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33:乗馬の練習
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「ジュリウス、アンドレ医師の許可をもぎ取って来たぞ」
「へ? アリシア? 控えの間に居るんですか?」
コンコンと控えの間の扉が叩かれる音と共に、アリシアの声が聞こえたジュリウスは不思議そうに声のする方に視線をやるが、扉が開く気配がない。
「アリシア嬢、それでは、ジュリウス様には何を言っているのか伝わっていませんよ」
マクミラン家に来た時よりも、いっそう足の踏み場が無くなったアンドレの巣から、呆れたようなアンドレの声が聞こえ、破顔したアリシアが現れる。
「ああ、すまない。乗馬を習っても良いと許可が出たんだ。まだ剣を振る許可は出なかったが、その内もぎ取ってみせるからな」
まずは乗馬に行こうとアリシアは雀躍とする。アリシアに手を引かれて、厩へと向かった。
「アウラには乗った事があるから、初めての馬よりも怖くはないだろう? まずはアウラに一人で乗る練習をして、それから私と一緒に相乗りしよう。で、アウラに一人で乗れるようになったら、ジュリウスの愛馬を探そうか」
始めのうちは気性の穏やかな子が良いんじゃないかとか、いや、結局馬に好かれるかどうかだからなとか言っているうちに厩へと辿り着く。
「リック、アウラはいるか?」
「おや、お嬢様。デートですか?」
「残念ながら違う。アンドレ医師から、ジュリウスの乗馬許可が出たから練習に来たんだ。準備を頼む」
「おや、おめでとうございます。では、アウラを連れて来ます」
リックがアウラを迎えに厩へと入っていった。
「アウラは訓練されているから大丈夫だが、馬を驚かせないように急な動きや大きな音をたてたり、馬の後ろに近づかないようにするといい。あと、馬は人の感情に敏感だから、怖いと思わずに、俺の言うことを聞け、くらいの気持ちで行くといいぞ」
「……分かりました」
ジュリウスが緊張した面持ちでアウラを待っていると、リックがアウラを連れて来る。
「アウラ、こんにちは」
ジュリウスは緊張でこわばった顔で、おずおずとアウラに近づいた。アウラは大きな栗色の瞳をジュリウスに向け、優しく鼻を鳴らす。ジュリウスが震える手でそっと首筋を撫でると、アウラは気持ちよさそうに目を細めた。
「優しい子だろう? さあ、乗ってみるか。まずは私がやってみるから、見ているといい」
そう言ってアリシアはアウラの左側に立つ。
「馬の左側に立ち、左手で手綱と鬣を掴んで左足を鐙にかける。ここからが少し難しいぞ。右足で地面を蹴って、鞍の後橋を持って体を持ち上げながら前橋に手を移して静かに座るんだ」
ゆっくりとした動作でアウラの上に座る。
「まあ、慣れるまでに時間がかかるだろうから、今日はリックに手伝ってもらいながら行くか。アウラ、動くなよ」
アリシアが手綱を取り、ジュリウスが馬に乗りやすいように支える。ジュリウスはリックに手助けしてもらいながら、ゆっくりと鞍に跨った。いつもより高い視界に、ジュリウスは思わず息を呑む。アウラの温かさがじんわりと体に伝わり、その大きな存在感に改めて圧倒された。
アリシアは流れるようにジュリウスの後ろへと座る。ふわりと、風に乗ってネロリの香りが鼻孔をくすぐった。
自分と同じ匂いのはずなのに、どこか違う香りがして、ジュリウスは馬上にいる恐怖心とは別に胸が早鐘を打った。
「しっかり掴まっていろよ。リック、まずはゆっくり歩いてくれ」
アリシアの指示に、リックがアウラの手綱を引いて厩の周りをゆっくりと歩き始めた。ガタン、ガタンと鞍が揺れるたび、ジュリウスの体が不自然に跳ねる。
「怖がっては駄目だ。背筋を伸ばして、目線は前。力を抜いて馬の動きに合わせてくれ。馬とジュリウスなのではない、馬とジュリウスが一体になったつもりで」
