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23:オレンジのガーベラ
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「それで、アリシアはどんな花を刺したいと思ったの?」
謹慎期間一日目、サロンのソファーに座ったサリアは、アリシアへ尋ねた。
「はい、オレンジのガーベラをと考えています」
「希望、常に前進、忍耐強さ、光に満ちた、探求心ね。何故それを選んだの?」
「ジュリにとって、今まで彼らから受けて来た仕打ちは、死を選んでも仕方がないものだったと思います」
ビリーたちに虐められ、誰にも気づかれることなく、両親を悲しませまいと助けすら求められない。それは生きることを諦めたとしても、誰も責めることの出来ないほど、重く苦しいものだっただろう。
救済にも似たそれを、彼は選ばずに生き続けている。これを忍耐強いと言わずして何と言おうか。そんな彼の人生が、これから先、希望に満ち満ちたものであればいい。彼の心の赴くままに生きていって欲しい。
「だから、オレンジのガーベラが良いと思って」
「なるほど、そうしましょうか」
納得したように頷くサリアに、アリシアは少し口籠りながら言葉を続けた。
「できれば、三本刺したいんですけど」
「……へー、ほー、ふーん?」
ニタニタと揶揄うような表情をするサリアに、アリシアは顔を赤くして反論する。
「な、なんですか! 別に良いではないですか!!」
「だめ、なんて言ってないでしょう。良いわ、三本ね」
オレンジのガーベラ一本で事足りるところを、三本を選択した娘に、以前とは違う確かな愛情を感じる。
(三本のガーベラの花言葉は、あなたを愛しています。オレンジのガーベラの花言葉は、あなたは私の輝く太陽……やーん、愛を感じるわ)
自分は結婚に適した女ではないから、弟を作ってどうにかしろと言っていた娘とは思えないほどの成長ぶりだ。
口角が上がるのを止められないサリアは、ずっとニタニタしている。それにアリシアが腹をたて、「自分でする、母上の力は必要ない」と拗ねるのを、どうにか宥めて刺繍を教えることにした。
◇ ◇ ◇
「ジュリウス、お医者様が来たわよ」
「ジュリウス様、初めまして、医師のアンドレと申します」
「初めまして、ジュリウスです」
アンナは、あの後すぐに医者を手配した。初めは主治医をと思っていたのだが、その主治医から別の医者を紹介されたのだ。
アンドレは医者というよりも研究者という方が相応しく、同業者の間では変人だとか変態と呼ばれるほどだった。
『この世には、目には見えない生物が存在しているに違いない』だとか、『それならば、人の体にその生物がいないわけがないのでは』だとか『だとすると、衛生観念の向上が、病気の予防に役に立つのでは』などと言って同業者を呆れさせていた。
そんなアンドレだったが、最近の研究の結果、きちんと手洗いやうがいを徹底した被験者の方が病気にかかりにくいという結果が出たため、ごく僅かの親しい仲間からの評価は変わり始めていた。そのため、今回ジュリウスの医師として紹介されたのだ。
「ふむ。では、これから診察を行いますので、ご母堂は退室していただけますか?」
「え!? た、退室? どうしてですか」
いきなり出て行けと言われたアンナは、狼狽えたようにアンドレに詰め寄る。
「私は、人が病気にかかる原因として、いくつかの要因があると思っています。一つは遺伝的要因、そして、もう一つは環境的要因です。生活環境は整っているか、食事は適切な物が提供されているか、生命活動を阻害する外力が加わっていないか、構築されている人間関係は正しいものであり、患者の精神的健康に影響を与えていないか。これらの要因が複雑に絡み合って、人は健康を阻害され、病にかかるのだと」
何やら難しい話をされて、アンナは戸惑ったように一歩後退する。そんなアンナの様子には気づかず、アンドレは尚も話を続けた。
「そのため、私にはジュリウス様を詳しく知る必要がある。どのような環境で、どのような物を食し、どのような心身状態で生きているのか。御母堂を疑うわけでも、信頼していないわけでもありませんが、人は他人に良く見られたい生き物であり、愛する人に心配をかけたくないと思う生き物なのです。御母堂が居る事によって、ジュリウス様には吐露できない想いがあるかもしれない。それは、ジュリウス様をより良い状態に導く上で、足枷になりうる」
だから出て行って欲しいのだと、アンドレは淡々と告げた。
「わ、わかりました。ジュリウスをよろしくお願いします」
後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながらアンナは退室した。その様子に微笑ましさを覚え、アンドレは薄く口端を上げ、ジュリウスに向き直る。
「さて、ジュリウス様。貴男にお願いしたい事は二つです。一つは、私に嘘をつかないこと。これは、ジュリウス様の病状や症状を診察する上で、非常に大事な事です。ジュリウス様が食事を満足に食べられていない事が原因で病気を起こしているのに、食べたと言われてしまえばいつまでたっても治る物も治らないでしょう?」
そのような心配はなさそうですがと、アンドレは笑みを浮かべる。
「もう一つは、私の指示に従う事です。私がジュリウス様の為に薬を処方しても、飲まないと嫌がられれば、いつまでたっても良くなりません。私は、ジュリウス様の嫌がる事をお願いするかもしれませんが、ジュリウス様が、いつの日か剣を握りたいという願いの為に尽力します。その思いだけは疑わないでください」
アンドレは、ジュリウスを安心させるように、笑みを絶やさず喋り続けた。
「はい、先生。よろしくお願いします」
