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34:追い風
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ジュリウスが馬に乗れるようになってから三年と少しが経った。乗馬や外出も日常的になり、顔色も良くなり笑顔があふれる生活を送っていた。
「ジュリウス! アンドレ医師の許可をもぎ取って来たぞ! 剣を振っていいって!!」
淑女の恥じらいも礼儀もなく、興奮した様子のアリシアは、控えの間の扉を返答も待たずに開ける。家族よりも近い距離になった婚約者に注意もせず、ジュリウスは呆然としてアリシアの発言の意味を噛み砕いていた。
「え?」
「だから、剣を振っていいって!」
「ええええええ!? と、ということはつまり……」
ジュリウスがそこまで言いかけた所で、アンドレが巣から出て来て言った。
「もう、ご自宅へ帰れるということですね」
「ほ、本当に?」
「大変よく頑張りました。ただ、まだまだ完治したとは言い難く、体調が崩しやすいことは変わりませんので、ご自分の体を労りながら訓練してください」
じわりじわりと込み上げて来た感慨に、たまらず、ジュリウスの切れ長の緑の瞳から涙が溢れ出す。
「ぼ、僕が、剣を……?」
「ああ、良かったな。ジュリウスが頑張ったからだぞ」
留まることなく流れ落ちる涙を、アリシアが天色のハンカチで拭う。
「泣いている場合ではありませんよ、ジュリウス様。貴男が目指す未来は、今からが一歩目なのですから」
アンドレもまた、四年という長い月日を思い返すように遠い目をしている。
「この世に医者など不要である方が良いのです、それは誰もが傷つかず、苦しまずに生きられる世界だということだからです。勿論、そんな世界来るはずがないのですけれど……それでも、私はその光景を目指して励んでいきたいと思っています。今日、貴男の新しい未来への旅立ちに立ち会えたということ。心から喜ばしく思います。本当に、よく頑張りましたね」
アンドレのジュリウスへ向けた柔らかな眼差しに、止まりそうになっていた涙がどんどんとハンカチにシミを作っていく。
「ぜ、ぜんぜい。ありがとうございました……っ」
「ふふ、涙でぐしゃぐしゃですね。男前が台無しです。これから先、貴男はラグダンに戻り、私ではないラグダン家所属の医師に診察を受けるようになる。それを悔しく思わないでもありませんが。貴男の未来が輝かしいものであることを、心から祈っています。最後に一つだけ。合言葉は、これまでと変わらず“焦らず、急がずゆっくりと、されど確実に”ですよ」
そう言って微笑んだアンドレは、ジュリウスがラグダン家へ旅立つのを見送ることなく、マクミラン家を後にした。「困った事があったら、なくても、私を呼んでくれると嬉しい」と言葉を残して。
ジュリウスの快気を、マクミラン家もまた、自分の事のように喜んだ。庭師ザックは「次までに巨大迷路に着手しておきます」と土まみれの顔を軍手で拭い、馬丁リックは「アウラが拗ねる前に会いに来てやってください」と笑った。アリシアの侍女リンダに至っては「あら、お帰りになられるんですか。おめでとうございます。私の可愛いお嬢様を視界に入れる時間が少なくなるなんて……かわいそうに」とリンダ節を披露していた。
「皆様、本当にお世話になりました」
旅装に身を包んだジュリウスは、ラグダン家の迎えの馬車の前でマクミラン家へ感謝の意を表した。
「まあ、固いわ。ジュリウス君、こういう時は『行ってきます』で良いのよ?」
ジュリウスの態度が不服だと、サリアは頬を膨らませて態度で示した。
「ふふ、そうですね。サリア義母様、行ってきます」
「行ってらっしゃい、ジュリウス君」
「ジーク義父様、行ってきます」
「ジュリウス、今度ラグダンへ遊びに行くな。一緒に訓練をしよう」
「「アリシア!!」」
お転婆な娘を嗜めるようにマクミラン夫婦は声を上げる。いつも通りの家族に、ジュリウスは笑いを抑えられなかった。
「ふふ、ふふふ。黙っていればいいのに」
「いいんだ、私がしたいと思っている事だからな」
そこまで言って、アリシアはもじもじと所在なさげにした。
「……ジュリウス、これも持って帰ってくれ」
綺麗な包装紙に包まれた小箱をジュリウスに手渡す。ふわりと、風がジュリウスのもとへとネロリの香りを運んでくる。
「これは?」
「雑貨屋で見かけた猫のペーパーウェイトだ。私たちが喧嘩をした原因の白猫にそっくりだろう?」
