野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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46:冬の終わりと春の誓い

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 星祭りを終えてから、一年という月日が経過した。その日、マクミラン家の礼拝堂は、春光が満ち溢れていた。
 純白のドレスを身にまとったアリシアは、礼拝堂へと続く扉の前にいた。ベールには繊細な雪の結晶のようなレースが施されており、胸元にはマクミラン家の花嫁へと代々受け継がれている真珠のネックレスが輝いていた。手には、ノースポールとガーベラで作られた青いリボンのブーケを抱えている。

「以前の私なら考えられなかっただろうな」

 男の望む自分にはなれないから、結婚など出来ないと拒絶していた十歳の少女が、今や最愛の人を経て、幸せな花嫁になろうとしている。
 かつての自分なら嫌がっただろうドレスを、嬉々として着ているのだから、人は変われば変わるものだとアリシアは笑んだ。

「準備は良いかい、アリシア」

「はい、お父様」

 隣に立つ父ジークの声に、アリシアは視線を上げた。いつものように穏やかな笑みを浮かべているその人の瞳は、万感の思いが宿っているのが見て取れた。

「きっと泣くだろうから、これで涙を拭くと良い」

 そう言ったジークは、自身のハンカチを差し出そうとしてきた。

「いいえ、私にはお母様からイヤリングと髪飾りがありますから」

 むしろ、自分よりも先に涙をこぼしそうな父にこそ必要だろうと、ポケットへと押し返す。嫁に行くわけでもないのだから、彼が泣く必要はないのだけど。
 ジークは堪えるように眉根を寄せ、腕を差し出してきた。重厚な扉が開くと、聖歌隊の厳かな歌声が聞こえてくる。招待された親族だけが列席する小さな礼拝堂には、春の柔らかな光が差し込み、白い花々が添えられていた。
 その光の先の祭壇では、ジュリウスが優しい眼差しでアリシアを待っている。
 ジークからジュリウスへと、アリシアの手が渡される。

「アリシア、綺麗だよ」

 ジュリウスの隣に立つと、彼はそっとアリシアの手に触れた。

「健やかなるときも、病める時も、富める時も、貧しき時も、妻アリシアを愛し、慈しみ、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 ジュリウスが厳かに返答し、深く頷く。アリシアにも同様に問われ、同じように誓いの言葉を返した。
 指輪を交換し、口づけを交わすと、礼拝堂の鐘が祝福の音を鳴らした。
 礼拝堂での儀式を終えると、アリシアとジュリウスは庭園へと場所を移した。庭園には色とりどりの花が咲き誇り、会場では多くの招待客で賑わっていた。招待された貴族たちが、祝福の言葉を述べていく。一年の間に、アリシアとジュリウスには新たに知人も増え、彼らからも祝福の声がかけられた。
 ちなみに、この一年でバッカス家はデポット家の協力を得ても領地が上手く運営出来ず、領民は他領へ流出、貧困を極めており、一部領地を返還するか、コーザが隠居し当主が代替わりするかといったところまで落ち込んでいるようだ。ミリアについても、バッカス家の娘を娶るには旨味が少ないため、婚約にまでこぎつけられずにいるようだと噂が届いている。
 一方、デポット家についても領地の運営に困っているようで、毎夜寝酒が欠かせないのだとか。ヘンティーが息子のアティマに「どうして星祭りの日にアリシアを救出に行かなかったのだ」と嘆く姿が目撃されており、アティマの方は、けろりとした様子で「あの星祭りは本当に楽しかったです。ところで、アリシア救出とは何のことですか? 父上は星祭り見物に行ってこいと言っただけではないですか」と返したのだという。

「ねえ、アリシア。あの木、君が子猫を咥えて降りてきた木じゃなかった?」

「ああ、そうだったな。二人で大喧嘩した」

 宴会場から離れ、庭園の奥へと向かっていた二人は、かつての記憶を思い出してにこやかに微笑みあっている。そんな二人の耳に「にゃあ゛!」と鳴く声が聞こえる。

「……もしかして」

「もしかするな」

 木の上から降りられなくなったらしい、子猫が大声で鳴いている。

「可哀そうに。ラグダン令息、助けてあげてくださいませんか?」

「もうラグダンじゃないし、令息でもないけど、喜んで」

 するすると木に登り、子猫を抱えたジュリウスが跳んで降りてくる。

「もう危ないことはしちゃだめだよ」

「にゃぁん」

 地面に降ろされた子猫は、草むらの中へと歩いていく。残された二人は顔を見合わせ、思わずといった様子で笑い声をあげた。
 春色にあふれる中を、二人は歩み続けていくのだった。
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