愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

83.興味がない、知らない、分からない、……?

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目を開けて気がついたのは身体に圧し掛かる重さだ。悲しいことに梓は特に驚くことなく、またか、と思うだけ。そして今日も触れる体温の気持ちよさに二度寝と戦う。
梓は毎回ヴィラに抱き枕にされているが今日は特にひどい。ヴィラの腕だけでも十分重いのに足まで乗せられているせいで身動きがとれない。そのうちヴィラは寝ている間に梓を圧死させてしまいそうだ。梓はそんな未来を考えて眉を寄せてしまう。そして呑気に寝ているヴィラの顔でも見てやろうと目を開けてしまった。案の定見上げた先に見えたヴィラは小さな寝息を立てながら眠りこけている。梓は人の気も知らないでと鼻を鳴らすが余計なことを言わず動かないヴィラは見るだけなら眼福ものだ。どうせヴィラが起きるまで動くことは出来ないのだからと梓はヴィラの顔を観察した。よく見てれば意外と気がつくことは多かった。
──睫毛にも銀色が混じってる。これって白髪みたいな感じなのかな?
梓は失礼なことを考えてフッと笑ってしまい、それからおかしなものを見つける。
──鎖骨……?
普段衣服に隠れている肌が見える。それに大小の傷がある厚い胸板、そこに触れている自分の手。
瞬間、ぶわっと体温が上がる。
『俺はお前を愛している』
晴れやかな笑顔を思い出す。
『聖騎士ではなく男として俺を見てくれているのか』
熱に浮かれた声が聞こえる。
『偉いな』
欲に染まった吐息を感じる。


「……っっ!」


言葉を失う梓はヴィラの胸から手を離した。しかし梓を抱く手が邪魔で離れられない。先ほどまではもう気にもしていなかった熱に怯えてしまう。
『樹、否定するのなら教えろ。この気持ちはなんだ?』
手から伝わってきたヴィラの鼓動がおかしなことにいま自分の胸で聞こえる。そのせいだろうか、黒い瞳が起きてしまった。梓を見て細められた瞳はゆっくり梓を映し出す。それが待てなかった手が梓に伸びて頬に触れた。赤く見えた頬は気のせいじゃなかったらしい。熱い体温にヴィラの唇が緩む。

「今日は寝過ごしていないようだ」
「え、あ」

言われて外を見れば薄暗い空だ。けれど夕暮れや夜に更けていく空とは違う朝を待つ空の色。梓はいつの間にそれだけの時間が過ぎたのかと思い、ヴィラとそれだけの時間を過ごしたことを思いだす。思わずヴィラから離れようと伸ばした手は失敗を繰り返した。先ほどよりも早く伝わってくる鼓動に戸惑う梓を見たヴィラはまだ余裕があるのか横寝しながら微笑みを深めた。そして代わりにとばかり頬に触れていた手で梓の胸に触れる。素肌の感触にゾクリとしてようやく梓は自身の格好に気がついた。

「へんっ、変態」
「いい眺めだと思うのがか?それなら俺はそうなんだろう」
「手っ……服、取って下さい」
「俺はしばらくこのままがいい。どうしても着たいなら自分で取ることだな」

胸に触れていてた手を離しはしたがヴィラは梓に服を着させるつもりはさらさらなかったらしい。布団で身体を隠す梓の頭に口づけまた腕の中に閉じ込める。外気ですっかり冷えてしまった肩はヴィラの温もりに安堵してしまう。梓は言葉なく唸るが背中を抱く手を感じて溜息を吐いた。感情的になったら駄目なのだ。それに、と梓は布団を握りしめる。
──話さなきゃいけない。
同じことを繰り返す度にどこかでミスを犯して、いつの間にか取り返しのつかない事態になってしまった気がする。ヴィラが言っていることすべてに賛同は出来ないが逃げたというのは正しい。梓はヴィラが言うことすべて間違いでありえないと否定してきて、今でも全て信じている訳ではない。けれど信じられずとも話すことは出来たはずだ。どうにも話が通じないときはあるがヴィラは梓の返事を待つ。もっと話し合えていたならヴィラを暴走させずに済んだかもしれない。
梓は緊張に息を吐く。

「ヴィラさんは私が好きなんですか」
「好き?……愛している」
「だったら余計分からないですよ」
「そうか」

頭の上で笑うヴィラが背中を撫でてくる。それは、嫌とは思わなかった。梓は目を閉じる。

「ヴィラさんも言ってましたけど私は愛とか恋とか言われてもよく分かりません。だから余計……信じられませんし分かってあげられません。ヴィラさんが聖騎士だからっていうのもありますけど、そもそもこの世界の人ってだけで正直嫌だなって思います」
「そうか」
「好きだからとか……愛してるからって好きなようにしてもいいって思われるのは許しません」
「……そうか」

今度は頭の上で落ち込む低い声が聞こえる。それに梓は少し笑ってしまいそうになったが今後の自分のためにも堪えて言葉を固く続ける。

「……昨日みたいなこと無理矢理してくるなら一生許さない」
「無理矢理はしないと誓おう」
「そこはそうかって言ってくれないんですか」
「お互いままならないな」

不満につい顔を起こせば困ったように笑う顔が見えて、梓も同じような顔をしてしまう。そして近くに見えた顔に手を張り出す。

「あと、キスも止めてください」
「それも難しい」
「私は慣れてないんです。キスってそんな挨拶みたいにするもんじゃないですよ」
「挨拶にしてしまえばいい」
「なんでヴィラさんって変にポジティブなんですか。いいから服、取って下さい」

