愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

196.進まない人

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ヤトラと会うのは、梓の神子でなくなったあと広場で会っていらいだ。なにかを、きっと神子に関するなにかを知って泣いていたヤトラは彼なりに気持ちの整理をつけたのかもしれない。目を細めて微笑む姿は手放しで喜ぶような笑顔ではないものの、悲しみや自嘲にふけるものではなかった。

(ヤトラさんは麗美さんから話を聞いたんだろうな)

白那達と作った神子と聖騎士のカレンダーは、なにかを振り返るときに思いかけず役立つことが多い。ヤトラが梓の次に過ごしていた神子は麗美だった。

(麗美さんは、いまどうしてるんだろう)

そのときの麗美のことを考えてしまう。
きっとヤトラは梓にしたように、悪意ない好意と敬意をもって神子である麗美にヤトラは話しかけただろう。
この国で神の声を聞いたことがある人なら、麗美のことも当然知っているはずだが、ヤトラと会った最初の様子を思いだせば、麗美と神の関係もあの日の詳細も知らなかったに違いない。
ヤトラの性格を考えるに泣いた理由は、ルールに神子や聖騎士の実際の関係を聞いたからだけではないだろう。

『見る者によって姿を変え魔物から儂らを救って下さるような存在は神以外にありえないだろう?』
『それからの会話は嘆き叫ぶ麗巳に応える神の姿とともにこの国の人間すべてが聞きました。他国の者には聞こえず、この国の人間だけ例外なくです』
『神子たる私が!あいつが……神が次代の王を決めるまで、この国を見届けてあげるわよ』

この国の人間が聞いた神と麗美の話は、麗美の恨みの声から始まりルールと聖騎士の役割、次代の王を神が選ぶこと、それまでのあいだ神子麗美が国を担うというものだ。
けれど城の人間とジャムの店主のような城下町に住む人では、神子への接し方が違う。ジャムの店主は梓が神子と知ったときは態度を変えたが、彼が口にした畏れ多いという言葉は、城の人間たちとは意味合いが違う。神子を祀り上げるような敬うような存在とするならば、城の人間は、現在の聖騎士やあの日に生かされた人たちといった一部の人を中心に、触れてはいけないもののように、神子という生き物として扱ってくる。
城にいた人間、神子に近しい人たちほどあの日のことについて詳しいが、城下町に住む人たちやあの日から数年の時を経て城にあがった人たちは事情を知らないのが普通なのかもしれない。

『あなた方は何故そんなに悲観なさるんですか」』

なかには知っていても、知らない人たちと同じ反応をする人もいる。
それを思えば、泣いてしまうほど心を痛めた人はきっと優しい言葉に囲まれて育ったのだろう。当時ヤトラは5歳ぐらいだった。周囲の大人たちが子供に説く話はどんなものだっただろう。

梓の気持ちも知らず、蒼い瞳は困ったように揺れる。


(……?)


落ち着きのないヤトラに気がついて、梓はそれた視線を追いかけてしまう。

それに、ヤトラも気がついたのだろう。

しばらくして梓と視線を合わせるが、目が合った瞬間、こんどは視線をそらすどころか顔をそむけてしまった。
ヤトラの奇妙な行動に梓は首を傾げるが、揺れた髪を見つけて気はそれる。ヤトラは後ろで髪をひとつにくくっていた。以前より髪が伸びたらしいが、シェントと違ってうまく結べていないのか髪がいくつかこぼれている。


「えっと、私の顔になにがかついていますか?」
「え?あ、ごめんなさい。ジロジロ見ちゃってましたね。久しぶりだなって思ってたら、つい」
「あ……そ、そうですね」


見すぎたせいか、ヤトラは気恥ずかしくなっていたらしい。
梓の謝罪を聞いても動揺はおさまらないのか、顔はますます赤くなっていく。ヤトラは首を傾げる梓になにか言いかけたが、梓の後ろに視線をやった瞬間、目を丸くして口をつぐんだ。
そして取り繕うように微笑みを浮かべると、梓に手を差し出す。


「よければ運びます。お茶会ですか?」
「え?あ!そう……ですね?」


梓が手に持っていたトレイを受け取ると、ヤトラは後ろにいた白那たちにお辞儀をする。
ヤトラとの思いがけない出会いにすっかり忘れてしまっていた梓も、振り返って気まずげに笑みを浮かべた。

不思議なことに2人とも梓とヤトラが呑気な会話をしていることに気がついていたのに、怒ってはいないらしい。白那は呆れた顔をしていて、美海は痛々しい涙こそ残るもののポカンと口を開けて立ち尽くすだけだ。美海に至っては目が合うと、どうぞどうぞとジェスチャーでなにかを訴えてくる。


「あー、私らのことは気にせず続けてくれていーよ?」
「なに言ってるの。それよりヤトラさんがいうようにお茶会しよ?」
「え、ええ?いえ、いいのよ。どうぞお2人で積もる話もあるでしょうし……」
「えっ、美海様なんですか?あ、し、失礼しました」
「えっ!え?な、なに、なんで?」


会話を聞いていたヤトラが思わずといったように口を挟んでしまって狼狽え、美海も美海で初めて会うはずのヤトラが自分の名前を口にしたことであわあわと落ち着きがなくなる。
そんなやりとりを見た梓と白那は静かに頷きあうと、2人をテーブルにつれていき、お茶会の準備を始めた。



