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第二章:変わる、代わる
81.友よ、母よ
しおりを挟む狭い部屋はコタツを出すだけで部屋を埋めてしまって、冬が来るたび今年はコタツを出そうか出すまいかと悩んでいた。けれど出してしまえば梓は母と2人首までコタツにもぐりこんで幸せと微笑んだものだ。梓は学校であったことを話し母は恋人のことを話す。親子でありながら友人のような関係でもあって、特に恋愛関係の話題ともなると母のほうが女子高生のような立ち位置で梓をからかうのが常だった。けれどコタツのなか互いに足を蹴り合っていたと思えば母は急に友人から親の顔になって『沢山恋しな』と微笑むのだ。
「お母さん……」
久しぶりに夢で見ることができた母を呼びながら梓はベッドから身体を起こす。まだ早い時間で日は昇っていない。
──ヴィラさんのせいだ。
起きたばかりにも関わらず溜息を吐いた梓は日課の筋トレをする気にもなれず、顔を洗って簡単に身だしなみを整える。
昨日ヴィラが部屋を出たあと混乱する頭が叩き出した解決策は寝るに限る、だった。それに従った結果しばらくは寝付けなかったとはいえよく寝たほうではある。
──なのに寝た気がしない。
原因はヴィラからの告白紛いの言葉だ。思い出してしまった梓は大きく首を振るが、それで忘れられる訳でもない。
『俺はお前を愛しているということになるのだろう』
だろうと言われてもどうしたらいいのか分からない。お陰でつい梓はヴィラを詰るように反論してしまったが、梓と話そうと言葉を重ねるヴィラに対してそれしか出来ない自分が情けなく思える。梓に『おこちゃま』だの『頭が固い』だの言って笑った母を思い出してしまえば尚更だ。
「愛とか分かんないよ」
すべてをひっくるめて梓を愛してくれる男が、梓自身も愛せる男がいつか出来ると母は言っていた。けれど恋というもの自体よく分からない梓にとって恋愛関係における愛という言葉は実感の伴わないただの言葉でしかない。梓がイメージできるのは狭い部屋で母とコタツを囲んで笑ったあの空間だけだ。その大事な場所を、愛を奪ったのがヴィラたちだ。
──結局そこに戻っちゃうんだ……こんな私を好きとか意味分かんない。
もっとちゃんとしなければと思うがついつい立ち止まってしまう。1人でこの世界で生きていかなければならないのにどうしてもっと上手く立ち回ることが出来ないのだろう。自分の都合のいいように利用していけばいいのになぜか肝心なところで戸惑ってしまう……そのせいでこの現状を招いてしまったのにと梓は自分を嗤った。
──私は非難しかできない。
微笑み作って話を聞くことはできる。だが白那みたいに現実を受けいれて消化してしまうことも、前向きに生きていくことも出来ない。麗巳のようにはっきりと嫌悪露わにこの世界の人と敵対することも出来ない。美海や千佳たちのように誰かに恋をすることも出来ない。
『どうすればお前は俺を望む』
だから梓はヴィラの言葉が余計、信じられない。
「おはようございます」
「おはようございます樹様。お早いですね」
「少し早くに目が覚めちゃって……今の時間からでも朝ごはんって大丈夫ですか?」
「勿論です。いつものでよろしいですか?」
「はい。今日は少なめでお願いします」
「畏まりました」
朝の早い時間だというのに花の間には既にメイドがいた。今まで気にしたことはなかったが24時間体制ということなのだろう。メイドたちには頭が下がる思いだ。
梓はソファに腰かけて大きな窓から外を眺める。どうやら今日は晴れらしい。薄暗いなかに薄っすら光る星が見える空に雲は少しだけ。今日は何をしよう。
悩む梓にメイドが朝食を運んでくる。すぐに部屋に戻るのも気が咎めた梓はトレイごと受け取って机に置いたあと、また、空を見上げた。
「え?!樹?!」
「ぅわっ、びっくりした。そんな大声出してどうしたの白那」
早起きもいいなと思っていたら静寂を破る白那の叫び声。面食らう梓だが白那はそれ以上に驚いているようだ。まじまじと梓を凝視した白那は前の席に座った。
「いやてっきり2日ぐらい部屋にこもることになってんのかなって思ってたけど……樹が勝ったか」
「え?なにどういうこと。勝つって?」
