野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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29:アリシア対ヴァイス

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 ジュリウスの案内で、二人は訓練場へと辿り着く。遠くから聞こえていた剣戟の音は、近づくにつれて熱を増し、激しい金属のぶつかり合う音へと変わる。土埃の舞う空間で、汗にまみれた騎士たちが攻防を繰り広げていた。

「……凄い」

 アリシアの明眸は感奮かんぷんを宿し、瞬きすらも煩わしいとばかりに、食い入るように訓練の様子を見つめた。
 武の名門ラグダン家の訓練は、マクミランの遥かに上を行っている。隙一つないそれが、どれだけの訓練の上に成り立っているか。その頂にまだまだ届かないアリシアは、何かを持って帰ろうと、必死に訓練を見つめ続ける。

「アリシア様は、我が家の訓練にご興味がおありですか?」

 二人が現れたことに気がついたヴァイスが声をかけてくる。

「はい。皆様の訓練を拝見していましたが、素人でも素晴らしいと分かります。それ以外の言葉が見当たりません。許されるならば、教鞭を頂きたいくらいです」

 アリシアの炯眼けいがんに、ヴァイスはこの少女に武人特有の輝きが宿っているような気がした。
 彼女は、確かに短剣で末弟を守ったのだと。

「ふむ……。でしたら、参加なさいますか?私も、貴女様の剣もぜひ拝見したいので」

 ヴァイスの提案に、周囲で訓練していた騎士たちもざわめき、好奇の目がアリシアに注目した。侯爵令嬢が、この場で剣を取るなど前代未聞だ。ジュリウスも、不安そうな表情でアリシアを見つめている。

「ええ、喜んで。でしたら、このドレス姿のままで、私の剣筋をご覧いただくことは可能でしょうか?」

 アリシアの言葉に、ヴァイスを含むその場の全員が、驚きに固まった。令嬢が剣を握るだけでも前代未聞の話なのに、ドレスのまま模擬戦を望むなど、それ以前の話だ。しかし、アリシアは表情一つ変えず、静かにヴァイスの返事を待つ。

「その格好で、ですか……」

「はい。女性は、騎士でもなければドレスを着用しているでしょう? 普段の恰好で、暴漢に勝てる確率を上げたいんです」

「なるほど、承知しました。でしたら、短剣の方が良いかもしれませんね」

 ヴァイスはそう呟くと、刃を潰した短剣をアリシアへと手渡した。アリシアは迷いなくそれを受け取り、手に馴染む重さを確かめ、流れるような動作で構えを取る。
 その一連の動きに、ヴァイスの目が僅かに見開かれた。彼自身も長剣を構え直す。皆が見守る中、模擬戦が始まった。

「はっ!」

 ヴァイスの長剣が風を切り、重い一撃を放つ。流石はラグダンの継嗣と言ったところだろうか。その一撃は、訓練場に響く他の剣戟の音をかき消すほどの力を持っていた。
 アリシアは、繰り出される剣撃を驚くほどの速度で動かし、紙一重でかわしていく。優雅なドレスの裾が、一度も足元を阻害することなく、彼女の俊敏な動きに合わせるかのように舞った。まるで蝶のように剣の嵐をかわし、ヴァイスの懐深く潜り込んでは、手にした短剣で彼の死角を執拗に突こうとする。

(速いな……! しかも、この間合いと読みは、並大抵の訓練じゃねーな。ドレスでここまでやってのけるのか)

 ヴァイスは、アリシアの予想をはるかに超える剣技に驚愕していた。彼の長剣が触れるか触れないかの距離で身をひねり、何度も、彼女の短剣が危うく彼の脇腹や喉元を捉えかけた。自分の体格では、大の男には決して勝てないと理解しているのだろう。間合いを取り、剣筋を読み、剣を直接受け止めずに力を受け流していた。
 ヴァイスは長年の経験と反射で剣を捌いていたが、彼の顔には、微かに焦りの色が浮かんでいる。

「まだまだ!」

 しかし、やはり体格と経験の差は歴然で、ヴァイスの重い連撃が、アリシアの動きを鈍らせ、体力を削っていく。アリシアの額には汗が滲み、呼吸もわずかに乱れ始めた。ヴァイスは、彼女の疲労の兆候を見逃さず、長剣が上段から振り下ろされる。鈍らされた思考と体力が、アリシアに体全体で受け止めさせてしまった。
 後には、弾き飛ばされた短剣が地面に刺さっていた。

「……参りました」

アリシアは息を整えながらも、悔しさを滲ませるより先に、潔く敗北を認めた。その瞳には、敗れたことへの悔しさよりも、学ぶことのできた喜びと、さらなる高みを目指す強い意志が宿っていた。

「アリシア!」

 白い顔で固唾を呑んで二人の様子を見守っていたジュリウスが、慌てたように駆けてくる。

「ジュリウス、走ると危ないぞ」

 アリシアのジュリウスを心配する言葉にも構わず、そのまま彼女をぎゅうっと抱きしめ、ジュリウスはヴァイスに逆目を向ける。

「兄様! アリシアになんてことするんですか!」

「え、いや。ただの模擬戦……」

「何がただの模擬戦ですか! 途中楽しくなったのも、アリシアの実力に焦ったのも、怪我をさせても仕方がないと思ったのも、全部! 解ってるんですからね!」

「や、だって模擬戦……」

 アリシアをぎゅうぎゅうと抱きしめ、なおもヴァイスへと言い募っている。ジュリウスとて、いくら刃先を潰した剣とはいえ、怪我をするかもしれないことは理解していた。兄がアリシアの実力に楽しさや焦りを覚えるのも。しかし、それと怪我をさせても仕方がないと思うのは別の話だ。
 怒りに満ちた緑の双眸がヴァイスを睨めつける。

「ふ、ふふ、ふふふふ」

 ジュリウスの腕の中に隠されているアリシアは、たまらずといった様子で笑い声を漏らした。
 困惑した顔で突っ立っているヴァイスも、訓練場で繰り広げられた光景に固まっている周囲の騎士も、皆が黙っている静かな空間で、アリシアの鈴を転がすような笑い声だけが響いていた。

「素晴らしい、令嬢がここまで! それもドレス姿でなんて!」

「あんなジュリウス様、見たことねーぞ」

「そこらの新兵より強いんじゃないか?」

 我に返った騎士達が、口々に感嘆の声を上げ始める。

「ヴァイス様! あのご令嬢は素晴らしいですね! 我々ももっと精進せねばなりません。訓練の量を三倍に増やしましょう!」

 一際大きくラグダン騎士団の副団長が声を上げる。女性と見紛うほどに美しい、金の髪を結わえた副団長は煌めく瞳でそう言う。

「はあ!? マジかよ!」

「勘弁してください、副団長!」

「さすがに三倍は死にますって!」

 抗議の声を上げる騎士達を横目に、副団長は「ん? 足りないか? 四、いや、五倍」などと、聞こえているのか聞こえていないのか分からぬことを言っている。
 阿鼻叫喚の様に、ジュリウスとヴァイスは鳩が豆鉄砲を食ったように口を開けたまま固まり、ジュリウスの腕の中にいるままのアリシアは、更に大きな声で笑い声をあげた。
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