愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【2週目:ヴィラと過ごす時間】

75.腑に落ちない

 



寒さが強くなってきた最近は布団に少しでも隙間があるとヒヤリとした冷たい風が入り込んできて身体が冷えてしまう。それなのに今朝は起きるのを躊躇するぐらい温かくて梓はぼやける視界のなか確かに幸せを感じていた。
──確か前もこんなことがあった。
嫌な予感にハッとした瞬間思い出してしまった記憶に梓はパッチリと目が覚めてしまう。そして自分の身体を抱く男の手に現実を再確認して小さく唸りながら溜め息を吐く。梓を抱き締めながら寝るヴィラの身体は梓を覆うようにもたれかかっていて、だからこそ温かかったのだがそのせいで動くことも出来ない。目が覚めたいま重りとしか思えなくなったヴィラの腕から逃れようと梓は努力するが努力で終わってしまう。
──身体痛くならないのかな。
梓を軽々く抱きかかえてしまう力を持っているとはいえ一晩中その身体を支えるのはしんどいだろう。梓は自分の身体に敷いてしまっていたヴィラの腕を一応心配するが、まったく緩んでくれない拘束にそんな心配はどこかに消えていってしまう。無防備に寝てくれていることだから鳩尾でも突けばいいだろうか。そんなことまで考えだして思い出したのは自身が今まで使ってきた魔法。シェントにかけてもらった厭うものを拒絶出来る魔法。
『うん、やっぱり大丈夫だ』
自分の気持ちに向き合って感情をコントロールできたお陰で厭う対象だったヴィラに触れるようになった。

──なのに今度は失敗だ。

ヴィラを厭う対象だと思っても、そう思えるよう今までのことを思い返しても梓の身体は何時まで経ってもヴィラの身体を透り抜けない。やはりこの魔法は便利なようで不便だ。梓は諦めてヴィラを起こそうとするが、思い返した記憶に余計なものが混じっていたせいで硬直してしまう。
『どうすればお前は俺を望む』 
『俺だけが知っていてもいいことだろう』
『俺はお前に触れたい。お前も俺に触れろ』
『俺はお前を抱きたい……いいか?』
梓のことを他の男から聞かされるのが不愉快と吐き捨て、嫉妬のような言動を見せていた。梓に触れたいと言って許しを請うヴィラは真剣で、涙滲む視界に見えた微笑む顔は熱を持っていた。
──ヴィラさんが私を好き……?
どう考えてもそこに行きついてしまう。けれど信じられず、そのせいで納得できない。
──だってヴィラさんとそんな感じじゃなかった。
最初の出会いも最悪だった。親しさを覚えるぐらいには会話はしたし過ごした時間があるが、それが恋愛感情に繋がるまでかと問われれば分からないに尽きる。なにせほとんどが相手に遠慮して距離をとったものだった。会っていない半年にヴィラが他聖騎士に──言葉は悪いが唆されたというほうがまだ納得できる。ヴィラはいいように利用されて神子をこの場に長いこと居続けさせるために使われただけ、それも納得できる。

──あれ?でも、それなら

フッと沸いた疑問に呆然としてしまう。
だが梓を抱く熱が動き出して振り返れば僅かに目を開けたヴィラを見つけた。ヴィラは梓を見つけると忙しく目を瞬かせ、それから何を思ったのか目元はゆっくり弧を描いて──たまらず梓はヴィラの身体を押す。


「ヴィ、ヴィラさん今日はお仕事ないんですか?」


少し緩んだかに思えた拘束が取り戻しつつある意識に合わせて力を持ち始めている。ようやくの思いで身体を起こすことが出来た梓は背中を抱くヴィラの手を押し離そうとするが石のように動かない。浅くまどろんでいるくせにこの力だ。梓は自在に魔法が使えるようになったらどんな拘束からも逃げ出せる腕力を手に入れようと決意する。

「樹……?」
「はいおはようございます、っ」

言葉を理解したのかヴィラが片手だけとはいえ梓を解放して自身の髪をかきあげる。くくっていた髪がほどけたらしくざっくらばんに伸びた髪が肩にかかっていた。銀色の髪は陽に当たると白髪に見えるがそれもヴィラに似合っている。目の前で揺れた髪に思わず手が動いたが、梓は誘惑に打ち勝ってその手を拳に変えた。

