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第5部
え? 僕、また死んじゃったの……?
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「三階だ。行くぞ」
逸る心を抑えきれないヴァレリラルドは馬を降りる。
「他に誰かいるかもしれない。慎重に」
ヴァレリラルドを先走らせてはいけない、と、ケイレブやテュコ、クランツ、ウルリクたちも馬を降りる。
馬車で同行していたシーグフリードも緊張した顔つきで合流した時、手のひらほどの光が上空からふわりと現れた。
「この光は……」
かつてこの光を見たことのあるヴァレリラルドとケイレブ、クランツは息を飲む。
光を見ていたふよりんは毛を逆立てた。
「キュィィィ――――ッ!」
ふよりんの絶叫のような咆哮がシンと静まり返る夜の街に響き渡る。
「え……」
絶句するクランツと、咆哮に驚く人々の前でふよりんはみるまに体を大きくして成獣の姿になった。
わふ!
ヴァレリラルドに向けて一声発するふよりんに、クランツは震える声で「乗れと言っています」と通訳した。
ヴァレリラルドは迷わずにふよりんの背中に飛び乗る。
「殿下!」
「ラル!」
叫ぶ者たちの心配をよそに、光に先導されるようにふよりんは三階の窓に向けて飛びあがった。
「クランツ、ふよりんは何を叫んだんだ」
顔面蒼白のクランツに、シーグフリードが詰め寄る。
「ナオ様が……天に召されたと……」
一瞬クランツが何を言っているのかわからなかったシーグフリードだが、理解すると同時に駆け出す。それより早く、テュコが真っ先に玄関の扉を蹴破って屋敷の中に飛び込んだ。
リビングの南向きの大窓は、アイボリーの木枠のサッシに縁どられ、厚手のグレージュのカーテンが両脇に優雅に束ねられている。
フローリングは足音を柔らかく吸収する白樺材で、リビングの中央には濃紺のビロード地の三人掛けソファがどっしりと構えていた。
その前にはクラシックなオーク材のローテーブル。テーブルの上には花柄の陶器のキャンドルホルダー。
壁際にはアイボリーの飾り棚があり、家族写真が飾られている。その大半は赤ちゃんの頃から高校生になるまでの梛央の写真だった。
ベルリンのシャルロッテンブルク地区にあるクラシックな建築様式を残した改装済みアパルタメント。その三階と屋根裏を占有するメゾネットの住人は晃成と琉歌で、新婚旅行で滞在した時の住み心地に良さが気に入った薫瑠とその夫も最近越してきていた。
薫瑠夫婦は妊娠が発覚してからの結婚で、あと数か月で新しい命が誕生しようとしていた。
「梛央、あなたもうすぐ叔父さんになるのよ」
琉歌は写真の中の梛央に語り掛ける。
新しい家族が加わるのはこの上ない喜びで、孫が生まれればきっと可愛いに決まっている。
けれど、梛央に向ける以上の愛情を注げるかといえば、そうではない。あくまでも生まれて来る孫は薫瑠の子。琉歌にとってお腹を痛めて生んだ梛央とは愛情の深さは違うのだ。
今でも梛央の写真を見ると胸が痛んで仕方がない。会いたくて仕方がない。でも、別の世界で生きている梛央の無事を願うように、こうして毎日梛央に語り掛けていた。
「ただいまー。あー、あったかーい」
散策から帰ってきた薫瑠がマフラーをはずしながらリビングに顔を出した。
「ただいま」
薫瑠の後ろから背の高い男性が笑顔で会釈する。
「おかえりなさい、薫瑠、優人くん。外は寒かったでしょう? お茶にしましょうね。優人くん、書斎にいるパパを呼んできて」
はい、と頷いて優人が書斎に向かうと、薫瑠は外套をソファの背もたれにおいてキッチンで手を洗い、琉歌の手伝いをする。
「日本より寒いけど、この街すごく素敵。ここに越してきてよかった」
薫瑠は上機嫌で、買ってきたマドレーヌをデザート皿に盛りつける。
「初めての出産だから、一緒に暮らすのは私も賛成よ? でも優人くんはよかったの? 仕事もあるでしょう?」
「今までもほとんどリモートワークだったし、ベルリン支社に異動扱いになってるから大丈夫って」
「薫瑠はそう言うけど、優人くん、年下だから無理して合わせてくれてるんじゃない?」
「そんなことはないです。俺の仕事は融通がきくし、俺も薫瑠さんが安心して出産できるのでありがたいです」
