野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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28:主庭は通り道

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 母アンナに屋敷の案内を、長兄ヴァイスに、訓練場へ連れて来るように頼まれたジュリウスは、アリシアを主庭へと案内した。
 ただし、話している内容は、今から厩へ行くという話だ。アリシアに花の話をするより、馬の話をする方が喜んでもらえると判断したのだ。

「今まで厩には近づいていなかったので、詳しくはないんですけど。最近、仔馬が生まれたそうなので、見に行きませんか?」

「い、良いのか!?」

 思わず口調が砕けたアリシアに、ジュリウスは笑みを浮かべる。

「ええ、アリー様は花より馬が良いでしょう?」

「…………アリシア」

「え、その話、まだ続いてたんですか」

「当たり前だ。アリシアが無理なら、アリーでも良い」

 様をつけるなと詰め寄るアリシアに、ジュリウスは狼狽眼うろたえまなこで返すしかできない。

「出来ないと言うのなら、私が声高にあの日の言葉を一言一句違わず言ってみせる。アリシアを馬鹿にするな! 彼女は、誰よりも誠実で、高潔な人なんだ! 彼女の側に居られる僕は……もがっ」

「わか、分かった。分かりましたから」

 周章狼狽しゅうしょうろうばいし、頓狂声を上げたジュリウスは、アリシアの口を塞いだ。

「アリシア、もう行きますよ」

「…………行くよ」

「ま、まだ言うんですか。名前で呼んだんだから良いでしょう?」

 アリシアは不満気な顔を隠さなかったが、渋々と言った様子で頷いた。

「その内敬語もなくさせるから、今は我慢しよう。ジュリウスに、あの言葉は効果があると分かったからな」

「むぅ、それを言うならアリシアだって、私のジュリとか言ってたじゃないですか」

「そうだよ、私のジュリだ。そして、今からは私のジュリウスだな」

 私のだなんて独占欲丸出しの発言だ、きっとアリシアだって恥ずかしがるに違いない。そんな意趣返しのつもりで言ったのに、素直に頷かれ、『私のジュリウス』と花顔かがんを綻ばせるものだから、倍にして返されたようでジュリウスは天を仰ぐしか出来なかった。



「ジュリウス様? どうされました」

 厩にいた男性が、ジュリウスへと声をかけてくる。

「こんにちは、仔馬が生まれたでしょう。見せてもらいに来ました」

「ああ、少々お待ちを」

 厩番が人好きのする笑みを浮かべて馬小屋へと入っていく。連れてこられた仔馬は栗毛で、人懐っこいのか警戒せずにこちらに近寄ってくる。

「わ、わわ」

「可愛らしい子だな」

 馬と触れ合う機会のなかったジュリウスは近寄ってくる仔馬に狼狽え、アリシアは楽しそうにたてがみを撫でた。

「ジュリウス、大丈夫」

「は、はい。わ、さらさらしています」

 恐る恐る仔馬の首筋に触れたジュリウスは、その柔らかい毛並みに驚き、少しずつ警戒を解いていく。仔馬もジュリウスの優しい手に安心したのか、彼の指先に鼻先を擦り寄せた。

「ふふ、馬もジュリウスと仲良くしたいって言ってるな」

 アリシアが微笑むと、ジュリウスは嬉しそうに仔馬の頭を撫でた。その表情には、先ほどまでの狼狽は消え、穏やかな喜びが満ちていた。
 その時、遠くから「はっ!」「やあっ!」という威勢の良い掛け声と、金属がぶつかり合う音が響いてきた。アリシアの視線が、音のする方へと自然と向かう。

(そういえば、ここは訓練場に近かったのか)

 ジュリウスは、ヴァイスからのアイコンタクトを思い出した。図らずも順調に兄の言う通りになっていて、思わず苦笑する。

「アリシア、よければ、あちらの訓練場を観に行きませんか? ちょうど午後の訓練が始まったようですし」

「良いのか!?」

 ジュリウスの提案に煌めいた瞳を見せたアリシアは、はっとして、刹那しゅんと萎れたように肩を落とした。

「でも、ジュリウスは……」

「良いんですよ、僕も見に行ってみたいと思っていたので。あの時のアリシア、すごくかっこよかったので」

 ジュリウスの言葉に、アリシアは嬉しそうに頷いた。
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