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【閉ざされた、】
32.避難場所
しおりを挟む後悔先に立たずとは言うものの、適当な思い付きで千佳に提案しなければよかった。
今日は神子二人と聖騎士二人、合計四人で過ごす夜だ。
「あー……早くアラストに会いたい……凄く楽しみ」
「……」
一緒に過ごす人が一人から三人に増えるだけと投げやりに思っていたけれど、いざ決まってみると我ながら余計な提案をしたと思う。なにかトラブルが起きてもおかしくないだろうし精神的にしんどそうだ。いや、もしかしたら考えすぎかもしれない。学生の時にしたお泊り会のようなノリで明るく楽しく終われる可能性もある。なにせ聖騎士二人は遠征とのことで部屋にくるのは夜からだ。そんなに話す時間もないしほぼ寝るだけになるだろう。……いや、深くは考えない。
アラストさんを想って頬を染める千佳から目を逸らしてお肉を頬張る。あー美味しい。
「樹ってさ、アラストたちに会う前によくそんなの食べられるよね」
恋する顔をどこかに置き忘れた千佳が食べているのはフルーツサラダだけだ。飲み物はピーチジュースで、なんとも可愛らしいメニューではある。対して梓が食べているのはニンニクステーキに葡萄ジュースとほんのちょっとのサラダ。
「だからこそというかなんというか……せめて美味しいもの食べて英気を養っとかないと倒れそう」
「英気を養うとか」
「ステーキあるか聞いてみてよかった。本当に美味しい」
「……早くアラストにぎゅってしてほしい」
「お願いだから他にも人がいることを思い出してね」
なにをどう考えたのか英気を養うといったところで顔を赤らめた千佳に釘を刺すものの、千佳は妄想の世界に入ってしまって梓の話を聞いていない。既に疲れてしまった梓は救いを求めて花の間を見渡すが、目に映るのは置物のように佇むメイド二人のみ。
……ここで食事してたら白那と会えるかもなって思ったんだけどなあ。
そして出来ればこの成り行きを笑ってほしかった。そうすればこの展開はネタになって終わりにできるのに。
残念に思うものの明日にでも白那と会う約束をとりつけようと考えて梓は気持ちを切り替える。千佳は胸がいっぱいなのか梓より量が少ないというのにまだ全然進んでいない。梓はサラダにステーキのソースを絡めながら、そういえば痩せた千佳の顔を眺めた。
「……なに」
「え?ああ、千佳って普段ちゃんとご飯食べてるのかなって思って」
「今はダイエット中。アラストに似合う女の子になりたいから」
「はあ、凄い」
「樹分かってる?そんな量をこんな時間に食べてたら身になるんだからね?大体樹も白那も痩せすぎ」
「私は運動して気をつけてるからね。ところでさ、今更だけど今日四人で過ごす場所ってどこか知ってる?」
「え?樹の部屋でいいんじゃない?」
「え?絶対嫌なんだけど」
思いがけない言葉に即座に否定する。千佳とアラストのもしかしたらが考えられるのに自分の部屋を提供するなんてありえない。
「あーそっかー……特にそういう部屋があるわけじゃないか。じゃあ千佳の部屋で」
「えー樹の部屋見てみたいのに」
「特に面白いものないから。それにアラストさんも千佳の部屋のほうが安心するんじゃない?」
「そっか、そうだね。じゃあそうしよっか!」
千佳が快く引き受けてくれたことだし、手を合わせたあと立ち上がる。
「食べ終わるのはや」
「千佳は遅いね。それじゃ、二十時頃ここで待ち合わせでよかったっけ?」
「うん。また後で」
「また後で」
傍に控えてくれていたメイドさんに食器をお願いして自分の部屋に戻る。お風呂に入って暇つぶしの道具を揃えて──時間はあっという間に過ぎる。このまま寝ちゃってましたなんてとぼけてみたいけれど、後々のことを考えると行っておいたほうがいいだろう。十九時五十五分。荷物をまとめたリュックを背負って花の間へ行けば、ドアの前で仁王立ちしていた千佳がいた。待ちきれなかったといった表情だ。
「遅い!」
「時間には間に合ってるよね」
「もっと早く来れたでしょ!っていうかそのリュック何!?もういいけど早く私の部屋に行こっ!樹が来ないと私も戻れないんだから」
「それはごめん。もう来てるの?」
「分かんない!だから早く」
千佳は梓の手をぎゅうぎゅうと引っ張りながら慌ただしくドアに鍵を差し込む。そして開いたドアの先には梓の部屋ではなく可愛らしいピンクと白をベースとした内装の部屋が見えた。千佳の部屋だろう。
──凄い。やっぱりこの鍵って面白いな……鍵っていうよりドア?どっちだろ。
花の間から自室へ戻るのがすっかり普通になってしまっていたから、あのドアに違う鍵を差し込めば違う部屋へ通ずるということをぼんやりとしか覚えていなかった。魔法も使い続ければ普通になってしまうらしい。
「アラスト……っ!会いたかった……ごめんね、お待たせっ!」
「千佳」
ドアを見て感動していた梓を置いて千佳は部屋へ飛び込んでいたらしい。そして見つけた目当ての人に涙交じりの声を上げながら抱き着いていた。こうなるといつまでも立ち尽くしているわけにもいかず梓も千佳の部屋へと入る。背後で閉まるドアの音を聞きながら見つけたのは微笑む黒髪のアラストとアラストに抱き着く千佳、その隣でお茶を飲む見知らぬ聖騎士──
「あ」
梓は聖騎士を見て思わず声を上げた。彼のことは見覚えがあった。クセッケのある茶色の髪に穏やかな物腰──フラン。