流石とこぼす白那は梓を見て感嘆の溜息だ。梓は諦めに息を吐いて手を合わせる。
「え?ここでご飯食べるとかあり?」
「え?花の間ってご飯食べてもいいんだよ?」
「いやそれは知ってるけどそうじゃなくて『白那どうしたの~?』ってもっと追求しない?」
「それはもう聞いたけど」
「そうだけどさー。あーこれはご愁傷様」
「それで白那どうしたのー」
「どうしたも何もヴィラだけど、って大丈夫?」
白那からヴィラの話が出てきてパンが喉に詰まりそうになる。胸を叩く梓を見て白那がメイドを呼んでお茶を持ってきてくれたが動揺は止まらない。そんな梓に白那はメイドを一瞥したあと小さな声で話し出しだした。
「私の聖騎士って今シェントなんだけどさー、シェントがヴィラを部屋に連れてきたの。これ内緒ね」
「……うん」
「それでヴィラの用件っていうのが……あれ?もしかして樹ってヴィラと会ってない?」
事情を知っているはずの樹が疑問を顔に浮かべているのに気がついた白那は自分の口を手で隠す。らしくない白那に梓は首を傾げてしまうが温かいうちにとスープを飲み始めた。
『白那にでも聞いてください』
そして思い出した自分の台詞にハッとしてまた喉に詰まらせそうになってしまう。
──ヴィラさんはあの問答を本当に白那にしに行ったんだ……っ!
ようやく白那の言動のおかしさに気がつくが、それはそれで違和感を抱いてしまう。白那の言葉を思い出せば思い出すほど不安になってしまうのが表情によく出ていたのだろう。白那は微笑んだあと重々しく頷いた。
「先に言っとく。ごめん」
「え、なんで謝るのいやちょっと待って!」
立ち上がる白那を追うように梓も立ち上がったが、白那は梓の両肩に手をおいて首を振る。
「楽しませてもらうけど私はどっちの味方もしない」
「え?いま凄く最悪なこと言った?」
「アンタも私の友達なら分かるでしょ」
「分かる」
だが当事者の立場となるとそんなことは言っていられない。梓は救いを求めるように白那の服を握るが白那は頑張れと微笑み──友達の顔を大人びた表情に変えてしまう。
「樹さ、いい機会だよ。アンタもっと色んな奴とちゃんと話しなって。真面目に話してくれる奴をいらないいらないって言い続けてたってなんも始まんないしさ。アンタはそれでいいのかもしれないけど、それじゃつまんないよ?別にだれかれ構わず一緒に居ろって言ってる訳じゃなくて楽しもって話。それに誰だって本心さらけだすのは恥ずかしいし怖いんだよ?少なくともそうしてくれる奴の話ぐらいちゃんと向き合って聞いてやりなって」
母と似たようなことを言う白那に梓は何も言えなくなって唇を噛んでしまう。だってと言葉なく訴える梓の頭を白那は慈愛に満ちた表情で撫でた。
「話して分からなけりゃ身体から始めればいいしそのほうが分かることもある」
「え?いま凄いこと言ったよね」
「頑張れ」
「ちょ」
何を言っているんだと梓は頬をひきつらせるが白那は真面目だ。梓の肩を掴む手は力強い。
「真面目な話身体の相性ってマジで大事だから。人間顔も作れるしそれである程度釣れるけど続くかどうかは結局ソウイウ恥ずかしいとこ見せあえるかだし。樹は身体が―ってよりグズグズしたところかな」
もう言葉もない梓の手を白那は簡単に振り払ってしまう。満面の笑顔浮かべた白那は先ほどと違って梓の頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。梓は髪の隙間から見えた白那に母の姿を見て泣きそうになってしまった。
「いつか樹もソウイウのぜんぶ見せれる奴が出来るって」
言うことは言ったと満足げに背を向けた白那を梓は追うことが出来なかった。同じようなことを言った母がその後『今回のは間違いだった』『無駄な時間を過ごした』『はいつぎ次っ!』と失恋に叫ぶ姿を思い出してしまったからだ。白那も母と同じ考えの人種だ。
──ああやっぱり理解できない。
荒れる母に梓が呆れるたび母は沢山恋しろとは言っていたが、いま梓は呆れるだけの傍観者ではない。
白那の言動から考えるに部屋に戻ればヴィラがいる。寝間着の梓は自分がとれる手段は一つしかないと理解していた。
ご飯、ゆっくり食べよう。
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