晃成と一緒にリビングに入ってきた優人の表情には苦笑が浮かんでいた。
「ほら、ね」
勝ち誇ったように腰に手を当てる薫瑠に、
「音楽活動を制限されてストレスが溜まっている薫瑠の相手は優人くんだけでは難しいからな」
「ひどぉい、パパ。私が尻に敷いてるみたいじゃない」
実際そうなのだが、それを享受している優人は人当たりのいい笑顔でソファに座り、琉歌に渡されたコーヒーカップを手に取る。
もう、と口を尖らせながら自分で淹れたハーブティーを口にする薫瑠は、目の前になにかキラキラするものが落ちてきているのに気付いた。
「やだ、天井から埃が落ちて来てるわ……」
薫瑠の言葉に、優人、晃成、琉歌も天井を見上げた。
古典的なバロック模様のレリーフが縁取りに入っている漆喰の天井からキラキラしたものが落ちていた。
「薫瑠、これ、埃じゃない」
「……ナオ」
自分を呼ぶ声でアシェルナオは瞳を開けた。
そこは見渡すかぎりのやわらかな白の世界で、アシェルナオ自身も白い衣装を身に纏っていた。
その衣装には見覚えがあった。17年前にアルテアンに作ってもらった洗礼の儀式のための衣装だった。
「もしかして、女神様?」
自分の衣装を見ながら、アシェルナオは確信をもって呟く。
『……そうです。ナオ、本当にごめんなさい』
洗礼の儀式と、大浄化の時に姿を見せてくれた女神がアシェルナオの目の前に現れた。
「僕、女神様にごめんなさいさせるようなこと、した?」
アシェルナオは身に覚えがなくて、どうしてこんなところにこの衣装でいるのかも見当がつかなくて、小首をかしげる。
『少し前からのナオの記憶を消しました。……ナオ、私のせめてもの罪滅ぼしです。おいでなさい』
女神の声とともに、アシェルナオの体が落下した。
落ちる、と身を強張らせたアシェルナオだったが、実際はふわりと白樺材のフローリングに着地した。
どこかの家のリビングらしいそこは、大窓の外に近代的なビルとヨーロッパ風の建物が混在した景色が見えて、
「ん? ここ、どこ?」
アシェルナオは首を捻って、ソファに座る人たちを眺めた。
お茶の時間だったらしく、カップを手にしたまま固まっている人々を見て、アシェルナオも瞳を見開く。
「梛央!」
なぜ、という思いでアシェルナオが口を開く前に、1人の男性が立ち上がって抱きしめて来た。
その男性の顔には見覚えがあった。17年前からそれ相応に年を重ねた容姿になっていたが、面影ははっきりとあった。
「え? え? もしかして、優人? えぇ、大人になってる! しかもイケメンな大人になってる」
きつく抱きしめてくる人物の顔を見て、アシェルナオも嬉しくなって、ぎゅっと抱きしめ返す。
「梛央、ごめん。俺、あの日、不審者が出没していることも、梛央が悩んでいることもわかっていたのに……。あれからずっと、どうしてあの日梛央と一緒に帰らなかったのか、それか俺の家に泊めなかったのか、ずっとずっと後悔してた。ごめん、梛央」
「そうなんだ。優人はずっと後悔していたんだ……。ごめん、優人。あれは僕が悪かったから、もう自分を責めないで……って、どうして優人がいるの?」
おそらく両親の暮らす家なのだろうと思ったが、そこに優人がいる理由がわからなくて、アシェルナオは戸惑った。
アシェルナオと優人の間に割って入った薫瑠が優人の胸を押す。
「入婿のくせして、なに一番乗りしてるのよ!」
怒った時の口調も態度も昔のままの、妙齢になった薫瑠を、アシェルナオはまじまじと見つめた。
「カオルもおば……大人になったんだ……でも、相変わらず落ち着きないね? え、もしかして、僕のことで負い目のある優人を下僕にしたの?」
「下僕じゃなくて、授かり婚した夫よ。17年経ってるから大人になってるの当たり前でしょ? てか、おばさんて言おうとしなかった? 梛央こそ、どうして前と同じ姿なの?」
「梛央!」
突然目の前に現れた、髪の毛の長さ以外は17年前と同じ姿の息子を見て固まっていた琉歌は、ようやく目の前にいるのが生きた我が子だとわかると立ち上がってしっかりと抱きしめた。
「母さん……」
17年前より年を取っているが、まだ若くて美しい琉歌を見て、アシェルナオは胸が詰まった。
「梛央、会いたかった」
以前より貫禄がついた晃成も遅ればせながら抱き合う琉歌とアシェルナオに歩み寄ると、両手を広げて2人を抱きしめる。
