そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
401 / 492
第4部

すりすりして

しおりを挟む
 ブレンドレルは第二騎士団の用向きで王城に来たついでに、王太子の執務室を訪れていた。

 ついでなのだが、ブレンドレルにとってはこっちのほうが重要だった。

 いつもなら三日と明けずに第二騎士団に顔を出していたマロシュがここ数日顔を見せないのだ。

 用事がある時に限って顔を出さないな、程度にしか思っていなかったのだが、顔を見ない日が続くとさすがに気になったブレンドレルはイクセルを訪ねていた。

 王太子の執務室にいるイクセルに取り次いでもらったブレンドレルは、

 「あ?」

 耳を疑う。

 「だから、マロシュなら数日前から調査に行っていて不在だ。長期になるかもしれないんだが、何も聞いていなかったのか?」

 「あ、ああ……」

 弟のように懐いてくるマロシュは、いつもなら数日かかる調査に行く時には前もって知らせてくれていた。

 長期になるかもしれないという今回にかぎって何も告げられなかったことに、ブレンドレルは少なからずショックを受けていた。

 会話が聞こえたのか、執務室の入り口で話をしていた2人のもとにシーグフリードがやってきた。

 「ブレンドレル、マロシュから何か相談を受けなかったか?」

 「マロシュとは前の週の初めから会っていません。私は最近マロシュが顔を出さないので気になって訪ねてきたのですが……」

 「ふむ……。実はマロシュには潜入調査に行ってもらっている。危険なことはしないように言っているが、安全とも言い切れない。断ってもいいし、誰かに相談してから決めていいと言ったんだ。ちょうど私に第二騎士団の駐屯地に行く用事があって、その時にマロシュも同行したから、その日に話をしたと思っていたが?」

 「いいえ……それは、いつのことですか?」

 「前の水の日だ」

 「その日なら確か……」

 チドとジルが尋ねて来た日ではなかったか?

 ブレンドレルは記憶を辿る。

 「マロシュと組むようになって何年になる? 相談されるような信頼関係はできていないのか?」

 自分でもショックを受けているのに、第三者から指摘をされて、ブレンドレルは苦い気持ちになった。

 「私は、できていると思っていました。……マロシュはどこに調査に行ったんですか?」

 「マロシュが言わなかったのなら、私が言うわけにはいかないだろう。現地に協力員を置いているから大丈夫だ」

 ブレンドレルは不本意そうな顔で執務室に戻るシーグフリードを見送った。




 辛い……こんなに人のために尽くしたのに……怖い……どうして蔑んだ目でみるの……悲しい……この世界に1人ぼっち……憎い……どうして……どうして……こんなめに……苦しい……苦しい……

 闇の中で誰かが泣いていた。

 辛い、と。悲しい、と。泣いていた。

 人から向けられる悪意が恐ろしいことを、僕も知っている。たった1人から向けられる憎悪の感情が、身を切り裂くほど痛くて辛くて悲しいことを。
 
帰りたい……帰れない……辛い……辛い……辛い……

 誰かが泣いている。

 哀しそうに泣いている。帰れないと泣いている。

 誰? 僕?

 僕も帰りたい……?  



 母さん、ナオのお熱高い?

 そうなの。薫瑠は梛央のお部屋にはいっちゃだめよ。移るかもしれないから。

 はぁい。ナオ、早く治ってね。治ったら一緒に遊んであげるね。

 琉歌、梛央の具合は?

 風邪だと思うんだけど、熱が高くて。水分もあまりとってくれなくて。

 君も休みなさい。かわりに私がついているよ。

 ありがとう、あなた。でも、私もここにいるわ。熱痙攣を起こすといけないから。


 近くで話し声がする。

 懐かしい声。

 目を開けたい。懐かしい人たちの顔を見たい。でもどうしても瞼が持ち上がらなかった。

 母さん、体が熱いよ……。

 冷たいものが食べたい……。

 母さん、りんごすりすりして……。

 前に熱が高い時に作ってくれた、冷たくて喉に気持ちいいやつ……。



 「ナオの様子は?」

 数日の休みを与えられたヴァレリラルドは、渋々ながらもテュコから朝と晩の2回のお見舞いの許可を取り付けて、アシェルナオの部屋を訪れていた。

 シーグフリードは王城に出かけていて不在だが、寝台の近くの長椅子でオリヴェルとパウラが心配そうにアシェルナオを見守っていた。

 「お薬は飲ませましたが、まだ熱が高いんです。あとでフォルシウスが来てくれるそうです」
 
 パウラはヴァレリラルドに寝台に近い席を譲る。

 ヴァレリラルドは椅子に座りながら、昨晩と同じく熱が高いことが一目でわかる赤らんだ顔で目を閉じているアシェルナオを見た。

 「テュコ、ナオは何か口にしているのか?」

 寝台の近くに控えているテュコに目線を向けると、少し生気のない顔でアシェルナオの侍従は首を振る。

 「お薬を飲ませる時に少しだけ水を口にされましたが、それ以外は受け付けてもらえないんです」

 「ヴィンケル大臣の三男に暴言を吐かれて、怪我をさせられたと聞きました。アシェルナオは自ら進んで浄化に向かっていたのに、なぜこんな目に遭わなければいけないのです」

 オリヴェルの口調は抑えられていたが、それでも行き場のないやるせない怒りが見えるものだった。

 「あなた、浄化に行ったのはアシェルナオの意志です。ヴィンケル元大臣は、きっと罪に応じた罰が与えられます。私たちはアシェルナオを愛情深く支えるだけですわ」

 可愛い子供が熱に苦しんでいることに胸を痛めながら、パウラは気丈に夫を宥めた。

 「ナオ。私もテュコも、ナオの父様も母様もここにいるよ」

 ヴァレリラルドは汗の浮かぶアシェルナオの額に手を当てる。

 「……て……」

 アシェルナオの唇から言葉が発せられた。

 「ナオ? 何かほしいものはある? 辛いだろうけど、水分は取らなきゃだめだよ」

 「かあさ……すりすり……して……」

 「アシェルナオ、何? すりすり? 何をすりすりしてほしいの?」

 パウラが身を乗り出してアシェルナオを覗き込む。

 「りん……つめたい……すりすり……」

 ほろり、とアシェルナオの目じりから涙が落ちる。

 アシェルナオのために何かしてあげたいと思う人々だったが、熱にうかされて眠っているアシェルナオの言いたいことはわからなかった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます。

 風邪が治りきっていないのに、外せない用事で海辺の街に来ています。

 半端なく冷たい強風に凍える。死ぬ。
 
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

処理中です...