そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

文字の大きさ
468 / 493
第5部

歩けるよ?

しおりを挟む

 夜の帳が降りる頃に緊急に招集された議会。会場である王城の議会の間には、漆黒の大理石に金箔をあしらった柱が立ち並び、アーチ状の天井からは無数の照明が煌々と空間を照らしている。

 そこには王国の重鎮である宰相をはじめ、各大臣や、高位貴族議員が一堂に会し、緊迫した空気の中で国王ベルンハルドの言葉を待っていた。

 国王ベルンハルドは、円卓の中央にある玉座に座って、怒りのせいで威圧的になった表情で一同を見回す。

 「……皆に集まってもらったのは他でもない」

 威厳ある声が議会の間に響き渡ると、招集された者たちは重苦しい空気の中で何事かと注目する。

 「確たる証拠のもと、王弟にしてヘルクヴィスト領主であるエンゲルブレクト・イェイエル・シルヴマルクに、人身売買、収賄、誘拐、そして殺人等の凶悪な罪を重ねていたことが判明した。先ほど、治安省および法務省にて正式な手続きが完了し、本日をもって、エンゲルブレクトの爵位を剥奪し、王籍を抹消する」

 ざわり、と場内が揺れる。王籍から除籍とは数代前まで遡ってもなかなか見られない事案だった。

 その罪名が、人身売買に殺人という大罪とは……。一部の大臣、高位貴族の間に、先々王のビヨルブラントの姿が思い起こされた。

 「先ほどの警鐘を耳にした者も多いだろう。あの警鐘は、王妃主催の晩餐会に出席するため王城を訪れていた王太子の婚約者アシェルナオを、王弟エンゲルブレクトがその侍従を斬って拉致し、逃亡したことにより鳴らされたものだ。アシェルナオはすぐに発見されたものの、すでにエンゲルブレクトの刃にかかっていた」

 議員たちの顔に驚愕、そして愕然とした怒りが浮かぶ。王太子の婚約者であるアシェルナオはエルランデル公爵家の子息であるが、それ以上に精霊の愛し子なのだ。婚約式のお披露目で見せた浄化の力は記憶に新しかった。

 「幸いに女神の加護により無事だったが、精霊の愛し子にあだなす所業は、この国を加護する精霊の信頼を裏切る行為だ。余罪も多く、王家の名を汚したその罪は重い。エンゲルブレクトは現在、逃亡を図ったと見られる。ヘルクヴィスト領城は閉鎖し、王都の警備を厳重にする。発見次第、王城に報告せよ。捕縛し次第、しかるべき手続きののち、最も重い刑に処すことをここに宣言する」

 ベルンハルドの宣言をもって、ケイレブが指揮する統括騎士団がヘルクヴィスト領城に向かった。




 一夜明けた星の離宮。

 一階にある天井の高い、ゆったりとした広間には、離宮の名前にちなんで星のモチーフを彫刻にあしらった漆喰の梁が走っている。天井中央には星形の銀色のシャンデリアが下がっており、陽光を反射して煌めいている。

 広間の中央には、淡い紺と銀で統一された長方形の絨毯が敷かれ、そこに円を描くようにソファが配置されている。ソファは背の低いロータイプで、深く腰掛けられるもの。円形のテーブルがソファの前に配置され、クッションには銀色の刺繍で星座があしらわれている。

 朝になるのを待って訪れたベルンハルドとローセボームはエンゲルブレクトの対処で夜を明かしていたが、眠れない夜を過ごしたのはアシェルナオの身を案じるテュコ、エルランデル公爵夫妻、シーグフリード、ショトラ、フォルシウス、オルドジフも同じだった。

 外は柔らかな朝の日差しが降り注いでいるが、みな憔悴しきっていた。血でまみれた寝台で、光となって消えることはなかったが、錯乱状態に陥っていたアシェルナオの姿を目にしたテュコとシーグフリードは特に面窶れしていた。
 
