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42、ヒステリーをおこす孫と、女傑と呼ばれた祖母
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(あーもう、またやった)
目を覚ましたユキは頭に感じた痛みと共に、自分の馬鹿さ加減に顔をしかめる。
身じろぎしたせいでヒルダに気が付いたことがバレたらしい。
上体を起こし辺りを見渡す。使っていない物置部屋なのか雑多に物が置いてあり、埃臭い。
「あら、やっと起きてくれたのね。待ちくたびれたわよ」
「ああ起きたよ。なんでこんな事を?」
首を傾げるユキに、ヒルダは苛立ちを露にした。
「本当に分からないの!?分からないわけないでしょうよ!!」
「私とあんたはこの間初めて会ったばかりじゃないか」
ユキには何故先日知り合っただけの少女から恨みを買っているのかが、まったくもって分からない。
「アレクを、アレクを私から盗ったじゃないの!」
「アレクさんを、私が盗った?アレクさんは宿屋の客なだけじゃないか」
意味が分からない。アレクは宿屋に泊まっている客で、お世話になっている先輩冒険者だ。盗るとはいったい何の話なのだろうか。
頭に疑問符が浮かぶユキの頬を、カッとなったヒルダが叩いてくる。ばちんと良い音が耳元で聞こえた。
「嘘つき!なら、なんでアレクがあんたなんかに優しくしてるのよ!」
「アレクさんは誰にでも優しいじゃないか」
彼女はいったい何を言っているのだろうか。彼が優しいのは今に始まったことではない、それは別にユキだけが特別なわけではない筈だ。
「そんなはずないじゃないの!あんたの事が好きだからアレクは優しくしてるんでしょう!!」
「まさか、アレクさんは私の事を妹かなにかだとしか思ってないよ。彼は優しいから、困っている人をほっておけないだけだ」
ユキは冷静に反論していくが、ヒルダの方は否定された事によりどんどんと逆上していくのが分かる。ここは寄り添った方が良いのかもしれない。
「えーっと、あんたはアレクさんの事が好きなんだね?だから私が気に食わない?」
「そうよ!私はアレクの事が好きなのに、彼の側に居たいのに!」
「諦めなさいよ!別れなさいよー!」と、ヒルダは駄々をこねた子供のようにバンバンとユキを叩き続けた。
ジンジンと赤くなった頬が痛むがここで文句は言うまい、どうにかして彼女に納得してもらう必要がある。
「大丈夫、あんたからアレクさんを取り上げたりしない。私には好きな人がいるからね」
「嘘つきー!!」
落ち着かせようとしたにもかかわらず、嘘つきと叫んだヒルダは力いっぱいユキの体を押した。
こらえきれず後ろに倒れこんだユキの頭が地面にぶつかる。血が出ているのか、たんこぶにでもなっているのかいつもより多く感じる痛みに顔をしかめた。
ヒルダはそんな事には気づかずに、きゃんきゃんとわめき続ける。
「アレクさんと寝た癖に、他の男とも浮気してるくせに!」
もう駄目だ、彼女はまったく人の話を聞いていない。こうなった以上延々とユキに対する不満を喋らせ続けるか、誰か第三者に一喝してもらう以外に方法は無いのかもしれない。
ユキは、ヒルダに気取られないように静かにため息をついた。
◇ ◇ ◇
「旦那様大変です!ヒルダ様が大男に追いかけられていたとの目撃情報が入りました」
「なに!ヒルダが!?すぐに探し出すぞ!」
ジル・サンドリア伯爵はガタリと椅子を鳴らしながら立ち上がる。可愛い娘が誘拐されたかもしれないとあっては、父として居ても立っても居られなかった。
「ジル、煩いよ。静かにおし」
低く深みのある声で、用事の帰りに伯爵家へ寄っていたヒルダの祖母アルシアは待ったをかけた。
「しかし母上、こうしてる間にもヒルダは……」
「煩いよ、黙りな。あたしは二度も言わないよ」
アルシア・サンドリアは若かりし頃、女性の身でありながら騎士として軍隊で隊長として兵士達をまとめ上げた女だ。
男社会の中を生き、女のくせにと口に出る不平不満を実力でねじ伏せて男達の頂点に君臨してきた。
女傑だとか鬼神とさえ呼ばれた彼女に、視線だけで人が殺せるような鋭い眼光と有無を言わせない言葉を投げかけられては、いかに息子といえども伯爵は黙るしかなかった。
(うちのじゃじゃ馬が、そう簡単に誘拐なんぞされるはずないと思うんだけどね)
とはいえ、最悪の事態は想定しなければいけない。
アルシアは、近くに控えていた兵士に索敵のスキルを持った者を配置して捜索部隊を編成するように伝えた。
「さてと、外に行こうかね。ジルおいで」
「は、はい」
探しに行くよと、アルシアは部屋から出て伯爵家の庭に向かう。
「あんた達ちょっとおいで!」
外に出たヒルダはそう叫んでから指笛を鳴らす。
バサバサと音を立て烏が数羽、平行に上げていたアルシアの腕にとまった。
「あんた達、よく聞きな。うちの孫娘が誘拐されたらしいんだよ。金の髪に緑の瞳、きゃんきゃんと甲高い声でわめく聞き分けの無い小娘さね」
噴水広場から少し離れた所に居たらしいとアルシアは伝える。真面目すかした顔で烏に話しかけるものだから、伯爵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「あんた達は他の奴らに訊いて回りながら上から探しておくれ、出来るね?」
そう子供に言って聞かせるように優し気な声色で言うと、羽音を立てて烏達は飛び上がり一鳴きすると伯爵家を去って行った。
「誘拐されてたら仕置き、誘拐してても仕置きだよ。ヒルダ」
