野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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39:星祭り

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「ジュリウス、星祭りに行きませんか?」

「星祭りって、あの?」

 アリシアは、マクミラン家へ遊びに来ていたジュリウスを誘う。誘われたジュリウスは眉を寄せ、アリシアを見つめた。

「良いの? 星祭りって、アリシアが五歳の時の……」

 口籠るジュリウスに、アリシアは頷く。

「ええ、大丈夫。一緒に星祭りに行きたいの」

 アリシアにとって、星祭りはおろか、自身の誕生日ですら好ましい物ではない。冬という季節そのものが、五歳の時誘拐されたあの日が心底から湧き上がってくるのを感じるからだ。
 しかし、そんなアリシアの心情を理解し、心配してくれるジュリウスとなら、祭りも楽しめるような気がするのだ。

「そう、なら行こうか。それよりも、その口調はどうしたの?」

 今までとは違う様子を不思議に思ったジュリウスが尋ねる。

「変ですか?」

「変じゃないけど、どうしたのかと思って」

「私が、女性らしい言動が出来ないと、ジュリウスが馬鹿にされることになるでしょう?」

 自分がはしたない、お転婆だと罵られるのはかまわないが、自分の言動でジュリウスが馬鹿にされるのが解ってしまった。
 乗馬をするのも剣を振るのも諦められないが、ドレスを着たり刺繍をしたり、女性らしい事を頑張る事は出来る。
 そう伝えると、ジュリウスは欣幸きんこうし、アリシアの頬にキスをした。

「ありがとう、アリシアがそう言ってくれて嬉しい。ドレスを着たり、刺繍が上手に出来るのは、アリシアのために良いと思う。でも、僕は、アリシアはそのままで素敵だと思うよ? アリシアは、公の場ではきちんと振る舞えているんだから、僕と一緒の時だけでも、そのままの口調で良いんじゃないかな」

「…………わかった」

 あまり納得した様子の無いアリシアに思わず笑い、ジュリウスはもう一つアリシアに唇を寄せた。

◇ ◇ ◇

 雪が辺り一面を覆いつくす厳しい時期に、星祭りは開催される。当初、実りある秋を迎えられた感謝と、冬の厳しい季節を乗り越えられなかった先祖への鎮魂を兼ねて始められた儀式は、いつしか形を変えて星祭りへと変わった。
 今はもう始まりの名残はなく、月が空に姿を現すころ、広場に設置された屋台で好きな物を飲み食いし、願いが込められたランタンを空へと飛ばす行事へと変化している。

「相変わらず、人が多いですね」

 空が茜色に染まりだしたころ、二人は祭り会場へと訪れた。
 令嬢らしく喋っているのを聞いたジュリウスは、アリシアの耳元に口を近寄せる。

「いつも通り喋らないの?」

「……だって、人前だから。いつも通りなのはジュリウスと二人の時だけだって」

 そう言ったじゃないと言うアリシアに、ジュリウスは思わず唇を寄せそうになって、すんでの所で我に返る。
 別に二人きりの時以外は女性らしく喋れといった意図はなく、自分と一緒にいる時は肩の力を抜いたらどうかと提案しただけなのだ。

(そうかぁ、二人きりの時だけかぁ)

 あまりの可愛らしさにジュリウスは天を仰いで、一つ咳ばらいをする。

「そうだね、二人っきりの時だけだね。アリシア、はぐれるといけないから、僕と手を繋ごうか」

「ええ、ジュリウスがはぐれるといけないからね」

 手を繋いだ二人は、会場の中を歩き始める。沢山の屋台が立ち並んでおり、木彫りの人形に串焼き、願いが叶うブレスレットなんて物もあるようだった。
 全体的に、星や月をかたどった物が多く並んでいるようだ。星祭りに合わせているのだろう。