アリシアが隣で的確な指示を飛ばすが、ジュリウスは全身に力が入ってしまい、なかなか体が思うように動かせない。背筋を伸ばし、必死にバランスを取ろうとすればするほど、体が硬くなってしまう。
「む、難しいです……」
額にうっすらと汗がにじみ、顔が引き攣っているのが分かった。しかし、アウラはジュリウスの不慣れな動きにも動じることなく、ただ黙々と歩き続ける。その穏やかさに、ジュリウスは少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
「そうだな。でも、慣れれば風を切るのが気持ちいいぞ。大丈夫、最初から完璧にできる奴なんていない。少しずつでいい」
アリシアの励ましの言葉に、ジュリウスは頷いた。彼はアウラの背中に伝わる温もりを感じながら、ゆっくりと、しかし確実に、新しい感覚を体へと馴染ませていこうと決意した。
◇ ◇ ◇
ジュリウスの乗馬練習は、何日も続いた。最初は硬かった体も、アウラの規則的な揺れに次第に馴染んでいく。重心の取り方や手綱の握り方も、アリシアやリックの指導のもと、少しずつ様になってきた。馬の背に座ることに恐怖よりも、心地よさを感じる瞬間が増えてきた頃、ジュリウスは思い切ってアウラの首を軽く叩き、言葉をかけた。
「アウラ、ありがとう。君のおかげで、怖くなくなってきたよ」
アウラは優しい声で「ヒヒン」と鳴き、満足そうに耳を揺らす。ジュリウスの顔には、もう以前のような引き攣った表情はなく、健康的な笑顔が浮かんでいた。
「良いぞ、ジュリウス。随分と慣れてきたな」
アリシアが拍手を送り、馬上のジュリウスを見上げた。
「そろそろ、私とあの時の森まで行ってみないか?」
ジュリウスは一瞬ためらったが、すぐに頷いた。
「はい、お願いします!」
「なら、他の馬を連れてこよう。ジュリウスはアウラに乗っていると良い」
そう言うアリシアに、自分以外に乗るのかとアウラが鼻を鳴らす。
「なんだ、妬いてるのかアウラ。ジュリウスは私の大事な人だ、お前以外に彼を任せるわけにはいかないんだよ」
「アウラが適任なんだ、解ってくれ」とアリシアは言う。アウラに語り掛けるアリシアの声は全てジュリウスにまで届いていて、聞こえていないふりをしたジュリウスは、体温が上がっていくのを必死に隠すのだった。
リックが別の馬を連れて来ると、アリシアはそれに丁寧に乗り込んだ。
「では、リック。行ってくる」
「はーい、いってらっしゃい!」
リックが笑って見送る中、二人は厩を後にし、マクミラン家の広大な敷地を抜けて森へと続く道へと進んだ。馬蹄が土を軽く蹴るたび、蹄鉄が陽光をきらめかせ、草原の風が頬を撫でる。
「視線が高くて、気持ちいいですね!」
あの日はアウラの上でアリシアと密着していたせいで、しばらく景色に集中できなかったが、今日は初めから辺りを見ることに集中できる。
ゆっくりだが、一人で馬に乗って進んでいる事に、ジュリウスは感動を覚えていた。
「湖に付いたら、アウラに乗って二人で駈足で走ってみないか?」
「駈足?」
「ああ。常歩、速足、駈足と速度が上がっていくんだが、馬が普通に走っていて一番早い速度の事だ。まあ、さらに上の、馬が全速力で走る速度もあるが。以前よりも馬になれただろう? 今度行くときは、もう少し早く走ろうと言ったじゃないか」
風を切っていく爽快感が味わえるぞと、楽しそうな顔をする。
「はい、乗せてください」
少し怖いが、アリシアと一緒なら大丈夫だろうと、ジュリウスは頷いた。ゆっくりとした速度で湖へと辿り着いた二人は、少しのティータイムを挟んだ後、約束通りアウラに乗って風を切って走ったのだった。
景色が瞬く間に変わっていき、頬を強い風が叩いていく。怖いかと思っていたが、あの日、アウラに乗って風のように駆けて行ったアリシアを思い出してどこか楽しい気持ちになった。
