野蛮令嬢は貧弱令息に恋をする

雨夜りょう

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43:バッカス家の困窮

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(また、食事の質が下がってしまった)

 マクミラン家からの圧力がひっそりと開始されてからというもの、バッカス家の食事情は悪化の一途を辿っていた。
 柔らかな白パンの質が低下したことから始まり、肉が硬くなり、スープに入っている野菜の量が減り、全体的に味付けが薄くなっていった。もともとそれほど良いとは言えない食事が、段々と平民のそれへと近づいていっている。

「不味いわ」

 向かいでは不満気な顔でミリアが食事をしている。どうしてこうなったのかは、コーザもうっすらと分かっていた。アリシアが救出され、ゴロツキからバッカス家の名前が出たのだろう。ヘンティーの言う通りにしたというのに、どうしてこのような事になったのだろう。

「お父様、どうしてこんなに貧相な料理しか出てこないの!?」

 コーザは、苛立ちを露わにする愛娘に、アリシアの誘拐に失敗したからだよとも、そもそも事の発端は侯爵令嬢の婚約者をお前が欲しがったからだよとも言えなかった。
 「すまない」とだけ呟き、もそもそと口を動かしながら食事を終え、執務室へ向かう。

「ご報告申し上げます、男爵様」

 執務室の扉をノックし、家令が硬い表情で入室してきた。彼の手に握られた帳簿は、コーザの心をさらに重くする。

「ああ、いい、分かっている。また、芳しくないのだろう」

 コーザは気だるげに手で制したが、家令は眉一つ動かさず、淡々と事実を告げた。

「はい。マクミラン侯爵家からの直接的な通達こそございませんが、彼らと取引のあった商家が、次々と我が家との契約を見合わせ始めております。特に、これまで主力であった食料品や織物、鉱物の流通が滞り、既に今月の税収は例年の三割減となる見込みです。このままでは、冬を越すための備蓄にも支障が出るかと……」

 家令の言葉は、まるで冷たい水を浴びせられたように、コーザの背筋を凍らせた。三割減。それは、家を維持するための最低限の予算すら危うくなる数字だ。

「領民の動きも芳しくありません。新たな事業を立ち上げようにも、資金繰りが厳しく、働き口を求めて他領へ移住する者が増えております。このままでは、領地の活気が失われ、税収の回復も見込めません」

 領民が減少していけば、将来的に領地を回していけなくなる。そうなれば爵位も……
 コーザに鎌首が添えられているような気がして、ぞわりと寒気が駆け巡った。

(どうして、こんな事に……!)

 椅子に深く沈み込んだコーザは、天を仰ぎ呻いた。ミリアの望みを叶えるために、ヘンティーの言う通りにしたはずなのに。それがどうしてこのような窮状に陥っているのか。
 あの誘拐が上手くいっていれば、いや、ゴロツキではなく傭兵を雇っていれば。しかし、いま嘆いていても詮無いことだ。これからどうするべきだろうか。
 ヘンティーを頼る事にしようと、コーザは手紙をしたためた。

◇ ◇ ◇

 コーザから手紙が届いたヘンティーは、面倒だと思いながらバッカス家にやって来た。ヘンティーにとって、コーザの家がどうなろうとどうでも良い話なのだ。
 しかし、デポット家の事を話されてはたまらないと、コーザのいる執務室の扉を叩いた。ヘンティーが自宅へコーザを招いていれば、デポット家は安全でいられたかもしれない。間者だらけのバッカス家に足を踏み入れる選択を取ったのは、ヘンティーの悪手であった。

「コーザ」

「ヘンティー! 来てくれたのか!」

「ああ、どうなってる」

 コーザはヘンティーに現状を話して聞かせた。

「どうして、こんな事になったんだ! ヘンティー、私はどうすれば良い……」

「落ち着けコーザ、私が一緒に考えてやるから。まずは領民の流出を防ぐ必要があるな。私が資金の提供をしてやるから、それで小麦の提供やスープなんかの無料配給をしよう。そうすれば、領民たちも出て行くのを考えるだろう。あとは、バッカス領に来てくれる商家だな。少々癖の強い男だが、隣国を拠点にしている商人がいる。その男を紹介しよう」

「あ、ありがとう」

 幼馴染が自分を助けようとしてくれることに、コーザは深謝した。もっとも、ヘンティーの方は、まだ没落していない以上バッカス家には利用価値があり、その為に恩を売っているだけだ。資金提供と商人の紹介をしてコーザに恩を売り、デポット家へ利益が流れるように計らっている。アリシアは確かに欲しいが、手に入らないのならばそれでもいい。問題は、コーザがとち狂ってヘンティーの名前を出さないかどうかだけだ。

「ああ、他にバッカス領から主力商品になる物が出るか知者を呼んでみよう。家を上手く回せるように専門家も必要だな。私に伝手がある。君は、ミリアが迷惑をかけたとマクミラン家に謝罪しに行くと良い。そこで上手にマクミラン家を操って、アリシアを誘拐したから圧力をかけているという現状を、ミリアが迷惑をかけたから圧力をかけているって事に挿げ替えてしまえば良い」

「ヘンティ……! ありがとう、本当にありがとう!」

「なに、こうなっている原因の一端は私にもあるからな。大事な幼馴染が苦しんでいるのをただ見ているだけにはいかなかっただけだ」

 そう言ってヘンティーはコーザの背を撫でた。
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