 人々の願いは1つ。

 エンゲルブレクトの毒牙にかかって心身ともに深い傷を負ったアシェルナオが心を壊していませんように。

 ひたすらそう願いながら、一同は重い空気を醸し出していた。

 
 
 アシェルナオが目を覚ますと、目の前にヴァレリラルドの凛々しくも美々しい顔があった。
 
 「おはよう、ナオ」

 青い瞳を細めて、愛しそうにアシェルナオの頬を撫でるヴァレリラルドも自分も何も身に着けていなかった。

 そう言えば昨日、ヴァレリラルドの立派なヴァレリラルドをパクっと口にして、無理はしなくていいと諭され、抱きしめられて、そのまま寝てしまったのだと思い出した。

 「おはよう、ヴァル……」

 アシェルナオは目の前にあるヴァレリラルドの胸に額を押し付ける。

 「どうした?」

 「ヴァルがかっこよくて、好き」

 いろいろ思い出して恥ずかしくなったアシェルナオだったが、好きな人と裸で抱き合うことで心が満たされていた。

 「ありがとう。ナオが可愛くて、私も大好きだよ」

 アシェルナオの額に唇を押し付ける。

 「殿下、一階の広間に陛下やエルランデル公爵夫妻がたが待ちですがどういたしましょう」

 扉の外からダリミルの声がした。

 「勝手に押しかけているんだ。待たせていればいい」

 アシェルナオの白い肌を抱きしめながらヴァレリラルドが答える。

 「いいの?」

 「ナオは、会いたい?」

 問われて、アシェルナオは瞳を伏せる。

 「会いたくないわけじゃないけど……でも、心配してるんでしょう? それって、僕がエレクから何をされたか知ってるってことでしょう?」

 ヴァレリラルドだから、上書きしてもらうためにエンゲルブレクトにされたことを言った。他の誰かになら、想像されることもおぞましかった。

 「あの部屋を見たら、大きな傷を負わされたことはわかる。ナオが無事かどうか心配してるんだ。女神の加護で治った姿を見せれば、それで安心するんだよ」

 「それだけでいい?」

 「体の傷が治っても、心の傷は少しずつしか治せない。ナオは堂々と傷ついたって言っていいんだ」

 「ヴァルがそう言ってくれる?」

 それでも不安に揺れるアシェルナオに、ヴァレリラルドはもう一度額にキスする。

 「もちろん。そうだ、ナオはお風呂が好きだっただろう? 一緒に入らない?」

 「入りたい」

 お風呂が大好きなアシェルナオはすぐにその話に飛び乗った。

 「おいで」

 ヴァレリラルドはアシェルナオを抱き上げて、寝台から降りる。

 「歩けるよ?」

 「ここにいるあいだはナオのことは私がするって決めてるんだ」

 そう言って笑うと、高くアシェルナオを抱き上げる。



 星の離宮の二階奥にある浴室は、まるで植物園を思わせる静謐な空間だった。

 緩やかなアーチを描くガラス張りの天井は高く、日中は陽光が、夜は月光と星明かりが穏やかに差し込むように設計されていた。壁は蔦植物が這い、天井からはエアプランツや蘭が垂れ下がって揺れている。

 床には滑らかな白い石が敷き詰められ、所々に敷かれた緑の苔が柔らかく足を包み込む。温かく磨き上げられた石の通路が、中央の湯殿へと導いていた。

 浴槽は大きな円形で、淡い蒸気がたなびく湯の表面には、数輪の香草の花が浮かんでいた。

 浴槽の周囲を囲むように、シダ類や観葉植物、青々とした多肉植物が配置されており、湯舟に浸かる者をそっと見守るように生い茂っている。足元に咲く白い小花が、静かに揺れ、かすかに水滴を散らす。