「あ、アリシア。流れ星を売ってるって」

 ジュリウスの指さした方には小さな屋台があり、小瓶の中には、白や水色、青といった寒色の星を模した砂糖菓子が入っていた。

「可愛らしいわ」

「だね、一つ買ってみよう」

 店主から砂糖菓子を購入すると、小瓶から一粒ずつ取り出して口に含んだ。

「甘いね、口の中で星が溶けていく」

「私には……甘すぎるけれど」

「そうだね、アリシアには甘いだろうね。小さいから、紅茶に入れて溶かしたら気にならずに飲めるかも」

「そこまでしなくても良いわ、ジュリウスが食べて」

「そうなんだけど、僕もアリシアと一緒に星を食べたいよ。星をモチーフにした何かなら作れるかな? 季節は早いけど、星型に切った果物を入れたゼリーを作るとか……青い飲み物はないよね。ぶどうで代用できるかな? 夜になりかけている夕方の空みたいな感じで……」

 真剣に考え始めたジュリウスの手を引いて、二人はその後も屋台を見てまわった。
 次に二人が足を止めたのは、繊細な細工が施された品を扱う屋台だった。煌めくガラス細工や、色とりどりの布製品が並ぶ中、ジュリウスは星の装飾が施された小さなオルゴールを手に取る。蓋を開けると、澄んだ音色が広がり、中には小さなアクセサリーが入れられるようになっている。

「アリシアにどうかな? アクセサリーも入れられるみたいだよ」

「ジュリウスも一緒に買う?」

「そうだね。タイピンや、タイリングを入れるのに使おうかな」

 そう言って、二人は揃いのオルゴールを購入する。
 それからも二人は色々な出店を見て回った。茜色の空は深い青へと変わり、星が瞬き始めていた。
 もうすぐランタンを上げる時間が近づいている。会場の熱気は最高潮に達しており、屋台の呼び込みや人々の笑い声が、周囲に響き渡っていた。

「今年は例年以上の人の多さですね。お二人ともはぐれないように気を付けてください」

 護衛の一人が、なるべく二人でいるようにと忠告し、頷いたジュリウスはアリシアの手を握りなおした。

「あ、ホットジュースの店があるよ。体も冷えてきたし、買いに行ってこようか」

 もう少し見て回ってからランタンを受け取りに行こうと、二人は屋台を楽しんでいたが、太陽が完全に沈んだ会場では、人が多いといえど、冬の厳しい風が二人を叩き、体は冷え込んでいた。
 目についたホットワインとジュースの屋台に気が付いたジュリウスはそう提案した。

「ええ、良いわね」

「じゃあ、僕が買って来るよ。アリシアは、あそこの壁まで寄って待ってて」

 そう言うと、屋台へと去って行くジュリウスを見送ったアリシアは、言われた通り、人混みを避けて壁際に寄った。周囲は相変わらず喧騒に満ち、笑い声や怒鳴り声が入り混じっている。

「ママぁー!」

「え?」

 母親とはぐれたらしい少女が、女性騎士の騎士服の裾を握っている。母親ではないと気が付いた少女は、さらに大きな声で母を呼んでいる。

「ママ! どこにいるのー!!」

「ここでジュリウスを待っているだけだから、母親を探してきてあげていいわよ」

「しかし……」

「他にも護衛は居るから大丈夫よ。困っている人を助けるのも、騎士の仕事でしょう」

 そう言うと、女性騎士はすぐに帰ってくるとその場を離れた。

「あ? なんだとてめえ、やんのか!」

「そっちこそ!」

 護衛の騎士たちは、少し離れたところで周囲を警戒していたが、その視線は、近くで起こり始めた小さな小競り合いに引きつけられているようだった。

(人が多いと、どうしてもトラブルは起こるものだよな)

 皆の視線が、アリシアから離れた一瞬、背後から鼻腔をツンと刺すような甘い匂いがして、布のようなもので口元を覆われる。

「ん、んん!」

 吸い込んではいけないと頭では理解しても、呼吸を止めることができない。抗おうと腕を上げようとするが、急速に力が抜け、星祭りの灯りがぼやけて揺れる。周囲の喧騒が遠のいていくのが分かった。アリシアの意識は、夜天光へと溶けていった。
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