となりは異世界【本編完結】

夕露

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トラブルだらけの学園祭

61.それぞれの時間がある

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ミスミスターの休憩所に辿り着くまで興奮した人たちに質問を浴びせられたり道を阻まれたりと大変だったけど、休憩室の中もすごく騒がしくて、限られた人数でこれだと思うと外に出たらどうなるのか考えただけで恐ろしい。

「しいちゃんイメチェンしたねー!」
「すっごくかっこいい!」
「似合ってますよー」
「俺、初めて制服が似合ってるって思ったわ」
「よかったね、桜」

紫苑先輩を囲んで颯太くんたちが各々楽しそうに話すなか、紫苑先輩に詰め寄るのは美奈先輩だ。

「なっんでまたあなたが1位なわけ!?そのうえ勝ち逃げですって?!」
「どっちにしろお前は今年で卒業なんだから諦めろ」
「ちょっと辰!あんたどっちの味方なのよ!?」
「事実を言っているだけだ」

烈火のごとく怒る美奈先輩を唯一宥めているのは斉藤先輩だ。美奈先輩と斉藤先輩は仲がいいのかもしれない。美奈先輩はずっと辰って名前で呼んでるし、斉藤先輩も美奈先輩にたいしてはちゃんと会話をしている。

「だいたいアンタだってもう少し……あ!佐奈!ちょっとなんで舞台袖にいなかったのよ!」

休憩室に入ってすぐ静かにドアを閉めたけど、外の騒ぎが聞こえてしまったらしい。美奈先輩に見つかって、おばちゃん動作で手招きされてしまう。

「あ、ははーちゃんと会場から見てましたよー」
「コイツが1位なのよ!また!」
「でしたねー」
「くぅうぅうう」

心底悔しそうな美奈先輩に斉藤先輩が呆れたように溜め息を吐くと、宥めるように頭を撫でながら「終わったことだから諦めろ」と身も蓋もないことを言った。もちろん美奈先輩は斉藤先輩の手を叩き落してまた怒りの声をあげていて。


「幼馴染なんだよ、あいつら。仲がいいだろ?」


神谷先輩がにっこり笑って、くくられた長い髪が揺れる。

「ああ、どうりで。仲がいいと思いました」
「つっても金剛がきれて辰が宥めてはきれられるだけだけどな」
「わー、できるだけ避けたい関係ですね」

2人ともどこの国の出身なんだろう。在日?日系?2人並んで話す言葉が日本語なのは見ていると違和感が凄い。

「あの、近藤さん」
「紫苑先輩」

違和感と言えば紫苑先輩も凄い。本当に髪を切ってしまったらしい。見慣れないヘアスタイルにもうない揺れるボブヘアーの名残を見てしまうのは、ちょっと寂しいからかな。

「いやあ、外見の力って凄いですね。印象が変わります」

胸元に握りこぶし作った手を置いて不安そうな顔をしてると、気弱な男の子って感じだ。言動で女の子っぽさを感じてしまうこともあるだろうけど、学校でズボンを履いていたら男装した女の子が歩いてるという選択肢は考えず、綺麗で可愛い男の子がいるって思える。
ときどき見せる決意したときの表情や言動がデフォルトになったら皆憧れるカッコいい人になりそう。

「あ、ありがとうございます……あの、さっきはごめんなさい。このことを内緒にしたくて、ちゃんと1人でできるようにしたかったんです」
「……?」
「近藤さんが傍にいてくださると、俺、安心して甘えてしまうんです。だから、ちょっと1人で大丈夫と伝言してもらって……」

当たり前だけど、ヘアスタイルを変えたからといって紫苑先輩自体すべてが急に変わってしまうことはないらしい。自信なさげな、申し訳なさそうな表情。うん、お互い様だ。私も紫苑先輩もゆっくり変わっていけばいい話なんだ。ちょっと引っかかることがあってもお互いさまで、うん。それでいいや。

「そうでしたかー。ちょこっと寂しかったですけど、思わぬサプライズでしたし、いいものを見させてもらいました。特にミスの発表で紫苑先輩が呼ばれたときの美奈先輩の顔は凄かったです」
「佐奈?」
「ひっ!」

まだなにか言葉を飲み込む紫苑先輩の顔が見えたけど、気にしすぎてもしょうがない。
美奈先輩をかわしながら皆と話したり写真を撮ったりしながら、16時にある閉会式までの時間を潰す。
閉会式では、3日間にわたって行われたこの学園祭の優勝チームが発表されるため、それまでに得点の集計をしなければならない。ということで、ミスミスターから解放された美加も生徒会の仕事に行ったらしい。千代先輩の喜ぶ顔と動揺する蓮先輩の顔が目に浮かぶようだ。

「優勝チームってどこかなー?」
「特攻隊チームだろって言いたいとこだけど、紫苑のチームだろ」
「ビーナスが優勝に決まってるでしょ」
「もうフラグにしか聞こえなくてウケる、って、ちょっ!止めてくれませんかね?!」
「剣くんが自業自得でウケる」

