愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

91.一歩進んで、下がって、

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ランニングが終わってお風呂も入り終わった梓は机に並べた朝食に表情を緩めた。最近落ち着いてのんびりご飯を食べる時間がなかったためその顔は明るい。
──テイルは今日の夜に帰ってくるって言ってたし。
束の間の平穏ではあるのだろうが梓はいただきますと手を合わせる。メイドに用意してもらった今日の朝ご飯はパンとヨーグルトにスクランブルエッグとハムだ。少し部屋は肌寒いもののひざ掛けを身体に巻けば温かさに幸せな気持ちになるし、一口食べればその美味しさに更に幸せになってしまう。デザートのヨーグルトにはアラストから貰った赤ワインとブルーベリーのジャムをかける。

「美味しい……」

アラストが言っていたように甘いけれどあとにひかずいくらでも食べられる美味しさだ。
──こんなに美味しいのが作れるなんて凄い。
梓は感心しながら、また一口。
もしかしたらアラストが作ったジャムも店に並んでいつかはお店を持つなんてことがあるのかもしれない。そんなことを考えて緩んだ唇が、現実を思い出す。稼ぐためにと魔物討伐に行くアラストのことを思えばそれは難しいだろう。
──千佳、今どうしてるんだろう。
梓はあの日結局会えなかった千佳に想いを馳せるが、これこそ考えずともいい余計なことである。ヴィラやテイルのことは梓の問題だが、アラストのことはアラストと千佳の問題だ。
──私が口を出すことじゃない。
梓に出来ることは今度の週末にでもお店に行ってアラストにジャムが美味しかったと伝えるぐらいのものだ。それだって店主の顔を思い出せば二の足を踏んでしまうのに、どうしてそれ以上のことが出来るだろう。
梓はスプーンでジャムをすくってそのまま口に運ぶ。


「……幸せそうなことで」
「っ」


聞こえた声に驚いて味わおうと思っていたジャムをごくりと飲み込んでしまう。まだ朝だというのにテイルがいた。動揺して立ち上がった梓はじっとこちらを見て笑うテイル一瞬怯んでしまったが、大きな息を吐き出して椅子に座る。

「早かったんですね」
「早く終わらせた」
「そうですか」

テイルはゆっくり歩いてくる。梓の手は慌ただしく机を片付けているが、まだ終わらない。
声が近くで聞こえる。

「なんで早く終わらせたか聞かねえの?」
「興味ないので」
「続きをするため」
「聞いてないんですけど。それに、するつもりもないから」

続き。
それが何をさすのか分かった梓が鋭い表情で睨むが、視線の先にある顔は微笑むだけだ。ニヤリと笑うだけならまだいい。けれどその顔が熱に苦しむように目を細めつつ笑ってしまうのは、駄目だ。
『そのまま人に堕ちろよ』
誤解が解けてテイルが厭う者でなくなってしまった時のことを思い出す。痛いほどの力で抱き締められ何度も口づけを交わし──
『待ってろ』
明日の夜に戻ると言って部屋を出た。
──大丈夫、大丈夫だ。
梓は冷静に返しながら何度も自分に言い聞かせる。感情をコントロールしてヴィラが触れても大丈夫になったときと逆のことをすればいいだけ。ヴィラのときは元に戻そうとして失敗してしまったが、テイルが魔物討伐に出てからというもの梓は今まであったことを思い出してテイルが嫌いとしっかり自分に意識付けしたのだ。ヴィラといたときは考える暇もなかったうえ予想外なことが重なってミスを犯してしまったが、もう、大丈夫。
不安があるとするなら、目の前のテイルも同じような顔をしていることだろうか。

「厭う者を触れさせない魔法だっけ?俺、結構仕組みが分かってきたんだけど」
「え?」
「試してみるか?」

食器をシンクに入れた梓を見下ろしてテイルは挑戦的に笑う。その手が梓に伸ばされるかに思えたが、テイルは警戒する梓を通り越して椅子に座った。脚を組んで「お茶がほしーなー?」と言う彼は何様なのだろう。梓は口を尖らせてお茶を淹れる。嫌がらせに砂糖を多めにしてもご機嫌な顔は崩れなかった。

