そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第3部

反則です

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 「キナク、大丈夫?」

 アシェルナオは、そういえばずっと自分に正面からの姿しか見せないキナクを心配げに見つめる。

 「大丈夫ですよ。約束通り死んでません」

 キナクは空元気を出すが、痛みで顔がピクピクしている。

 「僕、癒す」

 アシェルナオは立ち上がろうとするが、すぐにふらついてテュコに支えられた。

 「まだ安静にしないとだめですよ、ナオ様」

 「テュコ、お願い。キナクのところに連れて行って」

 アシェルナオにお願いをされることが久しぶりに思えて、テュコは侍従として仕えられることを嬉しく思いながらアシェルナオを抱き上げる。

 当主の子息が任務以外で近づいてきて、キナクの周りにいた騎士達がざわめきながら道を開けた。

 キナクのそばでおろしてもらったアシェルナオは、その背中の傷を見て息をのんだ。

 騎士服の背中が裂け、顕わになった傷口からはまだ血が流れていた。

 「あぁぁ、アシェルナオ様が近くにぃぃ、って、来ちゃだめですよ、アシェルナオ様。騎士は主を護ってこそなんです。怪我もたいしたことないし、もうすぐ癒し手を連れて来てくれるらしいから大丈夫です」

 キナクは体の向きをかえてアシェルナオから背中を隠そうとする。

 「ひどい怪我だよ。僕のためにごめんね……。ぴかも手伝って」

 そう言うとアシェルナオはキナクの背中に手を当てた。

 『てつだうー』

 ぴかも一緒にキナクの背中に手を当てる。

 すると傷口の一部がキラキラと光り、それが傷全体に広がっていく。傷全体がキラキラに光ったかと思うと、ゆっくりと光が収束していき、やがて消えていった。

 「うおぉっ。アシェルナオ様のいい匂いが……あれ、あたたかくて気持ちいい。優しい風が体に吹き込んでくるみたいだ。お? 痛くない……?」

 うっとりしていたキナクは、痛みが消えていることに気づいた。

 周りの騎士たちは、キナクの背中から光が消えると同時に傷も消えていることに、おおっ、と静かな歓声をあげる。

 優秀な癒し手でも時間がかかったり、傷が残ったりするのが常識だからだ。

 周囲の騎士たちの反応を見て、一体どうなっているのかと懸命に首を後ろに向けて背中の傷を見ようとするキナクだったが、もちろん見えなかった。

 「ナオ様が傷を治してくれたんだ」

 テュコがキナクの背中の状況を伝える。

 「ありがとうございます、アシェルナオ様」

 当主のご子息から癒してもらえたことに感激してキナクは立ち上がって臣下の礼を執る。

 「無理しちゃだめだよ、キナク。傷が治っても失った血は戻らないんだよ?……キナク、頑張ってくれてありがとう。死なないでくれてありがとう」

 目の前でキナクに死なれなくてよかった、とアシェルナオは笑みを浮かべる。

 エルランデル公爵家の宝だと言われるアシェルナオは、エルランデル騎士団にとっても珠玉の宝だった。
 
 トレーニングウェアというものを作ってくれて、トレーニングについても高説してくれるという、騎士たちにも寄り添ってくれる尊い宝。

 そのアシェルナオを泣かせ、苦しませ、成り行きとはいえ命の危機にさらしたエルとルルに、テュコとシーグフリードはもちろん、エルランデル騎士団の者たちも静かに怒りが溢れ出していた。

 「約束しましたからね」

 にっ、と笑うキナクだが、すぐに真顔になる。

 「アシェルナオ様」

 「ん?」

 「テュコ殿は騎士として素晴らしい資質をお持ちです。アシェルナオ様の送迎に護衛騎士がついていないのは、テュコ殿がいれば護衛騎士は不要だからです。テュコ殿は侍従でありながら素晴らしい騎士でもあり、騎士団の団長より名誉のあるアシェルナオ様の騎士をずっと務められているのです。心配されなくても、テュコ殿は生涯をかけてやるべき職務をまっとうしている最中ですよ」

 「うん……さっき、ちょっとだけ見えたけど、テュコ、すごかった。かっこよかった。テュコが僕の侍従で、僕の騎士で、嬉しい」

 アシェルナオは、はにかみながら、すぐ横にいるテュコを手招きする。

 「いますよ?」

 「違う。ちょっと頭をさげて?」

 アシェルナオに言われてテュコは頭を下げる。

 「こうですか?」

 「うん。……テュコ、学園の騎士科でよく頑張ったね。えらかったね。ヴァルも頑張ったけど、テュコも頑張ってくれたから、僕は前よりずっと安心していられるんだね」

 テュコの頭を撫でるアシェルナオは、梛央として、4つ年下のテュコに話しかけていた。

 「……反則です」

 梛央を失った6年超の歳月が頭をよぎって、思わず熱いものがこみあげてきそうになったテュコが、誤魔化そうとそっぽを向く。

 「アシェルナオ」

 シーグフリードはアシェルナオの横に来て、少し身を屈めて可愛い弟の顔を覗き込んだ。

 「残念ながら今日は学園はお休みしなさい。兄様から学園に連絡しておくからね」

 「……はい」

 学園に行ってスヴェンたちと話をしたかったアシェルナオは、自分の身勝手な行動のせいだとわかっているので素直に頷く。

 「テュコ。アシェルナオを休ませてやりたいのだが、少々後片付けがある。休める場所を用意させるから、アシェルナオと一緒に第二騎士団の駐屯地で待機していてくれないか」

 「第二、ですか? ご命令であれば従いますが、ナオ様を休ませるにふさわしい部屋をお願いします」

 そこだけは譲らないと言わんばかりのテュコに、シーグフリードは苦笑する。

 「わかった。用意させるから頼むよ」

 「はい。ナオ様、シーグフリード様のお言いつけです。いつもの馬車で行きましょう。誰か、私のマルテンを頼む」

 アシェルナオを抱き上げ、騎士たちに愛馬を託すと、テュコはアシェルナオ用の馬車に向かった。

 テュコに抱えられて運ばれながら、アシェルナオはキナクたちに手を振る。

 キナクや他の騎士たちも、目じりをさげて手を振り返した。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 眠さに負けてしまいました。
 来週までは超早出の予定です。連休中になるべく書き溜めしたいところです(>_<)
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