愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【囚われの、】

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ここ数日いろいろなことがあったけれど、きっと今日が一番私の今後に影響するんだろう。

梓は揺れる蝋燭を追いながら暗い廊下を歩き、この先に待つ男のことを考える。
もう起きているだろうか。また拘束されていないだろうか。なにも話せないように魔法がかけられていないだろうか。
落ち着かない梓に静かな声が投げかけられる。道案内をしてくれていたメイドだ。

「樹様、着きました」
「ありがとうございます。……それと、道は覚えられましたので明日からは一人で来ます」
「畏まりました。それでは失礼いたします」

もしかしたら一人で牢屋に向かうことは反対されるかと思ったがすんなりと受け入れられた。神子が牢屋に入って囚人と話すことは別に問題ではないんだろうか?無能な神子だから別にどうでもいいということだったら無能な神子として認知されるのはとてもいいことかもしれない。
梓は去っていくメイドの後ろ姿を見送ったあと、牢屋に続くドアを守るように立つ兵士を見上げる。兵士は甲冑をつけていて表情が読めない。どうしたものかと思いながら会釈をすれば、兵士は事情が分かっているらしくドアを開けたかと思うと少し離れた。

「ありがとうございます。遅くまでお疲れ様です」

兵士の横を通り抜けてドアを閉める。とたんに暗さが色を増したが、螺旋状の階段をおりていくとゆらめくオレンジ色の光が沢山見えてきた。鉄格子のある牢屋はまた家具が増えていて、やはり鉄格子がある妙な部屋という印象を抱く。

「……また会ったな」
「そうですね。こんばんは」
「……こんばんは」

心配は杞憂だったようで男は起きていた。椅子に腰かけて優雅にティータイム中だったようだ。男の足には鉄球のついた鎖が繋がれているものの身なりは整えられ手当もしっかりされている。眉の寄る厳しい顔つきをする男は王子様というより軍人という言葉が似合う。

「お邪魔していいですか?」
「……」
「お邪魔します」

男の返事を待たず梓が錠のついていない牢屋を開けて中に入れば、男はなにか言いかけて、結局視線を落として口をつぐむ。組んでいた手に力が入った。
梓はゆっくり男に近づいていく。二人ともじっとお互いの顔を見ていて、出方を伺っているようだ。

「ご一緒させていただいてもいいですか?」
「……どうぞ」

微笑む梓を男はなんともいえない表情で見上げ、他に言える言葉がなかったからとでもいうように投げやりに答えた。梓は男の向かいの席に腰かけて男を観察する。

「……随分様子が変わりましたね。観葉植物まである」
「シェントの指示だろう」
「シェントさんとお知り合いなんですね」
「……」
「ところで私があなたにこんなことを言うのもなんですが、牢屋に鍵ってついていないんですね」
「魔法で縛られているからな」
「魔法。不思議ですね、そんな魔法があるんですか。どんな魔法ですか?」

なんといっても梓自身は牢屋に何度も出入りしている。ならば牢屋の扉にかけられているものではないのだろう。この人物は出入り可能という制限ができるのならば話は別だが、どうなのだろう。
首を傾げる梓に男は自身の首を指差す。黒いチョーカーがついていた。

「この牢を出れば爆発するようになっている」
「……えぐい」
「はは、そうだな」

思わず口にしてしまったが、男は笑ったので梓は別にいいかと息を吐く。

「魔法でソレをとることはできないんですか?」
「俺の魔力に反応するようにもなっている。一定量の魔力を感知するとやはり爆発する」
「そうですか」

それなら私の魔力なら別にいいということだろうか。だとしても不確定要素で試すにはなかなか怖い案件だ。
今度は男が先に口を開いた。

「君は私が怖くないのか」
「……どういう人か分からないので怖くはありますね。あなたはなんで捕まったんですか?それも……大怪我を負わされて」
「……」
「……?あの、私あなたに聞きたいことがあったんです。あのとき謝ったのはなんでですか?」
「……」

なにかおかしい。
どれだけ質問を重ねても男はヴィラのように眉を寄せ続けるだけでなにも話さない。ニヒルに笑いながら言葉を出そうともしない。

「今日はいい天気ですね」
「いまは夜だが?」

梓の質問に今度は男が違う笑みを浮かべる。そして人差し指でチョーカーをつんつんと指した。梓が考えたもしかしたらは当たりなのかもしれない。男は話題に制限がかけられている。道理でこの現状を良しとされたわけだ。

「……私、魔法に凄く興味があるので教えてほしいんですが、魔法ってどこまでできるんですか?魔法という現象自体私からすれば奇跡みたいなもので、だからこそなんでも出来るイメージがあるんですがそうじゃないって答えが多くて。例えば空は飛べるんですか?」
「そんなことができる者を私は知らない」
「透視とかはどうでしょう」
「それも聞いたことがない。魔法は使う人物を軸に発動できるものだが、奇跡は魔物にだけ有効なものだ」
「随分限定的なんですね。ではどんな魔法が当たり前にあるんですか?」
「身体の能力を上げる魔法、攻撃魔法、防御魔法だ。コレは起爆装置をつけた攻撃魔法だな。シェントが得意だ」