「試すって、なにをですか?」
「その前に聞きたいことがあんだけどさ、お前、ここ出ねえ?」

テイルの前に座った梓は一瞬、いや、数秒かけてもテイルの言っていることが分からなかった。梓の反応は予想していたのかテイルは続ける。

「俺とこの国を出ないか?」
「……へ?」
「まあ出るならどっちにせよ誰か連れていかねーと駄目だろうけど、まあ、ここに居るよりマシだ」
「え、いやいやちょっと待って。待った。話しについていけないんだけど」
「簡単なことだろ?俺とこの国を出るか、出ないかそれだけだ」

どうやら冗談を言っている訳じゃないらしく本気らしい。
紅茶を飲んで甘いと文句をいうテイルの考えていることが梓には分からなかった。

「テイルは聖騎士でしょ?この国を出るって無理でしょ」
「辞めればいいだけだろ。それに俺は元々この国の生まれでもねえし傭兵で身を立ててきたんだ。この国じゃなくても生きられる」

次から次に出てくる言葉は梓の頭の中をぐるぐるとまわってそれぞれ主張してくるが、梓が抱えていた疑問の答えを1つ連れてくる。
──1人で生きてきたってそういうことなんだ。
テイルは恐ろしい魔物がはびこるこの世界で傭兵として生きてきた。そしてどういう経緯かこの国に辿り着いて聖騎士となって過ごしている。
──凄いなあ……羨ましい。
助けを必要とせず自分の力でなんとかやっていきたい梓からすればテイルが持つ力を羨ましく思ってしまう。

「傭兵だったのになんで聖騎士になったの?」
「へえ?俺に興味持ってくれるなんて光栄だな」
「……」
「恩師がこの国の生まれだったんだよ。俺を庇って死ぬってときこの国を守りたかった云々言いやがって寝覚め悪いから代わりに働いてやってるだけだ」
「……意外」
「うるせ。んで?返事は」

突き放すような言い方だったのに嫌な気はしなかった。
梓は苦笑し……ゆっくり首を振る。

「この国で神子サマとして生きるってか?」
「テイルと出ることを考えてない」
「……なら誰と?ヴィラ?アラスト?」

はっきりと断言すればテイルが目を細めてカップを机に置く。そして名前を吐き出すたびテイルの眉が寄っていくのを見て、やっぱり駄目だと梓は息を飲んだ。テイルはヴィラと同じ顔をしていた。

「……1人で」

そしてその顔が嫉妬と怒りを忘れて呆けてしまったのを見て、喜べばいいのか拗ねればいいのか分からなくなる。テイルは腹を抱えて笑い出した。

「1人で!はははっ成程なあ。1人で!」
「……一応、他の人には内緒にして下さると嬉しいんですが」
「ひーっ!はははっいいぜ、ナイショにしてやる。お前マジか?マジで1人でこの城出て──生きていこうとしてんの?」
「……難しいって分かってるけど」
「そうだな」

紅茶を飲めば身体が温まる。
それなのに笑うのを止めたテイルの言葉に身体が冷えていくようだ。

「お前の住んでた世界がどうだったかは知らねえけど、この世界で1人生きていくのは難しいぜ?」
「テイルは、出来てたんでしょ?」
「俺は捨てることもできるし欲しいものは力づくで奪うことも、それが出来る実力がある。お前はないだろ」
「……うん。でもこの魔法をうまく使えればって」
「それでも難しいだろうな?」
「っ」

カップを机に置いた瞬間、手を握られてドキリとする。
緑色の瞳は戸惑う梓を映して動かない。

「厭う、か。この魔法は随分お前の感情に左右されてるよな?誤解が解ければ俺はお前に触れるようになった。お前のことだからきっと俺が嫌いだとか必死に言い聞かせて対策とってたんだろ?ずっと俺のこと考えてたか?今日の夜に来るって言って正解だったな」

