野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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30:新しい未来へ

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 その日の夜、ラグダン家の夕食の席は、いつも以上に賑わっていた。

「そう、それでドレス姿のまま剣を振ってさ! すげーのなんのって」

 ヴァイスが身振り手振りを交え、アリシアとの模擬戦を熱弁していた。スプーンを手にしたまま身を乗り出し、剣の動きを再現する様子に、ジュリウスは苦笑しながらも嬉しそうに頷く。

「……兄様、ちょっと落ち着いてください。スープが飛びそうですよ」

「わり、でもさー、ジュリウスだって見ただろ? ドレス着てあれだぜ? 運動用の服だったら、もっと上の実力だったってことじゃんか」

「ふふ、うちの息子もまだまだかしらね」

 アンナはワイングラスを片手にくすりと笑う。テーブルの向かいではユーリが、パンをかじりながらも無言で頷いていた。

「そう言えばさ、ジュリウスって、いつからアリシア様を呼び捨てにしてるんだ?」

 さらりと放たれたヴァイスの一言に、ジュリウスが握っていたスプーンがスープ皿に当たり、カチンと音を鳴らした。

「え、ええと……その、えっと……」

「アリー様じゃないの? まさか、アリシアと呼び捨てに……?」

 アンナの目がギラリと輝く。目標を捕捉した者の目だ。怒られているのかと、ジュリウスはしどろもどろになる。
 勿論、アンナにそんなつもりはない。控えめな息子が、婚約者を呼び捨てにする事態に陥った、甘い恋の香りを嗅ぎつけているだけだ。

「い、いや、そ、それは……呼ばざるを得なかったというか……」

 言い訳を探して目を泳がせるジュリウスを、家族の誰も助けてはくれない。むしろ、そっと視線を反らされている。
 元凶のヴァイスですらそうなのだから、逃げられないのだろうと、ジュリウスは覚悟した。
 アンナは身を乗り出し、期待に満ちた笑みを浮かべる。

「呼ばざるを得ないって状況って? ねえ、教えてちょうだい。あの後アリシアって呼ぶことになったの? それとも、その前から? 他には何かあった?」

「か、母様!」

 顔を真っ赤にして抗議の声を上げたが、アンナの笑みは止まらない。むしろ楽しげにしている。

「……頬にキスはされていたな」

「父様!?」

 普段は無口で厳格な父親に唐突な爆弾発言を落とされ、ジュリウスは頓狂な声を上げた。

「まあ、まあ! まあぁ!」

「ほー」

「なんだ、ジュリウスからじゃないのか」

 好き勝手言う家族をどうして止めようかと、ジュリウスはもだもだする。

「……まあ、とにかく。ヴァイスが褒めるのなら、剣の腕も確かだろう。お前の婚約者は、素晴らしい女性だ」

 バルドのアリシアへの賛辞は、言外にジュリウスを安心してマクミラン家に預けられると語っていた。
 寂しさはあるものの、食卓を囲む家族の顔は、誰もが新しい未来へ、肯定の色で満たされていた。

◇ ◇ ◇

 ジュリウスがマクミラン家へ出発する日は、あっという間に訪れた。

「来たみたいだな」

 蹄の音が聞こえた次兄ユーリがぽつりと呟く。窓の外には、マクミラン家の家紋が掲げられた馬車が近づいていた。

「し、行くか!」

 ヴァイスがジュリウスの肩を叩き、ソファーから立ち上がるように促す。

「はい。父様、母様、ヴァイス兄様、ユーリ兄様。早く元気になって帰ってきますね」

「ジュリウス! 先生の言うことは必ず聞くのよ。アリシア様と喧嘩せずに、仲良くしなさいね。今から寒くなってくるのだから、お腹を冷やしちゃだめよ。それから……」

 涙しそうになるアンナの肩を、バルドが抱いた。

「体に気を付けて行ってきなさい」

「……はい、行ってきます」

 ジュリウスがそう答えた瞬間、御者の姿が玄関の開かれた扉の向こうに見えた。

「マクミラン家の馬車が到着しました。ジュリウス様の準備はお済でしょうか?」

 使用人が迎えに来た声に促されるように、ジュリウスは家族に最後の視線を送った。ユーリとヴァイスは、口には出さないものの、その瞳で「頑張れ」と語りかけていた。アンナは、ぐっと涙を堪えるように唇を噛みしめ、バルドは静かにジュリウスの肩をそっと押した。

「さあ」

 父の言葉に背中を押され、ジュリウスは一歩を踏み出した。

「ジュリウス様、お迎えに上がりました」

 アリシアとジークが馬車から降りてくる。

「アリシア様、これからお世話になります」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。また相乗りをしましょう、今度は前回よりも少し早く駆けましょうね」

 ジュリウスが感じている不安や緊張を安心させるように、以前出かけた相乗りでの約束を口に出す。

「はい。マクミラン家に行くの、楽しみです」

 ジュリウスの頬が緩み、先程よりも穏やかな表情へと変わる。

「さあ、二人とも行こうか。では、ラグダン卿ご子息をお預かりします」

「愚息をよろしくお願いします」

 馬車へ乗り込んだジュリウスに、ラグダン家の家族が手を振って見送る。ジュリウスは、離愁を振り払うように笑顔で手を振り返した。
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