「いつか、必ず梛央に会えると信じていたわ。やっと会えた。梛央、私の梛央」
毎日欠かさず梛央の写真に語りかけていた琉歌は、こらえきれずに泣きじゃくりながらも、アシェルナオを抱きしめる手を決して緩めなかった。
「寂しい思いをさせて、本当にごめんなさい。僕も会いたかったよ。父さんや母さんに届くように、向こうで歌っていたよ」
「一度だけ、聴こえたわ。梛央が元気なんだってわかった。でも、聴くだけじゃなくて、会いたかった……」
会いたかった、の言葉に、気持ちがこもりすぎて、琉歌の瞳から後から後から涙が溢れ出る。
「うん、会いたかった……」
そうできないことをしてしまった申し訳なさに、アシェルナオも後悔と会えた嬉しさの混じった涙を零した。
「それで、あの方は、梛央の行った世界の神様なのか?」
我が子を決して離すまいと抱きしめる手に力をこめながら、晃成はアシェルナオの後ろにいる、光に包まれた女神に視線を向けた。
「うん。女神様だよ。僕も突然連れてこられたんだ。里帰り的なものなのかな?」
ここに連れてこられた経緯がわからないアシェルナオは、女神を見て首をひねる。
「女神様……梛央を連れて来ていただいてありがとうございます。それで、梛央は17年前と同じ姿ですが、向こうの世界は年を取らない世界なのでしょうか? 梛央はこっちの世界に帰ってきたということでいいんでしょうか」
「向こうもね、年は取るんだよ? 前に会いに来たでしょう? 僕、あの時向こうで一度死んじゃって。向こうの世界に戻って生まれ変わったから、ちょうどいま、前と同じ16歳なんだ」
てへ、と笑うアシェルナオに、晃成の目が険しくなる。
「女神様。17年前にこの世界で死んだとき、梛央は向こうの世界に行ったのですよね? 梛央は、生きるためには向こうの世界に行くしかなかったと言いました。そして17年前に向こうで死んだから、その時に梛央は私たちに会いに来ることができたのでしょう? ならば、なぜ今梛央はここにいるんです? 梛央は向こうの世界で、また死んだということですか? 向こうの世界とは、何度も死ぬほど危険な世界なのですか?」
大事な我が子がまた死ぬような目に遭ったのかと思うと、晃成はやるせない思いだった。
「えっ、僕……また死んじゃったの……?」
逸る心を抑えきれないヴァレリラルドは馬を降りる。
「他に誰かいるかもしれない。慎重に」
ヴァレリラルドを先走らせてはいけない、と、ケイレブやテュコ、クランツ、ウルリクたちも馬を降りる。
馬車で同行していたシーグフリードも緊張した顔つきで合流した時、手のひらほどの光が上空からふわりと現れた。
「この光は……」
かつてこの光を見たことのあるヴァレリラルドとケイレブ、クランツは息を飲む。
光を見ていたふよりんは毛を逆立てた。
「キュィィィ――――ッ!」
ふよりんの絶叫のような咆哮がシンと静まり返る夜の街に響き渡る。
「え……」
絶句するクランツと、咆哮に驚く人々の前でふよりんはみるまに体を大きくして成獣の姿になった。
わふ!
ヴァレリラルドに向けて一声発するふよりんに、クランツは震える声で「乗れと言っています」と通訳した。
ヴァレリラルドは迷わずにふよりんの背中に飛び乗る。
「殿下!」
「ラル!」
叫ぶ者たちの心配をよそに、光に先導されるようにふよりんは三階の窓に向けて飛びあがった。
「クランツ、ふよりんは何を叫んだんだ」
顔面蒼白のクランツに、シーグフリードが詰め寄る。
「ナオ様が……天に召されたと……」
一瞬クランツが何を言っているのかわからなかったシーグフリードだが、理解すると同時に駆け出す。それより早く、テュコが真っ先に玄関の扉を蹴破って屋敷の中に飛び込んだ。
リビングの南向きの大窓は、アイボリーの木枠のサッシに縁どられ、厚手のグレージュのカーテンが両脇に優雅に束ねられている。
フローリングは足音を柔らかく吸収する白樺材で、リビングの中央には濃紺のビロード地の三人掛けソファがどっしりと構えていた。
その前にはクラシックなオーク材のローテーブル。テーブルの上には花柄の陶器のキャンドルホルダー。
壁際にはアイボリーの飾り棚があり、家族写真が飾られている。その大半は赤ちゃんの頃から高校生になるまでの梛央の写真だった。
