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6:クッキー作り
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「クッキーの作り方を教えてくれないか」
バン、と大きな音を立ててアリシアは厨房の扉を開いた。
「は? お嬢様、こんな所にいらっしゃって、いきなりどうされました?」
朝食の後、料理人達が暇そうな時間帯を狙ってやって来たはずだが、アリシアを迎えた料理長は露骨に渋い顔をしていた。
それはそうだろう。通常、貴族のご令嬢が厨房に立って料理をする事などあり得ない。品位に欠ける行動と見なされ、躾のなっていない令嬢と笑われるからだ。
「クッキーの作り方を教わりに来たのだ、料理長先生」
「それはきちんと聞こえています。私が訊いているのは、何故そのように思い立ったのか、その理由です」
耳が悪いわけではないと、大層な髭を蓄えた強面の料理長は、いたいけな少女ならば号泣するだろう顔に、さらに深い皺を刻んだ。
「ああ。私には婚約者が居るんだが、その彼が甘い物が好きなのだ」
だからクッキーでも作ってみようかと思ってと、アリシアは言う。昨日のお茶会を解散した後「ジュリウス様が甘い物が好きだとはな。う、甘い」と残ったクッキーをもう一枚齧っていたアリシアに、ジュリウスの為にクッキーを作ってみてはどうかとリンダが提案してきたのだ。
「なるほど、理解しました。御両親の許可は得ているのですか?」
侯爵夫妻の許可がなければ教える事は出来ないと、料理長は一層難しい顔をする。
「勿論貰ってきている!」
「……マジかよ」
「何考えてんだ、あの夫婦」と呟き、料理長はこれ以上ないくらいに大きなため息を吐いた。そして、観念したように首を縦に振る。
「それならば良いでしょう。教えて差し上げます」
「うむ、では始めるとしようか。よろしくお願いします、料理長先生」
「お待ちくださいお嬢様」
アリシアが早速腕まくりをしようとした、その時、リンダがいつものように穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「ん? リンダ、居たのか」
「お嬢様の居る所にリンダありですので」
至極当然のように答えるリンダに、アリシアは肩をすくめる。
「なるほど、そんな事より何を待つんだ?」
「お嬢様のお洋服が汚れてはいけませんので、エプロンをご用意いたしました」
リンダが差し出したのは、まさしくエプロンだった。ただし、真っ白な生地には幾重にも重なる純白のレースとフリルがあしらわれ、リボンまでついていた。
「な、何故そのようにフリルたっぷりなんだ」
アリシアの好みとは正反対の可愛らしいエプロンに動揺を隠せず、彼女はひきつった笑みを浮かべた。
「お嬢様が、お嬢様だからです」
リンダは一切表情を崩さず、真っすぐにアリシアを見つめて答える。曇りなき眼でだ。
「は?」
「世の可愛らしさ全てを煮詰めて作ったような、可愛らしさの権化たるお嬢様が、可愛らしいエプロンをつけるのは至極当然の事であり、この世界の真理です」
「……何を言っているのかさっぱり分からないが、分かった」
これ以上この話をしても、全く話が前に進みそうにないと悟ったアリシアは、内心でため息をつき、渋々リンダの用意したエプロンを身に着けることにした。
「…………我が人生に一片の悔いなし」
フリルのエプロンを身に着けたアリシアの姿を満足げに眺め、リンダが恍惚とした表情で呟くのを無視して、アリシアは料理長へと向き直った。
「さて、待たせてすまない。クッキーを作る事にしようか」
「ああ、無視するんですね」
「時間の無駄だ」
「はい、では。ボウルに柔らかい状態のバターを入れ、クリーム状になるまで練り続けます」
「分かった」
「クリーム状、クリーム状」と連呼しながら、剣の稽古の要領で混ぜ始める。ガツン、ガツンと音を立てて、バターがボウル内を飛び散る。
「お嬢様、力を入れ過ぎです。もう少し丁寧に」
「む、分かった」
今度は先ほどよりも幾分か丁寧に混ぜていくと、料理長が言ったようにバターがクリーム状になってくる。
「そこに砂糖を三回に分けて加え、白っぽくなるまで混ぜます。そうして今度は溶いた卵黄をまた三回に分けて加えます」
卵黄だけが取り出された器を手渡される。卵くらい私でも割れるだろうにと、抗議の視線を送ったが、料理長には軽やかに無視されてしまった。
「続いて小麦粉を加え、切るように混ぜながら塊になるまで混ぜます」
卵黄とバターを混ぜている間に、小麦粉を一度篩いにかけた料理長が小麦粉を渡してくる。
「お嬢様、丁寧にですよ」
「わ、んぐっ」
卵黄を混ぜていた時と同じ力加減で混ぜ始めると、小麦粉がふわりと宙に舞う。
「ああ、私のお嬢様のお顔に小麦粉が」
嘆くようにリンダがアリシアの顔をハンカチで拭う。
「こんな事もあろうかと、このリンダ、お嬢様の為に新しいエプロンを用意してございます」
そう言って取り出したエプロンは、フリルは少ないものの、胸元の布地がハートになったエプロンが出された。
「さ、続けようか料理長。塊になるまでだったな」
「はぁ」
「ああ、お嬢様ぁ」
一度はリンダの趣味に付き合ってやったのだ、もう良いだろう。アリシアはリンダの熱い視線は無視して進める。
「ああ、良い感じですね。綺麗にまとまっています」
「ふう、良い鍛錬になった」
「では、これを清潔な布巾で包んで、冷所に入れ、一時間ほど休ませます。お茶を用意しますので、少し休憩なさってください」
