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第5部
母様、ハグしてください
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ひとしきりサリアンの胸で泣いたアシェルナオは、あたたかく静かな部屋の空気を感じていた。
それはエルランデル公爵家にいるからこそで、魔獣が侵入している王都は今この時も阿鼻叫喚のさなかにある。
みつは、ひとりで魔獣の群れに立ち向かい、エンロートの西門を守った。
自分はエンゲルブレクトが怖くて、行くことが出来なくて、泣いている。
みつのようには、できなかった。
けれど、自分も愛し子として、やれることをしよう。
それは、行きたいとか、行かなければいけないという使命感ではなかった。
行こう。
不安を吐露して、思い切り泣いたアシェルナオは自然とそう決意していた。
だからと言って、怖い思いが消えたわけではなかったが、不思議と心は静かだった。
「ありがとう、サリー。おかげで気持ちが楽になった」
アシェルナオは顔をあげた。
目元が少し赤くなっているが、すっきりした顔をしていた。
「うん」
「あのね、サリー。一つ、お願いがあるんだ」
「うん?」
首をかしげるサリアンから離れると、
「ここで、母様とアイナとドリーンを護ってほしい。僕は、行く。サリーのおかげで不安は消えたから」
アシェルナオは歩けないながらも、すくっと立ち上がる。
「アシェ……」
「ナオ様、五分だけお待ち下さい」
「テュコ様、ナオ様をこちらに」
パウラが口を開く前に、アイナとドリーンが動き出した。
アシェルナオが「僕も行く」と言うことを、二人は知っていたのだ。
ドリーンはアシェルナオからもらったマジックバッグの中から衝立を二つ用意し、アイナもマジックバッグから衣装の入った箱を取り出してそれぞれの衝立の中に積み重ねる。
「僕、行くよ? 止めても行くよ?」
テュコに抱き上げられて衝立の中に連れてこられたアシェルナオは、困惑げに声をあげた。
「わかっておりますよ」
「お止めしませんよ」
苦笑しながら、アイナとドリーンは手際よくアシェルナオを着替えさせていく。
「止めないの?」
「ナオ様が行くと決められたのなら、私たちはお止めしません」
「私たちの仕事は、ナオ様が行くための準備ですもの」
アシェルナオに着せられたのは、金糸の刺繍のある、膝までの白い上着と、同じく白い細身のボトム。膝まであるしなやかな白銀のロングブーツだった。
そして、精霊の泉を浄化するときにオルドジフから渡された、瘴気を防ぐ魔法陣が施された白いローブ。
「まだですよ?」
そう言うとドリーンはアシェルナオの手首に赤いリボンを結ぶ。
「これ……母さんが巻いてくれたリボンだ」
琉歌の顔を思い出しながら、アシェルナオが呟く。
「これもですね」
アイナはアシェルナオの左手の薬指に金色のラッピングタイを巻きつけた。
「これはカオルが巻いてくれたやつ……」
気の強いカオルの言葉を思い出して、アシェルナオはしっかりとうなずく。
「前の世界のご家族の思いも、そして、奥様や私たちの思いも一緒にお連れください。ナオ様、必ず帰って来てくださいね」
「ありがとう。アイナ、ドリーン」
本当は心配だろうに、そのそぶりを見せずに準備万端で送り出してくれる二人に、アシェルナオは感謝した。
「……アシェルナオ」
17年前から続くアシェルナオとアイナ、ドリーン、そしてテュコの絆の強さに、パウラは目に見えない壁を感じていた。
すぐそこにいるのに、入り込める隙がない絆の壁。
お腹の中にいる時からの17年をアシェルナオとともに過ごしているのに、それでもパウラは疎外感を覚えるのだった。
それがなぜなのか。パウラ自身はその理由をわかっていた。
「母様、ごめんなさい。僕、行きます。今の時代の愛し子として、僕は僕にできることをしてきます」
はきはきとパウラに告げるアシェルナオには、大窓のガラスに額をつけて背中を小さくしていた様子はもうなかった。
「危険だからと止めても、きいてくれそうにないわね」