「ああ、あの時の。ありがとう、大事にするね」
帰ったら手紙を書くと残して、ジュリウスはマクミラン家を後にした。
「ジュリウス! アンドレ医師の許可をもぎ取って来たぞ! 剣を振っていいって!!」
淑女の恥じらいも礼儀もなく、興奮した様子のアリシアは、控えの間の扉を返答も待たずに開ける。家族よりも近い距離になった婚約者に注意もせず、ジュリウスは呆然としてアリシアの発言の意味を噛み砕いていた。
「え?」
「だから、剣を振っていいって!」
「ええええええ!? と、ということはつまり……」
ジュリウスがそこまで言いかけた所で、アンドレが巣から出て来て言った。
「もう、ご自宅へ帰れるということですね」
「ほ、本当に?」
「大変よく頑張りました。ただ、まだまだ完治したとは言い難く、体調が崩しやすいことは変わりませんので、ご自分の体を労りながら訓練してください」
じわりじわりと込み上げて来た感慨に、たまらず、ジュリウスの切れ長の緑の瞳から涙が溢れ出す。
「ぼ、僕が、剣を……?」
「ああ、良かったな。ジュリウスが頑張ったからだぞ」
留まることなく流れ落ちる涙を、アリシアが天色のハンカチで拭う。
「泣いている場合ではありませんよ、ジュリウス様。貴男が目指す未来は、今からが一歩目なのですから」
アンドレもまた、四年という長い月日を思い返すように遠い目をしている。
「この世に医者など不要である方が良いのです、それは誰もが傷つかず、苦しまずに生きられる世界だということだからです。勿論、そんな世界来るはずがないのですけれど……それでも、私はその光景を目指して励んでいきたいと思っています。今日、貴男の新しい未来への旅立ちに立ち会えたということ。心から喜ばしく思います。本当に、よく頑張りましたね」
アンドレのジュリウスへ向けた柔らかな眼差しに、止まりそうになっていた涙がどんどんとハンカチにシミを作っていく。
「ぜ、ぜんぜい。ありがとうございました……っ」
「ふふ、涙でぐしゃぐしゃですね。男前が台無しです。これから先、貴男はラグダンに戻り、私ではないラグダン家所属の医師に診察を受けるようになる。それを悔しく思わないでもありませんが。貴男の未来が輝かしいものであることを、心から祈っています。最後に一つだけ。合言葉は、これまでと変わらず“焦らず、急がずゆっくりと、されど確実に”ですよ」
そう言って微笑んだアンドレは、ジュリウスがラグダン家へ旅立つのを見送ることなく、マクミラン家を後にした。「困った事があったら、なくても、私を呼んでくれると嬉しい」と言葉を残して。
ジュリウスの快気を、マクミラン家もまた、自分の事のように喜んだ。庭師ザックは「次までに巨大迷路に着手しておきます」と土まみれの顔を軍手で拭い、馬丁リックは「アウラが拗ねる前に会いに来てやってください」と笑った。アリシアの侍女リンダに至っては「あら、お帰りになられるんですか。おめでとうございます。私の可愛いお嬢様を視界に入れる時間が少なくなるなんて……かわいそうに」とリンダ節を披露していた。
「皆様、本当にお世話になりました」
旅装に身を包んだジュリウスは、ラグダン家の迎えの馬車の前でマクミラン家へ感謝の意を表した。
「まあ、固いわ。ジュリウス君、こういう時は『行ってきます』で良いのよ?」
ジュリウスの態度が不服だと、サリアは頬を膨らませて態度で示した。
「ふふ、そうですね。サリア義母様、行ってきます」
「行ってらっしゃい、ジュリウス君」
「ジーク義父様、行ってきます」
「ジュリウス、今度ラグダンへ遊びに行くな。一緒に訓練をしよう」
「「アリシア!!」」
お転婆な娘を嗜めるようにマクミラン夫婦は声を上げる。いつも通りの家族に、ジュリウスは笑いを抑えられなかった。
「ふふ、ふふふ。黙っていればいいのに」
「いいんだ、私がしたいと思っている事だからな」
そこまで言って、アリシアはもじもじと所在なさげにした。
「……ジュリウス、これも持って帰ってくれ」
綺麗な包装紙に包まれた小箱をジュリウスに手渡す。ふわりと、風がジュリウスのもとへとネロリの香りを運んでくる。
「これは?」
「雑貨屋で見かけた猫のペーパーウェイトだ。私たちが喧嘩をした原因の白猫にそっくりだろう?」
「ああ、あの時の。ありがとう、大事にするね」
帰ったら手紙を書くと残して、ジュリウスはマクミラン家を後にした。
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