引き寄せられるまま立ち上がりかけたのを梓はなんとか堪えるが、手に触れたテイルの唇に身体がすくんでしまう。悪戯に鳴ったリップ音に視線を逸らすものの、無抵抗だった指を食まれてしまって。

「お前はこの魔法があれば魔物は自分に触れないから殺されないって思ってんだろ?でもお前は魔物の血に怯えるだけじゃなくて同情までしてた。果たして魔物はお前にとって厭う存在か?」

テイルとの一月が始まった日のことを思い出す。魔物の血に濡れたテイルに驚き、その血がテイルのものではなく魔物であることを知って安心し、素直に喜べなかった気持ちを思い出す。
でもとは続けられない。なにせ今テイルは梓に触れることが出来ている。それを教えるように舌が、梓の指をぺろりと舐めた。

「……お前は甘いんだよ。触れさせなかったくせに俺を心配した。魔力を渡して今だって……俺と話そうとする」

ゾッとしてしまうほど低い声が熱を漏らしている。梓はテイルの手を振り払い、成功した。それなのに昨日のように花の間へ走ることが出来なかったのは無駄だと分かっていたからだろうか。
テイルは笑って、なぜか机の上に置いたままだったジャムを手に取った。アラストが作ったジャムだ。

「美味かったか?」
「……うん。ちょっとなに、どうするの」

何故かテイルはジャムを手に部屋を移動し始めた。食器棚に戻すつもりはないらしく、視線を上に向けて何かを探すテイルは「あ」と呟いたかと思うとウォークインクローゼットに入っていく。何をしようとしているのか察した梓がテイルの後を追えば、丁度テイルがジャムを梓の手が届かない場所に置いたところだった。

「何してるの、ってば!取ってよ」
「あー?もう食ったんだろ?じゃあもういいだろ」
「まだ全部食べてないから」

一生懸命背伸びをするが届かない。先ほどやたらと上へ視線を向けていたのはこのためだったのだろう。この高さだと椅子を持ってきても手が届かない。
真面目な話をしていたかと思えば急な嫌がらせに梓は腹を立てながらもう一度つま先立ちして……その手が捕まれる。ハッとしたときには既に遅く、後ろから抱きしめられてしまった。視線が絡んで、唇が重なる。心臓が五月蠅く鳴り響いて梓の行き場所をなくしていく。

「ふっ、ん」

胸を鷲掴んだ手が柔らかな感触を味わい動く。梓の顔を抑えていた手が離されて、だらしなく開いた口から涎が零れた。はあ。熱い息が吐き出されて、梓の頬を髪がくすぐった。


「続き、しようぜ」


耳元囁かれた声にゾクゾクと這い上がった感覚はなんだろう。

「し、しない!私は」
「俺はお前に何かしてもらいてえ訳じゃねえって言っただろ?責任持とうとしなくていいんだよ」
「あ」

ドキリとして、梓はテイルの手を剥がそうとするのを忘れてしまう。頬に触れたなにかが動く。きっとこれはテイルの唇だ。顔が熱くなってきて目を閉じるが頬に、耳に、項に感じる感触に更に熱が上がってしまう。

「お前が欲しくて俺が勝手にやってることだ。お前が出来ることは素直に俺を受け入れるか、流されて受け入れるか、どっちかだ」

身に覚えのある2択に頭を振るが、首を舐めた男には意味のないことだったのだろう。

「ん、ん!」

ワンピースの下に入り込んだ手はなんの躊躇いもなくそのまま下着に伸びた。身体を固くする梓を見てテイルは心配するどころか赤い耳たぶに噛みついて舌を這わせる。指が下着をつうっとなぞって、足の割れ目に辿り着く。はねた腰に指は数を増やしてそのまま感触を楽しみ始めてしまって。
布一枚隔てて感じる秘部への刺激に思い出すのはヴィラに教えられたあの時間で……奥がズクリと痺れる。

