そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

魔獣襲来・前線攻防

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 「盾列、壁になれ! ヴァルランが来る! ロッタ、左から攻撃!」

 左外縁部では第一小隊隊長ガレス・ホルトが角刈りの頭を振り、戦況を確認しながら怒鳴った。

 大きく跳躍したヴァルランが黒い疾風のように盾列の上から襲い掛かる。

 「おう!」

 副長ロッタ・メイエルが小柄な身体をしならせ、ヴァルランの下に潜り込むと、腹を切り開くように剣を閃かせる。

 黒い血が飛び散り、どっと石畳を震わせてヴァルランが倒れ込んだ。

 「次、来るぞ!」



 その反対側、右の外縁部では第二小隊隊長トム・カーヴァーが怒声を上げた。

 「後方、下がるな、列を崩すな! マキ、後方のスレインを抑えろ!」

 大型の走行型の魔獣に振り回されて若手の騎士が隊列を崩していた。その混乱を縫って姿を現したスレインはスライムのように半透明な不定形で、跳ねながら突進してくるため軌道が読みづらい。

 副長マキ・リンデルは静かにうなずくと、一歩で距離を詰め、スレインの喉元を狙って斬り込んだ。

 その動きには焦りも迷いもなかった。異国の血が流れる静謐な青年の一太刀が、崩れた隊列を立て直した。



 ロイは馬上から戦場全体を俯瞰し、次の指示を飛ばす。

 「ヤシュ、右の路地にフェルウルフが三! 背面を断て!」

 無口な第九小隊長ヤシュ・ローレスはうなずくだけで走り出す。

 影のように滑るように駆け、稲妻のような速度で敵を断つ。

 「抜けるなよ! 気張れっ!」

 普段は陽気な副長ユライ・フェントが今は鬼気迫る表情で続き、三体目を仕留めた。



 後方では第五小隊隊長ボル・グレイが義足を鳴らして吠える。

 「負傷者は俺の後ろへ! ネッド、退路を二重に取れ!」

 副長ネッド・バルが馬上で旗を振り、治癒班と搬送路を整える。

 石畳には魔獣に弾き飛ばされたり、角や牙で傷を負った者が続出していたが、一人たりとも取り残されることはなかった。



 「アレク!」

 ロイの呼び声に応じ、第六小隊長アレク・ブラガスが前に出た。浅黒い腕が閃き、鉄槌のような剣が唸りを上げる。

 迫る突撃型ブルガルの角を逸らし、副長マルタ・クレイが冷静に指示する。

 「前列は膝下、二列目は肩口! 交代!」

 土と雷の魔法陣が光り、ブルガルの脚が砕けた。

 止まった瞬間、アレクの剛腕が頭蓋を粉砕する。



 左翼では第八小隊長ゴラン・マクシムがアレク隊に負けじと飛行型のガルヴァと戦っていた。

 「ネリー、存分に暴れていいぞ!」

 小柄だがスタミナモンスターと呼ばれる副長ネリー・シェルブレに檄を飛ばす。

 「余力は残しません! あとはよろしく!」

 副長だが、第八小隊のムードメーカーのネリーは周囲を和ませながら嬉々として剣を振った。


 
 その時、ロイの背後、中央やや後方で布陣していた第三小隊が動いた。

 「右からヴァルラン! 二!」

 第三小隊隊長ハルク・フェリエが熊のような体躯で咆哮した。

 黒い疾風のようなヴァルランが石畳を削りながら突っ込んでくる。

 「構えろ!」

 ハルクが低く構え、遊撃隊前列が左右へ散る。

 ヴァルランが火花を散らしながらエンディに飛びかかった。

 「ぐおおッ!」

 エンディは剣で受け止めるが、押されて後退する。

 「横だ、エンディ!」

 ハルクの声が飛び、エンディは横に転がる。

 すぐさま、ミルゴが剣でヴァルランの足を薙ぎ払った。

 「脚、止めた!」

 たまらず倒れ込んだヴァルランの急所に、ハルクが剣を突き立てる。

 「もう一体!」

 弧を描きながら二体目のヴァルランが近づいていた。隊員たちが左右から挟みこみ、走行空間を奪う。

 軌道が甘くなった瞬間、ハルクが巨体とは思えぬ速度で突っ込んだ。

 バンッ!