子供が成長していく喜びと同じくらいの寂しさを感じながらパウラが言った。
「はい。母様、ハグしてください」
アシェルナオは両手を差し出す。
歩けないアシェルナオに近づいて、パウラはしっかりと、まだ自分より小さい我が子を抱きしめる。
どうして、何度も辛い目に遭いながらアシェルナオは立ち向かっていけるのだろう。パウラはそう思う。
自分は目の前の壁すら破れないのに。
「気を付けるのよ、アシェルナオ」
パウラは、自分の内面を見透かされないように、微かに笑顔を見せた。
「奥様、必ずナオ様をお護りします」
もう一つの衝立の影から出てきたテュコは、アイナが用意していた黒い騎士服の上衣に、肩には銀製のショルダーアーマー。銀色のブーツ。腰には銀の鍔を持つ長剣を差していた。
愛し子の色である黒をずっと身に着けていたのは、自分のせいでアシェルナオが死んだと思っていたヴァレリラルドだった。
だが、愛し子の護衛騎士であるテュコにも黒を身に纏う権利があると、常々思っていたアイナとドリーンが前もって準備していたものだった。
「テュコ、来てくれるの?」
アシェルナオは瞳を輝かせる。
「当然です。私はナオ様の筆頭護衛騎士ですからね。むしろ私が行かないのにナオ様一人で行けると思ったんですか?」
目をそらすアシェルナオに、テュコは苦笑しながら、精霊たちがふよりんの羽で作った杖をアシェルナオに手渡した。
「無理はしないと約束してくださいよ」
「善処する! ふよりん、お願い!」
「キュッ!」
アシェルナオの声を聞いて、ふよりんが成体になる。
アイナとドリーンが大窓を開けると、テュコはアシェルナオを持ち上げてふよりんの背中に乗せ、自分も軽やかにその背中に跨った。
「母様、行ってきます! サリー、あとをよろしくね!」
アシェルナオとテュコは、魔獣が跋扈する王都の闇へと、迷わず踏み出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
月曜日に歓迎会を兼ねた忘年会に出席しました。
上司がカラオケに行くと言い出し、部下たちは目をそらしました。
私、人身御供になりました。
えぇ……歓迎会って、苦行免除じゃないんですか?……
それはエルランデル公爵家にいるからこそで、魔獣が侵入している王都は今この時も阿鼻叫喚のさなかにある。
みつは、ひとりで魔獣の群れに立ち向かい、エンロートの西門を守った。
自分はエンゲルブレクトが怖くて、行くことが出来なくて、泣いている。
みつのようには、できなかった。
けれど、自分も愛し子として、やれることをしよう。
それは、行きたいとか、行かなければいけないという使命感ではなかった。
行こう。
不安を吐露して、思い切り泣いたアシェルナオは自然とそう決意していた。
だからと言って、怖い思いが消えたわけではなかったが、不思議と心は静かだった。
「ありがとう、サリー。おかげで気持ちが楽になった」
アシェルナオは顔をあげた。
目元が少し赤くなっているが、すっきりした顔をしていた。
「うん」
「あのね、サリー。一つ、お願いがあるんだ」
「うん?」
首をかしげるサリアンから離れると、
「ここで、母様とアイナとドリーンを護ってほしい。僕は、行く。サリーのおかげで不安は消えたから」
アシェルナオは歩けないながらも、すくっと立ち上がる。
「アシェ……」
「ナオ様、五分だけお待ち下さい」
「テュコ様、ナオ様をこちらに」
パウラが口を開く前に、アイナとドリーンが動き出した。
アシェルナオが「僕も行く」と言うことを、二人は知っていたのだ。
ドリーンはアシェルナオからもらったマジックバッグの中から衝立を二つ用意し、アイナもマジックバッグから衣装の入った箱を取り出してそれぞれの衝立の中に積み重ねる。
「僕、行くよ? 止めても行くよ?」
テュコに抱き上げられて衝立の中に連れてこられたアシェルナオは、困惑げに声をあげた。
「わかっておりますよ」
「お止めしませんよ」
苦笑しながら、アイナとドリーンは手際よくアシェルナオを着替えさせていく。
「止めないの?」