ジュリウスは、アンドレを信頼することにした。言いにくいだろうに、母に出て行けと言った事や、ジュリウスが理解できるように順序だてて説明してくれること、医師としての志を見たのだ。
謹慎期間一日目、サロンのソファーに座ったサリアは、アリシアへ尋ねた。
「はい、オレンジのガーベラをと考えています」
「希望、常に前進、忍耐強さ、光に満ちた、探求心ね。何故それを選んだの?」
「ジュリにとって、今まで彼らから受けて来た仕打ちは、死を選んでも仕方がないものだったと思います」
ビリーたちに虐められ、誰にも気づかれることなく、両親を悲しませまいと助けすら求められない。それは生きることを諦めたとしても、誰も責めることの出来ないほど、重く苦しいものだっただろう。
救済にも似たそれを、彼は選ばずに生き続けている。これを忍耐強いと言わずして何と言おうか。そんな彼の人生が、これから先、希望に満ち満ちたものであればいい。彼の心の赴くままに生きていって欲しい。
「だから、オレンジのガーベラが良いと思って」
「なるほど、そうしましょうか」
納得したように頷くサリアに、アリシアは少し口籠りながら言葉を続けた。
「できれば、三本刺したいんですけど」
「……へー、ほー、ふーん?」
ニタニタと揶揄うような表情をするサリアに、アリシアは顔を赤くして反論する。
「な、なんですか! 別に良いではないですか!!」
「だめ、なんて言ってないでしょう。良いわ、三本ね」
オレンジのガーベラ一本で事足りるところを、三本を選択した娘に、以前とは違う確かな愛情を感じる。
(三本のガーベラの花言葉は、あなたを愛しています。オレンジのガーベラの花言葉は、あなたは私の輝く太陽……やーん、愛を感じるわ)
自分は結婚に適した女ではないから、弟を作ってどうにかしろと言っていた娘とは思えないほどの成長ぶりだ。
口角が上がるのを止められないサリアは、ずっとニタニタしている。それにアリシアが腹をたて、「自分でする、母上の力は必要ない」と拗ねるのを、どうにか宥めて刺繍を教えることにした。
◇ ◇ ◇
「ジュリウス、お医者様が来たわよ」
「ジュリウス様、初めまして、医師のアンドレと申します」
「初めまして、ジュリウスです」
アンナは、あの後すぐに医者を手配した。初めは主治医をと思っていたのだが、その主治医から別の医者を紹介されたのだ。
アンドレは医者というよりも研究者という方が相応しく、同業者の間では変人だとか変態と呼ばれるほどだった。
『この世には、目には見えない生物が存在しているに違いない』だとか、『それならば、人の体にその生物がいないわけがないのでは』だとか『だとすると、衛生観念の向上が、病気の予防に役に立つのでは』などと言って同業者を呆れさせていた。
そんなアンドレだったが、最近の研究の結果、きちんと手洗いやうがいを徹底した被験者の方が病気にかかりにくいという結果が出たため、ごく僅かの親しい仲間からの評価は変わり始めていた。そのため、今回ジュリウスの医師として紹介されたのだ。
「ふむ。では、これから診察を行いますので、ご母堂は退室していただけますか?」
「え!? た、退室? どうしてですか」
いきなり出て行けと言われたアンナは、狼狽えたようにアンドレに詰め寄る。
「私は、人が病気にかかる原因として、いくつかの要因があると思っています。一つは遺伝的要因、そして、もう一つは環境的要因です。生活環境は整っているか、食事は適切な物が提供されているか、生命活動を阻害する外力が加わっていないか、構築されている人間関係は正しいものであり、患者の精神的健康に影響を与えていないか。これらの要因が複雑に絡み合って、人は健康を阻害され、病にかかるのだと」
何やら難しい話をされて、アンナは戸惑ったように一歩後退する。そんなアンナの様子には気づかず、アンドレは尚も話を続けた。
「そのため、私にはジュリウス様を詳しく知る必要がある。どのような環境で、どのような物を食し、どのような心身状態で生きているのか。御母堂を疑うわけでも、信頼していないわけでもありませんが、人は他人に良く見られたい生き物であり、愛する人に心配をかけたくないと思う生き物なのです。御母堂が居る事によって、ジュリウス様には吐露できない想いがあるかもしれない。それは、ジュリウス様をより良い状態に導く上で、足枷になりうる」
だから出て行って欲しいのだと、アンドレは淡々と告げた。
「わ、わかりました。ジュリウスをよろしくお願いします」
後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながらアンナは退室した。その様子に微笑ましさを覚え、アンドレは薄く口端を上げ、ジュリウスに向き直る。
「さて、ジュリウス様。貴男にお願いしたい事は二つです。一つは、私に嘘をつかないこと。これは、ジュリウス様の病状や症状を診察する上で、非常に大事な事です。ジュリウス様が食事を満足に食べられていない事が原因で病気を起こしているのに、食べたと言われてしまえばいつまでたっても治る物も治らないでしょう?」
そのような心配はなさそうですがと、アンドレは笑みを浮かべる。
「もう一つは、私の指示に従う事です。私がジュリウス様の為に薬を処方しても、飲まないと嫌がられれば、いつまでたっても良くなりません。私は、ジュリウス様の嫌がる事をお願いするかもしれませんが、ジュリウス様が、いつの日か剣を握りたいという願いの為に尽力します。その思いだけは疑わないでください」
アンドレは、ジュリウスを安心させるように、笑みを絶やさず喋り続けた。
「はい、先生。よろしくお願いします」
ジュリウスは、アンドレを信頼することにした。言いにくいだろうに、母に出て行けと言った事や、ジュリウスが理解できるように順序だてて説明してくれること、医師としての志を見たのだ。
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