そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

ずるぅい

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 日が沈んですぐの空は残照の淡いオレンジの衣を引きずりながら、やがて濃紺の闇に呑み込まれていく。

 わずかに浮かぶ雲が太陽の名残りを見せつけるように縁を金色に輝かせていたが、それもすぐに暗色に変わる。

 マロシュはそれを眺めながら小さくため息を吐いた。

 今日は水の日。

 ちょうど一週間前の今日、ブレンドレルが若い神官を食事に誘っていた水の日。

 今頃ブレンドレルは神官を迎えに行っている頃だろうか。それとももう食事を始めているのだろうか。

 マロシュがもう一度ため息を吐くいた時、

 「もう開店の時間だぞ。商品より後に登場など、どういった了見だ。早くホールに行って並ぶんだ」

 館主補佐のヴェサールの厳しい声が飛ぶ。

 「はい、すみません!」

 マロシュは返事をするが早いか、ホールに向かう。

 幽玄の薔薇の館は開店の時だけエントランスの扉が大きく開かれる。その際にきらびやかに着飾った娼婦、男娼が客を迎えるのが習わしだった。

 通りにいる者が一瞬覗く美しい娼婦たちの姿を見て、なんとしても金を稼いでここに来よう。そう思わせるのが狙いだった。

 マロシュがホールに行くと、すでに数人の娼婦たちが並んでおり、遅れて来た給仕に一瞥を向ける。

 それほど険を帯びていないのは、マロシュが織物商の見習いで、給仕はただの手伝いだとわかっているからなのだろう。

 面と向かって怒鳴られなくてよかった、とマロシュはほっとしながら扉のすぐ横に立った。

 売れっ子になるほど扉から遠いところに立てるのだ。トップともなると、館の主のように正面の階段を背にして中央に立つ。

 マロシュがそっと視線を向けると、幽玄の薔薇の館のトップであるクロティルドが真っ赤なドレスを身に纏い気だるげに立っていた。

 リニックはそのそばに位置しており、マロシュの視線に気が付くとウインクした。

 「開店だ」

 ヴェサールの声がして、黒いスーツを着た男が扉を開ける。

 外で開店を待っていた数人が待ちかねたように中に入ると、娼婦、男娼たちの甘ったるい声が客を出迎えた。

 ウェイティングルームに向かう客と娼婦たちを見送り、給仕のために厨房に向かおうとしたマロシュの耳に、                                                                                                                         

 「マロシュ!」

 自分を呼ぶ声が聞こえた。

 マロシュが通りの方を振り向くと、そこには平民の商人がよく被っている帽子を着用した青年がいた。

 帽子で顔はよく見えないが、その髪の毛の色と耳のイヤーカフはフィリベルトのものだった。

 「誰だ」

 ヴェサールの鋭い声が飛ぶ。

 「マロシュと同じミーゴ商会の使用人のフィールです。マロシュがこちらに長くお世話になっているので、様子を見に来てしまいました。俺たち付き合ってるから、マロシュが心配で」

 フィリベルトは深く頭を下げる。

 「マロシュは今から給仕の仕事がある。ミーゴとの付き合いだ。マロシュの部屋に一晩泊まることは許してやる。そのかわり明日の早朝には帰ってもらう。マロシュ、部屋に案内したらすぐに仕事に戻るんだぞ」

 「ありがとうございます」

 フィリベルトは寛大な措置にさらに深く頭を下げた。

 「で、なんで付き合ってる設定が必要なんです?」

 ヴェサールの後姿を見ながら、マロシュが腕を組んでフィリベルトを見上げる。

 「マロシュがあんまり連絡してこないから、来た。もっと頼ってくれって言ってるのに。それに、設定じゃなくなる可能性もあるだろ?」

 屈託なく笑うフィリベルトに、マロシュは今日何度目になるかわからないため息を吐いた。

 通りに面した門の陰から、幽玄の薔薇の館の中に入っていく2人を剣呑な眼差しで見送る人物がいた。
 

 
 

