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【ヴィラと過ごす時間】
08.表情(眉)で語る人
広場から戻るとメイドが梓を呼び止めた。
なかなかないことなので驚く梓にメイドは微笑みながら吉報を届けてくれる。白那と千佳が明日の9時に花の間で会えるとのことだ。思いの外早い返事に梓は喜びながらメイドに了承を伝え、今日読もうと思っていた本を何冊か手に取って部屋に戻る。
今日は普段と比べて楽しいことが多かった。
いくつか分からなかったことも分かったし、してみようと思っていたことも出来た。そのうえおしゃべりまで出来たのだ。
梓は爽やかに笑うフランを思い出す。面倒見のいいお兄さん。そんな印象を抱いたフランは今まで抱いていた魔法が使える男のイメージ像を崩してしまった。一月毎に変わる一緒に過ごす魔法が使える相手というのはヴィラのような恐怖の存在でしかなかったのに、話が通じる相手になったのだ。
ヴィラさんは……話をしてくれるだろうか。
梓は影をおとしてきた部屋にヴィラのことを思い出して悩む。話してみたいと思うようになったものの、最初の印象がお互いに悪かったため日を置きすぎると気まずさが募っていく。
「どうしよっかな……」
梓は引き出しからマッチを取り出して蝋燭に火を灯す。オレンジ色の光をドア周り、窓際近く、小さいテーブルと梓がよく使うエリアに灯せば、部屋は昼の光とは違うもののの一気に明るくなる。この世界に電気はないらしい。魔法でそういう灯りは使えるらしいが、節約のため基本的には蝋燭で部屋に明かりを灯すとのこと。それをメイドから教えてもらったのはこの世界に来て次の日だ。最初は慣れなかった蝋燭の灯りは最近梓のお気に入りになっている。ゆらゆら揺れる炎に部屋の灯りが動いて本は読みづらいけれど、じっと見ていたら心が休まって落ち着くのだ。
「今日は部屋が明るいな」
「っ!」
部屋に響いた自分のものではない声に梓は心底驚く。それどころか逃げなければと思ってしまったぐらいだ。声がしたドアのほうには男が一人立っている。梓は男が誰か分からなかった。しかし男が言った言葉と、この部屋に入れる人物を思い出してその人が誰なのかが合致する。
「……こんばんは、ヴィラさん」
梓の挨拶に男は不器用に口元を緩ませる。
『ほら銀髪で黒い目したでかい男』
梓は昼間のフランの言葉を思い出しながらヴィラを見上げた。蝋燭の光で照らされているせいで銀髪なのか黒い目をしているのかはっきり分からなかったが、恐らくそうなのだろう。少なくともでかい男というのは間違っていない。
ヴィラはドアの前から動かない。梓は訝しんだが、もしや怖がらせないようにしているのかと思い、少し迷いはしたものの意を決して立ち上がる。
私にはシェントさんがかけてくれた魔法がある。
それが梓を支える確かなものだった。
「よかったら座りませんか?」
「……そうさせてもらう」
梓の申し出にヴィラは頷き、梓が示した椅子に腰かける。梓にとっては少し大きめだった椅子はヴィラにとっては少し小さいらしい。向かいに座ったヴィラを見下ろしながら梓は不思議な気持ちになった。
この部屋に元々あった机には椅子が2つ備え付けられていた。なんで2つあるんだろうと思って、ああ男の人用かと冷めた気持ちで感づいたのは最近のことだ。それがなぜか、違和感はありつつも少しばかり嬉しいような気持ちになる。
「ヴィラさん、初めて会った日思い切り蹴ってしまってすみません」
「受け入れられないものに対してとった自分の行動に謝罪は必要ない」
「蹴ったことではなく思い切り急所を蹴ってすみません」
「……そうか」
ポイントがずれた謝罪にヴィラは向かいに座った梓を眺める。やはり一見大人しそうに見える。長い前髪を七三に分けて耳にかける梓の黒髪は、梓の目元を少しばかり隠していた。それが梓を大人しそうな印象にみせるひとつの原因だろう。
蝋燭の火に照らされ陰影を作る肌が動く。華奢にみえる手が机にある本を高く高く重ねて端に寄せ始めた。これにはヴィラが思わず口を開いてしまう。
「それは片付けているのか」
「……?はい。お話の邪魔になるかと思って」
「それだと倒れる危険があるだろう。いったん本棚にでも入れたら──この部屋にはないのか。家具職人は来なかったのか?」
「え?ああ、来てくださいましたけど、どれも豪華なもので腰がひけたんです。家具は必要最低限あればいいと思っていますし、この本も最後は花の間に戻すので別に新しく家具を用意してもらう必要はないかなと」
「……神子は贅沢だのなんだの気にする必要はない。神子が持つ魔力は宝で、なににも代えがたい。……それは置いておくにしても、お前の場合本棚は用意しておくべきだな」
「そういえばこの前は部屋を片付けてもらったようで。ありがとうございました」
本の山を見て眉をひそめ続けるヴィラに梓はピンときて話を変える。案の定、ヴィラはその日のことを思い出したのか更に眉をひそめた。
……もしかしてヴィラさんは話すことが苦手なのかもしれない。
言葉をきるヴィラを眺めながらそんなことを思った梓は、少し雰囲気を柔らかくする。するとヴィラはすぐに感づいてじっとこちらを見てくるではないか。
言葉が少ないとはいえ表情でなんとなく気持ちを察することができる。
それが分かって梓は今度こそ脱力した。
