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第一章 召還
05.「おいおいおいマジかよ。完全に男じゃねーか」
蒼い瞳が弧を描く。ニヒルにあがっていた口元は、いまはにんまりとつりあがっている。
危険だ。そう思った。
「なんか用?……つか本投げ捨てないでくれませんかね」
声が震えなかったことに安堵しながら、ゆっくり立ち上がる。男は私よりも背が高い。並ぶ視線ではなく見下ろされる視線に、なぜか冷や汗が出る。185cmぐらいだろうか。
「本?別にどうでもいいよね。こんな腐った国の愛国心作ろうって本が読みたい訳?どうでもいいけど。それで君、勇者で合ってるよね?ふーん」
意味を図りかねて反応が遅れた。手が伸びてきたと思ったら距離を詰められる。間近に見えた掌にぞっとして叩いて避ける。
あれ、血だ。
斑についていたどす黒い赤い色は血だった。指先を怪我して血を舐め取ったときの鉄臭い臭いがする。なんでこんな朝っぱらから手に血がつくような事態になる。なんでそんな奴がいきなり部屋に現れるんだよ。これがこの世界の普通か?
つい男のジャケットに収納されている小剣に目がいく。最初見て気になった汚れが、血とか土で汚れたものなんだってことが分かってしまった。非常に有難くない情報だ。
「君が昨日早速魔法を使ったんだっけ?火って聞いてるんだけど」
「……俺じゃない」
「へー。君も使えるようになったんだ」
「え」
「初めてなのにこのコントロール凄いね。なに?もうヤッタ?」
言動に眉をひそめると、感づいたのか男は「まだなのに凄いねー」と間延びした声で笑う。声を出そうとして、朝起きて急に話すからかむせてしまう。存外低い声が出た。
「さっきからアンタなんなんだよ。勝手に納得して話すなら、俺の反応求めないか事情説明してくれません?」
「あー、あれだね。君、さっさと死ぬかここで長くやっていけるか綺麗に分かれるタイプだね」
「なに……っつうあ゛!」
「……あーあ。冷めた。折角いい匂いがしたと思ったのに」
突然腹を蹴ってきた男は、蹲ってむせる私を興味なさそうに見下ろすと窓から飛び降りる。視界から消えてくれた姿に疲れてしまうような大きな安堵を覚えて、同時に強烈に感じだした痛みに呻いてしまう。目尻を伝う涙さえ拭えなかった。
凄く痛い。痛くて、意味が分からなくて、痛くて!
突然襲い掛かってきた暴力になにもできずただ痛みがひくのを待つ。
あの男なんなんだよ!それに、なんて言った。私がもう魔法使ってる?なに言って……まだなにも起きてないし使ってねえよっ!コントロール出来ているとも言っていたけど、そんなのしてる自覚はない。
でも、使ってるとしたらっ?……選択が迫ってるってことになる。
まだ腹はズキズキと痛むけれど壁伝いに起き上がって、腹についた泥を落とす。倒れてる場合じゃない。口元を伝っていた涎を拭き取って洗面台に向かう。
どうする。これからどうすればいい──
ひねった蛇口から水が出る。ここだけ見ればあまりにも前の生活と変わらない。朝起きて、顔を洗うんだ。備え付けられた鏡で適当に格好を整えてそれで……。
酷く冴えない表情だろう顔を鏡に映す。確かに予想通り青ざめて覇気のない表情だった。だけど、それだけじゃない。
指に水しぶきがかかる。水が流れたままだ。分かるのに、鏡から目を離せず動けない。一瞬で頭の中が真っ白になった。
突如、本の内容を思い出す。
”魔法”。それは感情に左右されるところをみせる、未だ解明できていないものだ。生まれ持った魔力量は成長過程で増えることもあるが、一度決まった魔力量が変わることはそうそうない。それが感情により増減をみせることがある。使える魔法の系統も使う者の性格によるところが大きい。傷の癒しを求める者は治癒魔法に特化したり、壊したいと願う者は攻撃魔法に特化したり、生まれ育った環境に馴染んだものを魔法で扱えるようになる。魔力は主人を助けるべく魔法として使えるようになる。主の望みを叶えようとするパートナーなのだ。
魔法のない世界からやってきた勇者達が初めて得る魔力、それによる魔法は富にそれを物語る──
「完全に、男じゃん」
鏡に映る私の姿はどう見ても男だった。
ベースは変わらないから、あまり私のことを知らない人から見れば分からないのかもしれない。けれど毎日見ている顔だから違いがよく分かってしまう。肉も減って、フェイスラインが少しシャープになっている。喉仏さえしっかり出ている。
さっきも思っていたのだ。いくら普段男に見間違われようが、流石に至近距離だったり長く見られ続けるとバレるものだ。仕草や雰囲気は真似ることができ、そこで大きくカバーすることも出来るが、男女の骨格や喉仏で分かってしまうものだ。それなのに、あの男は全く気がつかなかった。
これが私の魔法なのだとしたら?
だけど悲しいことにどういう魔法なのか判断がつかない。男になる魔法だろうか。声もすっかり低い。驚いたことに身長も伸びているようだ。腕や足もすっかり男のものだ。胸もなければ……。
「おいおいおいマジかよ。完全に男じゃねーか。梅、絶叫もんだろ」
トイレから出て絶望に床に座り込んで壁にもたれかかる。立てた膝に手を置いて項垂れる。お陰ですっかり腹の痛みは消えている。
この城では男のままでいるって決めたけれど、確かに望んだけれど、男になるなんて……。いつかは望んだことでも、こんなタイミング、というよりこんな展開で突然男になってしまったことに感情が追いつかない。
もうなにに落ち込めばいいのか分からなくて呆然とするしかない。色々おかしいだろ。私は男になりすまそうとしたけれど、男になりたいと思った訳じゃない。もし魔力が本に載っていた通り、魔力の持ち主の望みを叶えようとするのなら別のことじゃないか?
