となりは異世界【本編完結】

夕露

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トラブルだらけの学園祭

60.変わっていく

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最後の最後まで賑やかだった颯太くんとバイバイしたあとはまっすぐ会場に向かったけど、時間がぎりぎりなせいで席に座ることはできなかった。ミスミスターの優勝者結果発表は屋外とはいえ万が一のため会場と申請した区画をロープで分けていて、その区画内には椅子が置かれている。けっこうな広さがあるのに椅子はぜんぶ埋まっていて、私を含め多くの人が区画外から立ち見している状態だ。
周りから聞こえてくるのはメイドにモデルに外人に不愛想に女優といろんな単語があって、そこにはもちろん出場者の名前もある。私の周りにいる人は信者の割合が多いのか紫苑先輩の名前がよくあがる。でも誰を推すにせよ、既にカメラをスタンバイしている人は多くいて、熱のいりようは凄いものがある。

ちなみにロープで会場を仕切っている理由のひとつにミスミスター出場者にお触りする輩をおさえるためという話を聞いた。もう扱いが完全に芸能人で、周りにちらちら見える危なそうな人を見ていると紫苑先輩筆頭にあの人たちはなんらかのフェロモンでも発してるのかと疑いたくなる。
紫苑先輩、なあ。
口では肯定しながらも拒絶しているのがすぐ分かるのに、それでも人が集まるんだから大変だ。そのせいで自分の意見も言えなくなってウジウジ1人で同じことを繰り返して泣いちゃって。

だから──

『しいちゃんが1人で大丈夫だから舞台袖までこなくていいって』

颯太くんには適当に誤魔化したけど、ちょっと、ドキリとした。
風紀で紫苑先輩の担当だし頑張ろうって、一緒に世渡り上手になればいいかって開き直ってたけど、ちょっと紫苑先輩をみくびってたかもしれない。懐いてくれてるって自負のせいか、結局誰にでもイエスマンな紫苑先輩は私に対してもそうだと思ってた。

──だから、私が頑張らなきゃって思ってた。

少しは期待されてるところもあったとは思うけど、頼まれてもないことを勝手に頑張らなきゃって思って、勝手に疲れて、紫苑先輩だからなあ、なんて。
これは紫苑先輩の問題なのに、私の問題にして解決しようとしてるのはお門違いだ。私にできることは変わろうって思ってる紫苑先輩がそうなれるように手助けできることをするぐらいで、ちょっと寂しく思うのはもっと違う。
それによくよく考えれば私はいろいろ間違ってたかもしれない。
紫苑先輩と関わるようになったのは私が風紀だからだ。

『普通に学校生活を送れるようにすること、そいつらがいることで起きることを防いだり対処するのが風紀の仕事だ』

海棠先生は風紀の仕事をそう言っていた。
紫苑先輩は最初から、なんだったら去年からミスミスターには出たくないって言ってたのに強制参加で出ざるをえなかっただけで、私が紫苑先輩のスケジュール管理をしてミスミスターにちゃんと出場させるようにするのは、別に風紀の仕事じゃなかった。

私も紫苑先輩の言葉を無視してた1人かもしれない。

本当だったら出たくないという紫苑先輩に「じゃあ逃げちゃいましょっか」なんて選択肢をだしてあげることが一番だったかも……あ、やばい落ち込んできた。どうしよう、かなり落ち込んできた。
でもまあなんだかんだ入学して数か月の間いっぱい一緒にいた身としては、急に拒絶されるとビックリしますって話で、こんなに考えこむことじゃないはずだ。


「なのになあ」


あたりに響いたミスミスターのアナウンスにあわせて登場した紫苑先輩たちに沸く会場に、苦笑いしてしまう。遠いからどんな顔をしてるか分からないけど、きっと眉を下げて落ち込んでる。
そう思ったら、設置されていたテレビに紫苑先輩の顔が映し出された。
こ、ここまでするとは……!
学園祭もミスミスターも準備を入念にしていて熱のはいりようが凄かったけど、この学校イベントに対して全力すぎない??しかもテレビには今までの登場シーンや台詞を繋げた動画が流れてるし、最後の最後でこんなことするって、わわ、わああああ!

「今年もたくさんの出場者が集まりました!」
「とっても綺麗でしたし可愛かったですねー」
「美男美女で選ぶのがとっても、難しかったあ」

司会者とコメンテーターらしき人が楽しそうに話すなかテレビに私が映った。どうやらここで出場者すべてがまた晒しものになるらしい。な、なんてことををおおぎゃあああああああ!テンパってる私がまた映ったー!豆粒みたいだけど他出場者が話してるあいだの私の顔さいこうに可愛くないいいいい!!ひいいい!美加きれいいいいい!!波多くん何度見ても叱られた子供のまんまだし剣くんと同じぐらい不愛想コミュ症ぅ!

もう、恥ずかしいのか、面白いのか、いたたまれないのか分からない。

感情がぐっちゃぐちゃで見るだけなのに凄く疲れた。もういいから早く終わってほしい。周りに人がいなかったら蹲って悶えて泣いてる。
幸いにもミスミスターは優勝者だけの発表で2位3位の順位付けはしないらしいから早く終わるはずだ。お願い早く、早く!