「ナオ様が行くと決められたのなら、私たちはお止めしません」
「私たちの仕事は、ナオ様が行くための準備ですもの」
アシェルナオに着せられたのは、金糸の刺繍のある、膝までの白い上着と、同じく白い細身のボトム。膝まであるしなやかな白銀のロングブーツだった。
そして、精霊の泉を浄化するときにオルドジフから渡された、瘴気を防ぐ魔法陣が施された白いローブ。
「まだですよ?」
そう言うとドリーンはアシェルナオの手首に赤いリボンを結ぶ。
「これ……母さんが巻いてくれたリボンだ」
琉歌の顔を思い出しながら、アシェルナオが呟く。
「これもですね」
アイナはアシェルナオの左手の薬指に金色のラッピングタイを巻きつけた。
「これはカオルが巻いてくれたやつ……」
気の強いカオルの言葉を思い出して、アシェルナオはしっかりとうなずく。
「前の世界のご家族の思いも、そして、奥様や私たちの思いも一緒にお連れください。ナオ様、必ず帰って来てくださいね」
「ありがとう。アイナ、ドリーン」
本当は心配だろうに、そのそぶりを見せずに準備万端で送り出してくれる二人に、アシェルナオは感謝した。
「……アシェルナオ」
17年前から続くアシェルナオとアイナ、ドリーン、そしてテュコの絆の強さに、パウラは目に見えない壁を感じていた。
すぐそこにいるのに、入り込める隙がない絆の壁。
お腹の中にいる時からの17年をアシェルナオとともに過ごしているのに、それでもパウラは疎外感を覚えるのだった。
それがなぜなのか。パウラ自身はその理由をわかっていた。
「母様、ごめんなさい。僕、行きます。今の時代の愛し子として、僕は僕にできることをしてきます」
はきはきとパウラに告げるアシェルナオには、大窓のガラスに額をつけて背中を小さくしていた様子はもうなかった。
「危険だからと止めても、きいてくれそうにないわね」
子供が成長していく喜びと同じくらいの寂しさを感じながらパウラが言った。
「はい。母様、ハグしてください」
アシェルナオは両手を差し出す。
歩けないアシェルナオに近づいて、パウラはしっかりと、まだ自分より小さい我が子を抱きしめる。
どうして、何度も辛い目に遭いながらアシェルナオは立ち向かっていけるのだろう。パウラはそう思う。
自分は目の前の壁すら破れないのに。
「気を付けるのよ、アシェルナオ」
パウラは、自分の内面を見透かされないように、微かに笑顔を見せた。
「奥様、必ずナオ様をお護りします」
もう一つの衝立の影から出てきたテュコは、アイナが用意していた黒い騎士服の上衣に、肩には銀製のショルダーアーマー。銀色のブーツ。腰には銀の鍔を持つ長剣を差していた。
愛し子の色である黒をずっと身に着けていたのは、自分のせいでアシェルナオが死んだと思っていたヴァレリラルドだった。
だが、愛し子の護衛騎士であるテュコにも黒を身に纏う権利があると、常々思っていたアイナとドリーンが前もって準備していたものだった。
「テュコ、来てくれるの?」
アシェルナオは瞳を輝かせる。
「当然です。私はナオ様の筆頭護衛騎士ですからね。むしろ私が行かないのにナオ様一人で行けると思ったんですか?」
目をそらすアシェルナオに、テュコは苦笑しながら、精霊たちがふよりんの羽で作った杖をアシェルナオに手渡した。
「無理はしないと約束してくださいよ」
「善処する! ふよりん、お願い!」
「キュッ!」
アシェルナオの声を聞いて、ふよりんが成体になる。
アイナとドリーンが大窓を開けると、テュコはアシェルナオを持ち上げてふよりんの背中に乗せ、自分も軽やかにその背中に跨った。
「母様、行ってきます! サリー、あとをよろしくね!」
アシェルナオとテュコは、魔獣が跋扈する王都の闇へと、迷わず踏み出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※
エール、いいね、ありがとうございます。
月曜日に歓迎会を兼ねた忘年会に出席しました。
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