野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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5:リベンジ

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「お久しぶりです、マクミラン令嬢。先日は御無礼な真似をいたしまして申し訳ありませんでした。」

 壮大な失敗に終わった顔合わせから二週間が過ぎ、体調の戻ったジュリウスのもとへマクミラン家からお茶会の招待状が届いたため、再び二人は顔を合わせていた。

「お久しぶりです、ラグダン令息。こちらこそ、はしたない真似をしてしまい申し訳ありませんでした。本日のお茶会へのご参加、嬉しく思います」

 背中がむず痒くなるような言葉遣いに眉根を寄せそうになりながら、アリシアはジュリウスを応接室へ迎え入れた。

「リンダ、お茶の用意を」

「畏まりました」

 リンダと呼ばれた女性が退室すると、部屋に沈黙が漂う。

(母上は、上手くいくコツはお互いを知ろうと努力することだと言った)

 どちらとも話し出さないままでいて良い訳がない。

「先日ご覧になった通り、私は男が好むような女性像をしていません。ですので、令息が婚約を解消したいというのなら今仰ってください」

 私から父に伝えておきますわと、アリシアは言う。当然そんな提案など、ジークにあっさり却下されることは承知の上だが、ジュリウスの意見も聞いておくべきだろう。

「僕、は……大丈夫です。婚約を解消したいとは思っていません」

 第一そのような事、伯爵家が出来るわけがないと、ジュリウスは内心で呟く。浮気などの不貞行為もないのに、爵位の低い者から婚約解消を願い出ることなど出来るわけがない。
 確かにあの日は、アリシアの外と想像していた中とが乖離しすぎていて貴族らしからぬ口をきいたが、素敵な結婚が出来るに違いないと思い込んでいただけで、ラグダン家の為に早く家を出て結婚するという目標は変わっていないのだ。

「では、婚約は継続で。この婚約が上手くいくように努力します。まずはお互いを知るところから始めましょう。好きな食べ物や、趣味なんかの簡単なものからで」

 それが上手くいくためのコツだと母から教わりましたと、アリシアは言う。どうやら婚約破棄はされないようだし、妥協の姿勢を見せてくれるようだとジュリウスは安堵の息をつく。

「えっと、あの。なら、まずはアリシア様と……お呼びしても良いでしょうか」

「ええ、勿論です。ジュリウス様とお呼びしても?」

「ぜひ……あ、あと。アリシア様は先日のような喋り方が普通、なのですよね。そのように、お喋りになってください」

 先日の口調が素なのだとしたら、今の口調はさぞ辛かろうと、ジュリウスから提案される。アリシアの口調に立腹したほどだったはずだが、本当に良いのだろうかとアリシアは一瞬口籠った。しかし、己がいつまでも淑女の仮面を被れるはずが無いと早々に思い直した。

「ジュリウス様が良いのならそうさせてもらう。貴方も楽にしてくれ」

「は、はい」

 そうは言ってもすぐに口調を砕けさせるなど出来るわけがない。上手く返答が出来ずにいると、ワゴンを押したリンダが入室してくる。

「お待たせいたしました、お嬢様。本日は香り高いアールグレイと、甘い香りが特徴のピーチティーをご用意しております。お茶菓子には、クッキーやマドレーヌの他に苺をたっぷり使ったタルトと、フィンガーサンドイッチにセイボリースコーンもご用意いたしました」

 ジュリウスの好みが分からないため、たくさんの物を用意させたのだ。あっという間に机の上が茶菓子で埋まる。

「アールグレイを頼む。ジュリウス様はどちらを?」

「えっと……ピーチティーを、お願いします」

「畏まりました」

 慣れた手つきでお茶が用意され、二人の前に出される。アリシアは用意されたカップに注がれたアールグレイを一口飲むと続いてピーチティーに口をつけると、口直しにフィンガーサンドイッチを軽く口にする。

(んー、我が家の料理人が作ったサンドイッチは何処に出しても恥ずかしくない美味しさだ)

 その美味しさに毒見の本分も忘れて全部食べてしまいそうだったが、続いて苺のタルトを口に含んだ。

(うっ、甘すぎる!)

 顔をしかめそうになったが、母サリアを思い出し、必死に表情を出さずに穏やかな笑みを保つ。

「ジュリウス様もどうぞ。どちらも、この邸の料理人が腕を振るったものですから」

「いただきます」

 用意されたピーチティーを飲んだジュリウスは、ほわっと表情を明るくし、続いて苺のタルトを口にした。
 アリシアはジュリウスの口端が上がるのを見て「ジュリウス様のお口に合うだろうか。リンダが用意したこのピーチティーを頂くのは初めてなんだ」と訊ねた。

「はい、とても香りがいいですね……甘くて、それでいてしっかりと桃の香りがして美味しいです」

「そうか。ジュリウス様は甘い物が好きなのか?」

 サリアの教え通り、ジュリウスを見ていたアリシアはどうやら彼が甘い物が好きらしいとあたりとつける。
 アリシアの言葉を聞いたジュリウスは顔色を変え、表情をわずかに強張らせた。

(……僕が男らしくないと言いたいんだろうか。いや、彼女は上手くいくように努力すると言っていたから、勘違いかもしれない)

 戸惑うように口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、ジュリウスはやっと口を開いた。

「……やはり、武官の家の男が甘い物を好むのは、可笑しいと思いますか」

 絞り出すように出た言葉は微かに震え、自嘲の笑みを浮かべていた。

(は?何言ってんだ、この男。そんな事一言も言ってないんだが)

 ジュリウスの自虐じみた言葉にアリシアは瞠目した。

「ちょっと待て、何を言ってるんだ?私はそんな事一言も言ってない。私は貴方が甘い物が好きだろうとどちらでも良いし、男らしくないなどとは思わない。好きなだけミルクも砂糖も入れれば良いし、甘い物だけ食べていれば良い。何故なら私は甘い物よりサンドイッチやセイボリースコーンの方が好きだ。紅茶に砂糖もミルクも入れない」

 貴方がやりたいようにやれば良いとアリシアは言い放った。

(甘いものを食べても、砂糖やミルクを入れても良い?)

 ジュリウスにとって甘味とは女性らしさの象徴で、男らしさとは程遠い事だ。実際、ラグダン家に属する男は、皆が判を押したように甘味を口にしない。
 家族だけはジュリウスのやりたいようにやれば良いと言ってはくれるが、それでもジュリウスの燻った何かは消えてくれなかった。

(本当に、この人は気にしないのか? 木に登れる男の方が良いんじゃないのか?)

「ああ、貴方が甘い物が好きだというのは良いな。どこかに出かけても、貴方に任せればいい」

 あっけらかんとした態度をとるアリシアに、ジュリウスの中にじわりとした何かが湧き出てきた。

「私は甘い物が苦手なんだが、貴方は何故甘い物が好きなんだ?」

「あ、え? えと、甘い物を口に運んでいると癒される? 幸せな気持ちになるからでしょうか」

 そう言ってジュリウスはその通り幸せそうな表情をする。ジュリウスがあまりにも幸福感に満ちた顔をするので、アリシアは比較的甘みの少ないだろうクッキーを口に運んだ。

(……あまっ)

 アリシアにとっては頭痛の種にしかなり得ないものだったが、ジュリウスにとっての幸せの味がこれなのかと一枚のクッキーにたっぷりと時間をかけて飲み込んだ。
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