 半地下の小さな部屋に案内されたフィリベルトは、ドアを閉めてマロシュを引き寄せる。

 「なっ」

 抗議しようとするマロシュの口を指で塞ぐ。

 「しっ。大声を出すな。マロシュ、ここに血バラの見取り図を描くんだ。急いで」

 フィリベルトは懐から紙とペンを取り出す。

 この数日、幽玄の薔薇の館の内部を見て回ったマロシュは、黙ってフィリベルトの指示に従った。

 与えられたわずかな時間で簡単な見取り図を描いたマロシュだが、

 「俺が見て回れた場所です。半地下にはワインセラー、貯蔵庫、リネン室と従業員の住居がありあます。一階にはホール、ウエイティングルーム、応接室、控室、調理場、配膳室。2階は客室、3階は娼婦や従業員の居室。館主やヴェサールの部屋があるらしい4階への立ち入りは禁止されていてわかりません」

 数日いても立ち入れなかった自分の不甲斐なさを痛感した。

 「危険を冒してまでの調査は許可されていないはずだ。これだけでも大したもんだ。仕事が終わるのを待ってるから行ってこい」

 フィリベルトに肩を叩かれて、マロシュは頷いて仕事に戻る。

 なぜ褒めてくれるのがブレンドレルさんではないんだろう。そう思ってしまう自分が未練がましくて嫌だった。


 



 豪奢なウエイティングルームは娼館の一室とは思えないほど優雅さを感じさせる空間だった。

 繊細な装飾が施されたシャンデリアが輝き、柔らかな光が部屋全体を包み込んでいる。

 磨き上げられた大理石の床、部屋の中央に敷かれた豪華な絨毯、その上の年代物の調度品とソファ、椅子。

 まるで夜会の開かれている貴族の屋敷。に見えないこともないのだが、集まっているのは気取っていようと性欲のはけ口を美男か美女に求めに来た客と、客に一夜の愛と夢を与える娼婦と男娼だった。

 開店と同時に来た客のほとんどは目当ての相手がおり、すでに2階にある客室に消えていた。

 マロシュはまだ品定めをしている客と、微笑みを浮かべてはいるが気だるげに買い手が決まるのを待つ売り手たちに発泡酒の入ったグラスを配っていた。

 扉の近くにあるカウンターの黒服の従業員がベルを鳴らす。

 来客の合図に、マロシュは少し離れたところから客が来るのを待った。

 だが、現れた冒険者風の男に、マロシュの持つトレイの上でグラスがぶつかる音を立てる。

 見開いたその瞳が捉えたのは、今頃神官と食事をしているはずのブレンドレルだった。

 マロシュの様子を見て、続いてブレンドレルを見て、リニックは口元に笑みを浮かべる。そしてすっ、と立ち上がると、

 「いらっしゃい。初めて見る顔だね? ね、座って?」

 ブレンドレルの手を引いてソファに並んで腰かけた。

 「リニック、抜け駆けはなしよ。お兄さん、とても素敵。ね、女と男、どっちが好み?」

 ブルネットの髪の、まだあどけなさの残る顔とめりはりのあるボディとのギャップが魅力のバルバラがブレンドレルにしなだれる。

 「ねえ、どっちぃ?」

 「いや、俺は……」

 困惑するブレンドレルの耳に、リニックが何か耳打ちする。

 「君にお願いしたい」

 すぐさまブレンドレルはリニックの手を取った。

 「ずるぅい」

 プンプン、と頬を膨らませるバルバラをしり目に、リニックはブレンドレルを客室に案内すべく階段を上る。

 「マロシュ、その飲み物を部屋に持ってきて」

 リニックは振り向いてマロシュを見つめると、機嫌のいい声を投げた。

 「……はい」


 断れるはずのないマロシュは、それに不承不承返事をした。


 
 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 エール、いいね、ありがとうございます(。uωu))ペコリ

 小雪が舞うような寒い朝。ぬくぬくのコートを着て出勤しましたよ。帰りにコートを着ようと思ってロッカーを開けたらコートがない! どうして? どこに? え? え? と、1人であたふたしてしまいました。
 コート? ありましたよ? 私のロッカーの隣の空きロッカーの中に・・・・。無意識に隣のロッカーにかけてました・・・。(∀`*ゞ)テヘッ
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