知った人物、それも聖騎士のなかでは一番と言っては過言ではないほど梓が親しみを覚えている人物だ。話したことは一度しかないとはいえ考えが煮詰まって気が腐っていたときに心を軽くしてくれたのは忘れていない。
フランも梓に気がついたのか目が合うとにこりと微笑んで、近くで愛を交わす恋人たちに声をかける。そこでようやくアラストが千佳を離し、千佳もアラストの腕に手をまわしつつも満足したのか幸せそうな笑みとともに梓を呼んだ。
「樹、アラスト!アラストがいる!」
「そうだね、よかったね」
「ふふ!それで一応紹介しとくけどこの人が今の私の聖騎士でフラン」
「こんばんは、樹」
「こんばんは、フランさん」
「それでねアラスト──」
千佳は役目は果たしたとばかりに梓たちに背を向けてアラストの手を引きながらベッドへ移動する。内心ぎょっとしたがただベッドの端に座って話をするだけのようだ。梓はフランに会釈をしたあと千佳たちから最も離れた場所にあるソファに腰かける。これほど喜んでいる千佳の邪魔をしたくはないうえ話を聞いていたら胸焼けすること間違いないからだ。
──布団は無理にしても毛布でも持ってこればよかったかな。
そういえば今日はどこで寝ればいいのかと思いながら梓は持ってきた暇つぶしの道具を広げる。ちょっと詰めすぎたかもしれない。重たかった……。
「色々持ってきたね」
「そうなんです。絶対手持ち無沙汰になると思って」
顔を上げれば微笑むフランがいた。フランは梓の向かいにある席に指を向けると千佳たちを見て、また、梓に視線を戻す。
「俺も避難していい?」
「ははっ、どうぞ」
思わず笑って答えればフランも楽しそうに表情を緩めて梓の向かいに座った。
「今日のことって樹の企画なんだって?」
「ん、んっ?え、いや……そうといえばそうなのですが……私としてはただアラストさんが大好きな千佳をだま……一緒にいられるようになったら平和になるなと思っただけで」
「そっか、黙らせたくなったか」
梓とフランはにっこり微笑み合う。
「でもそのせいでフランさんも振り回すことになりましたね。ごめんなさい」
「いいや?俺としては大歓迎だよ。夜はこうやってのんびり過ごすのがいい」
梓とフランはまたしてもにっこりと微笑み合う。
色々とツッコミどころがあったがここは流しておくほうが精神的にいいだろうと梓は判断しておく。そして梓からの話を待つように微笑むフランを見ながら、言いにくいことではあったが話を切り出した。
「フランさん、相談があります」
「相談?なんでもどうぞ」
「……凄く言い辛いことでして、その、なんというか」
言いながら千佳たちのほうを見る。まだ千佳の楽しそうな声が聞こえてはいる。
「うん」
「千佳たちが……始めたらどうしたらいいんでしょう」
「それは俺も考えてた。どうしよう」
「ええ?」
異性にこんな相談するのも言い辛いうえ聖騎士と神子という立場も加わって微妙な話題だった。けれどフランの真面目な返答に梓はおかしくなって笑ってしまった。笑い事じゃないと笑うのはフランだ。
「いやいや、俺としてものんびり過ごせるようになったことは万歳なんだよ?でも樹そこんとこどう考えてるんだろって思ってたんだよ」
「正直考えてませんでした。適当にあしらったツケがきた形です」
「大きいツケだなー」
「ふふ、ほんとに。それに思ったんですけど私どこで寝ようかなって思って。ソファでもいいんですけど一度部屋に戻って毛布とってこなきゃ風邪ひきそうですし……」
しかしそうなると千佳にもついてきてもらうか花の間で待ってもらわなければならない。この部屋に戻るには千佳が鍵を使わなければならないのだから。
……あれ?鍵を貸してもらえば別に千佳はいなくてもいいのかな?
「そうだねー。だけど俺たちの目下の問題は始まったことだ」
「え?ええ……いや、嘘でしょ……」
「残念ながら本当だよ。耳が良いって嫌だね」
「私は鈍感でよかったです」
今までずっとまさかやらありえないやらと希望的観測を抱き続けてきたわけだが、心のどこかでやっぱりという思いが募る。梓は頭を抱えながらついに自分の耳にも届き始めた喘ぎ声にげんなりしてしまう。人の部屋にいる居心地の悪さに恥ずかしさと嫌悪感が混じって気分は最悪だ。
「ごめんね。部屋に戻っていいよって言ってあげたいけど俺も魔力は回復しときたい」
「え、それは全然。お気遣いありがとうございます」
思いがけないフランの言葉に顔を上げるが、フランの顔を見た瞬間一際大きく喘ぎ声が聞こえて居た堪れなくなる。
「……樹、俺の部屋に来る?」
「え?」
「この部屋から行けるのは花の間か聖騎士の部屋だ。俺は花の間に行けないうえ俺の部屋から樹の部屋には行けないようになってるしね」
そういえばヴィラもテイルも部屋を出るときにはドアに鍵を差して自室へと戻っていた。花の間は男性が入れないようになっているし、神子の部屋に入れるのはパートナーになっている聖騎士のみだ。
となるとフランの部屋に行くか、この部屋に居続けるかという選択肢になるわけで。
「えっと」
悩んでしうまうぐらいには色々と懸念事項はあった。
「うん」
けれど千佳たちのほうを見て困ったように眉を下げて笑うフランを見て、決めた。
「行く」
「じゃあ早く避難しよう」
フランは内緒話をするように言ったあと梓が持ってきた荷物をさっとまとめて軽々と背負ってしまう。そして自室へと続くだろう鍵を持ち、あいた手で梓の手を優しくひく。
「なんにもない部屋だけど」
そう言ってフランは柔らかな笑みを梓に向けた。
梓の背後でドアが閉まる。
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