ヴィラの顔を押す梓はようやく正直な気持ちを言えたと誇らしげに微笑んだ。それに少しだけ嬉しかった。恋さえ分からないという梓をヴィラは嗤わない。
恋愛感情の先にあるだろう昨日の出来事は恋愛というものをより分からなくさせたが、分かったこともある。
──恋愛って相手をおかしくさせるんだ。
昨日のヴィラは間違いなくおかしかった。そしてきっと──梓は首を振る。ヴィラはそんな梓を見ながら首を傾げていた。天井を見上げた黒い瞳は疑問を解決できなかったのだろう。ヴィラは自分の顔を押す梓の手をやんわりと掴むと疑問を口にした。

「お前は変わらないな?」
「……?どういうことですか?」

梓まで疑問を顔に浮かべてしまう。ヴィラはすぐには答えなかった。いや、答えられない。
ゆっくりと身体を起こしたヴィラはベッドの下に落ちていた梓のカットソーを拾う。梓も身体を起こすが、まさかヴィラが本当に服を拾ってくれるとは思わなくて目を瞬かせた。裏返った服をなおすヴィラの姿も新鮮で、梓はヴィラが服を被せてくるのに抵抗しなかった。頭からすっぽり服を着た梓は見下ろしてくるヴィラに少しドキリとしてしまう。慌てて布団から手を離し、袖に手を通した。

「お前はずっと俺に触れるなと、嫌だと言ってきた。だから昨日のことは……」
「忘れます」
「忘れるな」

ヴィラの話を遮れば腕を掴まれる。真剣な瞳に梓の身体が固まった。

「昨日のことでお前は決定的に俺を許さなくなるかもしれないと思っていた。俺の気持ちを知ってもらいたかったのも俺がどんな思いでいるのかを教えたかったのも事実だ。お前に触れたことは後悔していないが……お前は変わらない」
「……触るなって泣き喚いて気持ち悪いって言えばいいんですか」
「……嫌だ」

想像したのか目を閉じてしばらくしたあとヴィラが弱々しく吐き出す。梓は頭を抱えたくなってしまった。話そうと思ったところだが昨日との違いにどうしたらいいか分からない。
かと思えばハッとしたヴィラが鬼気迫る顔で梓を問い詰める。

「もしや本当に忘れているのか?ようやくお前に触れることが出来たのにお前はなかったことに出来る程度だったのか?」
「ひゃ、ちょっ!?だから何度も触るなこの馬鹿!」
「ようやく俺の言葉が伝わったと思ったのに……あれでは足りなかったか?……どうすればお前は思い知る?どうすればいい?どうすればお前は俺のことを考える」

純粋な疑問がだんだん暗い感情をのせてきて、胸に触れる手は探るように肌を撫で始める。


「覚えているか?」


梓の腰を引き寄せて問う声は欲をのぞかせてはいるが不安に満ちている。梓は震える身体を縮こまらせて、けれどヴィラを睨む。そして胸に触れるヴィラの手に梓は自分の手を重ねて力を込めた。

「また暴走しかけるの止めてくれませんかっ?それってなんですか、私がヴィラさんのことを意識してないのはなんでかってことですか?残念ながら、非常に残念ですが!ヴィラさんのせいで私のペースは乱されまくりですよっ。人が折角話そうと思って……っいつも通りにしようとしてるのに勝手にキレて昨日みたいなことに持ち込もうとしないで下さい!」

梓の顔は真っ赤だ。手から伝わる鼓動はヴィラのものと同じくバクバクと忙しい。それならば梓もヴィラと同じ気持ちなのだろうか。それは違うとヴィラは分かってはいたが口元は喜びに震える。意識していることは間違いなかった。
ヴィラが子供のように喜ぶのを見て梓はうっと言葉を詰まらせ、ヴィラの手を自分の胸から離す。ベッドが軋んだ。

「確かによく乱れたな」
「……そういうのってセクハラって言うんですよ。私はそういう人嫌いです」
「お前が快楽によがって啼くのが忘れられない」
「セクハラ!嫌いどころじゃなくて人としてどうかと思う!仮にも好きな相手を追い詰めるのってどうかと思いますけど!?」
「好きだからだろう?」
「んぅ」

ようやく届いた気がした梓の身体は熱い。ヴィラは小さな身体を抱き締めながら何度も口づけた。その合間見つけたブラや他の服をベッドの下に投げ捨ててしまえばなんの心配もなくなったお陰か心はすっかり満たされている。

「俺の話を聞いてほしい。お前の話も聞かせてくれ」
「……それならちゃんと座ってお茶でも飲みながら、が!普通です」
「そうだな……だがもう少しだけ」

願いを口にし梓を見続ければ怯む顔が真剣に悩みだす。ヴィラの胸を押そうとする手が迷い──力をなくす。恐らくどちらを選択すればメリットがより多いか悩んでいるのだろう。それでいい。考えてくれている。ヴィラの言葉を聞いて、悩んで、応えてくれている。


「1度だけ……」


許される1度がどれほどヴィラの心を震わせるのか梓にはまだ分からない。その1度の間に梓が次をせがめばいいと望んで触れる男の欲も分からない。
梓が酸欠でベッドに沈むまでの時間はまだ遠い。





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