烏達が去った空を見つめていた祖母アルシアは、顔を正面に戻し不敵に笑った。
目を覚ましたユキは頭に感じた痛みと共に、自分の馬鹿さ加減に顔をしかめる。
身じろぎしたせいでヒルダに気が付いたことがバレたらしい。
上体を起こし辺りを見渡す。使っていない物置部屋なのか雑多に物が置いてあり、埃臭い。
「あら、やっと起きてくれたのね。待ちくたびれたわよ」
「ああ起きたよ。なんでこんな事を?」
首を傾げるユキに、ヒルダは苛立ちを露にした。
「本当に分からないの!?分からないわけないでしょうよ!!」
「私とあんたはこの間初めて会ったばかりじゃないか」
ユキには何故先日知り合っただけの少女から恨みを買っているのかが、まったくもって分からない。
「アレクを、アレクを私から盗ったじゃないの!」
「アレクさんを、私が盗った?アレクさんは宿屋の客なだけじゃないか」
意味が分からない。アレクは宿屋に泊まっている客で、お世話になっている先輩冒険者だ。盗るとはいったい何の話なのだろうか。
頭に疑問符が浮かぶユキの頬を、カッとなったヒルダが叩いてくる。ばちんと良い音が耳元で聞こえた。
「嘘つき!なら、なんでアレクがあんたなんかに優しくしてるのよ!」
「アレクさんは誰にでも優しいじゃないか」
彼女はいったい何を言っているのだろうか。彼が優しいのは今に始まったことではない、それは別にユキだけが特別なわけではない筈だ。
「そんなはずないじゃないの!あんたの事が好きだからアレクは優しくしてるんでしょう!!」
「まさか、アレクさんは私の事を妹かなにかだとしか思ってないよ。彼は優しいから、困っている人をほっておけないだけだ」
ユキは冷静に反論していくが、ヒルダの方は否定された事によりどんどんと逆上していくのが分かる。ここは寄り添った方が良いのかもしれない。
「えーっと、あんたはアレクさんの事が好きなんだね?だから私が気に食わない?」
「そうよ!私はアレクの事が好きなのに、彼の側に居たいのに!」
「諦めなさいよ!別れなさいよー!」と、ヒルダは駄々をこねた子供のようにバンバンとユキを叩き続けた。
ジンジンと赤くなった頬が痛むがここで文句は言うまい、どうにかして彼女に納得してもらう必要がある。
「大丈夫、あんたからアレクさんを取り上げたりしない。私には好きな人がいるからね」
「嘘つきー!!」
落ち着かせようとしたにもかかわらず、嘘つきと叫んだヒルダは力いっぱいユキの体を押した。
こらえきれず後ろに倒れこんだユキの頭が地面にぶつかる。血が出ているのか、たんこぶにでもなっているのかいつもより多く感じる痛みに顔をしかめた。
ヒルダはそんな事には気づかずに、きゃんきゃんとわめき続ける。
「アレクさんと寝た癖に、他の男とも浮気してるくせに!」
もう駄目だ、彼女はまったく人の話を聞いていない。こうなった以上延々とユキに対する不満を喋らせ続けるか、誰か第三者に一喝してもらう以外に方法は無いのかもしれない。
ユキは、ヒルダに気取られないように静かにため息をついた。
◇ ◇ ◇
「旦那様大変です!ヒルダ様が大男に追いかけられていたとの目撃情報が入りました」
「なに!ヒルダが!?すぐに探し出すぞ!」
ジル・サンドリア伯爵はガタリと椅子を鳴らしながら立ち上がる。可愛い娘が誘拐されたかもしれないとあっては、父として居ても立っても居られなかった。
「ジル、煩いよ。静かにおし」
低く深みのある声で、用事の帰りに伯爵家へ寄っていたヒルダの祖母アルシアは待ったをかけた。
「しかし母上、こうしてる間にもヒルダは……」
「煩いよ、黙りな。あたしは二度も言わないよ」
アルシア・サンドリアは若かりし頃、女性の身でありながら騎士として軍隊で隊長として兵士達をまとめ上げた女だ。
男社会の中を生き、女のくせにと口に出る不平不満を実力でねじ伏せて男達の頂点に君臨してきた。
女傑だとか鬼神とさえ呼ばれた彼女に、視線だけで人が殺せるような鋭い眼光と有無を言わせない言葉を投げかけられては、いかに息子といえども伯爵は黙るしかなかった。
(うちのじゃじゃ馬が、そう簡単に誘拐なんぞされるはずないと思うんだけどね)
とはいえ、最悪の事態は想定しなければいけない。
アルシアは、近くに控えていた兵士に索敵のスキルを持った者を配置して捜索部隊を編成するように伝えた。
「さてと、外に行こうかね。ジルおいで」
「は、はい」
探しに行くよと、アルシアは部屋から出て伯爵家の庭に向かう。
「あんた達ちょっとおいで!」
外に出たヒルダはそう叫んでから指笛を鳴らす。
バサバサと音を立て烏が数羽、平行に上げていたアルシアの腕にとまった。
「あんた達、よく聞きな。うちの孫娘が誘拐されたらしいんだよ。金の髪に緑の瞳、きゃんきゃんと甲高い声でわめく聞き分けの無い小娘さね」
噴水広場から少し離れた所に居たらしいとアルシアは伝える。真面目すかした顔で烏に話しかけるものだから、伯爵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「あんた達は他の奴らに訊いて回りながら上から探しておくれ、出来るね?」
そう子供に言って聞かせるように優し気な声色で言うと、羽音を立てて烏達は飛び上がり一鳴きすると伯爵家を去って行った。
「誘拐されてたら仕置き、誘拐してても仕置きだよ。ヒルダ」
烏達が去った空を見つめていた祖母アルシアは、顔を正面に戻し不敵に笑った。
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