美奈先輩に無言で両肩掴まれて揺さぶられる剣くんが面白くて動画を撮っていたら、パッと画面が変わる。着信だ。マナーモードにしていたから気がつかなかった。着信が15件だって。
こわ……。
嫌な予感がして電話はとらず切れるまで待ってしまう。なにせディスプレイに映ったのは城谷先輩という危ない文字だ。
紫苑先輩が勝利宣言をしたとき手を震わせながら涙を流した城谷先輩のことだ。きっと紫苑先輩のイメチェンのことだろう。げ、駿河先輩からも着信が入ってる。メールも……なになに?どういうこと?って?いや、知りませんよ……っと。添付された画像の数にびっくりするけどもうなにも言わな──うわ。
これは先伸ばしにするのはまずそうだ。また電話がかかってきたから、ちょっと皆から離れて電話に出ることにした。
そういや私、風紀の仕事を勘違いしてたけど、これもしなくていいことかも。
そう思えばもしかしたら最後の営業電話になるかもしれない。勇気を振り絞って電話に出る。

「もしもし……?」
「……」
「あの、すみません。マナーモードにしていたので着信があったことに気がつきませんでした。ついいま気がついたところで「近藤さん」

言い訳してたら喜んでも悲しんでもない平坦な声で名前を呼ばれる。こわい。ぶわっと汗がでて変な声がでてしまう。
でも、続けられた言葉はよく分からないものだった。

「ありがとう」
「へぇ?え?」
「近藤さんが私の代わりに風紀になってくれて本当に感謝してるわ。紫苑の背中を押してくれてありがとう」
「え?背中押した覚えがないんですが」
「私じゃできなかったもの」
「そ、それに私辞めどきかなって」
「素直に受け取りなさい。紫苑が前に進めたのはあなたのおかげよ。それだけ」
「え、ええ……」

ブツッと切れた携帯を見ながら途方に暮れてしまう。なにか私の知らないところで始まったらしい。

「どうしたのー佐奈ちゃん」
「ん~、よく分かんない」
「なにそれ!」

頭の中いっぱいにクエスチョンマークが浮かぶけど、楽しそうに笑う刀くんを見ていたらなんだかどうでもよくなってしまう。突然始まったんなら突然終わるに違いない。

「ねえねえ佐奈ちゃん知ってる?この学園祭で優勝したチームの賞金って去年と同じで学校宿泊権利なんだって」
「あ、それ風の噂で聞いたー。なんだかんだちょっと面白そうだよね」
「絶対楽しいよ!同じチームだったらもっと楽しかったのにねー」
「そうかもねー」
「あはは!佐奈ちゃん顔にですぎー。そうそう、もう移動しよかなって話になってるから佐奈ちゃんも一緒に行こ?」

違うチームでよかったと思ったのがバレバレだったらしい。もうちょっと腹芸ができるようにならないとなあ、なんて酷いことを考えていたら手が差し出される。気が咎めたこともあって手をとればぐいっと引っ張られて、早くきなさいとせがむ美奈先輩たちのところに一緒に走るはめになった。
紫苑先輩の件を考えたら時間差ででたほうがいいことに気がついたのは数秒後で、ドアを開けて1人が外に出た瞬間、わっとたくさんの声が聞こえてくる。美加を除いたミスミスター出場者が勢ぞろいだから勢いが凄い。
これが出待ちか……。
圧倒されて、刀くんの手をひきながら端に移動すれば刀くんも大人しくついてきてくれる。このまま嵐が過ぎるのを待つにしても全員がいなくなるまで時間がかかりそうだ。こうなったら2人だけでも先行して抜けてしまったほうがいいかもしれない。
なにせ我先にと声を出したり携帯を出したりとみんな目の色を変えて──


「はーい、ストップ!もうみんな閉会式だから早く行こう?」


颯太くんが明るい大きな声で集まっている人たちに告げる。近くに延ばされた手を掴む颯太くんは、女子生徒が持っていた携帯が見えないのか笑顔のまま。女子生徒の携帯はカメラモードになっているから、きっと写真を撮ろうとしたのかお願いしようとしたのかどちらかだろう。でもまあ顔を真っ赤にしている姿を見るにあれはあれで幸せそうでよかった。

「ねえ颯太くんこっち向いて!写真、一緒に撮って!」

羨ましいと誰かが呟いたのを皮切りに、集まった人たちがそれぞれ好きな名前をあげたり全員を希望したりと写真をお願いする。無言で撮っている人はもうすでに何人かいて。

「ごめんねー友達と一緒だし駄目だよ。でも閉会式のとき集合写真撮るみたいだから、そのとき皆と一緒に撮ろ?」

……あれ?
颯太くんの提案に渋る人はまだいつつも、移動し始める人がでてくる。颯太くんが先導するように動けば渋っていた人も歩き出して、それに続く美奈先輩たちを見れば残る人はいなくなった。人混みで埋まっていた通路が嘘のようにがらんとしてしまう。
写真館のときのように別行動決定かと思ったけど、前回とは違う状況だ。

「わー、颯太どうしたんだろ?胃に穴があいたのかな?」
「え?どういうこと??」
「えっとねーあれは数年前「あ、やっぱりいいですー」
「あははは!佐奈ちゃんすっごい顔!あははははっ」

城谷先輩の捨て台詞のように面倒臭そうな感じがして聞き流すことにしたら、刀くんは楽しそうどころか涙がでるほど笑いだした。
あ、これはメンドクサイやつだ。
すぐさま手を離して閉会式がある運動場に移動する。走って追いついてきたパピヨンはさっきの話には触れずいろいろ話し出した。それにしても紫苑先輩のことはしいちゃんとか、刀くんは何人かに独特なあだ名をつけてるけど、私とか颯太くんに対しては普通に名前を呼んでるのはなんでだろう。え?普通に止めてって言われたのと、絶対に嫌がるって分かってるからそうしてるって?うん、正解です。




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