海よりも清澄な青

３人間の彼が会いに来るための術

　｢ちょっと浅慮だったかしら、なんで渡しちゃったんだろう｣

　海に帰った後、リンは男にペンダントを渡してしまった事を後悔していた。
　リンが手渡したペンダントは、幼少期に使っていたものだ。人魚であるリンは、文字通り体の半分が人間で出来ている。生まれて直ぐの人魚は、上半身が人のため上手くエラで息が出来ずに死んでしまう可能性がある。

　そのため両親が付き添い水魔法で空気の膜を作りだし、体が肺呼吸とエラ呼吸が上手に出来るように訓練するのだ。
　リンの母親は魔力が無いため、本来人魚が本能として備わっているはずの水魔法が使えず、父親は兵士のため長時間住処を空けている。そのためリンに空気の膜が作れず死に直面していることを憂いた祖母が、水魔法を入れたペンダントをリンにくれたのだ。

「渡さなければ良かった、良い人そうに見えても人間なのに」

　そのペンダントを彼に渡してしまったという事は、海に潜り続けることが出来るようになったという事だ。
　人魚の住処は浜からは遠く、海の底にあり人間にバレないように幻覚魔法を使った結界を張っている。傍目からはただの海にしか見えず、万が一中に入ってくるようなことがあっても侵入者が居ることはすぐに分かるようになっていた。

　だが、それがペンダントを渡してしまったことの言い訳にはならない。下手をすれば住処が見つかってしまうという事なのだから。リンのしたことは同胞を危険に晒す行為だ。
　自らの浅はかさに頭が痛くなる、後悔も反省もどれほどしても足りない。あの男は海に来ないだろうか、来ないで欲しい。一日中その事が頭を埋め尽くして、とうとうリンは海面へと近づいて行った。

「良かった、誰もいない」

　夕日に照らされた海面には、人っ子一人居なかった。
　リンはほっと息をつくが、ただそれだけだった。今は居ないが、もしかしたらいつか潜ってくるかもしれない。彼ならきっと大丈夫だろうという根拠の無い勘があったが、それでも生粋の人間嫌いがリンを不安にさせた。
　明日も来た方が良いのだろうか。

「来ないで、ペンダントに気付かずに捨てていて」

　人間なんて嫌いだ、大っ嫌いだ。同胞以外に興味のないリンにとって突然現れた、憎しみ以外を感じさせた異物にんげん。
　もし海に潜ってきたら、もし住処が見つかってしまったら。リンには彼を殺す以外の選択肢が無くなってしまう。陸を見つめながら、リンは独り言ちる。

「貴方に会いたくない」

　二度と会わなければ良いのにと言い残して、リンは海へと潜り込んだ。