別のこと。私が望んだことって……。
『よくきた、勇者達よ』
聞きたくない、見たくない。理解したくもない。
『神に選ばれた勇者達よ、どうか我が国を、世界を魔物の脅威から救ってほしい』
意味が分からない。ふざけるな。押し付けるな。お前らでしろよ。巻き込むな。
『帰れますよ、魔物たちを倒してさえくれれば』
『てめえら見てないで手を貸せ!』
『まだロクに扱えもしない。これで大丈夫なのか』
『すぐに堕ちますよ』
こいつら狂ってる。なにも信じられない。気色が悪い。愉しんでやがる?……思い通りになんかなってやるか。飼い慣らしてみろ。許さない。
誰がこんなことをした。
関わった奴ら全員許さない。
『サク様はもう私達の世界の人間で、サク様の世界だった場所はもうサク様の世界ではありません』
信じたくない。きっと帰れる。死にたくない。殺すなんてしたくない。帰りたい。
『交わることであなたの身体もこの世界に溶け込めます。死ぬことも、ありません』
この世界で生き続ける気なんてない。ましてこの世界の為に生きるつもりは毛頭ない。
死にたくない。
思い通りになんてなりたくない。許さない。
帰りたい。
まだ、死ねない。死にたくない。ここで最低限の知識と力をつけなきゃ進めない。とりあえず今はそうするんだ。利用しようとするなら私が利用してやる。
それで、いつか……この召還に関わった奴ら全員に復讐してやる。
それまで騙して、騙して、その呑気に笑う顔を歪ませてやる。冷静に分析繰り返す奴らが逃げるような状況になればいい。泣いたらいいんだ。みっともないと思うぐらい慌てふためいて、どうしてと無力さに叫べばいい。それで──
「……あ」
口元に手をやる。私、笑ってる。気がついてようやくつりあがった口角が下がっていく。
笑ってた?復讐なんてそんなこと、いや、その前に復讐とか、なに考えてるんだ?泣けばいいって、私と同じような目に遭えって思った。なに考えてるんだ。想像して胸が楽しさで震えた。
私は、なにを。
今までだって納得がいかないことがあったとき、キレたとき、仕返しや復讐をしたことがある。だけど今のは、そういうのじゃなかった。ざらざらとした喉ごしの悪い感情が身体中に広がっていく。
まさか自分がそんな人間だったとは思わなかった。こんなに汚くて最低な気持ちを持ってるなんて知りたくなかった。私もあいつらと根本的に同じじゃないか。なにが許せないだ。
……でも、いいか。
許せないんだ。同じ目に遭わせてやるんだ。絶対にそうしてやるんだ。絶対に。
何度も何度も反芻して納得させる。なにかに縋らないと怖くてたまらなかった。
「奇術師、かな」
鏡を見なくてもわかる。身体の変化に元の性別に戻ったのが分かった。手を握り締めて広げてと何度か繰り返す。蜃気楼のような僅かなブレで変化は起きた。これはバレてはいけない。騙しとおそう。野性的な男を騙せたぐらいに完全に変われるのだから、大丈夫。これをあいつらにどういう魔法だって思わせようか。
男が投げ捨てた本を拾って内容を読む。確かに、男が言っていたようにこの国の愛国心を作らせようといういかにもな歴史書だった。さっきまで読んでいたこの世界の入門書ではない。きっと私が魔法でそういう風に変えたんだろう。
私が望んだから、そういう風に変えた。
望むことを現実にさせる?違う。それなら私はさっさと復讐して元の世界に戻ってる。
私がこの世界に来てから強く思うのは、受け入れたくない、帰りたい、変えたい、騙したい、自分自身を守りたいだ。
……変化させる魔法なんだろうか。
なんとなくそんな感じがする。錯覚だけじゃなくて、私は完全に性別が変わっていた。でもこれには色々制約のようなものがあるみたいだ。色々試したいことがあるけれど、持っているっていう私の魔力量が分からないから下手に使って自滅するのは避けたい。いまある倦怠感が魔法の使いすぎによるものじゃないと信じたいところだ。
もう空に昇っている陽は高い。そろそろ向こう側からなにか動きがあるだろう。
脱ぎ捨てていた靴に細工をした後、苦渋の決断だったが少しだけ魔法の練習をする。一度失敗したが二度目ですぐに成功した。一度男に変化したからイメージはしやすかった。
この世界は元の世界と同じく季節は初夏を迎えた頃のようで、厚着することは出来ない。男性的特長の喉仏を魔法で作っておく。イメージして願えばいいだけなので楽なものだ。部分的な魔法なら気持ち魔力の減りも少ないだろう。勝手な考えだけど、全身変えてしまうよりかは大丈夫な感じがする。
「……サク様」
ノックがされる。その言葉はミリアのものだ。
「おはよう」
「……っ!おはよう、ございます」
ドアを開けてミリアを見れば、なにか堪えるようにして微笑んだ。
「お食事をお持ちしました。……そして今後の話を」
「分かった」
傍に置いていたワゴンにはスープとパンがのっていた。目を、閉じる。
ここは異世界だ。
「どうぞ?ミリア」
──そしてここは現実の世界だ。
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