そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第5部

ビビアナたちにひどくしないで

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 「ナオ様!」

 「アシェルナオ!」

 テュコやシーグフリード、オリヴェル、パウラたちがアシェルナオの無事な姿を見ようと詰め寄る。

 ヴァレリラルドは大切なものを扱うようにアシェルナオの後頭部を左手で包み込みながら、ゆっくりと体からアシェルナオを離した。

 質素な寝間着を着せられ、額から血を滲ませて力なく瞳を閉じたアシェルナオは心配していたよりずっとやつれていて、一目見て安心したいと思っていた人々は安堵よりも不安と怒りの感情を募らせた。

 「ナオ、私だ。わかるかい?」

 重く瞼を降ろしたアシェルナオに問いかけるヴァレリラルドの声は震えていた。

 また失うかと思っていた、失ったらどうしようかと不安でたまらなかった愛しい存在を取り戻したものの、アシェルナオの声を聞くまでは心から安心できなかった。

 ヴァレリラルドの呼びかけに、アシェルナオの長い睫毛が二、三度羽ばたき、薄く目を開ける。狭い視界で目にする金色の髪に、アシェルナオの体は大きく跳ねた。

 「もう大丈夫だ。帰ってきたんだよ。ナオ、遅くなってすまない……」

 今度こそ取り戻した安堵感でヴァレリラルドはアシェルナオを抱きしめる。

 「ヴァル……ううぅっ」

 ようやく自分を抱きしめているのがヴァレリラルドだとわかると、アシェルナオの瞳が潤んだ。
 
 同じ愛し子であるみつの、神殿以外には認められず、受け入れられず、辛い仕打ちを受けた日記に心を引きずられているアシェルナオは、ヴァレリラルドにしがみついて嗚咽をあげる。

 理不尽な出来事は、みつには受け止められてもアシェルナオには受け止められなかった。我が身に起きたことのように悲しかった。辛かった。

 「ヴァル、ごめ……さい……ごめんなさ……」

 「ナオは悪くない。謝るのは私のほうだ。助け出すのが遅くなって、怖い思いをさせてすまない」

 「ナオ様、よくお戻りになられました」

 テュコが万感の思いをこめて声をかける。

 「アシェルナオ、母様よ。よくがんばったわね」

 「父様もいるよ」

 「兄様もいるからな」

 「ナオ、心配したぞ」

 「ナオ様、よく耐えられました」

 拉致されたこの数日で痩せ衰えたアシェルナオが泣いている様子に、周囲の者は声をかけながらも拉致した者たちへの怒りを新たにした。

 「ごめ……なさい……」

 だが、アシェルナオは我が身に降り注ぐ愛情に、何もかもに恵まれている身が申し訳なかった。

 甘やかされて生きて来た自分が悪の根源のような気がした。

 「ああ、アシェルナオ、可哀そうに」

 やつれた姿で泣いているアシェルナオを抱きしめようとパウラが手をのばすが、それをショトラはやんわりと制した。

 「先に診察をします。奥方様、だんな様、他の皆様もご心配でしょうが、ナオ様には安静が必要です。面会は明日までお待ちください。テュコ、ナオ様を部屋まで運んでくれ。フォルシウス殿、癒しをお願いします。オルドジフ殿はご同行を」

 「ナオは私が」

 アシェルナオを奪おうとするテュコをヴァレリラルドは睨みつける。もう、少しの間でもアシェルナオを離したくなかった。

 「殿下の思いは重々存じております。ですが、殿下はこの数日まともに眠っておられません。殿下ご自身もすでに限界なのです。明日の朝ナオ様のご様子について説明いたしますから今日はもうおやすみください。奥方様もです。公爵も陛下方も、今夜はゆっくりお休み下さい」

 ショトラにそこまで言われればヴァレリラルドは何も言えなかった。

 「殿下、拉致犯の捕縛は我々に任せてお休みください」

 マフダルが申し出ると、

 「だめ……。マフダル、兄様、ビビアナたちにひどくしないで。捕縛、だめ。話を聞いて……」

 アシェルナオは泣きながら訴えた。

 「わかった。捕縛はしないし、丁寧に扱うと約束する。アシェルナオは何も心配せず先生の診察を受けてゆっくり休むんだ」

 シーグフリードの約束に安心したのか、アシェルナオの意識が落ちる。

 「テュコ、早く部屋に」

 ショトラに促されるまま、テュコはようやく手元に戻ってきた愛しい主人をしっかりと抱き上げてアシェルナオの滞在している部屋に急ぐ。ふよりんは何かと話をするようにキュィキュィと鳴きながらそのあとをついていった。

 「先生、頼みますよ」

 パウラの声に、ショトラはしっかり頷いてテュコのあとを追った。

 「それで、ラル。アシェルナオを救出したときの様子を話してくれ」

 「犯人はどんな奴らでしたか?」

 心配げに、テュコに抱えられて運ばれるアシェルナオを見送っているヴァレリラルドを、シーグフリードたちが取り囲む。

 「私が指輪の効力で転移したとき、ナオは部屋の中の石の床に倒れていた。ナオは拘束されておらず、近くには栗毛の若い女がいた。おそらくナオが言っていたビビアナという者だと思う。女は出口に案内しろと言う私に従順だった。ナオがいたのは不思議な造りの部屋だったが、女が案内した続き部屋は民家の一室のようだった。そこにはモスグレイの髪の男が1人でいて、私が女を盾にして家を出ようとしても無言で見ているだけだった。家を出るとすぐにふよりんの口の中に収容されたから、私がわかるのは以上だ」

 「ふむ……。マロシュの情報の若い男女の特徴と合致している。その2人がアシェルナオを攫った者たちで間違いないようだが、抵抗する様子はなかったんだな?」

 ヴァレリラルドの報告で奪還時のアシェルナオの様子を知り、シーグフリードは顎に手を当てた。

 「ナオ様に執着していないのはなぜだ? ナオ様を攫った理由はなんだ?」

 「その2人を捕らえて話を聞くしかないな」

 考え込むシーグフリードの横でウルリクとベルトルドが頷きあう。

 「殿下、お疲れさまでした。ナオ様のことがご心配でしょうが、フォルと義兄上が側にいれば安心です。あとは私たちに任せてお休みください」

 クランツがヴァレリラルドを労う。

 「ヴァレリラルド、お前もよく耐えたな。医師の言うとおりナオのことは任せて、今夜はゆっくり休むがいい。すべては明日だ」

 ベルンハルドにも言われると、ヴァレリラルドは承服しないわけにはいかなかった。




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