ベルリンのシャルロッテンブルク地区にあるクラシックな建築様式を残した改装済みアパルタメント。その三階と屋根裏を占有するメゾネットの住人は晃成と琉歌で、新婚旅行で滞在した時の住み心地に良さが気に入った薫瑠とその夫も最近越してきていた。
薫瑠夫婦は妊娠が発覚してからの結婚で、あと数か月で新しい命が誕生しようとしていた。
「梛央、あなたもうすぐ叔父さんになるのよ」
琉歌は写真の中の梛央に語り掛ける。
新しい家族が加わるのはこの上ない喜びで、孫が生まれればきっと可愛いに決まっている。
けれど、梛央に向ける以上の愛情を注げるかといえば、そうではない。あくまでも生まれて来る孫は薫瑠の子。琉歌にとってお腹を痛めて生んだ梛央とは愛情の深さは違うのだ。
今でも梛央の写真を見ると胸が痛んで仕方がない。会いたくて仕方がない。でも、別の世界で生きている梛央の無事を願うように、こうして毎日梛央に語り掛けていた。
「ただいまー。あー、あったかーい」
散策から帰ってきた薫瑠がマフラーをはずしながらリビングに顔を出した。
「ただいま」
薫瑠の後ろから背の高い男性が笑顔で会釈する。
「おかえりなさい、薫瑠、優人くん。外は寒かったでしょう? お茶にしましょうね。優人くん、書斎にいるパパを呼んできて」
はい、と頷いて優人が書斎に向かうと、薫瑠は外套をソファの背もたれにおいてキッチンで手を洗い、琉歌の手伝いをする。
「日本より寒いけど、この街すごく素敵。ここに越してきてよかった」
薫瑠は上機嫌で、買ってきたマドレーヌをデザート皿に盛りつける。
「初めての出産だから、一緒に暮らすのは私も賛成よ? でも優人くんはよかったの? 仕事もあるでしょう?」
「今までもほとんどリモートワークだったし、ベルリン支社に異動扱いになってるから大丈夫って」
「薫瑠はそう言うけど、優人くん、年下だから無理して合わせてくれてるんじゃない?」
「そんなことはないです。俺の仕事は融通がきくし、俺も薫瑠さんが安心して出産できるのでありがたいです」
晃成と一緒にリビングに入ってきた優人の表情には苦笑が浮かんでいた。
「ほら、ね」
勝ち誇ったように腰に手を当てる薫瑠に、
「音楽活動を制限されてストレスが溜まっている薫瑠の相手は優人くんだけでは難しいからな」
「ひどぉい、パパ。私が尻に敷いてるみたいじゃない」
実際そうなのだが、それを享受している優人は人当たりのいい笑顔でソファに座り、琉歌に渡されたコーヒーカップを手に取る。
もう、と口を尖らせながら自分で淹れたハーブティーを口にする薫瑠は、目の前になにかキラキラするものが落ちてきているのに気付いた。
「やだ、天井から埃が落ちて来てるわ……」
薫瑠の言葉に、優人、晃成、琉歌も天井を見上げた。
古典的なバロック模様のレリーフが縁取りに入っている漆喰の天井からキラキラしたものが落ちていた。
「薫瑠、これ、埃じゃない」
「……ナオ」
自分を呼ぶ声でアシェルナオは瞳を開けた。
そこは見渡すかぎりのやわらかな白の世界で、アシェルナオ自身も白い衣装を身に纏っていた。
その衣装には見覚えがあった。17年前にアルテアンに作ってもらった洗礼の儀式のための衣装だった。
「もしかして、女神様?」
自分の衣装を見ながら、アシェルナオは確信をもって呟く。
『……そうです。ナオ、本当にごめんなさい』
洗礼の儀式と、大浄化の時に姿を見せてくれた女神がアシェルナオの目の前に現れた。
「僕、女神様にごめんなさいさせるようなこと、した?」
アシェルナオは身に覚えがなくて、どうしてこんなところにこの衣装でいるのかも見当がつかなくて、小首をかしげる。
『少し前からのナオの記憶を消しました。……ナオ、私のせめてもの罪滅ぼしです。おいでなさい』
女神の声とともに、アシェルナオの体が落下した。
落ちる、と身を強張らせたアシェルナオだったが、実際はふわりと白樺材のフローリングに着地した。
どこかの家のリビングらしいそこは、大窓の外に近代的なビルとヨーロッパ風の建物が混在した景色が見えて、
「ん? ここ、どこ?」
アシェルナオは首を捻って、ソファに座る人たちを眺めた。
お茶の時間だったらしく、カップを手にしたまま固まっている人々を見て、アシェルナオも瞳を見開く。
「梛央!」
なぜ、という思いでアシェルナオが口を開く前に、1人の男性が立ち上がって抱きしめて来た。