「へえ……コレがなんなのかは分かってんだ」

テイルの顔は見えない。
けれどきっと目を細めながらじっと観察してきているのだろう。嫉妬に低い声を吐き出し、指を動かし梓を追い詰めながらも、じっと。

「とっくに知ってたか?それともここで誰かに……ヴィラ?へえ、そう」

必死に声を漏らさないようにしている梓の抵抗空しくテイルは梓から情報を抜き取っていく。正直な身体はココが弱いのだろう。テイルは下着の中に指を滑らせる。非難を叫ぶ声が聞こえた気がしたが、先ほどと同じく刺激してやれば甘い声に変わった。そのまま理性を失えばいい。欲に溺れて流されてしまえばいい。
テイルは魔法で取り出した瓶を、開けた。

「最後までしたのか?」
「──っ!テイ、テイルに関係なっ!んぅ、あ、あ、何?何して」

テイルの質問にかっとなっていた梓が快感に声を押し殺す。秘部を弄る指が離れてくれたかと思ったらグチャリと濡れた何かをのせて戻ってきてしまった。秘部をなぞるだけでなく中に入ってきた指が身体の内側をなぞる。まるで指につけた何かを沁み込ませるようにじっくりと、何度も。

「質問か?そっちの続きよりこっちに集中してほしーんだけどな」
「テイル!」
「避妊のひとつ」
「避妊……?あ、ああ」

テイルは一体何を言っているのだろう。
戸惑っている間にもまた身体の中に入ってきた指は何かに濡れていて、抜き差しされるたび卑猥な音を出す。

「しない!しないってばテイル!嫌い!テイルなんか嫌い!」
「……んだよそれ。おい、樹」
「テイルなんか嫌い!」
「樹、聞け」
「聞きたくないってば!あっ、ぅ」
「なら続けんぞ」

嫌いと叫んだ瞬間泣いてしまった梓を見てテイルは傷ついたように表情を変えたのに、話を聞いてくれない梓に無慈悲な言葉を落とす。梓の身体を自身に向けさせて真正面からその顔を見れば、梓がゆっくり目を開いた。潤んだ茶色の瞳が恐々テイルを映しだして涙を落とす。
その顔になぜか胸が痛んで、けれどなにか喜びに似た感情を抱いてしまう。
テイルは魔法で新たな瓶を取り出すと梓の目の前で一気に飲み干す。

「これも避妊薬。種なしにすんだよ。他の奴はどうだかしんねーけど俺はまだ子供は考えてないんでね。これは手放せないってわけ。これ飲んでりゃほぼ間違いねえけど万が一ってこともあっからお前にこれ塗ってんだよ」
「っあ、あ。私はしない、って言ってるの」

話しながら塗られた避妊薬に梓は戸惑いばかりでなく恐怖を浮かべている。
嫌だと言うのに身体に触れるからだろう。その先を考えて避妊をするテイルにからかいでもなんでもないことが分かるからだろう。
けれど、分からない。

「なんでお前はヤんのをそこまで嫌がんだ?」
「こういうのは……ソウイウ関係の人と、好きな人とするものだからっ、あ」

好きでなくてもヤルのには問題ない。触れたいと思う相手になら尚更だ。
となると梓にとってテイルは触れたいと思う相手ではないから嫌ということだろう。そう推測して、テイルは鼻で笑ってしまう。

「俺はお前にとって少なくとも厭うわけじゃねえのに?」
「厭う相手じゃないからしたいってことに、ならないから!も、やめ」

好きでなければ、愛してなければしたくないと、そういうことなのだろう。
──俺はそうじゃねえって?
それならば何故梓の身体は熱くなっているのだろう。女が自分の身体を守る自衛なのだとしても、触れる前から梓はそうだ。じっと見れば困ったように眉を寄せるのに、時々、笑って「テイル」と呼ぶその顔は赤くなっていた。
分からない。

「なあ、樹?セックスってそんな高尚なもんか?そんな特別なもんでもねえぜ?そこらの動物でもしてる」
「~~っ!私は!嫌なのっ!っ」

否定を叫んだ梓の声がぱくりと飲み込まれる。梓の身体は床に倒れ、クローゼットにかかった服が梓の視界に映る。ずぶりと身体の奥に入った指の感触が、した。



「こんなキモチイーのに」



弓なりになる身体を抱きとめたテイルが笑う。
──分からせればいい。








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