「──先ほどは失礼しました。美海様、お会いできて光栄です。私は聖騎士のヤトラと申します」
「い、いえご丁寧にありがとうございます。み、美海と申します。一応、神子です」



紅茶とケーキが彩るテーブルを挟んで向かい合う2人は、まるで見合いの席のように堅苦しい挨拶をする。
奇妙な光景におかしくてたまらず吹き出したのは白那だ。


「美海さんいつもの聖騎士対応バージョンとぜんぜん違うじゃん」
「だ、だってしょうがないじゃない。突然だったから顔を消してなかったし……消してたわよね?」
「ヤトラと樹が見つめ合ってるのを見てる間に顔は戻ってた」
「見つめ合ってるって……」


白那の言葉に美海はさきほどの光景を思い返したか、梓とヤトラに視線を移す。
そしてなにを思ったのか、すぐに顔をそらした。その反応に困り果てて梓がヤトラを見れば、同じように梓を見たヤトラも困ったように眉をさげて微笑む。
見つめ合ってる。
その言葉に、なにか勘違いをしてしまいそうだ。


「そ、そういえばヤトラさんは美海さんのことをご存じだったんですか?さっき凄く驚いてましたけど」
「は、はい。私は最近聖騎士になったので先輩方に神子様のことを聞くんですが、美海様はお話と違っていたので……えっと、顔がない神子様という話を聞いていました」
「聖騎士同士でよくそういう話をするんですか?」
「ほかは……どうでしょう」
「あー、私からの命令。アンタが思ってること別に誰にでもいいから好きなように話しちゃって」
「ほかの方々も神子様がたが楽に過ごせるようにといった名目で情報交換はしています……あと、もしかしたら気に障るかもしれませんが……雑談としてそういう話をしてもいます。私はトアとイールさんでよく話すことが多いですね」
「わーお」


良いのか悪いのか分からないタイミングででてきたトアという言葉にした白那のリアクションはヤトラになにを考えさせたのだろう。白那の命令に疑問なく応えただけでなく、浮かべた苦しそうな顔に、梓は苦い笑みになる。


「ヤトラさんはトアと仲がいいんですか?」
「あ、はい。同い年ということもあって色々気にかけてくれるんです……ふふ。今日のことを話せばトアが羨ましがります。美海様のお顔を拝見した話をイールさんから聞いたとき、ずっと羨ましそうにしてたんですよ」
「な、なんで……」
「え?理由ですか?……隠されると気になると言っていました。あと単純に興味があるとのことです」
「ひえっ」


美海は嬉しいのか嫌なのか分からない顔を手で覆って俯いてしまう。けれど、どうどうと宥める白那の声に五月蠅いと文句を言えるぐらいではあるらしい。
どうやら時間をおいたことですこし落ち着いたらしい。

(よかった)

花の間の会話をなぞるようなやりとりにヒヤリとしたが、美海は傷ついてはいないようだ。
梓は安心して用意されたケーキを口にする。甘い苺のケーキは何度食べても飽きない。口にした瞬間広がった甘酸っぱい香りに笑みが浮かぶ。
そんな姿を見たヤトラも、笑みをこぼしていて。


「苺が好きなのは相変わらずですね」
「はい。とっても美味しいです。ヤトラさんも甘いのが苦手なのは相変わらずですか?」
「はい。樹様もたまには珈琲はいかがですか?」
「今日は紅茶にしておきます」
「ふふっ」


穏やかに微笑みあう2人は、その後も和やかに会話を続ける。



「「……」」



そんな姿をまたしても白那と美海は見ていて、さきほどと同じような顔で2人、顔を見合わせる。
そして白那は美海に重々しく告げた。


「あのね、美海さん。私らから見たらトアと美海さんってあんな感じなわけ。そう見えるから色々こう、色々、言いたくなるの。よけーなお世話だろーけど、ちょっと分かってくれた?」
「私とトアがそんな感じっていうのは分からないけど、色々言いたいのは分かるわ」
「そこなんだよなあ。傍から見てたら分かりやすすぎるんだけど、意味わかんない理屈で踏みとどまってるから、こう、色々、背中を押したくなるわけ。樹が樹だし、受け身じゃ進まないって言ってるんだけどなあ」
「……それってつまり?」


期待に目を輝かせる美海に白那は静かに微笑む。


「傷つくのを怖がってちゃ、なんにも手に入んないよ?みたいな?」
「……」
「別にもどかしくもなんともないんだったら、もう、私らもよけーなこと言わないよーにする」
「……そこは断言じゃないのね」
「だって私はもどかしーもん!あははっ!」


それはそれと笑う白那に、美海はくしゃりと顔を歪めて笑う。




「ほんとそうね」




声を上げて笑った白那にヤトラと梓が仲良く目をぱちくりとさせて首を傾げる姿を見て、美海は頷いた。

『隠されると気になると言っていました』

それだけのことに、何度も話しかけられて一喜一憂するなんてやってられない。


私だって。



私だって。





「……もどかしいわ」





悲し気に笑う美海に、梓とヤトラは顔を見合わせる。
白那とはまるで違う表情だ。いったいなんの話をしていたのだろう。


結局、聞いてもはぐらかされてしまって、肝心の答えは分からなかった。










  
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