その男性の顔には見覚えがあった。17年前からそれ相応に年を重ねた容姿になっていたが、面影ははっきりとあった。
「え? え? もしかして、優人? えぇ、大人になってる! しかもイケメンな大人になってる」
きつく抱きしめてくる人物の顔を見て、アシェルナオも嬉しくなって、ぎゅっと抱きしめ返す。
「梛央、ごめん。俺、あの日、不審者が出没していることも、梛央が悩んでいることもわかっていたのに……。あれからずっと、どうしてあの日梛央と一緒に帰らなかったのか、それか俺の家に泊めなかったのか、ずっとずっと後悔してた。ごめん、梛央」
「そうなんだ。優人はずっと後悔していたんだ……。ごめん、優人。あれは僕が悪かったから、もう自分を責めないで……って、どうして優人がいるの?」
おそらく両親の暮らす家なのだろうと思ったが、そこに優人がいる理由がわからなくて、アシェルナオは戸惑った。
アシェルナオと優人の間に割って入った薫瑠が優人の胸を押す。
「入婿のくせして、なに一番乗りしてるのよ!」
怒った時の口調も態度も昔のままの、妙齢になった薫瑠を、アシェルナオはまじまじと見つめた。
「カオルもおば……大人になったんだ……でも、相変わらず落ち着きないね? え、もしかして、僕のことで負い目のある優人を下僕にしたの?」
「下僕じゃなくて、授かり婚した夫よ。17年経ってるから大人になってるの当たり前でしょ? てか、おばさんて言おうとしなかった? 梛央こそ、どうして前と同じ姿なの?」
「梛央!」
突然目の前に現れた、髪の毛の長さ以外は17年前と同じ姿の息子を見て固まっていた琉歌は、ようやく目の前にいるのが生きた我が子だとわかると立ち上がってしっかりと抱きしめた。
「母さん……」
17年前より年を取っているが、まだ若くて美しい琉歌を見て、アシェルナオは胸が詰まった。
「梛央、会いたかった」
以前より貫禄がついた晃成も遅ればせながら抱き合う琉歌とアシェルナオに歩み寄ると、両手を広げて2人を抱きしめる。
「いつか、必ず梛央に会えると信じていたわ。やっと会えた。梛央、私の梛央」
毎日欠かさず梛央の写真に語りかけていた琉歌は、こらえきれずに泣きじゃくりながらも、アシェルナオを抱きしめる手を決して緩めなかった。
「寂しい思いをさせて、本当にごめんなさい。僕も会いたかったよ。父さんや母さんに届くように、向こうで歌っていたよ」
「一度だけ、聴こえたわ。梛央が元気なんだってわかった。でも、聴くだけじゃなくて、会いたかった……」
会いたかった、の言葉に、気持ちがこもりすぎて、琉歌の瞳から後から後から涙が溢れ出る。
「うん、会いたかった……」
そうできないことをしてしまった申し訳なさに、アシェルナオも後悔と会えた嬉しさの混じった涙を零した。
「それで、あの方は、梛央の行った世界の神様なのか?」
我が子を決して離すまいと抱きしめる手に力をこめながら、晃成はアシェルナオの後ろにいる、光に包まれた女神に視線を向けた。
「うん。女神様だよ。僕も突然連れてこられたんだ。里帰り的なものなのかな?」
ここに連れてこられた経緯がわからないアシェルナオは、女神を見て首をひねる。
「女神様……梛央を連れて来ていただいてありがとうございます。それで、梛央は17年前と同じ姿ですが、向こうの世界は年を取らない世界なのでしょうか? 梛央はこっちの世界に帰ってきたということでいいんでしょうか」
「向こうもね、年は取るんだよ? 前に会いに来たでしょう? 僕、あの時向こうで一度死んじゃって。向こうの世界に戻って生まれ変わったから、ちょうどいま、前と同じ16歳なんだ」
てへ、と笑うアシェルナオに、晃成の目が険しくなる。
「女神様。17年前にこの世界で死んだとき、梛央は向こうの世界に行ったのですよね? 梛央は、生きるためには向こうの世界に行くしかなかったと言いました。そして17年前に向こうで死んだから、その時に梛央は私たちに会いに来ることができたのでしょう? ならば、なぜ今梛央はここにいるんです? 梛央は向こうの世界で、また死んだということですか? 向こうの世界とは、何度も死ぬほど危険な世界なのですか?」
大事な我が子がまた死ぬような目に遭ったのかと思うと、晃成はやるせない思いだった。
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