 衝突と同時に剣を叩きつけ、ヴァルランを弾き飛ばす。

 その刹那、セルディアスが風のように横から跳び込んだ。

 「沈めッ!」

 青白い剣閃がヴァルランの急所を貫き、魔獣が石畳に崩れ落ちた。

 第三小隊はその動きを止めず、迫る次の敵に向けて陣形を整え直す。その姿はまるで生きた風の群れのようだった。



 王城へ続く橋の手前では、第十小隊長カレン・ノルテが陣を築いていた。

 「盾を上げろ、隊形を保て! ロト、余剰兵は左翼援護!」

 鋭い声が響き、副長ロトが「了解!」と馬を走らせた。

 突然、影が舞い降りる。

 「上だ! ガルヴァだ!」

 老騎士アンドリューが叫ぶと同時に、雷撃が夜空を切り裂く。黒翼の魔獣ガルヴァが炎に包まれて噴水へ墜落した。

 水しぶきと砂塵が舞い、視界が白く霞む。



 「右側、ブルガル!」

 アレクが叫ぶ。

 「第一列、左盾! 第二列、ネッド、ノレトス、雷と土魔法を展開!」

 雷と土の魔法攻撃が巨獣の脳天に直撃し、アレクが跳躍して槍を突き下ろす。

 「これで終わりだ!」

 ブルガルが崩れ落ち、石畳が震えた。

 しかし、ブルガルに跳ね飛ばされた衝撃で第一列の盾が数枚割れた。倒れた騎士の数はすでに十名を超えていた。

 「搬送が追いつかない! 余力のある者は自分で戻ってこい!」

 「魔力切れだ! 回復ポーションはあるか!」

 「右の路地がガラ空きだ!」

 崩れた隊列の“穴”へ、影獣スレインが滑り込み、第三小隊が追うが、追いつかない。

 「正念場だ! 気持ちで負けるな!」

 ロイは歯を食いしばって団員の士気を高める。

 『持ちこたえてくれ! 今冒険者ギルドから光魔法が使える者たちが支援物資を持って向かっている!』

 シーグフリードの言葉に、

 「ボル、安全な場所に負傷者を集めろ。光魔法の者たちが支援物資を持って向かっている」

 ロイが朗報を伝える。

 騎士たちの心に余裕が生まれた時、地鳴りの質が変わった。

 ズシ……ン

 ズシン……

 建物の壁が粉を吹き、屋根瓦が跳ね上がる。

 「……来る。桁が違う奴だ」

 すでに日が落ちて、闇の色が濃くなっていた。

 その中で、まるで山のような影が蠢いた。

 六年前に現れた巨大な魔獣カルバングよりもさらに大きな個体、バルモラン。それも一体だけでなく三体もいる。それが建物ごと飲み込むように前線へ迫ってくる。

 その咆哮だけで、第一騎士団の足元が震えた。

 ロイは剣を握る手に力を込め、喉奥で息を押し殺した。

 バルモラン三体を止めるには、中央前線の二隊だけではなく、第三と第九の遊撃隊も加えての総力戦になるのは必至。それでも人数的には苦しい。

 中央前線のバルモラン以外の魔獣、第一と第二で押さえられなかった魔獣が、王城に向かって進路を取る。

 後方の第十小隊も突破されれば、あとは王城前広場の防衛線のみ。そこも突破されれば王城に魔獣が流れ込む。

 どこで食い止めても、突破されても、かなりの犠牲が出る。
 
 胸の奥が焼けるように痛んだ。

 ロイは短く息を吐き、通信具を手に取る。

 「……こちら第一騎士団団長ロイ。バルモラン三体を前線で確認。これより迎撃に入る。第三、第九小隊は迎撃に参加。第十小隊、そちらに多くの魔獣が向かうはずだ」

 上層部用、第一騎士団用。両方にロイの声が流れる。

 しん、と一瞬だけ戦場が静まる。

 『ロイ。お前一人、いや第一騎士団だけが王都を護るんじゃない。俺たち全員で護るんだ。だから無茶をするな。無駄に命を捨てるな。通すしかない魔獣は通せ。犠牲者を積み上げるな』

 指令部からケイレブの低い声が返ってきた。

 統括騎士団という今までにない騎士団を設置して、そのトップどころか全騎士団のトップに納まった人物に、当初は反感を持つ者が多かった。年配の騎士たちのほとんどがそうだった。

 だが、それを推したのが国王だということ、なにより体裁ではなく国のため、民のため、騎士の誇りをもって動く姿に、いつしか協調する者が反感を持つ者を凌駕するようになった。

 この局面も、今までの騎士団のトップなら、命を顧みず戦えと言うだろう。ロイ自身もそう指示するはずだった。

 だが、ケイレブは、統括騎士団団長は、騎士の命を大事にしろと言う。

 ロイはひとつだけ笑った。それは誰にも気づかれない、小さな笑みだった。

 「……了解。全第一騎士団団員に告ぐ。全力で魔獣に立ち向かえ。だが、無駄に命を散らすな。命を捨てて魔獣を仕留めようとするな。王都は俺たちだけで護るんじゃない。皆で護るんだ」

 ロイは剣を構え直す。

 弱気とすら捉えられかねないロイの言葉だが、逆に全力で王都を護るという気概に満ちていた。

 あちこちから『応!』という声が返って来る。

 いよいよ正念場の時が来た。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます。

 本当の正念場です。あともう少しなのに燃え尽きそうです。灰になりそうです。目の奥が痛いです。



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