(もっと上手になって、僕一人で乗れるようになろう)
ジュリウスはそんなことを思い、天色の空を見上げて小さく息を溢した。
「へ? アリシア? 控えの間に居るんですか?」
コンコンと控えの間の扉が叩かれる音と共に、アリシアの声が聞こえたジュリウスは不思議そうに声のする方に視線をやるが、扉が開く気配がない。
「アリシア嬢、それでは、ジュリウス様には何を言っているのか伝わっていませんよ」
マクミラン家に来た時よりも、いっそう足の踏み場が無くなったアンドレの巣から、呆れたようなアンドレの声が聞こえ、破顔したアリシアが現れる。
「ああ、すまない。乗馬を習っても良いと許可が出たんだ。まだ剣を振る許可は出なかったが、その内もぎ取ってみせるからな」
まずは乗馬に行こうとアリシアは雀躍とする。アリシアに手を引かれて、厩へと向かった。
「アウラには乗った事があるから、初めての馬よりも怖くはないだろう? まずはアウラに一人で乗る練習をして、それから私と一緒に相乗りしよう。で、アウラに一人で乗れるようになったら、ジュリウスの愛馬を探そうか」
始めのうちは気性の穏やかな子が良いんじゃないかとか、いや、結局馬に好かれるかどうかだからなとか言っているうちに厩へと辿り着く。
「リック、アウラはいるか?」
「おや、お嬢様。デートですか?」
「残念ながら違う。アンドレ医師から、ジュリウスの乗馬許可が出たから練習に来たんだ。準備を頼む」
「おや、おめでとうございます。では、アウラを連れて来ます」
リックがアウラを迎えに厩へと入っていった。
「アウラは訓練されているから大丈夫だが、馬を驚かせないように急な動きや大きな音をたてたり、馬の後ろに近づかないようにするといい。あと、馬は人の感情に敏感だから、怖いと思わずに、俺の言うことを聞け、くらいの気持ちで行くといいぞ」
「……分かりました」
ジュリウスが緊張した面持ちでアウラを待っていると、リックがアウラを連れて来る。
「アウラ、こんにちは」
ジュリウスは緊張でこわばった顔で、おずおずとアウラに近づいた。アウラは大きな栗色の瞳をジュリウスに向け、優しく鼻を鳴らす。ジュリウスが震える手でそっと首筋を撫でると、アウラは気持ちよさそうに目を細めた。
「優しい子だろう? さあ、乗ってみるか。まずは私がやってみるから、見ているといい」
そう言ってアリシアはアウラの左側に立つ。
「馬の左側に立ち、左手で手綱と鬣を掴んで左足を鐙にかける。ここからが少し難しいぞ。右足で地面を蹴って、鞍の後橋を持って体を持ち上げながら前橋に手を移して静かに座るんだ」
ゆっくりとした動作でアウラの上に座る。
「まあ、慣れるまでに時間がかかるだろうから、今日はリックに手伝ってもらいながら行くか。アウラ、動くなよ」
アリシアが手綱を取り、ジュリウスが馬に乗りやすいように支える。ジュリウスはリックに手助けしてもらいながら、ゆっくりと鞍に跨った。いつもより高い視界に、ジュリウスは思わず息を呑む。アウラの温かさがじんわりと体に伝わり、その大きな存在感に改めて圧倒された。
アリシアは流れるようにジュリウスの後ろへと座る。ふわりと、風に乗ってネロリの香りが鼻孔をくすぐった。
自分と同じ匂いのはずなのに、どこか違う香りがして、ジュリウスは馬上にいる恐怖心とは別に胸が早鐘を打った。
「しっかり掴まっていろよ。リック、まずはゆっくり歩いてくれ」
アリシアの指示に、リックがアウラの手綱を引いて厩の周りをゆっくりと歩き始めた。ガタン、ガタンと鞍が揺れるたび、ジュリウスの体が不自然に跳ねる。
「怖がっては駄目だ。背筋を伸ばして、目線は前。力を抜いて馬の動きに合わせてくれ。馬とジュリウスなのではない、馬とジュリウスが一体になったつもりで」
