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第5部
歩けるよ?
しおりを挟む夜の帳が降りる頃に緊急に招集された議会。会場である王城の議会の間には、漆黒の大理石に金箔をあしらった柱が立ち並び、アーチ状の天井からは無数の照明が煌々と空間を照らしている。
そこには王国の重鎮である宰相をはじめ、各大臣や、高位貴族議員が一堂に会し、緊迫した空気の中で国王ベルンハルドの言葉を待っていた。
国王ベルンハルドは、円卓の中央にある玉座に座って、怒りのせいで威圧的になった表情で一同を見回す。
「……皆に集まってもらったのは他でもない」
威厳ある声が議会の間に響き渡ると、招集された者たちは重苦しい空気の中で何事かと注目する。
「確たる証拠のもと、王弟にしてヘルクヴィスト領主であるエンゲルブレクト・イェイエル・シルヴマルクに、人身売買、収賄、誘拐、そして殺人等の凶悪な罪を重ねていたことが判明した。先ほど、治安省および法務省にて正式な手続きが完了し、本日をもって、エンゲルブレクトの爵位を剥奪し、王籍を抹消する」
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「幸いに女神の加護により無事だったが、精霊の愛し子にあだなす所業は、この国を加護する精霊の信頼を裏切る行為だ。余罪も多く、王家の名を汚したその罪は重い。エンゲルブレクトは現在、逃亡を図ったと見られる。ヘルクヴィスト領城は閉鎖し、王都の警備を厳重にする。発見次第、王城に報告せよ。捕縛し次第、しかるべき手続きののち、最も重い刑に処すことをここに宣言する」
ベルンハルドの宣言をもって、ケイレブが指揮する統括騎士団がヘルクヴィスト領城に向かった。
一夜明けた星の離宮。
一階にある天井の高い、ゆったりとした広間には、離宮の名前にちなんで星のモチーフを彫刻にあしらった漆喰の梁が走っている。天井中央には星形の銀色のシャンデリアが下がっており、陽光を反射して煌めいている。
広間の中央には、淡い紺と銀で統一された長方形の絨毯が敷かれ、そこに円を描くようにソファが配置されている。ソファは背の低いロータイプで、深く腰掛けられるもの。円形のテーブルがソファの前に配置され、クッションには銀色の刺繍で星座があしらわれている。
朝になるのを待って訪れたベルンハルドとローセボームはエンゲルブレクトの対処で夜を明かしていたが、眠れない夜を過ごしたのはアシェルナオの身を案じるテュコ、エルランデル公爵夫妻、シーグフリード、ショトラ、フォルシウス、オルドジフも同じだった。
外は柔らかな朝の日差しが降り注いでいるが、みな憔悴しきっていた。血でまみれた寝台で、光となって消えることはなかったが、錯乱状態に陥っていたアシェルナオの姿を目にしたテュコとシーグフリードは特に面窶れしていた。
人々の願いは1つ。
エンゲルブレクトの毒牙にかかって心身ともに深い傷を負ったアシェルナオが心を壊していませんように。
ひたすらそう願いながら、一同は重い空気を醸し出していた。
アシェルナオが目を覚ますと、目の前にヴァレリラルドの凛々しくも美々しい顔があった。
「おはよう、ナオ」
青い瞳を細めて、愛しそうにアシェルナオの頬を撫でるヴァレリラルドも自分も何も身に着けていなかった。
そう言えば昨日、ヴァレリラルドの立派なヴァレリラルドをパクっと口にして、無理はしなくていいと諭され、抱きしめられて、そのまま寝てしまったのだと思い出した。
「おはよう、ヴァル……」
アシェルナオは目の前にあるヴァレリラルドの胸に額を押し付ける。
「どうした?」
「ヴァルがかっこよくて、好き」
いろいろ思い出して恥ずかしくなったアシェルナオだったが、好きな人と裸で抱き合うことで心が満たされていた。
「ありがとう。ナオが可愛くて、私も大好きだよ」
アシェルナオの額に唇を押し付ける。
「殿下、一階の広間に陛下やエルランデル公爵夫妻がたが待ちですがどういたしましょう」
