤は突然迫ってきた何かに目を見開いて顔を上げた。
私と目が合うと更に見開かれた目は、満身の力を込めて振り下ろした私の拳をとらえてしまう。進藤は両手ながらも私の拳を受け止めてしまった。
私の拳と進藤の間にある見えない膜。いつもならそれが相手に触れた瞬間相手を吹き飛ばしていたのに、これだ。それでも威力は願ったとおり強大だったみたいで、進藤の身体を地面にめりこませていた。
これで死なないかあ。
進藤は受け止めた拳から私に視線を移す。ゆっくりと吊り上がっていく唇は間違いなく笑みをかたどっていった。
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