アリシアが隣で的確な指示を飛ばすが、ジュリウスは全身に力が入ってしまい、なかなか体が思うように動かせない。背筋を伸ばし、必死にバランスを取ろうとすればするほど、体が硬くなってしまう。
「む、難しいです……」
額にうっすらと汗がにじみ、顔が引き攣っているのが分かった。しかし、アウラはジュリウスの不慣れな動きにも動じることなく、ただ黙々と歩き続ける。その穏やかさに、ジュリウスは少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
「そうだな。でも、慣れれば風を切るのが気持ちいいぞ。大丈夫、最初から完璧にできる奴なんていない。少しずつでいい」
アリシアの励ましの言葉に、ジュリウスは頷いた。彼はアウラの背中に伝わる温もりを感じながら、ゆっくりと、しかし確実に、新しい感覚を体へと馴染ませていこうと決意した。
◇ ◇ ◇
ジュリウスの乗馬練習は、何日も続いた。最初は硬かった体も、アウラの規則的な揺れに次第に馴染んでいく。重心の取り方や手綱の握り方も、アリシアやリックの指導のもと、少しずつ様になってきた。馬の背に座ることに恐怖よりも、心地よさを感じる瞬間が増えてきた頃、ジュリウスは思い切ってアウラの首を軽く叩き、言葉をかけた。
「アウラ、ありがとう。君のおかげで、怖くなくなってきたよ」
アウラは優しい声で「ヒヒン」と鳴き、満足そうに耳を揺らす。ジュリウスの顔には、もう以前のような引き攣った表情はなく、健康的な笑顔が浮かんでいた。
「良いぞ、ジュリウス。随分と慣れてきたな」
アリシアが拍手を送り、馬上のジュリウスを見上げた。
「そろそろ、私とあの時の森まで行ってみないか?」
ジュリウスは一瞬ためらったが、すぐに頷いた。
「はい、お願いします!」
「なら、他の馬を連れてこよう。ジュリウスはアウラに乗っていると良い」
そう言うアリシアに、自分以外に乗るのかとアウラが鼻を鳴らす。
「なんだ、妬いてるのかアウラ。ジュリウスは私の大事な人だ、お前以外に彼を任せるわけにはいかないんだよ」
「アウラが適任なんだ、解ってくれ」とアリシアは言う。アウラに語り掛けるアリシアの声は全てジュリウスにまで届いていて、聞こえていないふりをしたジュリウスは、体温が上がっていくのを必死に隠すのだった。
リックが別の馬を連れて来ると、アリシアはそれに丁寧に乗り込んだ。
「では、リック。行ってくる」
「はーい、いってらっしゃい!」
リックが笑って見送る中、二人は厩を後にし、マクミラン家の広大な敷地を抜けて森へと続く道へと進んだ。馬蹄が土を軽く蹴るたび、蹄鉄が陽光をきらめかせ、草原の風が頬を撫でる。
「視線が高くて、気持ちいいですね!」
あの日はアウラの上でアリシアと密着していたせいで、しばらく景色に集中できなかったが、今日は初めから辺りを見ることに集中できる。
ゆっくりだが、一人で馬に乗って進んでいる事に、ジュリウスは感動を覚えていた。
「湖に付いたら、アウラに乗って二人で駈足で走ってみないか?」
「駈足?」
「ああ。常歩、速足、駈足と速度が上がっていくんだが、馬が普通に走っていて一番早い速度の事だ。まあ、さらに上の、馬が全速力で走る速度もあるが。以前よりも馬になれただろう? 今度行くときは、もう少し早く走ろうと言ったじゃないか」
風を切っていく爽快感が味わえるぞと、楽しそうな顔をする。
「はい、乗せてください」
少し怖いが、アリシアと一緒なら大丈夫だろうと、ジュリウスは頷いた。ゆっくりとした速度で湖へと辿り着いた二人は、少しのティータイムを挟んだ後、約束通りアウラに乗って風を切って走ったのだった。
景色が瞬く間に変わっていき、頬を強い風が叩いていく。怖いかと思っていたが、あの日、アウラに乗って風のように駆けて行ったアリシアを思い出してどこか楽しい気持ちになった。
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