シェントさんとの付き合い方を考えよう。
チョーカーを持ちながら笑う男を見て梓は真剣に考える。
……しかし、起爆装置か。起爆になるのは牢屋を出ること、装置を外そうとすること、そして恐らくさきほどした質問で答えられなかった内容から考えるにシェントとの関連、神子の話題、アルドア国と王都ペーリッシュの事情といった話題と考えられる。すべて聞いておきたかった内容だ。
梓は少し悩んだあと思い切って聞いてみた。

「珍しい魔法ってどんなものがありますか?」
「光を生む魔法、コレのような限定条件をつけた魔法、召喚魔法。……これ以外を私は知らない」

男の答えに梓は増々悩むはめになる。男の話を聞く限り梓が使える魔法はきっと珍しいものだ。それを神子が使えるということをこの国が知ったらどう動くだろうか。あまり梓にとっていい方向へ働くとは思えない。

──危険を冒すべき?だけどこの人のこともまだ信じられない。

男が神子に対して謝罪の念を抱いたのも召喚に対して怒りを覚えたのも事実だが、その背景の理由をできる限り知りたいと思う。そうでなければ男を助けることが出来ない。


「……君は私のあんな姿を見たから同情してくれたのだろうが、あまり無暗に男に近づかないほうがいい。君たちの世界では勝手が違うのだろうがこの世界では、そうすべきだ」


梓が悩んでいる間に男も悩んでいたようで、その末、苦しそうに呟く。

「昨日君にも言ったように私たちは神子の傍にいるだけでその魔力を奪って救われている。だというのに私たちは……それこそ魔物のように飢えている」

言葉を選ぶ男の様子を見ながらそのニュアンスで梓は男がなにを心配しているのか分かった。
それは、いらぬ心配だ。
梓は男に手を伸ばす。男は話を聞いていなかったのかと梓の行動を驚き見たが、目の前で起きた現象に更に驚く。自身の手に重なったはずの梓の小さな手が透けてテーブルの上に落ちたのだ。男は目をぱちくりとさせて今度は自ら梓に手を重ねる。しかし、やはり手は透けた。

「これは」
「シェントさんにかけてもらった魔法です。厭うものすべてを拒絶できる魔法です」
「そんな魔法が……シェントの奴また新しい魔法を……」

羨望混じる言い方なのにも関わらずその表情は嬉しそうだ。もしかしたら予想よりもシェントと仲が良いのかもしれない。梓は男に頷いて返しながらその表情を見続ける。けれど男はなにか腹に隠した様子もないし嘘を吐いているようでもない。
厭うものすべてを拒絶できる魔法。
そう言われて今起きている現象をみたらそれなりになにか思いそうなものだというのに、男はほっとしたように微笑むのだ。


「これはいい魔法だ。これで君は守られているんだな」


柔らかく耳に届いた言葉に、梓はふうっと詰めていた息を吐いた。
──ああ、多分、この人は恐らく、この世界ではバカに該当する人なんだろう。
梓は辛辣に思いながらも男のように微笑む。
そして、最後に確認した。

「……魔法の話に戻るんですが、例えばこの部屋には私たちしかいませんがどこか遠くから覗いてみたり会話の内容を聞いたりする魔法ってあるんですか?」
「え?……いいや、聞いたことがない」
「会話の内容を録音する魔法は?」
「ないな……。ああ、しかし珍しい魔法は増えたな。この魔法だ──え」

男の目が瞬き、自身の手を見る。先ほどまでの光景が嘘のように梓の小さな手が男の手に重なっていた。思わず指で触れて確かめてみれば人の肌の感触がある。
顔を上げれば梓がニッと悪だくみでもしているように笑っていて、男は目が奪われた。お淑やかに微笑むのが似合う、弱々しささえ感じていた神子が豹変したのだ。助けなければならないはずの神子が、守るべき女性という存在のはずが、彼女は憑き物が落ちたように笑って言う。



「私はあなたのことが知りたい。そして出来れば私を助けてほしいんです。この世界での私の味方になってアドバイスをしてくれませんか?」



男は言葉を失って梓を見続ける。言われずとも心がけていたことをこうも清々しく求められると呆気にとられてしまった。知っている女性や神子の反応ともまるで違うことも大きく起因しているだろう。


「あのとき謝ったのはなんでですか?」


だからだろうか。男はなにも考えず答えを口にした。

「召喚を許してしまったからだ」

瞬間、ぞっとして男は首に手をやる。しかしいつまで経っても爆発しない。いや、爆発するのなら発言した瞬間のはずだ。シェントはどんな間柄だったとしても仕事に私情は挟まない。男が禁止された行動をとった瞬間必ず爆発するようにしているはずだ。
それが、なぜか爆発しない。
きっとその理由を知っているだろう目の前の梓を男が見れば、梓は笑みを深める。もしかしたら起きた爆発に自分も巻き込まれていたかもしれないというのにこの顔だ。


「味方になってくれますか?」


そうしたら説明できるんですけど。
そう続ける梓に男は心からの言葉を続けた。

「勿論」

男と梓はお互いの手を握り力を込める。



 
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