 壁には黄銅細工の照明器具が設けられ、夜になれば柔らかい光を放ち、昼とは異なる温もりのある灯りが湯気に霞む植物たちを優しく包むはずだった。

 「わぁ、すごく綺麗……。でも、前はこんなところ、なかったよね?」

 ヴァレリラルドに抱えられて、少し温めのお湯に浸りながら周りを見渡す。

 この浴室はただ身体を清める場所ではなく、心を癒し、静けさに身を委ね、自分を取り戻す聖域としての空間になるように作られていることをアシェルナオは感じていた。

 「ナオが私のプロポーズを受けてくれた時から作り始めて、完成したのはこの前なんだよ。どことなくエンロートの露天風呂に似ているだろう? あの時にナオが夜の露天風呂って言ってたのを思い出して、ナオを喜ばせようと作らせたんだ」

 「覚えてくれていたんだ。ありがとう。ヴァル、好き」

 浴室の中でヴァレリラルドに抱き着く。

 「ナオはお風呂に入るときは湯浴み着を着るのに抵抗があると言っていただろう? ここは好きな格好で入っていいんだよ」

 「テュコがいたら絶対怒られるやつだよ? けど、ヴァルと一緒に入ると、すごくいけないことをしている感じがして、いいね」

 ヴァレリラルドの膝の上で微笑むアシェルナオは、2人だけの夜を越えて一皮むけたような艶やかさがあった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます。

 次回予定:アシェルナオ、それ齟齬だってばよ。(予告なしで変更になる可能性が多大です。ただ書きたかっただけです)

 やっばいくらいの猛暑です。睡眠、水分・栄養補給、休息をばっちりとってお大事におすごしくださいね。
しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

難攻不落の異名を持つ乙女ゲーム攻略対象騎士が選んだのは、モブ医者転生者の俺でした。

一火
BL
――聖具は汝に託された。覚醒せよ、選ばれし者 その言葉と共に、俺の前世の記憶が蘇る。 あれ……これもしかして「転生したら乙女ゲームの中でした」ってやつじゃないか? よりにもよって、モブの町医者に。 「早く治癒魔法を施してくれ」 目の前にいるのは……「ゲームのバグ」とまで呼ばれた、攻略不可能の聖騎士イーサン!? 町医者に転生したものの、魔法の使いをすっかり忘れてしまった俺。 何故か隣にあった現代日本の医療器具を「これだ」と手に取る。 「すみません、今日は魔法が売り切れの為、物理で処置しますねー」 「……は!?」 何を隠そう、俺は前世でも医者だったんだ。物理治療なら任せてくれ。 これが後に、一世一代の大恋愛をする2人の出会いだった。 ひょんな事から、身体を重ねることになったイーサンとアオ。 イーサンにはヒロインと愛する結末があると分かっていながらもアオは、与えられる快楽と彼の人柄に惹かれていく。 「イーサンは僕のものなんだ。モブは在るべき姿に戻れよ」 そして現れる、ゲームの主人公。 ――……どうして主人公が男なんだ? 女子高生のはずだろう。 ゲーム内に存在し得ないものが次々と現れる謎現象、そして事件。この世界は、本当にあの乙女ゲームの世界なのだろうか? ……謎が謎を呼ぶ、物語の結末は。 ――「義務で抱くのは、もう止めてくれ……」 ――結局俺は……どう足掻いてもモブでしかない。 2人の愛は、どうなってしまうのか。 これは不器用な初恋同士と、彼らの愉快な仲間たちが織り成す、いちばん純粋な恋の物語。

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります

水凪しおん
BL
虐げられ、全てを奪われた公爵家のオメガ・リアム。無実の罪で辺境に追放された彼を待っていたのは、絶望ではなく、王国最強と謳われるα「氷血の竜騎士」カイルとの運命の出会いだった。「お前は、俺の番だ」――無愛想な最強騎士の不器用で深い愛情に、凍てついた心は溶かされていく。一方、リアムを追放した王都は、偽りの聖女によって滅びの危機に瀕していた。真の浄化の力を巡る、勘違いと溺愛の異世界オメガバースBL。絶望の淵から始まる、世界で一番幸せな恋の物語。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...