「……起きなくていいんですか」
「どうせ遅刻だろう。なら急ぐ必要もない」
「遅刻?!それなら急ぐもんじゃないですかっ。ほら、起きてください」

布団をとってヴィラの腕を引っ張る。
そんな梓を見てヴィラは考えるように視線を逸らし、それから身体を起こした。突然動いた身体に梓は反動で後ろに倒れそうになるが、ヴィラがなんなく梓を支えてしまう。近くなる距離、ヴィラが見てしまったのは梓の唇だ。視線を上げれば危険を察知した小動物が顔を赤くしながらヴィラを睨んでいて。
ヴィラは昨夜の梓の剣幕を思い出してなんとか留まるが、口は未練を吐き出す。

「口づけてもいいか?」
「駄目です」
「触れるのは」
「駄目です」

つれない答えにヴィラは溜息を吐いて梓を解放する。まさに渋々といった態度に梓は負けずに大きな溜息を吐きヴィラを睨んだ。

「……あとさっきみたいなのも困ります。私を抱き枕にして寝ないでください」
「つまり俺はお前に口づけることも触れることも夜お前を抱きながら眠ることも許されないのか」
「そういうことです」

当然じゃないかと梓は顔を赤くして息巻くがヴィラは溜息を重ねる。

「そしてお前は1人穏やかに過ごすと?」
「うっ、ヴィラさんはその、私に触る以外で何かないんですか?」

トアにも似たことを言われたと怯む梓にヴィラは僅かに微笑み浮かべながらはっきり断る。

「ないな」
「なんっ──少しは譲って下さい」
「お前も譲れ」

梓もヴィラも譲らず話は平行線だ。第3の案も浮かばないとくれば手の打ちようがない。梓はなんでと言いかけた言葉を苦く思いながら俯く。

「また時間を作って話そう」
「話し合うって言っても私の意見は変わりません」

否定し続ける自分はまるで聞き分けのない子供だ。嫌だ嫌だと言って目の前のヴィラから目を背けるだけで自分から何かしようとはしない。コミュニケーションが苦手なあのヴィラが言葉を重ねて梓と話そうとしているのに、今度は梓が口を結んで首を振るだけ。
ヴィラは自責に俯く梓に手を伸ばし──けれど止める。


「討伐が長引けば明日戻ることになるが今日にでも話そう」
「え?あ、はい!安全優先で行ってきてください」


僅かに口元緩ませ返された言葉にヴィラは分かりやすく眉を寄せる。梓の顔を見れば明日戻ることを期待しているのがよく分かった。
──気に食わん。
許されてはいないがヴィラは梓を抱き締める。そして腕のなか慌てる梓を実感しながら微笑むが、湧き上がる喜びと同じぐらい梓の言動が腑に落ちなくもなる。触れられるのに、厭う者ではないはずなのに……許されてはいない。その違いがどう考えても分からないのだ。今まで神子が言ってきたことと梓の言動が一致せず恋だとか愛というよく分からないものが更によく分からなくなってしまう。
──樹は俺に触ろうとしない。
確かに分かるのはそれだけで、それは心の底から気にくわない。触れて口づけたときだけは梓はヴィラを見てヴィラを考える。それは心の底からなにか満たされるような気持ちになる。
ヴィラは梓の頬に触れそっと力を込めるが、梓は口づけされそうなのが分かってか顔を上げようとはしてくれない。仕方なくヴィラは諦め、代わりに小さな頭に口づけた。
頭上に感じた小さなリップ音に遅れて理解した梓の胸が締め付けられるように高鳴る。動揺にヴィラを押してもすぐに離れた顔は微笑んでいて。


「すぐ戻る」


余裕をのせた微笑みはすぐ見えなくなった。けれどあの笑みを浮かべたヴィラがきまって梓の心を乱すことをしでかすのはもう分かっている。
パタンと閉まるドアも見送った梓は混乱しながらも決意した。



「……今日は早く寝よう」









感想 15

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