「青空高等学校ミスターは藤宮明人(ふじみやあきと)さんです!」


必死に祈りすぎていたせいか、緊張感とか期待とかでいっぱいの時間を味わうことなく、突然答えが聞こえてきた。画面を見れば眉をしかめてひとつも嬉しそうじゃない藤宮くんが映っている。
あー藤宮くんかー。
てっきり斉藤先輩が優勝すると思ってたから、なんとなく消化不良の気持ちでパチパチ鳴り響く拍手に便乗する。
藤宮くんは舞台の上でおめでとうございますと接待されて花束を渡されていた。斉藤先輩はいつみても変わらない無表情のままで、颯太くんは楽しそうに拍手をしている。

「あれ?ということは」
「そして青増楽高等学校ミスは桜紫苑(おうしおん)さんです!」
「うっわあー」

またもや突然聞こえた答えは、予想通りのような残念な結果で、画面に映る紫苑先輩も眉を下げて唇をつりあげている。さらに残念なことに花束をうけとったさいボブヘアーについた花びらがとっても似合っていて可愛い。
また風紀室に行って泣くんじゃないだろうか。
そんな酷いことを思いながら舞台を眺める。カシャカシャ、カメラの音があちこちから聞こえて、なんだか違う世界のよう。
今の気持ちはー、なんてマイクを向けられた藤宮くんが「別に」と愛想の欠片もないことを言ってるけど、司会者が「2人並ぶとやっぱり華がありますねー!」という言葉にまんざらでもなさそうな顔をしている。ここで紫苑先輩が藤宮くんに普段通り話しかけて「おめでとうございます」なんてコメントしたらこんな状況でも顔を真っ赤にしそうなもんだけど大丈夫なんだろうか。


「俺は」


紫苑先輩もマイクを向けられて同じ言葉が向けられる。集まる視線、カシャカシャ追い立てる音。今回私は手を伸ばせない。

「俺は、男です」

一瞬震えた声にまずいと思ったのか司会者やコメンテーターたちが盛り上げて場を繋ごうといろいろ言いだす。紫苑先輩が俯けば俯くほど言葉は重なって、画面には太陽に輝く蜂蜜色の髪ばかり。流石に観客も顔色を変えてそれぞれ好きに囁きだす。囁き声は大きくなって、どよめきになってしまった。

「あの、ちょっとすみません、通してください」

私がいてどうにかなるわけじゃないけど、いま自分が舞台袖にいないことを後悔してしまう。あんな怖い場所にずっといなきゃいけないなんておかしい。さっさと適当なこと言って適当に合わせて笑ってやり過ごせばいいのに、真面目に向き合いすぎるから、あんな割にあわないことになってるんだ。


「紫苑先輩」


呼んでも聞こえないけどつい言ってしまう。藤宮くんと颯太くんも紫苑先輩に声をかけているらしい。心配そうな顔がテレビに映っていて──その顔が驚きに変わる。
どよめく会場から一気に音を消したのは、この空気を作り出した紫苑先輩だった。
え、と驚く私含めたその他大勢の目の前で紫苑先輩は自分の髪を掴むとそのままぐしゃりと握りつぶし──握りつぶして?床に落とした。床に?
テレビに映像を映しているカメラマンも同じ気持ちだったんだろう。紫苑先輩の動作を順番にカメラが追っていく。床に落ちていたのは蜂蜜色の髪で作られたウィッグだった。
カメラが紫苑先輩に移る。

「ふおぅ」

驚きすぎて変な声が出る。紫苑先輩はばっさりと髪を切っていた。前髪は少し長めだけど、隠れていた耳がすっかり見えるようになる刈り上げツーブロックヘアスタイルになっていた。遅れて理解が追いついた人たちが小さな悲鳴をあげて、それでも、大声を出さないようそれぞれ口を抑えながら紫苑先輩を見ている。
『俺、勝ちますよ』
ふいに思い出した紫苑先輩の勝利宣言のときのようで、きっと、当たってる。
紫苑先輩が顔をあげる。
下がってばかりだった眉はもうなくて、唇は笑ったままで。



「──だから来年、俺はミスターのほうで出場します」
 


あれほど嫌だと言っていたミスミスターに自分の意志で、それもミスター部門に出ると宣言した。
紫苑先輩の悩みを知る生徒も、そうでない生徒も、外部の人たちも、みんなみんな紫苑先輩に割れんばかりの拍手や声を送る。
ビクリと身体を弾ませたあと困ったように笑う紫苑先輩。変わらない、のに、テレビに映る唇つりあげる人は可愛らしさを笑みに残しながらも別人のように見えた。

これは大変なことになった……。

会場に氾濫するたくさんの感情が意思をもったようにぶつかりあって熱をあげていく。そのなかで私はポカンと大口開けながら会場を見上げていた。



きっとこの瞬間は青空高等学校の伝説となって語り継れる。



そんな馬鹿げたことを考えたのはきっと私だけじゃない。



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