「ヴィラさん。もうシェントさんから聞いているかとは思いますが、私はシェントさんに魔法をかけてもらって誰にも触られないようにしてもらっています」
梓が切り出した話にヴィラはほんの少しだけ眉をあげた。
誰にも触られないように、ではなく厭う者だろう。
恐らくあえてぼやかしたのだろうと思いヴィラが指摘することはなかったが、気に入らずヴィラは相槌も打たない。確かに触ることはできなかった。思い出すのは梓が本を散らかして寝ていた晩のことだ。
「この世界のいう神子としての役割は果たします。実感はありませんが長く一緒にいる人に魔力は移っていくんですよね?」
「そうだ」
「でしたらそれはできます。けれどキスとか触ったり……セックスは嫌です。まあ、この点は魔法をかけてもらったお陰で大丈夫になったので──とにかく」
言葉を探す梓を見下ろしながらヴィラはふと思い出す。シェントが戸惑いがちにこの件を報告しにきたときのことだ。
確かに、変わった神子だ。
俯いたことでよけいに顔が見えなくなった梓にヴィラはそんな感想を抱く。
梓が顔をあげた。ニッと笑みを浮かべていて、はっきりとした意思をうかがわせる表情をしている。
「一月の間、宜しくお願いします。できれば一緒に過ごす時間をお互いに穏やかなものにしたいです」
変わった挨拶と提案にヴィラは言葉を失い、既に眉間に寄っていた眉を更に寄せた。
動揺してるなあ……。
梓は既にヴィラの顔ではなくヴィラの眉を見て彼の気持ちを読んでいる。梓はヴィラの眉が元の位置に戻るまで気長に待つ。椅子の背もたれに身体を預けると、蝋燭の火が大きく揺らいだ。
「……穏やかに?」
「穏やかに。一緒に過ごすことが決定しているのならギスギスしているよりは穏やかに過ごせるほうがよくありませんか?そうですね、例えばヴィラさんも私もこの部屋で好きなように過ごすんです。私は主に読書をしていると思いますのでその間ヴィラさんは休憩をとったり食事をされたり雑務をされる、という形です」
「……」
「だから一緒に過ごす時間が夜でなく日中でも私は問題ありません。ヴィラさんにも都合があるでしょうし便利がいい時間でいいのですが、選択肢としてよければお考えください。……他の神子の方達がどういうふうにこのルームシェアを過ごしているのかよく分からないので、私なりにこういう過ごし方はどうだろうって思ったのですが……ヴィラさんはどうしたいですか?」
「……俺が?」
「はい」
梓の問いにヴィラは今日見たなかで一番深く眉間にシワを寄せた。相当戸惑っているようだ。梓もヴィラのように困惑して頬をかいてしまう。
やっぱり他の神子がどんな生活してるのか気になるなあ。
それは明日少し分かるとはいえ、今更ながら知ることに躊躇を覚えてしまうのはヴィラの反応が大袈裟すぎるからだろう。
「俺はそれでいい」
「そうですか。……ありがとうございます」
「……」
「ああそうだヴィラさん。実は私の穏やかな時間のためにお願いがあるんです」
「なんだ」
お願いと言われて眉間に寄っていた眉がふっと緩む。まるでお願いは聞き慣れているかのようで、梓は苦い気持ちになった。
「最初にお会いしたときも思ったのですが、ドアを開けるときちょっと音を立てて入ってきてくださると嬉しいです」
「ドアを開けるときに音を立てる……?」
言葉を反芻したヴィラが生真面目に考え出す。ヴィラには失礼だろうがおかしさが込み上げてきて、梓の表情が緩んだ。
「はい。突然話しかけられると心臓が止まりそうなほど驚いてしまうんです。なのでちょっとだけでいいのでお願いします」
「……善処しよう」
「ヴィラさんは私になにかお願いしたいことはありますか?」
「お前に……?」
「はい」
「……いや、今はない」
「そうですか。では言い辛いかとは思いますが注意したいことか出てきたら教えてくださいね。私も今みたいにお願いしますし、お互い楽に過ごせるよう努力しましょう」
言葉にすると変な感じではある。楽に過ごすために努力するなんて。けれどそういう空間を作ろうと思ったらやはり最初は少ならず努力がいるだろう。なにせ相手がいる問題だ。
「……そうだな」
「はい。では私はきりもいいので今から食事をするんですが、ヴィラさんもどうですか?私は花の間じゃなくていつも部屋で食べるんです。よければ一緒になにか頼んできますよ?」
「……頼む」
「はい。……好き嫌いはありません?」
「ない」
「分かりました」
梓は立ち上がると積み重ねた本を慣れたように持ち上げる。
「わ……。ありがとうございます」
そしてドアまで移動したところで、驚きに立ち止まった。ヴィラが両手の塞がる梓の代わりにドアを開けたのだ。梓は目をぱちくりさせながら感謝を述べ、花の間へ移動する。
ぱたりと閉まるドア。
なんとなく振り返った梓は先ほどのヴィラがした流れるような仕草に騎士のようだと思った。そして騎士の彼はきっと普段通り足でドアを開けようとした梓の行動に気がついたことだろう。
「……流石に足でドアを開けるのはやめとこ」
花の間にある電機のような魔法灯のお陰でよく見えたヴィラの姿。銀髪に隠れる黒い瞳は間違いなく、え?今ドアを足で開けようとした?と無言で訴えていた。
梓は本を片付ける前にメイドに食事を頼む。
──ヴィラさんとうまくやっていけそうだ。
どうなるかと思った話が成功して、梓はにっこりと笑顔を浮かべた。
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