扉の外からダリミルの声がした。
「勝手に押しかけているんだ。待たせていればいい」
アシェルナオの白い肌を抱きしめながらヴァレリラルドが答える。
「いいの?」
「ナオは、会いたい?」
問われて、アシェルナオは瞳を伏せる。
「会いたくないわけじゃないけど……でも、心配してるんでしょう? それって、僕がエレクから何をされたか知ってるってことでしょう?」
ヴァレリラルドだから、上書きしてもらうためにエンゲルブレクトにされたことを言った。他の誰かになら、想像されることもおぞましかった。
「あの部屋を見たら、大きな傷を負わされたことはわかる。ナオが無事かどうか心配してるんだ。女神の加護で治った姿を見せれば、それで安心するんだよ」
「それだけでいい?」
「体の傷が治っても、心の傷は少しずつしか治せない。ナオは堂々と傷ついたって言っていいんだ」
「ヴァルがそう言ってくれる?」
それでも不安に揺れるアシェルナオに、ヴァレリラルドはもう一度額にキスする。
「もちろん。そうだ、ナオはお風呂が好きだっただろう? 一緒に入らない?」
「入りたい」
お風呂が大好きなアシェルナオはすぐにその話に飛び乗った。
「おいで」
ヴァレリラルドはアシェルナオを抱き上げて、寝台から降りる。
「歩けるよ?」
「ここにいるあいだはナオのことは私がするって決めてるんだ」
そう言って笑うと、高くアシェルナオを抱き上げる。
星の離宮の二階奥にある浴室は、まるで植物園を思わせる静謐な空間だった。
緩やかなアーチを描くガラス張りの天井は高く、日中は陽光が、夜は月光と星明かりが穏やかに差し込むように設計されていた。壁は蔦植物が這い、天井からはエアプランツや蘭が垂れ下がって揺れている。
床には滑らかな白い石が敷き詰められ、所々に敷かれた緑の苔が柔らかく足を包み込む。温かく磨き上げられた石の通路が、中央の湯殿へと導いていた。
浴槽は大きな円形で、淡い蒸気がたなびく湯の表面には、数輪の香草の花が浮かんでいた。
浴槽の周囲を囲むように、シダ類や観葉植物、青々とした多肉植物が配置されており、湯舟に浸かる者をそっと見守るように生い茂っている。足元に咲く白い小花が、静かに揺れ、かすかに水滴を散らす。
壁には黄銅細工の照明器具が設けられ、夜になれば柔らかい光を放ち、昼とは異なる温もりのある灯りが湯気に霞む植物たちを優しく包むはずだった。
「わぁ、すごく綺麗……。でも、前はこんなところ、なかったよね?」
ヴァレリラルドに抱えられて、少し温めのお湯に浸りながら周りを見渡す。
この浴室はただ身体を清める場所ではなく、心を癒し、静けさに身を委ね、自分を取り戻す聖域としての空間になるように作られていることをアシェルナオは感じていた。
「ナオが私のプロポーズを受けてくれた時から作り始めて、完成したのはこの前なんだよ。どことなくエンロートの露天風呂に似ているだろう? あの時にナオが夜の露天風呂って言ってたのを思い出して、ナオを喜ばせようと作らせたんだ」
「覚えてくれていたんだ。ありがとう。ヴァル、好き」
浴室の中でヴァレリラルドに抱き着く。
「ナオはお風呂に入るときは湯浴み着を着るのに抵抗があると言っていただろう? ここは好きな格好で入っていいんだよ」
「テュコがいたら絶対怒られるやつだよ? けど、ヴァルと一緒に入ると、すごくいけないことをしている感じがして、いいね」
ヴァレリラルドの膝の上で微笑むアシェルナオは、2人だけの夜を越えて一皮むけたような艶やかさがあった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
感想、エール、いいね、ありがとうございます。
次回予定:アシェルナオ、それ齟齬だってばよ。(予告なしで変更になる可能性が多大です。ただ書きたかっただけです)
やっばいくらいの猛暑です。睡眠、水分・栄養補給、休息をばっちりとってお大事におすごしくださいね。
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