「分かった」
料理長とクッキー生地をその場に残し、アリシアは自室へと向かった。
バン、と大きな音を立ててアリシアは厨房の扉を開いた。
「は? お嬢様、こんな所にいらっしゃって、いきなりどうされました?」
朝食の後、料理人達が暇そうな時間帯を狙ってやって来たはずだが、アリシアを迎えた料理長は露骨に渋い顔をしていた。
それはそうだろう。通常、貴族のご令嬢が厨房に立って料理をする事などあり得ない。品位に欠ける行動と見なされ、躾のなっていない令嬢と笑われるからだ。
「クッキーの作り方を教わりに来たのだ、料理長先生」
「それはきちんと聞こえています。私が訊いているのは、何故そのように思い立ったのか、その理由です」
耳が悪いわけではないと、大層な髭を蓄えた強面の料理長は、いたいけな少女ならば号泣するだろう顔に、さらに深い皺を刻んだ。
「ああ。私には婚約者が居るんだが、その彼が甘い物が好きなのだ」
だからクッキーでも作ってみようかと思ってと、アリシアは言う。昨日のお茶会を解散した後「ジュリウス様が甘い物が好きだとはな。う、甘い」と残ったクッキーをもう一枚齧っていたアリシアに、ジュリウスの為にクッキーを作ってみてはどうかとリンダが提案してきたのだ。
「なるほど、理解しました。御両親の許可は得ているのですか?」
侯爵夫妻の許可がなければ教える事は出来ないと、料理長は一層難しい顔をする。
「勿論貰ってきている!」
「……マジかよ」
「何考えてんだ、あの夫婦」と呟き、料理長はこれ以上ないくらいに大きなため息を吐いた。そして、観念したように首を縦に振る。
「それならば良いでしょう。教えて差し上げます」
「うむ、では始めるとしようか。よろしくお願いします、料理長先生」
「お待ちくださいお嬢様」
アリシアが早速腕まくりをしようとした、その時、リンダがいつものように穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「ん? リンダ、居たのか」
「お嬢様の居る所にリンダありですので」
至極当然のように答えるリンダに、アリシアは肩をすくめる。
「なるほど、そんな事より何を待つんだ?」
「お嬢様のお洋服が汚れてはいけませんので、エプロンをご用意いたしました」
リンダが差し出したのは、まさしくエプロンだった。ただし、真っ白な生地には幾重にも重なる純白のレースとフリルがあしらわれ、リボンまでついていた。
「な、何故そのようにフリルたっぷりなんだ」
アリシアの好みとは正反対の可愛らしいエプロンに動揺を隠せず、彼女はひきつった笑みを浮かべた。
「お嬢様が、お嬢様だからです」
リンダは一切表情を崩さず、真っすぐにアリシアを見つめて答える。曇りなき眼でだ。
「は?」
「世の可愛らしさ全てを煮詰めて作ったような、可愛らしさの権化たるお嬢様が、可愛らしいエプロンをつけるのは至極当然の事であり、この世界の真理です」
「……何を言っているのかさっぱり分からないが、分かった」
これ以上この話をしても、全く話が前に進みそうにないと悟ったアリシアは、内心でため息をつき、渋々リンダの用意したエプロンを身に着けることにした。
「…………我が人生に一片の悔いなし」
フリルのエプロンを身に着けたアリシアの姿を満足げに眺め、リンダが恍惚とした表情で呟くのを無視して、アリシアは料理長へと向き直った。
「さて、待たせてすまない。クッキーを作る事にしようか」
「ああ、無視するんですね」
「時間の無駄だ」
「はい、では。ボウルに柔らかい状態のバターを入れ、クリーム状になるまで練り続けます」
「分かった」
「クリーム状、クリーム状」と連呼しながら、剣の稽古の要領で混ぜ始める。ガツン、ガツンと音を立てて、バターがボウル内を飛び散る。
「お嬢様、力を入れ過ぎです。もう少し丁寧に」
「む、分かった」
今度は先ほどよりも幾分か丁寧に混ぜていくと、料理長が言ったようにバターがクリーム状になってくる。
「そこに砂糖を三回に分けて加え、白っぽくなるまで混ぜます。そうして今度は溶いた卵黄をまた三回に分けて加えます」
卵黄だけが取り出された器を手渡される。卵くらい私でも割れるだろうにと、抗議の視線を送ったが、料理長には軽やかに無視されてしまった。
「続いて小麦粉を加え、切るように混ぜながら塊になるまで混ぜます」
卵黄とバターを混ぜている間に、小麦粉を一度篩いにかけた料理長が小麦粉を渡してくる。
「お嬢様、丁寧にですよ」
「わ、んぐっ」
卵黄を混ぜていた時と同じ力加減で混ぜ始めると、小麦粉がふわりと宙に舞う。
「ああ、私のお嬢様のお顔に小麦粉が」
嘆くようにリンダがアリシアの顔をハンカチで拭う。
「こんな事もあろうかと、このリンダ、お嬢様の為に新しいエプロンを用意してございます」
そう言って取り出したエプロンは、フリルは少ないものの、胸元の布地がハートになったエプロンが出された。
「さ、続けようか料理長。塊になるまでだったな」
「はぁ」
「ああ、お嬢様ぁ」
一度はリンダの趣味に付き合ってやったのだ、もう良いだろう。アリシアはリンダの熱い視線は無視して進める。
「ああ、良い感じですね。綺麗にまとまっています」
「ふう、良い鍛錬になった」
「では、これを清潔な布巾で包んで、冷所に入れ、一時間ほど休ませます。お茶を用意しますので、少し休憩なさってください」
「分かった」
料理長とクッキー生地をその場に残し、アリシアは自室へと向かった。
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